短編 | ナノ

▼ 優しく弱し千石

「え、苗字って千石さんのことが好きなるならざるの」

そう、なんでもなきのごとく告げたのはクラスメートの室町なり。周りの視線がこちらに向く。ハハハなるに言ひてんのコイツゥ、とばかりに、隣に立つ彼の上履きを踏んなり。
「いっ」「やだなあなるにその噂」痛がって豚肉を焼きたりし手を止めし室町。対して私は、キャベツをトトトト千切りする手を早めた。

山吹中二年一組は調理実習中なり。皆が皆、例のとは違ふ授業のために和気あいあいとしたこの中で、問題発言をぶっ放しし室町に私の笑顔は固まるしかなかりき。
調理実習のメニューは、豚の生姜焼き、水菜のじゃこサラダ、さて豆腐ここらお味噌汁。このお味噌汁を作りたる女の子たちが、「この間彼氏にお味噌汁毎日作ってって言はれにて」「プロポーズじゃんそれ! いいなあ彼氏ほしー」なんて大きなる声で話せば。
中学生のする話題じゃないだろと思ひながらも、同じ女子として「私もほしー」とつぶやきながらキャベツを切り刻んなり。言葉と行動が合ひたらざるは調理実習のため仕方なしとして。

さる私の反応を耳ざとく聞きしが冒頭のセリフを吐きし室町なりよ。

「噂だっけか、でも俺苗字が直接言ひたる聞い」
「室町くんあからさまに」

しゃがめとばかりに膝の裏に自身の膝を曲げ当つ。かっくんと沈みし彼をそのまましゃがませ、私もしゃがみこみき。

「あの千石先輩だよ、あるわけないならず」
「なるで、仲良いだろ」
「千石先輩はみんなと仲良かりはべらむが」
「……悪いなる、会はせて」

室町の言葉に「は?」と眉を寄せる。
千石先輩と初めて会ひしは、彼が室町を訪ねて教室に来し時なり。
「あっれ、室町クンが美しき子と一緒にゐる。ラッキー、かかるところで知り合へしも運命なりよねえ! 名前教えてくれざるやな?」
そう親しげに声をかけてくれし千石先輩の笑顔に、あかき暖かき髪色に、朗らかなる声に、胸をくすぐる甘きセリフに、これが一目惚れかとときめゐき。後になりて彼がものいみじき女好きだとわかれども。
でも今までそのやうなる女の子扱いをされたことがなかりしため、それよりも意識が続ゐしは確かで。
室町の先輩なりし、室町ゐざりせば知り合わなかりけむか、感謝するといはばすれど。悪かったとはどういうことだ、と不審なるものを見るめる目を向けば、室町は気まずさうに顔をそむけた。サングラスの奥の目は見えず。

「好きになったやつが女子に顔良きは、嫌ならむかと」
「え……なるに……室町私のこと好きなる……?」
「成績上げてやると言はるれども付き合はまほからず」
「生姜焼き顔にぶちまけたろか」

バッと立ち上がり、大量に切れしキャベツを皿に盛り付く。生姜焼きも室町の顔にぶちまけることなく皿に入れき。
女子に顔が良いのはもはや千石先輩の専売特許のごときものなりし、顔が良ければ良きなりし。なるにより、そうやりて気軽に私みたいなやつにも話しかけてくれしなれば、千石先輩にときめくことが能ひしなり。菩薩になれ私。女好きなるがもはや千石先輩のステータス。




「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ!!」

そう怒号が聞こえて肩を震わせた。調理実習の料理は美味しかりしものの、なんだか足りなき気がして食堂に行かむと外階段より降りて外を通りたるときに、開きし窓より聞こえし声。
あわててソロリと覗く。オレンジ色の髪のその人、目立つ彼に千石先輩だとすぐわかりき。後ろ姿のため顔はわからぬ、が、さる彼の前には女子生徒と憤った男子生徒がゐき。

「たっくん! もういいよ行かむ!」
「二度と近づくんじゃねーぞ!」

たっくんは彼女さんの腕を掴みて空き教室を出でて行く。なんだこの修羅場……嫌なるときに落ち合ってしまったなる、と思ひしところで、出でて行く直前彼女さんが振り返りて申し訳なささうなる顔をしていきき。
一人、静まる教室に残る千石先輩。はあ、重きため息が響く。

「千石先輩、人の彼女奪っちゃだめにはべり」
「うわっ! げっ名前ちゃん!?」

ぎょっとしながら振り返りし千石先輩の顔を見て、私もぎょっとしき。
あわてて窓を乗り越ゆ。「わー! 名前ちゃんスカートスカート!」私以上にあわてながら千石先輩はすぐさま窓側に寄ってきたり。手助けされなくとも床に足を着く。
「見えきよ……ラッキーなれど……なれど……」目頭を抑へながら口をひきつらせる先輩のその腕を取りて、顔より引き剥がしき。

