僕だけの手


双子なのにこうも違う。
羨ましい、羨ましい、羨ましい。
俺も、そんな、強い身体が欲しかった。




「ルークどうだ、調子は?」
「ガイ…いつも通り、ベッドで安静だよ」
「そっか、もうすぐ手術だよな」
「うん…成功するかわかんないけど」

重い病気を抱えたルークは、ずっとベッドに臥せっている。

「成功するさ」
「…そう、だね…そうならなくてもいいけど」
「ルーク?」
「ううん、なんでもない」

外ではいつも通り、従兄弟のアッシュと、兄のルカがキャッチボールをしている。
ルークはそんな二人を窓から眺めて、きつくタオルケットを握りしめた。

「ガイ、俺手術したくない」
「ルーク、どうしたんだよ急に」
「だって、治ったってどうせ…みんなみたいにはなれない」
「…ルカと何かあった?」
「何もねぇ!!」
「嘘つくなよ、お前がそんなこというのは兄ちゃんがらみだろ、いっつも」
「喧嘩したんだ…本当、他愛ないことだよ、だから大丈夫」

ルークが入院生活で身につけたのは、周りを心配させないようにする作り笑い。
ガイに通用するかは分からないけど、優しい彼のことだからきっと気づかないフリをしてくれる。
そう思っていると、その通りにガイは苦笑して頭を撫でてくれた。



大好きな双子の兄の横は自分のもの。
そう思って、手を繋いで歩いていた頃は、『嫉妬』なんて言葉は知らなかった。
『嫉妬』を知ったのは病気が発覚してから。
自分の居場所だった兄の横はいつのまにかアッシュとガイのものになってしまった。



見惚れる程の横顔はいつの間にか、背しか見えなくなって。



(振り向いてもくれない)

なんで、どうして、俺なんだ。
そう、思ったら爆発して手当たり次第に掴めるものを投げつける。
泣き喚く俺に、今まで黙っていたルカは「そうかよ」と一言だけ残して、その日から病室に来なくなった。





「俺になんてここが一番お似合いなんだ」

白い箱。小さな箱。
管理された場所。
風もない、温かみもない、地面とは遠く離れた場所。

「ルーク」
「何しに来たんだよ、部活は」
「今日は休みだ、ルカは来てないのか」
「そんなの、そんなの俺が知るわけないじゃん…」

病院が俺の家で、病室が俺の部屋なのに。

「帰って」
「ルーク?」
「帰ってよ、アッシュ」
「…俺に話があるのはお前の方じゃないのか」

帰ってと言う俺に意外な答えを返してきたのはアッシュの方だった。

「話なんてねぇよ!!お前も、もう俺の所に来るな!…これ以上、誰も俺を惨めにさせないでよ…」

自分の居場所一つ守れない俺をこれ以上、惨めにさせないで。

「だったら、手術受けてさっさと治って惨めさと戦うくらいしたらどうだ」
「…っ!そんなの言われなくたってわかってる!!」

何でアッシュにそんなこと言われなくちゃいけないんだ。
沸々と何かが沸いてきては、一つ一つ蓋を壊していくと、押し止めていたものが溢れて目から何かが頬を濡らした。

「くせに…盗ったくせに、人の場所、俺の場所、昔からそうだ、アッシュは俺の場所いっつも盗るくせに」
「ルークっ」
「人のもの、勝手に…盗って、いかないでよぉっ!!」

サイドボードの上にあった時計を力任せルークはアッシュに投げた。
避けようと反応したアッシュだったが、ちょうど瞼を傷つける。

「…つぅっ!」
「ぁ…」
「おい、今なんかすごい音…アッシュ!?おまえ、その目」

瞼の柔らかな肉はぱっくりと割れて血が溢れている。
右目を押さえたアッシュにルカが近寄った。

「ルーク!俺以外に当たるのは筋違いだろう!」

パシンと頬が軽い音をたてる。
ああ、叩かれたんだと頭のどこかが、思考を繋いでくれた。

「アッシュ、行くぞ…目処置してもらおう」
「それより、ルークを「いいから」

望んだ通り、空っぽになった部屋。
引っ込んだ涙がまたじわりじわりと溢れてルークはゆっくりそれを拭うと閉じかけのドアの取っ手を掴んだ。


「ルカ、お前まだこんな所にいたのか?」
「こんな所って…お前のこと待ってたんだろ」
「っ本当に馬鹿だろお前!」

ソファーに座っていたルカはアッシュに罵倒されて、頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「何だよ、急に!」
「お前、ルークの何見てたんだよ!!」
「俺に来るなって言ったのはあいつの方だぞ!!ガイにだけ、ガイとだけ「ルークはいつもお前しか見てない、なんでそれがお前には解らないんだ」

