短編 | ナノ

▼ 鉢屋三郎の一生の始まり

∴忍たま。いはゆる転生なりするかもしれぬ。よくわからぬ設定なる注意。




忍として死にて、次に我が物心つきしにははやく世は江戸時代初期となれり。そこでは役者の家系なりき。長生きをせり。次は江戸時代後期。写真家となり、日本の様々なる所を旅して、懐かしき友を写しき。されど病死をすれば短命なりき。その次の明治時代中期でおどろきし命は大正時代で戦死により失ひき。
など我はこうも輪廻をありかねばならずや、何度も何度も考へき。考へて、げにたまに会ふ学園のかたへに軽き心地で訊ねてみき。

「名前に会はまほしまじや?」

曰く江戸時代で、我のごとく輪廻をありきこしボサボサ髪の旧友。
さて驚きき。我がかくも楽になれぬは、ただ一つ、彼女を見るべかりたらねばなり。室町で死ぬる間際、一目でいひより会はまほしかりしあいつが。

さ彼女の想ひを抱きしまま、時は平成。どうやらこの世は我にとりて奇跡の重なりし世と言へども過言ならずめり。
なぜならば! 雷蔵が隣の家の幼ならひ! 八左ヱ門と小学校からの級友! 兵助は中学校で出会ひ、勘右衛門は高校で転校しきたり! さるは皆同じ年!
こうまでして皆が皆揃ふは今までの世たえてなかりしに、年も同じと来しもんなり。忍術学園のかの日々が思ひ返さる。
口惜しきことに今の兵助と雷蔵には室町の時の記憶はなき、が、さりとてあひつらはあひつらなり。我のたのめる人物にはうつろひなし。

そして、なによりも、なによりも我が喜びに打ちひしがれしは。

「おはやく鉢屋くん」
「お、はぞ」

名前がこの平成の世なりて、我と同じ同級生といふなり。
あしたの挨拶で笑ひかけてくれし名前の顔を見しばかりで我は地面に突っ伏さむきはの幸福を得き。泣かばや。もういと泣かばや。だがされど挨拶されて泣きそめし男を見ばいくら優しき名前でも引かめば念ず。
女友垣の方へ向かひていひし名前の背中を見て少しばかり涙の滲みしはせむかたなきなるとして。

「ほんと三郎は苗字の恋しきぞは」
「なにを言へる八左ヱ門。好きといふ言の葉では表現せられぬほど想へりさ」
「はひはい。さりとて本人の前でな泣きそ。けうとがらるとて」
「なんぢは! 我が今までいかほど求めたりしか知らねば!」

級友の八左ヱ門は我の勢いを真正面より受け取り、苦笑いをこぼしき。八左ヱ門が何回輪廻をありきしか、その中でいかほど記憶を持てるか我は知らぬ。が、常に持てる、忘るるのなかりし私よりかは少なからむ。我はずっと、それこそ今の名前の生まるる早く名前が恋しく、待てるなり。

……など、室町らへんの世では未だ通じけめど、現代でさること言はばまず「重し」と言はるるは百も承知。悪しくば変人奇人、ストーカーとおぼゆるならむ。なれば我はこの平成の今でも想ひをしまひしまま……。フン、正直おのれの女々しさを嘲らまほしけれど、万一名前に嫌わるれば終はればせむかたなし。
我は、今度こそ、なにがあれども、名前と夫婦になるなり。そのために我は平成に生まれきたり!

「熱きとこ申し訳なけれどぞ、いくら三郎でも攻めぬと付き合ふは叶はぬぞ」

ひょこりと顔を出ししは勘右衛門なり。後ろには兵助もぽけっとせる顔でありき。
余談なれど、我の名前は三郎ならず。室町ではそうなれど、平成ではもちろん違ふ名前なり。されど記憶のある勘右衛門や八左ヱ門は我を三郎と呼ぶ。雷蔵や兵助含め、今やもう皆違ふ名前なれど、慣れたれば、といふよしでおかたみ古き名前で呼ぶなり。記憶のなき雷蔵と兵助にはあだ名なると言へり。それで誤魔化さるる二人は、いと可愛いやつらなり。

