続八重桜の咲く頃に

「ルーク!」
「あ、ルカちゃん…」
「どこ行ってたんだよ」
「ごめん、ノワール姐さんの使い」
「そうか」
「…っっ」

懐にとびこんでルークは、さめざめと涙する。

「どうしたんだ、ルーク」
「ううん、ごめん、ごめんね…ルカちゃん」










これから俺がすること
どうか、どうか赦してほしい。








「姐さん」
「ルーク、本当に」
「すみません、一枚看板と誓ったばかりなのに」
「…アタシは、愛する人を裏切ったことがある…守ろうとして、でも守れなかった…しっかりおやり、ルーク」
「ノワール姐さん…?」
「誰かに見つかったら私の使いだと言いなさい、それから裏口から出ていくんだよ」
「はい…」

ルカはいない。
花魁道中を歩いている最中だから。
今、自分を阻むものはない、ただ、一人の遊女として向かうだけ。

「来たか」
「…」
「返事をきかせてもらおう」
「…」

言葉でいうのは負けのような気がして、ルークはそっとアッシュの手をとった。

「なら、行くぞ」

この手を引くのが何故、ルカでないのだろうとルークは思った。
空には、大きな満月だけ。

「若旦那、どこに」
「家に行く前に、母上の墓前にだ」

そう言い、案内された場所には桜が咲き誇っており、月明かりを受け、不思議に光っていた。

「これでいいか」

そういって三味線を取り出すとルークに差し出した。困惑し、アッシュを見れば彼もまた、心配そうにルークを見つめる。

「やはり、使い慣れたものでなければ駄目か?」
「いえ、そういう意味ではなくて…」
「初めにお前が聴かせてくれたあの都々逸…母上にも聴かせてやりたくてな」

嗚呼、またこの顔をする。
この人は酷い人だ。
買ってやるから抱かせろと勝手に振る舞い、かといえば、亡くなった母上を想い悲しそうな顔をする。
なんて人間なのだろうか。

「…随分、古いものだ…よく使われてるし手入れもされてる」
「生前の母のものだ…手入れは俺がしている」
「そうで、ありんすか」

墓前に手を合わせるとルークは、三味線を鳴らす。
それに合わせ、花弁は舞うように風に乗り、散った。

「…」
「終わり、ました」
「…来い、抱いてやる」

そうしてまた最初と同じように、淋しい背中に手を引かれていった。



「…」
「…姐さん、ルークは」
「さぁ、知らないね」
「姐さんの使いに行ったと皆言ってますが」
「言ったとて、なんになる…お前には野望があって仕事をしなければならない…ルークも同じことだよ」
「その口ぶりは知ってるんですね…お願いします、教えてください」

ルカは、両手をついて礼をする。

「今更、知ったとて遅い」
「姐さん!」
「ルークは仕事中だろうよ、アンタのために」
「、どういう…まさか、アッシュが」
「…アンタに出来ることは一つ、待っててやることだよ」

だん!と畳みを叩いた。
だから、この数日様子がおかしかったのかと、今更ながらに唇を噛み、外を見る。

「ルーク」






(ルカ、ちゃん…)

呼ばれたような気がした。

「ルーク」
「はい」
「こちらへ来い」
「はい」

きつめに、アッシュに抱きしめられる。
そのまま、押し倒されるかと思えば首筋に顔を埋めたまま動かない。

「あの、若旦那…?」
「…すまない、ありがとう」
「、ぇ…」
「もう、帰っていいぞ」
「それって」
「先に言ったこと、赦してほしい…あれはお前を連れ出したくてな、普通に言っても来てはくれないだろうだから」
「いや、あの」
「…見受け金は出す…母上の遺言だ、まさか屋敷まであると思わなかったが」
「聞いてってば!」

ぐいっとルークがアッシュをひっぱる。

「何だ」
「本当に、墓前に連れてくるだけのために」
「ああ、」

ああ、これでルカを裏切らなくて済む。

「でも、そうなら何故ルカに説明しないの」
「…無理だ、俺もこの通り、アイツもあんな性格だからな」
「父は」
「…もう永くない、床に伏せったままだ」

なんだか、逆転している気がした。
売られた、俺たちが幸福に感じ、アッシュがとても可哀想に思えて…。

「送っていく、帰ろう」

そうして、ルークはもう一人の兄の憐れな面を見てしまったことにひどく動揺した。

「…っ!」
「…」

裏口の背を預けて、ルカが立っていた。
つかつかと近寄ってきて、アッシュに手を振り上げる。

パシンっ!!!