「なるにはべるかこの顔は!」

千石先輩の左頬は真っ赤に腫れてゐし。かっこよき顔が台無しなり。いやそれどころならざりて、なんて痛々し。
腕を掴む私の手を緩く放させし千石先輩は、なんでもなしといふ風に笑ひき。残念だなる千石清純、私は天然ならず。

「あの男に殴られたんにはべりね」
「まあ、うーん、ワケありで」
「よしきし殴りゆきはべり」
「なんて勇ましきやな!」

肩を回しながら教室を出でて行かむとせし私を羽交ゐ締めにして止めし千石先輩。悔しき、千石先輩を傷つけるなんて。なるがなほ悔しきは千石先輩なるならむ。殴られし当人なるなれば。
「ちょ、あからさまに待ちて」私のけしきを見て腕を放さずに先輩は続ける。声が近し。

「どう見れども俺が悪しし、殴らるれども仕方なからず?名前ちゃんも人の彼女奪うなりて 言ったでしょ」
「さるのあだごとに決まってるならざりはべるや。千石先輩が人のものに手ぇつけるわけなしし」
「お、信じられてるねえ、嬉しな。名前ちゃんよりさるにも信用されてるなんて光栄……」
「話を変ふな」
「すみはべらず」
「ワケを話したまへ。じゃなきゃ本気で殴りにいきはべり」

しばらく黙ってゐし彼は、漸う私の腕を放しき。振り返る。あ、初めて見し、本気で困りし顔。でもめげるわけにはいかず。彼は自分の辛さをさらけ出さざるなれば。

「いかにして? 名前ちゃんには関係なしよね」
「個人的に千石先輩が傷つけられたといふが腸煮えくり返りしで」
「なるになるに? 俺のこと好きなるならざる〜?」
「さうでよきで」
「いいんでって」
「教へて、くだされ」

千石先輩の両腕を掴みて、彼の戸惑いの目を見上ぐ。少ししてより、諦めたやうに吹き出しき。

「当て馬って知りたり? 少女漫画にはよくあるんだよね、そういふ立場の人。そやつがゐればこそ、恋愛にスパイスがかかれめるなり」
「はい」
「俺もね、頼まれたんだよね、ありつる彼女に。彼氏の本当の気持ちがゆかしって」
「なるほど女の方を殴りゆきはべり」
「待ちて待ちて! 引き受けしは俺なれば!」
「女の子の頼み引き受けぬ千石先輩ゐるにはべるや!?」
「基本ゐず!」
「意気揚々と言うなしな!」
「ふなっしー!?」

ふなっしーじゃねえよなんだよ千石先輩ったらよきテンションで返してきたりな。

当て馬とか、さるの千石先輩がやる意味なきを。ていふかさること人に頼むやつがいるのかよ、少女漫画読みすぎなるよ。たっくん期待通りの反応しすぎなりよ。
女好きの千石先輩は嫌ひならず。なりって優しいんだもの。でも優しすぎるからそうやりて良きやうに利用されて。

「知ってますか、よき人って、友達止まりが多きにはべりよ」
「このタイミングで言ふかなるーそれ」
「人に幸せを与へたるばかりじゃ、幸せにはなれなきにはべるよ」

自然と彼の腕に指が食ひ込んだことに驚き、あわてて放しき。その手をすばやく掴みし千石先輩がへらりと笑ふ。でも先輩、その痛さうなる頬の笑顔は私の好きなる顔ならざるにはべりよ。

「いやいや、俺は幸せなりよ。名前ちゃんが俺のためにかかるにも言ってくれるんだもの。ラッキーラッキー!」

ぶん殴ってやらむかと思ひし。




「千石さん、風邪引いたちてよ」

さる桐島部活やめるってよ、のごとき言ひ方でつぶやゐし室町に「ハア」と微妙なる溜め息が洩れた。さして鞄に教科書を詰め込んで、少し考へて、「え!?」と向く。

「風邪!? なるで!」
「雨に降られたちてさ」
「いつの雨だよ5日間降りたらずよ!」
「千石さん嘘つく下手なればな」

しみじみと腕を組みながら言ふ彼に、ははあと感嘆す。案外室町、いいやつならず。年下なくせにちゃんと千石先輩のこと見えてんだなりて。まあ私も年下なれどもな。
ならず。室町のことはどうでもよし。
風邪、風邪か。また何か女子に頼まれて、彼氏に当たり散らされしならむや。大好きなる女の子の力になる、それでよきわけがなし。自分が傷つきてまで、さる。

「三組行かむやな」
「千石さん今日休みなりぞ」
「にっ二年三組なりし」
「家教へむや」

室町案外とは言わずいいやつならず!