そはさるものにて、勘右衛門が笑ひつつ指しし先を見る。名前が雷蔵や他の文系男子と談笑せり。

「三郎は生まれもりしその雷蔵似の顔なくせに目つき悪しければチャラく見えむ。事実名前に会うまでやんちゃしきたり。対して名前は金持ちの家に生まるれば、英才教育を受けたいわゆるお嬢様。つり合はず」
「などかさズバズバ言ふやは」

勘右衛門は真顔で二、三度頷くともう一度つり合はぬと言ひき。この野郎。
「ゆゆしきぞは、平成でとうとう本物の雷蔵の顔を手に入るるとは」「世界にはおのれと似たる顔が三人ありとて聞けど、よもかくも身近に見らるるとは思はざりしぞ」八左ヱ門と兵助の若干噛み合ひたらぬつぶやきは置きおきて、確かに、確かにと眉を寄す。
どうせこの世でも名前に会へざらむと思へる我は、高校で出会ふまであからさまにハメを外しすぎき。未成年がやるべからぬもしたし、まあ、どうせまた生まれうつろはむと楽しめるかもしれぬ。おかげで不良なる汚名がついたが、よも名前と会へるとは思ひたらねばなり。今では大人しくせり。……我が手に負へぬ不良なるといふ噂は広まりしままなれど。

「名前を手に入れまほしくばまず仲を深めよ。話はそれからだ」

笑顔のくせにドスの効きし声で突き刺しこし勘右衛門。苦笑いをやりくる八左ヱ門。いまだに興なさそうに無表情に見くる兵助。三人に応援されしものの、我は。正直。

「あ、さよなら鉢屋くん」
「あな、じゃあな」

あしたと帰りの挨拶をするばかりで精一杯なり、そして満たさるるなり。
廊下を去にゆく名前の背中を見てしめつけられし心臓を必死で動かし全身に血をありかせたると、雷蔵が「もう」と呆れしように隣に立ちき。

「三郎、挨拶だけじゃなりめならむ。我が彼女と話せる時とか、入りくれどもよきぞ」

せっかくたよりを作れるに、と眉を寄する雷蔵には、我が名前を恋しきと言ふのみ伝へてあり。室町の時とよき、こうしておのれのことのごとく考へてくるる雷蔵はげによきなり。
我に名前と話すひまを作るといふばかりならず、雷蔵ははやく名前と相性が良からむ。よく忍術学園でも親しげなりき。……もちろん、我もいれて、三人で。

室町では名前は雷蔵恋しがりき。さばかり二人は仲が良かりき。二人を恋しき我は臆病なるもので、おかげで直接告白もせられざりき。
されど、我はおのれの中で抑へきれぬ想ひを紙に綴りしもので。死ぬる可能性の高き忍務に行くとわかったやありなはば、いはゆる恋文をしたためき。結局渡せで我は朽つるとなれど、かの文やいかがなりけむ。我の遺体と共に、誰にも驚かれず、燃えゆききや。

おっと、真剣になれるついでならず。我は今を生くるを決意せるなり。そのためには名前を何が何でもものにせばや。だが、何百年と想ひ続け、話してこれなかりし分、いで話すとなると単語一文で心飽きぬ。ちょ、我そろそろむくつけし。このままでは名前が他の虫たちに目のいきぬるといふに心臓の言ふを聞きてくれない。
さりとて。

「雷蔵、ありがたく。だが我がおのれで、一人で、なんとかさまほしければ」

彼女と我のころは、もう誰にも邪魔さるまじきなり。




とは言ひしものの、いかが仲良くなるべきかと思ふ。名前は見しところ記憶を持ちたらず。まずはなのめなる男女友達としての仲を築かねば。
一緒に帰らむと誘ひてくれし雷蔵の優しさを涙ぐましく断り、案に耽りつつあらゆるかたを歩く。
本屋で恋愛特集の雑誌を立ち読みし、公園でナンパを観察し、驚くことに庄しかと彦ちゃんらしき子のありしため後をつきゆきてみ。途中でこれじゃまさに変態なると驚きしには、見知らぬ住宅街に来たりき。わ、我はなにをやれりや。

仕方なしに元の道に戻らむと長い塀に沿ひて歩く。白い塀は真剣に長し。などでかき家なり。つーか家かこは。……。もしかして。
ふと彼女が頭の中をよぎりき。いや常に頭なれどさいふならず。