小気味のいい音は、アッシュでなくルークの頬からした。

「ルーク!!」
「叩く相手が違う、ルカちゃん」
「…」
「それに、見てよ、俺何もされてない、アッシュも何もしてない」
「…」

するりと上半身を肌けたルークに、ルカは渋々だが納得して着物を直す。

「ね、少し話をしようルカちゃん」
「聞きたくない、したくない」
「ルカちゃん!」
「嫌だ!」
「ルーク、もういい…いいから」
「誤解されたままでいいのかよ、馬鹿アッシュ!」

ルークが話をきかない兄たちに喝を入れる。

「人の恨み、妬み…怨恨はどこかで断ち切らなきゃいけないの、今がその時だよ」

タンカをきったルークに、パチパチと拍手が起こる。

「ノワール姐さん」
「ルークの言うとおりだよ、お入り三人とも…頭を冷やしたいなら川に叩きこんであげるよ」
「…」

有無を言わさないノワールに、ルカも不服そうだが中に入って行くと、それに続いてルークもパタパタと走っていく。

「ルカちゃ、ん」
「ん…」
「怒って、る?」
「ん…スゲェ怒ってる」
「ごめん、ごめんね」
「でも、それ以上に嬉しかった」
「え、」

それから、ルカは何も言わずに後ろを歩くルークの手を握って 部屋まで歩いていった。

「さぁ、あの子らは話し合うつもりで中に入ったけど…アンタはどうするんだい?」
「…行こう」

アッシュはノワールに連れられ庭から部屋へと案内された。



「で、なんかあんのかよ」
「…母上が見受け金を残していた、遺言には見受け金の他にも、屋敷を一つ」
「ぇ…」
「ずっと気にかけていたんだ、もし母上を誤解しているなら許してほしい…したことは許されるわけでないが、」

アッシュの声にルカは肘をついて、頬を膨らませる。

「…ふーん」
「ルカちゃん」
「じゃあ、俺たちを買うんだな」
「ああ、すぐにでも」

ぐしゃぐしゃとルカは前髪をかいた。

「…、父上は、元気なのか」
「…永くないと医者に言われた」
「あの父上がねぇ…」

ルークには、残念ながら父の記憶はない。
別宅で暮らしていたせいだろう。
二人が懐かしく話す様子を黙って見ていた。

「次男にも三男にも興味ないだろ、あいつは」

ルカはルークを引き寄せて腰を抱く。

「…父上も人の子だぞ」
「はは、そうかよ」

取り巻く雰囲気が違ってきたことに、ルークは安心してそのままルカに身をまかせてしまう。
話をしているところなのにこんな姿勢でみっともないと思いつつ膝に頭をのせ、ルークはすりすりと頬を寄せる。

「ルーク、眠いか?」
「少、し」
「寝ていいぞ」

ぎゅっとルークの手を握りルカは言う。

「二人、が、喧嘩しないように…見て、る」
「もう、しないって大丈夫だから」
「ほ、んとう」
「約束、破ったことねぇだろ」
「う、ん…」


すっと瞼を綴じるとルークはそのまま眠りについてしまった。

「それにしても…もう何年たつ」
「さぁーなっ!忘れちまったよ、んなこと…」

遠くを見ながらルカは目を伏せる。
ルークが寝てしまい、その部屋にはとても静かな空気が流れ出した。

「見てるだけしか出来なかった」
「…」
「すまない」
「別に…ルークがいたからな…どっちかっつーと、アンタの方が大変そうだけどー」
「…くく、同じ目で見られたな、ルークもそういう顔してた」