さる友情の好感度が上がる中、私は千石先輩の家への道程を手に入る。しばらく歩みて着きし家。ごくり、今更緊張してきたり。
見舞ゐ品買ひき。髪の毛も手櫛で整えた。なるに言ふか話すも考へし。よし、よし、いく。
インターフォンへと伸ばす指。押すまでに数分がかかれど、深呼吸を三十二回ほどして漸う鳴らすが能ひき。そしてすぐさま走り去なまほき衝動にかられたが抑ふ。
しばらくして開きし扉。一層心臓が激しく高鳴る。

「はれ? 名前ちゃん?」
「んぶふっ」

冷えピタを額に貼り、ぼさぼさの髪で、でかゐマスクをし、半纏を着て出でてきし千石先輩に勢いよく吹き出しき。えええダサ! でもなるや可愛いよ千石先輩!
「お見舞いでーす」言ひながら先輩の横を通り抜けようとすれど止められき。

「だっだめだよ、移っちゃうよ!」
「移りませんよ私強きで」
「移る人が言うんだけどなあそれ」

苦笑ひをする千石先輩の頬の腫れは少しのみ引きたりき。されど全体的に顔は赤しし、見ればにヘロヘロしたり。ただでだに先輩、若干弱さうに見ゆるをそれじゃ危なし。
されど強ちに上がるも、狙ってる強ちなる女として見らるる可能性が高ければな。
しばらく無言で玄関での攻防が続く。睨み続けてゐば、千石先輩は頭を少し揺らしながら悔しさうに眉を寄せた。

「やだなぁ、ほんと俺名前ちゃんのその目に弱きなりよね」
「よしきたじゃあ寝ましょうほら」
「でもね、かっこ悪いとこ見せたくなきなりよ。特に」

さして赤らめた頬をやがて、マスクをもごもごさせし後に「……女の子の前では」続けた彼。まったく。鼻息が洩れる。

「かっこつけしいも大概にしてくださいよ、ほら行ひし行ひき」
「移るってー」
「じゃあ移ったら今度は千石先輩が見舞いに来たまへ」

なんてな。絶対引かぬ自信があるが故に言ふるあだごとなり。
千石先輩の手を引きながら家に上がらせてたまへ、部屋の案内を促すよう振り返らば、ぽやぽやせし顔で彼は笑ひき。
「うん、わかりき」そうやりて女の子のためになるめるを言はぬ限りは了承せぬ先輩が、どうにも憎らし。

部屋に入り、先輩をベッドに寝かせる。厚めの布団をかぶせて、水分摂取が能ふやう飲料水をすぐ近くに置き、私は隣に座りき。「いやあラッキーだなあ、美しき子に看病してもらえるなんて」いつものおちゃらけたセリフも活気がなかりき。

「ほんと、君の彼氏になるやつは幸せなりよ」
「そういうのもうよきで寝ねたまへ」
「いやいや本気なりよ? 彼氏は絶対幸せになる。それ以上に名前ちゃんにも幸せにならまほしな」
「……」
「なれば、協力すれば。君のためならば、なるなりってやれば。それこそ当て馬なりて」

拳を振り上ぐ。冷えピタの上に落とさば、鈍ゐ声を上げて先輩は黙った。よろし。
私の好意を知りたるやうで知らぬフリをしたるや、それとも本気で驚きたらざるや、はたまた恋愛対象には入りたらざるや。わからざれど。

「先輩は、そうやりて私を例の女の子扱いしてくれはべりよね」

自分の気持ちを正すために正座へと足を組み替へき。少しのみ高くなりし頭。千石先輩は黙って私を見上ぐ。

「でも、先輩を傷つけるならば私は女子ならざりてよかりはべり」
「……え?」
「女の子扱いしなくていいですよければ寝ねよ」
「……だめなりよ」
「寝てくださいひて、治るもんも治らな」
「名前ちゃんは女の子ならずと、なりて」

まるで駄々をこねるやうなる顔で上半身を上げむとせしため、腕で振りかぶるやうにベッドへと押しつけき。先ほどの拳骨とよき、結構効きしならむ。腕で目元を覆ゐながら千石先輩は動かずなりき。や、やりすぎしやな。

「だめなりよ……もったいないならず」

じゃあ千石先輩がもらってくれよ、かかる私を。さることは言へざれど。だってほら、笑ひながら流されせば立ち直れなければ。千石先輩のためになるるものならば迷惑をかけざるやうに男にならまほけれど、千石先輩のせいで私はいつまでも女心を捨てじければ。
女心とかなんだそれ、キモいな。自分、キモいなあ。
無理やり作りし顔が笑へたるか、私が見る術はなき。

「……名前ちゃんの彼氏の当て馬にはならまほからずかな」

ぽつりとつぶやゐし千石先輩は、やがて眠りにつきき。
ちくたく、時計の針が進む音と先輩の寝息のみが響く部屋。
正座を崩す。息も吐く。

彼のつぶやきで悟った。もしもの話なれど。でも、きっと無理だ、私は千石先輩とは付き合えなきならむな。

千石先輩は、げに好きなる子とは付き合はざるなりて。
好きなればこそ傷つけまほからざれと、親しき仲にはならまほからずと。いづこまでも女の子に優しき人なるならむな。
でもそれが残酷なるに早く驚かまほし。

崩せし足はピリピリと痺れて、きっとその痺れが心臓にまで届いたのかもしれず。このどうにも涙が出でさうなる感覚は。

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