短編 | ナノ

▼ 弐

二回目の待ち合わせこそは有力なる情報を聞き出さばや。我の直すべし点、欲を言はば加州清光と仲良くなるかたなり。
今度の舞台は万屋となりき。ここはたより、とほくそ笑む。清光くんの手に取るものを参考に、加州くんへの今後の誉のご褒美に目星をつくるなり。
今まで紅爪や香など、加州くん恋しそうなりは、といふ楽観やうなる考えで選んできたからだめなりしかもしれぬ。勝手なる想像で選びしものが、実は気に食はざりしかも。
ここは加州清光といふ共通の好みを参考に──……。

「あ、これうつくしーぞかし」

清光くんが手に取りしは、我が以前加州くんにあげしがある紅爪なりき。
だよね! と歓喜に沸くおのれと、なほ加州くんは一筋縄ではいかぬ男なのか!? と頭を抱ゆるおのれが脳内に浮かぶ。

「我も同じやつ持ちてんなれどぞ。あからさまにあたらしかりて、なかなか使へぬぞかし」

紅爪をつまみつつ頬を緩めし清光くん。
加州くんに紅爪をあげし時は、さる顔せらざりきは。頬の内側を噛みきめる顔をして、「ありがと」なんて思へどもなしめる声色で。
少しのみ重くなりし心臓は、小さきため息を吐くで元の重さに戻りき。

「主はぞ、恋しきものなき? この手鏡とかうつくしからず? 我、買ひてやらむや」
「いやいや、こうしてまた付き合ひてくれたれば、私がお礼に何かあげまほしきぞ」
「なに言ひてんの、我がまた会はまほしとて文せるじゃん。叶へてくれしはそっち。なれば、俺にお礼させて」
「よきぞ、我しか物欲なかりて。えーと、じゃあ、清光くんが楽しんでくれることがお礼とてことで」

言ひてから驚く。清光くんが今日一日楽しくならなければお礼にならず。
我に人を楽しまするなどできむか、と怖々せるさるほどに、清光くんは大いなるため息を吐きて万屋の奥に行きにけり。
あ、ほら、なほあぢきなしとて。好感度MAXな清光くみてさえ楽しませられぬに、好感度0な加州くんが我に砂糖対応などしてくるるよしがなし……。
吉本興業のDVDでも見てまねぶやと模索せるに、清光くんは戻りきたり。我の目の前に立つと、懐より小さき容器を取り出してそれを開く。
唇に柔あり感触がしたと思はば、やをらと彼の小指でなぞられき。清光くんが隠しより小さき手鏡を取り出し、我に向けくる。鏡の中には、唇に落ち着きし紅の点されし我ありき。

「我の色、似合へりよ主。我は主が笑ひたらば、それがいちばん楽し」

ドギャアアン。また稲妻が落ちきたり。全身感電、丸焦げなり。三分の一の純情なる感情を弄ばるれども構はぬくらいには痺れき。
自由自在に雷を落とす目の前の清光くんは、にっこりと笑ふと我の両手を大事そうに自身のそれで包みきたり。パッと手のかるると、我の手中には美しき紅器収まれり。
あっけにとらるる我の両頬を持ち上げ、「こはきこはし!」と笑ひし清光くんを、結局その日の最後まで楽しますべくたかは定かにはなし。

されど、げに、加州清光は主の笑へると楽しくなるめり。
確かに我、加州くんの前ではあまり笑ひたらざりしかも。(そは加州くんが塩なため顔が引きつるより、とかは言はでおく) 笑顔は意思疎通の基本なり。など易きことに驚かざりきや。
その日の夜、お風呂上がりの加州くんにポッキンアイスを半分に割りて渡してみき。もちろん満面の笑みも忘れず。唇には調子こきたかなと思ひつつ、清光くんのくれし紅を点せり。

「なにかありし? 例以上に顔がまぬ……弛みたれど」

訝しげに視線を向けこし加州くん。憂へれにけり。言ひ直したれど、我には聞き取れき。こは例顔がまぬけとて言ふらむや。
言い返そうにも確かに風呂上がりの色気たゆたふ加州くんからしてみば月と鼈、鯨と鰯。我がへらへら笑ひしさるほどに、普段のまぬけなる顔があからさまにばかし弛むくらいなり。
やはらポッキンアイスを月なる鯨の手に乗せ、我はそそくさと退散せり。また仲良くならむ作戦の失敗なり。