アッシュは静かにルカの言葉を遮る。

「なんて言われたんだよ、ルークに…お前、あいつの言葉鵜呑みにしたんじゃないだろうな」
「…っ」

図星だった。
だっていつからか、ルークの手は自分の手になかった。
気づいたら、どこにもルークはいなかったのだ。

「羨ましい、なんで同じ双子なのに俺だけ病気なんだ、なんで、お兄ちゃんだけ健康なんだって言われたよ」
「ルークは、俺にガイにももう来るなって伝えてくれと言っていた、自分が酷く惨めだとも…意味解るか?解らないようなら、お前にはルークの手は握らせない」
「…俺が羨ましくて憎かったんじゃないのか?」
「…当たり前だろ、覚えてるか小さい時のこと」

夏休み、親戚一同が集まる場所で、酔った大人たちの言葉はルークの胸にどれだけ傷を作ったことか。

「俺とお前が双子で、ルークに一人っ子ならよかったのになとか、二人もいるのに一人がこんなのだと手がかかるだろうとか…お前は人がたくさんいて楽しんでたから覚えてないだろ」
「ルークが泣いてたのは覚えてる」
「俺がお前を呼びに行ったんだ…アッシュなんて嫌いそういって、手、払い落とされたからな…流石に俺もあれはショックだった」

アッシュはルークが大好きだったのに、大好きなルークに大嫌いと言われてしまったのだから、幼心に傷ついたのはアッシュも同じ。

「何だか俺だけ何にも解らない馬鹿みたいだな、その言い方」
「実際そうだ」

ルークの病室の前に来て、ルカは小さくため息を吐いてノックをすると扉を開ける。

「ルーク?」

ベッドはもぬけの殻。
風だけが、雑誌や漫画のページを捲る。

「ルカ!早く探しにいけ!…俺もほかのやつに電話して探しすの手伝ってもらうから」
「っ、あぁ…」

ベッドは冷たく、いつもの温もりはそこにはない。
ルカは急に自分の体が冷えていくのを感じた。



寒い。

ルークがいない。



(ルーク!!)

発作が起きていたら?
倒れていたら?
なんで、ルークの助けてのサインを自分は見逃したんだ?
縺れる足がもどかしくて、拳を握って一度大腿を殴るとルカは駆け出した。





(苦しい…)

唯一、ルカとキャッチボールをしたことのある公園にルークは来ていた。
やっぱり、直ぐにアッシュやガイと代わってしまったが、それでもそれがルークには嬉しくて、つい足がそこに向かってしまっていた。

「何してるんだろ、俺」

病院まで抜け出して、こんな所に来て。
思い出にすがったって何も始まらないのに。

「ケホッ、ゲホゴホッ!!」

ベンチで膝を抱えて、ルークはゆっくりと息をする。
苦しい…、苦しい…、苦しい。

「ちゃ…る、ぃちゃ…るかにいちゃ…」
「見つけた」
「おにいちゃん…」
「うん、ごめんな…帰ろう、ルーク」

そう言ってルカはルークをそっと抱こうとするがそれは振り払われてしまう。

「ルーク?」
「嘘だ、俺に帰る場所なんてない…だって俺は一人ぼっちだもん…だって俺は」
「一人じゃない、俺の手ちゃんと見ろよ…何もないだろ、俺のこの手お前と繋ぐためにあるんだ…お前の帰る場所はここ、俺の腕の中…」
「お兄ちゃん…」
「お帰り、ルーク」

嬉しくて、嬉しくて俺はそのまま兄の腕の中で気を失った。











「ルーク、待ってるからな、みんな」

手術の日、ルークの手を優しく握っているのは大好きなルカ。
それから、ガイとアッシュがいた。

「俺は、ルカ兄ちゃんさえ居てくれたらそれでいいもん」
「随分、妬ける…ルーク、俺の横はいつでもあいてるからな」
「ルカに愛想尽かしたら俺がいるからな」
「お前らな、好き勝手言いやがってこいつは俺のだ、今も昔もなっ!」

ルークのこめかみにルカはちゅっと口づけて、頑張ってこいとルークの背中を軽く叩いた。





END



次に目が覚めた時、見える世界はきっと今より、ずっと輝いて見える。


[*prev] [next#]






[*prev] [next#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -