2012/03/05 16:29

彼女は、俺の自慢の姉だ。
俺と同じ髪の色、容姿端麗、成績優秀。そしてなによりも。

「よう、お前ってさ、母ちゃんがいないんだってな?」

そのころ姉さんといつもサッカーをしていた公園までの道の中、出会い頭に見知らぬ上級生からそう言われ、思わず振り返る。苛めっ子はどこからか仕入れたその事実を笑った。
母さんは俺を産んでからすぐに亡くなった。母さんは家で母として、また妻として大きな役割をもっていたのだろう。もともと裕福で財力があった俺の家で、親父は更に更に働いた。母さんの穴を埋めるように。そしてついのついには、親父は滅多なことがなければうちにかえってこなくなった。他に女ができたわけではない。毎月口座に振り込まれてくる莫大な金がそれを物語る。妻を忘れたいのか、親父はただがむしゃらに働いているのだろう。家や、俺のことを全て姉さんに任せたまま。

話がそれたがそのころの俺といったら、今では想像もできないほど弱虫で、泣き虫で、弱者という言葉が何よりぴったりな子どもだった。

「泣き虫白竜、弱虫白竜!」

そう言って指をさされては、一人囲まれて泣いていた。蔑みに吐き捨てられた言葉は、なにひとつ嘘ではない。また、その事実や純粋さゆえに俺を傷つけた。子どもは怖いな。
もう一度いうが彼女は、俺の自慢の姉だ。6年という年の差も合間って、姉さんは責任感のもとに動いていた。姉さんというよりもはや母さん?確かにそうだな。姉さんは俺の自慢の姉だ。

『…きみたち、うちの弟になにしてくれてるのかなァ?』

高校生とも見間違う程の高い身長で上級生らを背中から見下ろす姉さん。必然的に俺とは向き合う形になる。やはり小学生と中学生の差は大きく、制服をきているせいもあって姉さんは彼らにとって畏怖の存在。そんな彼女に笑顔で凄まれては、彼らはなす術もなく走り逃げて行った。

「おねえちゃ…」
『…』

苛めっ子を目で追いかけ、見つめ続ける沈黙に耐えかねて話しかけた俺を上から視線で圧しつける。俺とそっくりの吊り目がまっすぐこちらを見下ろす。そのせいでこのとき俺は声を失った。ちなみに成長したいまも姉さんのこの目は苦手だ。物凄く。

『馬鹿白竜』
「…!」

ひぐ、とくぐもった音が自分から発せられて、それでも彼女の目からは反らせない。
目線が近くなって、それでやっと姉さんがかがんだことを理解する。そして、そのまま強い力で前へ倒され、受け止められた。背中に回った細い腕が、姉さんに抱きしめられたことを教えてくれた。

『馬鹿白竜。なんで言い返さないのよ。』
「…だって、え…!」
『母さんが聞いたら悲しむわよ』

ぎゅ、と力が入る。公園までの道、人通りもまばらなそこで姉さんは声を上げる。
あたしがいつまでもあんたのそばにいれるわけじゃないんだから、あんた自身が強くなりなさい。

その言葉を実感するのは、そのあとすぐのこと。

姉さんは未だぐずる俺の左手を握り、俺の右手は黒と白の見慣れたサッカーボールを抱え歩いていた。喧嘩をしても、俺たちの習慣は変わらない。金曜日の午後は、俺たちのサッカーの時間だった。

『白竜』
「…な、なに?」
『今日はなんの練習、しよっか』

見上げればいつものように綺麗に笑う姉さん。優しい笑顔。彼女のこの顔が好きだった。


「君が白竜くんかな?」

そんなほのぼのとした空気を引き裂いたのは、突然現れたピンクの男。ひどく似つかわしくないその容貌に、姉さんは身構える。

『どちらさまで』

もはや質問の形すら取らず、冷ややかに聞いた彼女の手をただ握るだけしかできなかった俺は、このあと自分の無防備さに後悔することになる。

「申し遅れました。わたくしサッカー管理組織フィフスセクター所属ゴッドエデン教官、牙山と申します。」

聞けば、教官はそのころの俺に才能を見出したらしく、ぜひとも我が施設に入りサッカーを極めて欲しい、と。まあスカウトってやつか。ただでさえ怪しい風貌の男から証拠も無しに弟を預からせろなどという教官に、当然ながら姉さんは許可など出せないと言った。俺はなされるがままに姉さんの背中へ回り、ただ守られていた。
数分間の押し問答の末、教官は力尽くで俺をシード要請施設の仲間入りを果たそうとした。俺の才能を見出しただのなんだの言ったが、恐らく見出したのは聖帝かその上にいるフィフスセクターのトップだったのだろう。そうでなければその場で姉さんを片付け、早急に俺を連れ去る必要はなかったはずなのだから。

『あたしが白竜を守ってあげるから』

そう言って牙山の後ろにいた大の男たちを、細い手足でなぎ倒していった姉さんの表情は鬼気迫ると言った感じで、彼女は味方であるのに、俺は思わず震えた。姉さんは敵に回してはいけない…。え?男前だって?やめろ、そういうこというと死ぬぞ。
つまりだ。姉さんは確かに強かった。柔道やら剣道やら空手は、姉さんの得意分野だからな。順調だったんだ。あの牙山教官を追い詰めたほどに。でもあの時は分が悪かった。姉さんは前にいる教官に宣言を撤回させるために、前に集中し油断していただけなのだ。そして、俺がもう少しだけあのとき強ければ。
姉さんが油断をしていたその背後、俺は突然の浮遊感とともに地面から足が離れた。からだごと持ち上げられたのだ。不自由な体と首を曲げて、俺を持ち上げた人を見れば、そこには白のスーツでピンクの長い髪をした男。よく覚えていないが今考えれば、奴こそフィフスセクターのトップだったのかもしれない。ほとんど記憶にない今では気づいたところでなんの意味も興味もないが。その男はおれを抱えたまま姉さんに近づく。

