短編 | ナノ

▼ 母と呼ばれき立花

∴忍たま




「お母さん」

言ひて、まどひて口を手で覆りき。が、時はやく遅し。室内なりしみんなの目がこなたに向きき。わざと目を見開きしまま止まる立花先輩の視線が痛し。

「ごめんたまへ」
「…名前、今、我を、…母と呼びきや」
「ごめんたまへ!」

作法委員の活動の一貫として藤内と一緒に生首人形に化粧を施す練習をせる最中。立花先輩の近くに置きてある道具を取りてもらはむと呼びかくれど、その呼びかけ方を間違えき。よりをもちて間違ゆべからぬ人に間違ゆべからぬ呼び方をしてけり。
お母さんなりなんて…立花先輩にお母さんなりなんて!かたはらいたし!一気に頭より足まで熱くなる。
立花先輩はこなたを見て冷静に笑顔を浮かべたるようなれど、その頬のひきつれるもんなればかたはらいたし。かたはらいたし。ごめんたまへ。

「ぷぷっ…お母ぞ…っく」
「かの、違ふ、別にその、立花先輩がお母さんに似たりとか、じゃなかりて…!」
「ぷっ…くくっ…名前先ぱ、ぷふ」
「兵太夫…笑はばしかと笑ひて…!」
「はい! あーはははは!」

素直な子だな兵太夫は…!念じて震えたりし体勢より、我に許可をもらへしでけたけた笑ひ出しし兵太夫に、赤くなりながらもじと目をやる。
「お母さん…か…」何か考ふるようにつぶやありし立花先輩。ひよきかしこし…絶対あとで何かいみじき罰与へらるとて。立花先輩を見るなんてせられざりて、その場で肩を縮こます。隣の藤内はいまだに固まりて我を呆然と見たりき。せめて何か言ひて!

「かの…さ気を落とさなぎゆくかたくななる先輩、誰にでも呼び違ゆるはあり」
「伝七…!」

ひありひあり笑ひ続くる兵太夫の隣で、苦笑いしつつ言ひてくれし伝七の優しさに涙。などよき子なり!普段は我が先輩でも構はず生意気なる口叩くってのにぞ、かかる時は空気読みてくるかし!でもなどかそれ立花先輩を向きて言へるやは、…よけれど…。

「こうじきは…先輩が呼び間違ゆるついでの予習なんてせらねば、いかが対応してよしや…」

藤内がやうやう動ききやと思はばさ言い出すものなればずっこけき。そんなの予習せざりてよし!せっかく伝七に慰められて復活しかけし羞恥の心地もまた蘇りきたり。といふか一年生に慰めらるるも先輩とせばわびしきところのみども。

ふぅ、と息を吐きし立花先輩にびくりと肩跳ぬ。文を開きてそれに目を落としつつ「なり、名前は家族や恋しくなりし」彼はさつぶやありき。

「あっ、いや、さるよしならざりて…」
「にすれども立花先輩のことをお母さんなりなんて、苗字先輩も勇気ありー」
「おい兵太夫…」
「でっ、でもたまに立花先輩お母さんみまほしからずや!?優ししたまに厳しし、姿勢とかけはひとか…!」

とりあえずおのれの間違えを"せむかたなし!"といふことにせむと兵太夫と伝七に迫らば、二人は「アッ」と微妙なる顔をして視線を我の後ろにずらしき。その瞬間、背後より低き冷たき声で「名前」呼ばる。すまぬののしりき。
もうなりめなり、かたはらいたし。作法委員はみんなが優秀なればこそ、かかる小さきヘマでもすさまじくかたはらいたし。ただでさえ我は失敗の多きといふに…!

「綾部くん…」重たき空気が忍ばられざりて、身体を引きずりつつ部屋の戸に手をかけ開く。外で穴を掘れる彼は手を止むるなくのんきなるかへりごとを発せり。

「あからさまに…穴を…貸して…たまへ…」
「あはれ、またなにか失敗でも?」
「失敗といふや…恥辱といふや…」

冷静沈着成績優秀容姿端麗といふめでたき四手熟語を多く使ふ立花先輩は私の憧れの人でもありとていふになんたる醜態を…。さるはその後なほおのれで墓穴掘りにけるぞ…。まことの墓穴は綾部くんの掘った穴になるってか、笑へず。
後ろの部屋の中なんて振り返るべからぬため、いそいそと穴に近づく。背中には「元気を出しゆくかたくななる先輩」「名前先輩はほんとをこなるなり」と一年二人の声がきこゆれど、それどころならぬよまむ。

「……苗字先輩より立花先輩の方が、穴や必要なるまじきと」
「いやいや立花先輩は怒るはあれども落ちこむなんてことは…」

ありき。おそるおそる部屋に振り返らば、眉間を抑へて俯く立花先輩とそれを取り囲むように兵太夫と伝七、藤内がやんややんや言へるが見えき。…そ…しかお母さんと言はるるやうたてかりし…。

「さるぞかし、立花先輩も男なればかし、お父さんのよかりしぞかし」
「あはは、苗字先輩はをかしは」
「さいふならず!」

外と中といふ距離のある中でも我の声やきこえし、立花先輩はバッと立ち上がると頬をひきつらせつつ笑みを携えき。ひありよきほら怒りき!

「名前が我の娘なりなんて冗談ならず…。今日といふ今日はさすがの我も我慢ならぬ。来、試さまほしきものあり」
「ありよきうたてくすなにする気なりや!」
「なに、火薬の量は控えめにしやれば」
「火薬使ふかうたてき無理無理無理」

綾部くんの背中に隠れたってのに、いつの間にか隣に移動しこし立花先輩に首根っこを掴まれき。ずりずりと引きずられつつ綾部くんたち作法委員のみんなに助けを求む。伝七も藤内も苦笑いしつつ動かず。えっちょっなほ誰も助けてくれないのかい!とりあえず笑ひて手を振る兵太夫はなんなのかの子。覚えたれよ…!




その後は立花先輩に長ったらしく親子と男女とはにつきて語られき。火薬を使はぬことになによりなると思ひてさるべく流したらばなほ焙烙火矢を取り出しくれば、しかと聴きき。もう二度とお母さんなんて言はぬように気をつけたがる。

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