三回目にもならば、清光くんの主大好き稲妻粒子線も慣れきたりき。
「よかりし、忘れられしと思ひき。紅してくれたるはぞ、我に吸はるれどもよき?」顎に人差し指を当てこし清光くんに、濃度高くなればこそリピーターが増ゆれはと納得。賃貸彼士、これは虜になる審神者多しぞ。

町を抜けし先に花畑あり。本日は清光くんの要望でそこに行くことにせり。浅学のため、咲ける花の名前はわからねど、風に揺るる色けざやかなるそれらは加州清光の恋しそうなる美しさなりき。清光くん曰くここは穴場ななり、短刀たちが摘みて本丸へ持ちて帰るも多しなり。
我も、摘みて帰れば、加州くんは喜びてくれむや。
赤き花の前で膝を折る。凛と伸びながらも風にゆらゆらと揺るるそれに彼を重ね、おのづから口角上がりき。

「主」
「うん?」

呼ばれし声に振り返ると、眼前に手迫れり。我の横髪に触れしその手は、とばかりして清光くんのがりと帰りゆく。
こは少女漫画でよく見る、もしや花を髪に差してくれしかしら。
賃貸彼士を始めてから体験せられたる甘酸っぱき青春に期待し、おのれの横髪に触れてみる。想像とは違へるこはき感触が指に当たりき。
あやしがりて取りてみると、想像せる赤き花が、髪飾りになりてそこなりき。

「さすがにクサイぞ」自嘲するように笑みし清光くんを目視せる瞬間、訪るるはずの稲妻は降りこざりき。

「かしゅ……」

目の前の清光くんが、我の刀なる加州くんに見えぬればなり。

ずっと、清光くんと加州くんをあはせり。
本丸をもちて性格や手のうつろふと理解してながらも、清光くんを知らば加州くんを知るると思ひ込めり。
我が彼の好みにうつろはば、いつしか加州くんも、他の本丸の加州清光や清光くんのごとく、めでてくるまじやとて思ひにたりき。
──加州くんも、清光くんのごとく、我を恋しくなりてくれたらとて。

ここで我は、よふやうやう、おのれの恋心に驚きけり。

歴史修正主義者との戦ひを協力してくれたる神様に対しての抱くべからぬ浅慮、賃貸彼士を想ひ人に重ねたるおのれのくらさと、人を比較してたる賎しきおのれがかしこくなり、惑ひて謝りつつ髪飾りを返し、花畑を急ぎ足で抜けき。
背中に呼ぶ声を感じながらも、加州清光に対して抱きそめしおのれの心地に蓋をせばや、ザッザと足を早む。
草に引っかかりてビタンと転びき。

「あはれ……大丈夫? 主」
「……大丈夫ならず」
「だろーかし。ほら、手」

少し屈みながらも差し伸べきてくれし手に、躊躇の末おのれの手を重ねき。ぐ、と引っ張られ、思ひしよりもこはき力により彼の胸まで近づく。
「意外とまぬ……おっちょこちょいなるとこあるぞかし、主」しみじみとつぶやかれしその声音には、呆れと共に優しさも含まれたりき。
好意に勘違いすべからず。
彼に加州くんを重ぬべからず。
されど、わざとはいえ、"恋しきカノジョ"へ向くめる音に、いかでここまでせらるやといっそ尊敬せり。

「かの、かくいふあまり訊あべからざらめど……清光くんは主さんのことまばゆき?」

主とて、我ならざりておのれの本丸の審神者さんのことなり。追ひてことわると、清光くんはぱちぱちと瞬きを繰り返しき。
いくら賃貸彼士とはいえ、おのれの主ならず他人を主と呼びて偲ぶは心境やうに無理ならざらむや。さるは清光くんは心の底より我を主と呼びたる気がす。こは自本丸の審神者がまばゆければとか、とかしか思いつかぬ。おのれの主がいと恋しくば、賃貸彼士などするまでもなかるべし。

「などか? 嫌ひならぬぞ。仲良がる。主の好みになれるように頑張れりしかし、我」
「そっか……」
「……なき、なほ主今日あやしきぞ」

いまだに彼の胸なりし我の驚きしには遅く、清光くんに肩を掴まれて顔を覗き込まれき。
なにのありし、と紅き瞳が我を捉えて離さず。同じ顔でそうも近寄らでほしき、驚きにける感情が煩く罵り立てぬ。
ごほん、と一つ咳払いしておのれの動揺を落ち着かせき。
加州くんの話をするとなると、もう清光くんは"カレシ"ではなくなる。清光くんにはある意味わざを放棄してもらい、賃貸彼士の設定は、ここで終了となりき。