「ねえちゃん!!」

声を張り上げるも一足遅く、姉さんは振り返る途中で仰向けに倒れた。理由は当然、白スーツが背中がガラ空きだった姉さんに攻撃をしたから。

「ねえちゃん!ねえちゃん!!」

倒れた姉さんに手を延ばしても、高い身長の白スーツに抱かれたままでは届くはずもない。気絶しているだけだ。そう言われても答えることはできずただ姉さんを呼んだ。このままねえちゃんがしんじゃったら。そう考えるだけで苦しかった。白スーツは見向きもせぬまま教官に話しかける。

「そんな貧弱な部下で大丈夫なのか?こんな小娘一人に手こずって…」
「申し訳ありません!!あなた様の手を煩わせてしまって…」

どうやら白スーツは教官よりも高い地位にあって、教官はへこへこと頭を下げた。思い直せばあの経験は笑える。その時も俺は白スーツにだかれていて、教官よりも高い位置に頭があって奴は白スーツ、もとい俺の方に頭を下げていたのだからな…そんなことはいいとして。
俺は半べそをかいたまま白スーツと教官に、ここゴッドエデンに運ばれた。暫くは大変だった。見慣れていた、そして楽しかったサッカーは姉さんとの思い出のおかげでボールを目にするだけで涙は出るし、そんなきっかけがなくとも姉さんの安否が心配で、泣き喚いては姉を求めた。あたしがいつまでもあんたのそばにいれるわけじゃないんだから。あの言葉が日を重ねるごとに鮮明になっていったが、俺は一人ぼっちのあいだじゅうその言葉を実行することはできなかった。連れて来られて数日で、俺はここでも弱者で、そしてお荷物になった。そこにいたのはもともと洗脳させられ、管理サッカーのことしか考えられなかった奴らだったから苛めに合うことはなかったのだが。ただ、寂しかった。重要な人材だから、直々のスカウトだからと大目に見ていたところもあったようだが、気の短い牙山教官にそんな期間を長引かせることはできなかった。

「白竜よ、そんなに寂しいか」

イライラが最高潮に達したと思われる牙山教官は、俺を呼び出したかと思えばため息混じりにそう問うた。俺も限界を迎えていて、姉さんにあいたいその一心で頷いた。

「…お前の姉は、サッカーが上手いか?」

俺の答えとは全く関係のない質問を再度投げかけられ、しばらく反応出来なかった。すると教官から全く同じ質問をされる。姉さんはよく俺のサッカーの練習に付き合ってくれたが、いつも二人だけだった。試合などしたことはない。しかし生まれ持った長い手足と体術で培った筋力は、サッカーにも利用されていて、その時の俺からしたら彼女は「じょうずなぷれいやー」だったのだ。だからこそ俺は自信をもって頷いた。うん、おねえちゃん、サッカーすごくじょうずだよ。
そしてこの時の返答は、けして間違ってはいなかった。むしろ、大正解だったのである。


教官に船に載せられ、海を渡り、見慣れた住宅街についたときに見えた、数日ぶりの生家。それを見て俺は思わず声をあげた。久々の家はなんだか暗い雰囲気だったが、俺はそれでも嬉しかった。
元気のなかった俺はそこで一気に笑顔になった。家の玄関へ着けば、教官がインターホンを鳴らす。時間わずか数秒。ドアを開けた本人は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに教官に凄んだ。俺はといえばその時は姉さんにあえたことで頭がいっぱいで、思わず両腕を振り上げ「おねえちゃん!!」と叫んだ。そんな俺を見て彼女は泣きそうに顔を歪める。

『いまさら…何の用?』
「あなたにも白竜とともに私の施設へついてきていただきます。」

そこには数日前の教官も、姉さんもいなかった。ただそこにいたのは、強い男と弱い少女だけだった。姉さんはこの時家を売り払って荷物をまとめ、父親とも親戚とも絶たれた孤独に向かおうとしていた。つまりあてもないまま家を出ようとしていたのだ。この時期に教官が痺れを切らし姉さんを連れにこようと思わなければ、彼女はどうなっていたのか。想像もしたくない。

『あたしが白竜といるためには、あんたに着いていくしかないわけ?』
「ただの利害の一致だ、姉がいなくてはどうしようも無い弱い子供を究極にするためのな」

『…究極、ね』

姉さんがここに着いてきてくれたのは、利害関係ではなく俺のためだったのだとかんがえてもいいだろう。むしろそう考えさせてくれ。もともと荷物のまとまっていた姉さんは、その日のうちにゴッドエデンへと発ったのだ。俺と、共に。







「それがことの始まりだ、どうだ青銅」
「…白竜てほんとに寮長が好きだよねえ、飽きもせずよく語るよ…」
「当然だ」
「ま、確かに有能だしコーチとしての素質も充分…牙山教官も彼女をスカウトして正解だったと思うよ」
「ふっ、さっきから当然のことを。

姉さんは俺の自慢だからな」



白竜の究極お姉ちゃん/120305
私生活が諸々落ち着いたらシリーズ予定
いつ落ち着くかが未だ不明

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