ぶわっと視界に突然名前が入り込みき。高い塀を乗り越えし彼女と目合ふ。そこよりは考へて動きたらぬ、ただ必死に彼女を受け止めき。受け止めきれで地面に二人して倒れ込む。

「はっはっ鉢屋くん!? あ、ご、ごめん! 大丈夫!?」
「大丈夫なり……が、なに、し」
「ハッ! いけぬ見つかる!」

とみに降りこし名前は早々に驚き上がると機敏なる動きで我の腕を取りき。ドクリと心臓跳ぬ。ふ、触れたる、名前が、我に。室町の時ですらありがたかりし接触に、目を白黒させたると、彼女が走り出でしたため繋がれたる我も必然やうに追いかけき。
塀に沿ひゆくと小さき扉を見つけき。懐より鍵を取り出しし名前はそれでとく開けて我を中へと押し込む。彼女も共に入りてさすと辺りは真っ暗になりき。外よりバタバタと走り去ぬる音きこゆ。

いづら建物の中なのかたえて灯がなけれど、入る前にあらかじめ片目を瞑りたればきはは早々に確認すべかりき。いづら倉庫のごとし。
隣なる名前はきょろきょろしつつ鉢屋くん、と囁く。妙に吐息がキたがそれどころならねばなのめにいらふ。

「ごめんねとみにぐし込みて。ここ、うちの蔵なれどぞ」

やはり塀の中の家はこの蔵を含め名前の家なりけむ。手元を探りつつ明かりをとぶらひ出しし彼女の点けしにより視界は一気に明りき。
周り一体の物におお、と感嘆の息漏る。あの壺も、掛け軸も、琴も、鏡も、どれも名の知れし者の創作せるお宝ならむ。さすが苗字家、正真正銘金持ちなり。
お、砧までありや、懐かしは。ん、こっちの調度品の漆塗りはめでたきものなり! ああっ唐物! すごし!
世を感じる懐古の物に人知れず興奮せりて、驚きしにはまじまじと名前に見られたりき。し、しまひき。放りおきにけり。

「な、なんで塀を乗り越ゆるまねびせるなり? 怪我をすぞ」今まで創造物に夢中なりし我の言ふ言の葉ならぬは重々承知なり。

「あはは、心配ありがたく。でも今日の習ひ事、めいところせく入れられたりて」
「習ひ事?」
「うん、うたてければ逃げきにけり。習ひ事のみならぬ、あまりかくいふ金持ちな暮らしが苦手にぞ」

縛らるまじきぞかしい! 神妙に眉を寄せし彼女は、腕を組んでうんうんと頷けり。
文作品で雷蔵たちと談笑せる彼女が、おしとやかに優秀なる彼女が、がらがらと崩る。されどそは我にとりて悪しきならざりき。
私がずうっと偲びたりし彼女が昔よりかかればなり。優秀に見えて天真爛漫なをこといふや。

「ほんとは街に逃げむと思へど……うん、まあ蔵も見つからじければよきや。鉢屋くんも楽しからむしかし」

さ言ひて彼女は奥に進む。「ここ、小さき頃よりいと恋しきかたなり。父さまたちはごみなりとか言へど、世を感じるやむごとなきものたちなるぞ」さ言ひて名前は古びし壁の前で止まりき。我にし気な笑みで向く。あな、そのけしきも、懐かし。

「我と母さま以外秘密のかたなれど、鉢屋くんの反応が嬉しければ教ふかし」

ばん、二回ほど壁をこはく叩きて最後に軽く一蹴を食らはせし彼女。途端に床がぱかりと開きて、蔵の下へと落ちき。とみなるなれど無事着地。正直驚きき。……さいはば、彼女や作法委員なりし。濃く受け継がれたり。
「やるなき鉢屋くん!」笑ひつつ名前は奥へ進みき。地下は先ほどよりも空気が重けれど、先ほどよりも古びし掛け軸や文などがあまたありき。
触りてよきか、と許可を取らば、名前は蝋燭に火を点けつつ頷きき。
しなびられし文を手に取り捲る。今とは字体が違へど充分に読める。……こは、中在家先輩の記しし本なり。

