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「なーなー、アッシュ頼むよー」
「嫌だといってる」
「えぇっ!なんでだよー!!」
ケチ!とルカはアッシュの背中をバシッと殴る。
「いってぇんだよ、バカ!」
「んだよ!ちょこっと車貸せって頼んでるだけじゃんか」
「それが人にものを頼む態度か!」
「じゃあ、なんだよ、ちゅーでもしてやろうか?」
「だから何故そうなる、この変態帰国子女!」
二人がワーワー、ギャーギャー言っているのを遠目に見ながら、ルークは小さくため息を吐く。
「ルーク?」
「へ?」
「なんでため息吐いてるの?」
「ぇ、うーん…なんか、よくわかんないや」
本当は、わかっていたのにティアには嘘をついた。
アッシュが戻ってきたら、ここに自分の居場所は無くて、ルカの隣にはアッシュが立って仕事をそつなくこなしてしている様子が目に浮かぶ。
(俺…やっぱりよそうかな)
深いため息を吐いてルークはまた、割り当てられた業務を開始した。
クリスマスの飾り付けも終わった頃、ちらほらと雪が降り始めてルークは自分の手に息を吐く。
「ルーク」
「あ、アッシュさん…どうかなさったんですか」
「いや、そろそろ復帰していいと医者も言ったからな」
「わぁ!おめでとうございます!」
ルークは満面の笑みでアッシュに答える。
「そういえば、つかぬことをお伺いしてもいいですか?」
「あぁ、なんだ?」
「アッシュさんのお怪我はルカさん、一体何したんですが?」
「…怪我した前日に、カンフー映画見たとかで、横から蹴りかましてきやがって不意だったもんだから、そのまま転倒したんだ、その時にただ捻ったから捻挫しただけだと思っていたんだが」
「骨折したと」
「医者に理由を説明するのがどんなに恥ずかしかったか」
しかも、「んなの骨折した、アッシュが悪いだろ」とかサラッと言うもんだから怒りだって頂点を越える。
「お二人は仲良しなんですね」
「どこをどう見れば仲良しなんだ」
「いえ、気づいてないのならいいんです」
アッシュといる時のルカは、どこか雰囲気が違うのだ。
その空気を、ルークは羨ましいと思う。
(続けたいと思ったけど、ダメ、かな)
こんな、一人しんみりとした顔をしているなんて、お客様にも迷惑だ。
(そうだよ、俺がアッシュさんに勝てるわけないんだ)
二人は、自分がこのカフェに来る前からコンビを組んで仕事をしていたのだから。
「じゃあ、仕事はこれで終わりです」
「ルーク?」
「俺はアッシュさんが復帰されるまでの代わりですから…俺のバイトはこれで終わりです」
「…続けないのか?」
こくりと頷くルークに、アッシュは少しだけ目を細めた。
「それ、本当か?」
次の言葉を発しようとしたアッシュを遮る様にルカの問いが響く。
「ルカさん、ごめんなさい」
「ルーク…」
ルカの悲しげな声にルークはうつ向くと、雪が積もる地面を見つめた。
「はぁ…」
ため息を吐いてルークは、シャーペンを走らせる。
むしろ、バイトしていた時の方がよく進んだように感じた。
バイトを辞めてから二週間とちょっと、見ればカレンダーはクリスマスイブだ。
「…あちゃぁ、消しゴム無いや…ついでだし、無くなりそうなペン買おう」
文房具を買いにサイフを持つと商店街へと向かう。
(みんな忙しいかな…)
ぼんやりと歩いていると、手をぎゅっと掴まれて引っ張られる。
「ルークちゃんっ」
「タマラさん!?」
「今時間あるかのう?」
「大丈夫です、けど」
「実は、いつも来る孫がどうしても今日来られなくてな、店を少しだけ手伝っておくれ」
「俺でよければ、お手伝いしますよ」
笑顔で返事をするとルークはタマラと一緒に店へと向かった。
「ノエル、ギンジの代わりに若いの連れてきたぞ」
「あ、おばあちゃん、それなら」
「これ、ここでいんだろ?」
聞き覚えのある声にルークは拳を握る。
それは今、会いたいようで会いたくない人物で。
「ルカさん」
「よぉ、お前はばーちゃんに捕まったのか?」
「手伝ってほしいって言われたから」
「ギンジの奴いねーしな、人手はあった方がいいだろ」
「じゃあ、俺あっちから下ろしてきますね」
「あぁ、頼んだ」
そうして、久しぶりに二人で行う作業に、ルークは心から楽しいなと思う…。
「お疲れ、ルーク」
「いえ、ルカさんが殆ど終わらせてくれてたから俺は何もしてませんよ」
「なぁ、ルーク…この後なんか用事ある?」
「いえ、やることがあるとしたら全く身に付かない勉強をノロノロとやるだけです」
「じゃあ、いいよな…ちょっと付き合って」
「はい」
本当だったらもっと気まずいはずなのに、ルカは全くそんなことを感じさせなくて、二つ返事でルークは頷いていた。
「元気にしてたか」
「まぁまぁです、何となく勉強して、何となく過ごしてました、ルカさんは?」
「俺も、まぁまぁ仕事してるよ…いつも通りとは行かないけど」
煙草を口から離して、息を吐く。
「どうして?」
「俺、アッシュ嫌いだもん」
「あんなに仲がいいのに」
「あいつなんかより、ルークと一緒に居たい」
「何、子供みたいなこと言ってるんですか」
「俺には死活問題」
伝わってる筈なのに、ルークがなんでそこまで頑なに首を振るのか、ルカには分からなかった。
「なぁ、ルーク…好きだ」
「…俺は」
「嫌いか?」
「そうじゃなくて…自信がないんです、ルカさんの横にいる自信が、一番近くにいられる自信が、とにかく、無いんです」
「そんなの、俺だって同じだよ」
携帯灰皿に煙草を捩じ込むとルカはルークの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「嘘」
「嘘なんかじゃない…まず、好かれるのに必死だしな…会いに行こうってイブに無理矢理休みとって、でも家まで行って結局、無理だった」
「ぇ」
「でも、偶然だけど会えた…ばあちゃんの店で会った時、本当に嬉しくて死ぬかと思った」
「オーバーですよ」
クスクスと笑うルークに、ルカもつられて笑みを溢す。
「ルーク、店に来いよ、みんな待ってる」
「え、でも俺辞めるって、ちゃんと届けも」
「そんなもん、俺が破って捨てちまったよ!」
「なぁ!それじゃ、俺ずっと無断欠勤じゃないですか」
「そういうこと!」
「ルカさんのバカ!アホ!ワガママ!自分勝手!」
一頻り叫んだ後、ルカの胸に飛び込んでは小さく呟く。
「…でも好きです」
「俺も、ルークが一番好き、一番可愛い」
「可愛いは余計です」
ツンとソッポを向いたのが可愛くて、ルカはその頬にキスを送るとルークをぎゅっと抱き締めた。
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