短編 | ナノ

▼ 沢田には追いつかず

∴高校設定 あからさまに悲しき感じ




物事には適当、といふが一番なり。日誌にペンを走らする言葉は、ろくに考えてもゐざるばかり。それでも特に何のお咎めもなし。馬鹿真面目にやらざれども、合格ラインだにあからさまに越えば何事もクリア能ふものなり。「可もなく不可もなく」ああなんて楽なるならむ。

おーわり。適当に書きし日誌を閉じて、黒板の前に立ちたる沢田に向ゐき。い未だに黒板を拭ゐたる彼に、さる真剣に取り組まなくてよきをと内心嘲笑ふ。どうせ明日にはまた汚れるんなれば。
放課後の教室。ついさっきまで生徒たちがここらゐしを、すでに部活やら帰宅やら。私と沢田以外ゐぬ教室を見渡し、再び沢田に視線を合はせき。

「沢田ー未だ?」
「あっごめん、もう終はれば!」

こちらを振り向ゐし沢田はまどひしやうに角を拭くと、雑巾を洗ひに廊下へ出でて行ひき。やれやれ、何事にもあわあわしたる人だなあほんと。まあさる人と日直をするのもたまには楽しく感ずるが。

帰り支度を終へて鞄を肩なりかくと沢田が廊下より戻ってきたり。疲れし〜なんて顔に出す彼に同意しつつ、日誌私が出せばこれで解散、と声を上げむとせば、先に沢田が驚きしやうに上げき。

「いっけねー…ゴミ出す忘れたりき」
「えー、今日はよからず?」
「でも金曜なれば」

金曜日はゴミの回収日なり。仕方なく鼻より息を吐きし私に、沢田は眉を下げて俺が持ちゆけば苗字は日誌お願ひ、と笑ひき。その言葉を待ってましき。
沢田がゴミ箱よりゴミ袋を取り出ししを見つつ、私は教室の電気のスイッチに手をかけき。

しばらくして動きを止めし沢田に、また何か、と自然に眉が寄る。されど次の沢田の言葉に目が見開きき。

「苗字、進路、専門やめしの?」

沢田が見てゐしは、透明のゴミ袋より見ゆる私の進路調査票。なるでさる見ゆるところに行っちゃったんならむや。歪みさうになりし表情を抑へ、ハハハと笑みを浮かべき。

「それあからさまに気まぐれに書いてみしのみなれば」
「嘘だろ。そういはば苗字、家庭科の授業、中学の時とか上手かったもんなあ」
「おいおゐ沢田くん、あることなき…」
「ほんとなりよ!いつもすげーって見たりしなり!俺は針とか指に刺すこと多かりきし」

苦笑ひする沢田に、私もつられて笑んなり。内心なるにも笑うところなんてなけれど。中学の頃はあんなにもダメダメなりしくせに、高校で急激に成長せし沢田。学問も運動も並なるは否めなきが、友人にも恵まれて随分と日々を満喫したる沢田が、私は、嫌ひなりき。これは嫉妬よりくるものなり。変はるが能ひて、羨ましと。

「で、やめしの?」

苦笑ひを止め、柔らかき笑みを浮かぶる沢田に、私は口角を上げながらやむるに決まってるならずと返しき。

「将来安定するなんて断定したらずし、それは趣味でもできるしね」

本音なり。まさか沢田に進路のことを話すなんて思はざりき。
小さき頃より大好きなるものがありき。それを職業にしせば、好きなるが仕事でできせば、さることを考へて、望んでゐき。いはけなき子どもが考ふる将来の夢、といふものは滑稽なるものなり。それを叶ふる者なんて一握りなるを。
金、才能、努力、保証、さてその夢を追はむとする精神力。いづれか一つでも欠ければなれざるを、さるものを夢見るなんて馬鹿げてゐるなりよ。人生は一回しかなければ悔いがなきやうに生きろなりとか、さるの無理無理、強ちに決まりたりって!一回しかなければ失敗したくなきなりよ。
なれば堅実なる道を取るんだ私は。家族に迷惑をかけざるやう、さて不安定なる世の中でも未だ救いがあるやう。それが間違いなんて言はせぬ、誰にも。

笑みを消して、何か物足りなささうなる表情を浮かべし沢田の言葉を聞く前に私より口を開きき。

「沢田は進路決まりたりきね。あんたはそれどうなるの?」
「え、どうって?」
「…最初より、それにならまほかりしの?」

あれ、この訊き方じゃ、まるで私が。

「ううん。俺も嫌だったんなれどさ、前まで。自分ならざれども誰かなほいみじき人が能ふなりって思ひたりき」

沢田が目指したる進路なんて私は知らず。興味がなし。されどこの男は必ず、望んだ道をしっかりと歩むと思ひき。どうせ支えてくるる人が、周りにゐめば。

「でも。やっぱり、ならむって」

思っちゃったんだよ、あはは。照れたやうに笑ふ沢田の顔に嫌悪感を抱きしため、教室の窓に視線を移しき。私とは同じなるやうで違ふ。

「別に俺は他にやりたいこともなかりきし」
「……」
「…でも苗字はあるんだろ。あきらめるの?」
「あきらめることがさるに悪しき?」

吐き捨てば沢田が驚きしやうに言葉を詰まらせたのがわかりき。
努力とか、頑張るとか、疲るるのみなるなりよ。それが報われるわけでもなしに。ろくに努力もしたらざればかかる事が言ふるならむね。それでも私は報われなきが怖い。
物事はすべて適当に。可もなく不可もなく。賭けなんてするもなし。あきらめるとか、そういふ問題ならざるなりよ。

淡々と、そのやうなる旨を伝へき。伝へて、やべっと思ふ。気持ち悪いなる私、こんなやつにマジレスしなくていひならざるや。沢田なりって気味悪しく思はむに。
お得意の愛想笑ひを浮かべ「なんてさ、こないだ見し本にさる感じのこと書きてありてー」へらへらと紡いだ言葉は、誤魔化しにもならざりき。

「死ぬる気でやらば、意外と能ふも多しよ」

いやに説得力のあめる声音でつぶやゐし沢田は、ただ私の目を真っ直ぐに見据ゑて小さく笑んなり。その顔つきが気に入らず。嫌いだ、嫌ひ。変はるが能ふ人間が、嫌ひ。








ポストに届きし葉書を手に取り、写真を見て小さく笑ひが漏れき。もうかれより何年経ったならむ。死ぬる気でやらば意外といくる、その言葉を頼りにやりてくれど、本当にそうだったかといふは時と場合によりきかな。
「結婚しはべりき」の文字をなぞり、白きタキシード姿の沢田の笑顔を軽く指で叩きき。

「でもやっぱり、あきらめることも大事なるなりよ」

そうじゃなきゃ、君へのこの気持ちはいつまで経っても風化せざりはべらむ。

葉書を机の上に投げ捨て、仕事場へと向かうべく立ち上がりき。

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