なほ文を探り、驚きき。くのたまの書あればなり。などここにかかるものが。名前もなほ、記憶やある。
振り返らば、彼女も画集に目を落とせり。驚きし彼女に静かに問ふ。生唾を飲み込みき。

「……三郎、といふ人物を知れりや」
「三郎?」

とばかり考へしあと、彼女は「よそうならぬ名前なりかし?」と首を傾げき。顔の筋肉は動きたらぬ、なによりその目の嘘ならぬを告げたり。安心せめる口惜しめる、息を一つつきて「すまぬ、なんでもなし」と笑ふ。
あやしそうに首を傾げし彼女は、少ししてハッと目を大きにせり。そしてまどひて近くの棚に手をかけ、そこより漆塗りの箱を取り出す。

「三郎、三郎ぞ! なんか聞きしあると思へど……これかは!」

心臓がまた一つ大きに鳴りき。名前の開けし箱の中に入れるは、二通の文。
上なる一通の文を取りて、名前はやをらと開きき。じわり、熱が身体中にわたりゆく。驚愕より顔が変へられざりき。

「この文、差出人が三郎とて書きてある。宛先はうちのひありばあちゃんのばあちゃん……だったかな? 我と同じ名前の人に宛てたりて。それしか読めねど」

彼女に震ゆる足で近づきて、蝋燭の灯りの中見ゆる文を覗き込みき。
涙がこぼれそうになるを必死で忍ぶ。紛れもなき、こは、我が、名前に宛てし恋文なりき。死ぬる前に、直接語ることのせられざりしをしたためし恋情。渡すべからざりしそれ。
今や黄ばみ、虫に食はれたりて所々読めずなれり。さりとて、さりとて届ききや。

紙に触るると、手の滲める所わかれり。大いなる染み。くしゃくしゃになりし文。
名前、もしかして、泣きてくれけむや。我の恋文を見て、涙を落としてくれきや。

「あと、こはお返しの文かは。結局、渡すことはせられざりきめれど」

我の恋文の下に入れる文を取り出しし名前。便箋にも入れられたらず、四つ折りで折られたりし一枚の紙を彼女は我に差し出しき。

「よくわからねど、多分、鉢屋くんに渡すべきかはとて」

なにも言へず、震えしまま文を手に取る。中を見て息をのみき。名前の字なり。
などことはなき、そこには名前の心地綴られたりき。

我の死にし後に雷蔵が恋文をやりてくれしと。ずっとずっと、我が想ひを告げてくるるを待てると。名前は他の有徳人のがり嫁ぐになりしと。
――おのづからまた生を持ちし時は、共に一生を歩ままほしきと。

とめどなく溢れこし涙を、必死に手で抑ふるしか止むるかたは知らざりき。
をこ、隣には記憶のなき名前のあるなり。泣きたらば怪しまる。……さりとて、今は、我のこの何度も繰り返しこし輪廻がただ今報はれしなれば許さなむ。

声も上げずただ黙りて泣く我を、名前は顔を見むとするはなくずっと背中を優しく叩きてくれたりき。




蔵を出るとどっぷり日暮れたりき。泣けるところなど、かの四人にもなかなか見せぬに、など恋偲びたる女に見するとなりにけりや。不可抗力なればせむかたなきと言はばせむかたなけれど。
「鉢屋くんて案外泣き虫なりかし!」とニヤニヤ笑ふ名前に羞恥心が募れど、さほどで済ませてくれし彼女に救はる。とばかりして彼女は悪どあり笑みを柔らかく変へき。

「まあでもわかるは、我も三郎さんの文読みし時泣きしもの」

さだめて、想ひの重きほど詰め込まれたれば伝わりけりかし、なんちゃとて。はしたなそうに笑ひし彼女の腕を引きて、我の腕の中に入れき。
息をのむ声伝わる。

記憶がなけれども、性格が違へども、身体や顔が違へども、名前は名前なり。ただひとへに、何百年と偲びこし人なり。我は、再び相見えしではやく慊焉たる思ひなるぞ。

ただ、少しばかり欲を言へどもよくば。

「恋し、だ。名前」

主と、今度こそ共に一生を歩まばや。

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