「か、加州くん……ウチの本丸の加州くんが我のみに塩対応で……嫌われたりやはと思ひて……」

賃貸彼士を最初よりカレシとしてではなく、友人として設定し、こうして相談してあべかりしかもしれぬ。
遠回りしにけり。いやでも、乙女心は満たされき。本丸なれども二度と経験せられずめる良い思いをさせてもらひければ、賃貸彼士はそはそれでよかりき。
今度は賃貸友人として利用させてもらはむかしら……と夢を描けると、我の相談を聞きし清光くんが愕然と、顎の外るるほどあんぐりと口を開けて驚けり。美男子はさる顔をせれども麗し。

「きら……え……」
「あ、なほ加州清光とせばありがたきぞかし、主に塩対応なのとて」
「あ、……」
「いつより冷たくなりきやは覚えたらねど、さすがに年ごろはしたなくさるるとぞ、嫌われたると思ふといふや……」
「いや、ちょっ」
「清光くん際まではいかざりてよければ、加州くんに優しく対応されまほしきといふや……」
「待っ、待ちて主!」

ガクガクと肩を揺らされ、全力の制止を受く。少し揺れし頭を引き戻すと、若干青ざめて見ゆる清光くんのけしきより言はまほしきがわかりて頷きき。

「うん、心地悪しきぞかし、わかれり」
「違へど! なにもわかりたらぬぞ! ……ほんと、なにもわかりたらず」

わかりたらざりし、我も。頭を垂れてつぶやかれし清光くんの言の葉はあからさまによくわからざりき。
目の前でなにやら衝撃を受けきめる彼に、いつ恋心を見破られ、咎めらるやを思ふとヒヤヒヤせり。されど清光くんは単純に主と臣下としての親密度を案じてくれけむ、「……嫌わればながる」苦虫を噛み潰しし顔でいらへてくれき。

「我は、主いと恋しければ」
「あ、そは知れるぞ。主の好みにならむと頑張れるなればかし」
「そー……だったんされどぞ……」

先ほどよりあやしき相槌を挟みくる清光くん。よくわからぬは右より左に流せども問題なきを、歌仙さんと宗三さんのお小言でまねびたり。とりあえず笑顔を返せると、細く長く息を吐きし清光くんが一歩後ろへ退がりき。

「大丈夫なるぞ、主。加州清光りていふはぞ、意外と単純なる。美しまば美しむほど、溺れぬれば。そはなんぢの我も……絶対さ」

ありがたく不器用に笑ひし清光くんに、再び加州くんを重ねて見にて、惑ひて何度も頷くで残像を消しき。
美しまば美しむほど、加州くんが我を恋しくなる。さらむか、今までさりけむや。同じ刀種なる清光くんが言はばそうならめど、そはまばゆき主に対すれども言へむや。

清光くんに大丈夫なると、嫌われたらぬと励まされし単純なる我は、さっそくその日の晩、大広間での夕餉の席で加州くんの隣に居りき。
びくりと肩を揺らしし加州くんを見ざりしフリして、努めて明く例のように声をかける。緊張して第一声の裏返りしため、数人の男士がこなたを向きき。

「かっ加州くんの隣で久しぶりに食はむやはっ。唐揚げ一個あげむかし」

おばあちゃんのごとき発言をしてけるにはもう取り戻せねば、これを美しめると思ひてくれますようにと願ひつつ、唐揚げを問答無用に加州くんの皿に乗す。

「さる余計なるせざりていひよりおのれで食ひな」
「あっ、でも恋しかりしぞかし、唐揚げ」
「主よりわざわざ奪ふほど賎しきとおぼえてんの? 我」
「そ、さることは……ごめんたまへ」
「謝るとかよければ。冷むるぞ」

ピシャッ。勢いよく障子を閉められし心地なり。震えこし指先を叱咤し、加州くんの皿に乗せし唐揚げを元気よく頬張る。
燭台切さんの料理はいつ食へども美味しき、そのはずが今日はどうにもおかしぞ、味がたえてせずし喉も通らざりき。

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