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そう、それは突然。
運命は足音をたてずにやってくる。
「寒い、お茶しよっかな」
鼻を擽るいい香りに誘われ、ルークはふらふらと喫茶店の前に行く。
財布の残金も決して温かいとは言えないが、お茶とケーキぐらいは食べられる分はあった。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?カウンター席へどうぞ」
ツインテールを揺らした女の子がにっこりと笑って案内した。
「はい、わかりまっぶっ!」
釣られて笑顔で答えているルークにドンッという衝撃を感じて、思わず鼻を押さえる。
「痛〜…」
ルークにぶつかってきた人を見れば、明るい赤色の髪を惜しげもなく伸ばした男。
「…へー、器用そう、要領よさそう、声は悪くない、ルックスは普通」
「なっ!?」
人を品定めするような目を向けて来るそいつに思わずカチンとくる。
「何なんですか!人にぶつかっておいて」
「お前名前は?」
「ルーク、ルーク・フォン・ファブレだけど」
「歳は?」
「17…」
「高校生か」
「だか「ジェイド、こいつ新しいバイトくんにする」
「はああぁっ!?!」
客として店にやって来た自分に何を言ってるんだという意味を込めてルークは思わず叫んでいた。
「おやおや、ルカ、どうやらその子はお客様としていらっしゃったようですが?」
「そうみたいだな、でも俺はこいつじゃないと絶対に何も教えないし、働かない」
「困りましたねぇ…取り敢えず、お客様カウンター席へどうぞ…長く立たせてしまって申し訳ありませんでした」
蜂蜜色の髪を揺らし、ニッコリと笑ったすらりと背の高い男はルークの手を取って案内した。
「ご注文は何にしますか?」
「紅茶とモンブランをお願いします」
「承りました…さぁ、ルカ、お茶を淹れて差し上げなさい」
「はぁ?何で俺が」
「こうなったきっかけを作ったのは貴方でしょう」
「わかったよ…」
ぶつくさと文句を言いながら茶器を用意し、ルカと呼ばれた男はルークの前で紅茶を淹れていく。
(うわぁ…)
先程の粗暴で面倒くさそうな態度とは大違いだ。
一つ一つ丁寧な動作で、綺麗な色と香りを引き立てるそれ。
「どうぞ」
「こちら、モンブランになります」
「ん、…美味しい―…幸せ」
ふにゃりと笑顔を作るルークに、傍らに立っていたルカがカウンターに肘ついてルークの頬をつつく。
「笑うと可愛いな、お前」
「可愛いって俺は男です!」
「そんなこと見りゃわかるよ」
ニンマリと笑った目の前の男の性格は最悪だとルークは自分の中で、勝手に位置付けた。
「はじめましてルーク君と言いましたか、私は店主のジェイド・カーティス…この馬鹿が持ちかけたお話なんですが」
「はい、バイトがどうとかいう…」
「もし、貴方に興味があるならやってみませんか?もちろん、無理にとは言いません」
店主であるジェイドはどこか困ったようバイトの話を持ち出した。
「事情がよく、飲み込めないのですが」
「…実はですね、従業員が一人そこのお馬鹿のせいでケガをしてしまって、早い話が人手不足なんです」
「それはお気の毒に」
「いらしてくださるお客様を待たすわけにもいかないでしょう、それで欠けた分は補いなさい、とルカにバイトくんを探して来なさいと言ったら」
「ぶつかった俺だったわけですね」
そんな適当なと思いつつルークは、隣で口笛を吹いている当人を軽くにらんだ。
「いかがですか?少しだけなら時給も上げられます、こちらが勝手にお願いしていることですから、残ったケーキは持ち帰っていい等のオプションは色々つきます」
「おい、ジェイドここの時給あげられんのかよ?」
「勿論、貴方の給料から引けばいいんですから」
「マジかよ!!」
「私がこんなタイミングで冗談を言うと思いますか?」
視線だけでルカを黙らせるとジェイドはルークに向き直った。
「その従業員が治るまででいいんですが」
「…わかりました、俺、やります」
「そうですか、いい子でよかった、本当に助かります」
「いえ、こちらこそお願いします」
自然と出た、二つ返事。
正直、このルカという男は好きになれそうもないが、お茶とケーキが今まで一番美味しかった、ここに強く興味を引かれた。
自分と同じような、思わずホッとして溢れた笑みを自分の目で見たい。
「学業が忙しければ考慮するのでぜひ、言ってください…では明日からで「いえ、今日からやらせてください!仕事覚えたいんです」
「やる気のある方でよかった、まずはここにいる従業員と顔合わせをします、こちらへどうぞ」
すべて綺麗に食べ終えたルークにジェイドは従業員の紹介をするとスタッフしか入れない奥へとルークを招き入れた。
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