楽しそうに笑って、アッシュは口を押さえた。

「へぇ…言っとくけどこいつは俺のだからな、ゆずらねぇよ」
「面白い…」
「失礼、していいかい?」

障子の向こうからノワールの声がし、睨みあうのを止めて、ルカはノワールを招く。

「その様子だと、話は終わったみたいだね」
「ああ、終わったよ」
「なんだ、ルーク寝ちまったのかい?」
「…少し、歩かせたからな」
「それじゃあ、今日はお祝いだねぇ!!
お店は休業!!アニス!アニス!!」

パンパンとノワールが手を叩くとパタパタと足音が近づいてきて。

「姐さん、呼びまして?」
「店、休業!ルークたちの見受け先が決まったよ、お祝いだ!」
「承知しましたぁー!」


それからもう、店はドタバタと宴会の準備を始めてしまい、ルカはルークの愛らしい寝顔を見ながらもう少し寝せてやろうと髪を結いた。








「もう、飲まないの、アッシュ」
「充分だ…あまり強くないからな舐める程度しか飲まないのんだ」
「ふーん」

くいっと、杯を傾けルークは酒を飲む。
舌に馴染んで、仄かに香る、甘い酒。

「お前に礼が言いたい」
「へ?」
「ルークのおかげだ、ありがとう」
「あの、アッシュ、ちょ、ぁンっ!!」

右手首を捕まれ、左手で腰から引き寄せられると、アルコールで熱くなったアッシュの唇が、同様のルークの唇に触れる。

「きゃあ!」
「んなああぁあ!アッシュてめえぇ!!!」

見ていた禿(かむろ)たちは一斉に叫び、庭を素足のままルカが駆け寄る。

「お・れ・の・だ!!!」
「ルカちゃ、ぅむっ!ンン」

ルークの体を抱き口づけたルカを見て、「奪い合い、奪い合い」と他の遊女や禿がやんや、やんやと、はやしたてた。

「消毒」
「んゅっ」
「ルーク、直ぐにルカに追い付いて見せる」
「宣戦布告ってか!いい度胸ぅおっ!?!」
「ルカちゃんはあげません!!」

ぷうぅっと頬を膨らませるとルークはルカの首をぎゅっと抱きしめた。

「ルーク、逆だって」
「アッシュが宣戦布告した、駄目なの、ルカちゃんは俺のなんらからぁ」
「おま、呂律回ってねぇじゃんか!!」

そのまま、ぐてーんとルカに持たれかかり潰れたルークを抱き上げ、離れに向かう。

「仕方ねぇな…」
「ルークねえさん大丈夫?」
「悪いけど、先に寝床にいくから」
「はい、にいさま」
「アッシュにたーっぷりお灸据えとけ」
「はーいっ」

元気よく返事をした禿を見送ると、足音をたてずにその場を離れた。
昨日と変わらない、青白い月…それなのに昨日までとは違う。
伸ばしたら、掴めそうなほど大きくて丸い月。

「るかちゃん」
「んー?」
「出たら、小さい子に読み書き教えたい」
「いいんじゃねぇか?」
「るかちゃんもするんだよ」

寝たと思った弟がふいに、そんな話をした。
腕の中にある、この温もりがルカには、堪らない。
どんな女を腕に抱いても、どんな男の腕に抱かれても、無かった優しい温度。

「わかったよ、ルークが俺の側にいて毎日飯作って、毎日寝てくれたらな」
「…ん、約束する、どこにもいかないよ…だから、昨日はごめん」
「もう、いいって言っただろ…俺、お前にすげぇ愛されてんだって思った、ルーク」
「ルカ兄ちゃ、ぁ…」
「しぃー、なっ…いい子だから」

少し開いた戸の隙間から桜の花びらと風に乗ったその香り。
俺たちは沢山の人に見送られ、遊郭を去る。
八重桜が開き見事に咲き誇るその頃に。



END


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