10年後の夏にもう一度




「ねぇ、一緒に帰ろう」

寒い、寒い冬の日。
そう声をかけてきたのは、クラスでは目立たない奴だった。
男のくせに、大人しくて自分の席に座ってずっと本を読んでるような奴だった。

「勝手にしろよ」

早足になる俺に、そいつは小走りでついてきた。
本当は嬉しかった仲のいいのとは家は反対方向だったし、冬は雪が酷くてどことなく淋しく感じていたから。

「俺、ルーク!君、ルカくんでしょ?」
「そうだよ…」
「ずっと話してみたかったんだ」

俺の隣で、ルークは満面の笑みを浮かべていた。
それから、俺たちはずっと一緒だった。
春も、夏も、秋も、冬も、二人でいれば怖いものもなかったし、楽しいことばかりで過ぎていく。


そう、それはずっと続いていく筈だった。

「転校!?いつだよ!!」
「夏休み、終わったら…二学期は違う、学校…やだよぉ、俺、ルカくんと居たいよぉ」
「ルーク」

10歳の俺達に何ができるわけでもない。
ひたすら、ただひたすらタイムリミットまで一緒にいるしかない。
ラジオ体操も、宿題も、川に行くのも、夏祭りに行くのも、ずっとずっと二人で。
カレンダーにばつ印がどんどん増えていく。

「…ルカくん…」
「なんだ、来たのか」
「ルカくんいるんじゃないかと思って」

夜中、家をこっそりと抜け出してきたのは二人だけの秘密の場所。
誰も知らない、秘密基地。

「ありがと」
「止めろよ」
「ルカくん、大好き…絶対忘れない、俺、忘れないよ」
「俺も」
「…やっぱり行きたくない、いきたくないよ」
「十年後の八月だ」
「ルカくん?」
「夏の成人式、二十歳になったお前と会うんだ…来いよ、成人式」
「うん」
「指切り、それともう泣くな、お前の泣き顔は嫌だ」

わしゃわしゃとルカがルークの頭を撫でるその上、満天の星空だけが二人の別れを悲しむようにいくつもいくつも流れていった。


頻繁にやり取りしていた手紙も、電話も、高学年、中学生、高校生になるにつれて減っていった。
月日の流れは残酷で、俺はゆっくりと、あの胸が痛いほど悲しかったできごともルークのことも少しずつ忘れていく。
進学の為に、地元から離れる頃にはすっかり約束のことも忘れていた。



「あ、もしもし、母さん?、うん、うん、あー…成人式な、特に用事もねーし一応行くよ、出席で出しといて」

地元に帰る準備をする。
頻繁に行き来するのは面倒で、帰るのは一年半ぶり。
新幹線のチケットを取るとルカは次の日、久しぶりの実家に帰っていった。




「相変わらずなんにもねぇな」

寂れた田舎だと小さく笑えば、家に帰る途中で小学生とすれ違う。
汗だくになって仲良く駆けていく二人を思わずルカは振り返る。

「…」

ちくりと、小さな棘がルカの胸を刺した。

「あっちも覚えてねぇって、どうせ」

固く奥底に閉じ込めていたパンドラの箱が不意にあいてしまい、唇を噛み締める。

(そうだろ、ルーク)

家に帰るつもりの足が別の場所へと向かう。
昔遊んだところはビックリするくらいなにも変わっていなかった。
(なんで今更)

最悪だとため息を吐くと、足早に実家に向かった。

「ただいま」
「お帰り、いつまでいるの?」
「盆すぎ、しばらくいるよ」
「去年お墓参りしてないでしょう、しっかりやりなさいよ」
「へいへい」

あっちぃと縁側に転がるとルカは少し目を閉じる。
明日は夏の成人式、少しくらい涼しけりゃいいなとひんやりとした床に体をつけた。







「あっちぃ」

快晴に炎天下。
いくら半袖とはいえ、暑い。

「ルカ!久しぶりー!!」
「おう、久しぶり元気だったか?」

懐かしい顔ぶれが揃っていき、自然と憂鬱な気分も吹き飛んでいく。

「なぁなぁ、お前あっちで彼女できた?」
「いねぇよ、彼女なんて」


一瞬、ルークの笑顔がちらついてルカは誰にも気づかれないくらい小さく舌打ちをした。
そのうち旧友がどんどんと増え、自然と会話が弾み、笑顔になる。
こんな田舎町じゃ成人式でらんちき、ばか騒ぎするような奴もいるはずなく式が始まっても滞りなく進んでいった。

「そんじゃ、また後でな」
「おう」

軽く手を上げて答えると、ルカは一旦家に戻ろうとネクタイを緩めてまた炎天下を歩き出した。

(いなかった、よな)

会場内を思い出しても同じ赤毛はいなかった。

(俺だって覚えてなかったしな)

蝉が鳴く中、なるべく日影を歩いていくと急に手を掴まれる。

「は?」
「…、っは、ぁ、るか、くん」

息を切らせたまま、小さく名前を呼ばれてルカは息を整えている赤毛を黙って見つめる。

「よかった、まにあ、っ」
「あ、おい!!」

グラリと揺れた体を慌てて抱き止めて支える。

「ごめ、ん」
「ルーク」
「へへへ、やっぱり、覚えててくれたんだね」
「ったく、貧血だな…」

真っ青なルークを背負うとルカは家まで歩き出した。


「ごめん、ね」
「いいって」

家に着くと風通りのいい縁側の近くにルークを寝せる。

「おばさん、は?」
「畑だろ」
「そか、ちょっと、むりしたら、式に遅れちゃって」
「お前、ずっと覚えてたんだよな」
「もちろんだよ」
「…むしろ謝るのは俺の方」
「忘れてた?」
「帰ってきて思い出した」
「でも、すぐに思い出してくれて、ルークって呼んでくれたからそれだけでいい」

小さく笑ったルークにルカも少しだ笑みを浮かべる。

「おかしいな、いっぱい話したいことあったのにルカくん見たら全部忘れちゃった」

額に張りつくルークの髪を払う。

「変わってないなお前」
「ルカくんは髪伸びたね」

髪をくいくいと引っ張られてルカは、ぺちんと軽くルークを叩いた。

「痛い」
「だろうな」
「相変わらず意地悪」
「その意地悪が好きでずっとついてきたんだろ」
「うん、今も好きだよ」

飲んでいた麦茶が変なところに入ってルカは勢いよく噎せる。
二十歳の男が何を言うんだかと、ルークを見れば茶化せるような顔じゃなかった。

「なーんて、ね…休ませてくれてありがとう、そろそろ良くなってきたから行くよ、駅に荷物起きっぱなしなんだ」

ゆっくりと体を起こすルークを、行かせないとでもいうようにルカは掴まえた。

「ルカくん、離して」
「嫌だっつったら?」
「ダメだよ、離して、お願いだから」
「嫌だね、昔は人の話も聞かないで行くような奴じゃなかった」
「ルカくん俺はンッ!!」
「これでも聞いてかねーの?」

煩わしくなって抵抗するルークにルカは口づける。

「な、ぁ、」
「だから、聞けって言ったろ」
「だって」
「今離したらもう会えなくなる、そしたらもう十年後もない…」
「…ルカくん、ずっとずっと好きだった、嫌われても気持ち悪がられてもいいから今日絶対言おうって決めてたんだ」
「本当薄情な奴でごめんな、でも、俺たちはあん時みたいに子供じゃない…もう、放したりしねぇよ、好きだ、ルーク」

ルークの髪をかきあげるようにして撫でると、ルカはもう一度ルークに口づけた。

「十年前の夏休みの続きしよう」
「あぁ、いいぜ」


もう一度、君との夏休みを。



END














secretbaseを聴きながら
十年後に会った少年たち。








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