▼ 賃貸彼士 加州清光
刀剣男士の意欲活性のために、誉を百個獲るごとにご褒美をあげたり。ご褒美、といへども色事とか高価なる物なりとか、さる大したものならず、審神者からの個人的なるあからさまにせるこころざしなり。
男士たちにも「誉獲ったらこころざしをあぐるぞ！」と声明せるはなく、頑張りてくれてありがたく、おこうじ様なる、の意を込めたお礼のごときものなりき。
我が公言せねども、さることをせることに驚かぬ男士たちならず。戦場に出づる者は張り切って誉を獲るし、こころざしをもらひし短刀たちは「今回はしおりをもらひき！」「ぼくはこんぺありとうをもらひけりよ〜！」と声高らかに喜びたりき。
なれば、今日の買ひ物も誉百個のこころざしではあれど、さすがに仕掛け切れになってううんと頭を捻りき。
「加州くんにはもう紅爪や香や爪やすりとかあげたりしは……」
この間、誉を百個獲ったのは加州くみてありき。
初期刀なる彼は、付き合ひの長さよりいけども誉を獲る回数が多く、これで数回目のご褒美なり。
おしゃれに気を遣れる彼へのこころざしは、例地味になづむ。なんせ我自身おしゃれに精通せるよしならず、逆に彼より教へらるるが多々ありしものなれば。
「うん……うーん、よし、手ぬぐひにせむ。確かボロボロなりし。ねえ獅子王くん、この手ぬぐひなんかどうかは」
「え？」
「え？ あ、ほら、加州くんにぞ、手ぬぐひ……」
万屋の店先に出でたる手ぬぐひを手に取り、隣なりし獅子王へと向けてハタと止まりき。ぽかんと口を丸く開けし獅子王は、その後こうぜしように笑ひ、「よしまじや？」と頷きてくれき。
「我、あんたんとこの加州知らねどぞ、さだめて喜びてくるると思ふぞ！」
げに、獅子王といふ刀はいづこの本丸でも良心めく。
惑ひて獅子王と、その横なりし主ならむ人にお礼と謝罪を述べ、万屋の店内に目をこらす。ほとんどが主と男士の揃えである中、一人の獅子王が玻璃玉を取りて色を吟味せり。
人違ひ──刀違ひをしてけるかたはらいたさで頭を下げつつ、おそらく、多分、おのれの刀ならむ獅子王に近づく。もごもごと戸惑ひつつも彼の名前を呼びき。
「ん？ 決まりきや？ 主」
「などかかれぬるやは……他所の獅子王くんに話しかけにけるまじき、かたはらいたかりしぞ」
「また間違えきやぁ」
快活に、をかしき話なると笑ひてくれし獅子王に、申し訳なさを抱きながらも安堵せり。
我は、数年審神者をやれるものの、未だに自本丸と他所との刀剣男士たちの見分けがつかざりき。
演練に行き、多くの部隊と混ざらば、他所の男士におのれの所の男士と思ひて話しかくるは数へ切れぬほどあり。交戦せるに他所の男士を応援してける時なんて、終はりし後に散々歌仙さんや宗三さんに小言を食らひき。
万屋でも今回のごとく刀違ひをするはよくあり、そのたび自責の念にかられき。まずまずの付き合ひなれど、いかで我はわからじ。
他の審神者は、たとえ同じ刀同士ですだきたれども、おのれの男士はわかるめり。目を向けつつ声をかけて、それに嬉しそうに応ゆる他所の男士たちを何回も見きたり。
同じ顔でも、手や性格は本丸をもちてうつろひゆく。頭ではわかれるものの、さる我のさかしらの頭は、見しばかりでは区別してくれざりき。
「で、決まりき？ 加州への贈り物！」
「あ、うん、手ぬぐひにせむと思ひて。これなれど」
「うーんよけれど、あいつはもうあからさまに飾りつける方の喜ぶじゃぞ？」
「ふっふ、考へたれどぞ……」
気を取り直して、手に持てる手ぬぐひを掲ぐ。木綿の手触りのよき手ぬぐひは、彼の言ふ通りいづこにでもあめる易さなり。
加州くんはもう少し華美の方が気ならめど、意外と一点の美しさも恋しきを知れり。
「ここの端に木瓜の刺繍をせむと思ひて。加州くんの紋めく」
「げにな、喜ぶといひな！」
「そー……だぞ」
喜ぶといひな。
心より、心より願へど、そはなしはと内心低くつぶやありしおのれありき。加州くんが手放しでワーイ！ と喜ぶところなど、おほかた想像がせられず。
手ぬぐひを購入し、ふと、会計の横の散らしに目入る。審神者御用達のこの万屋、審神者にもってこいな情報が多岐にわたりて入るここは、世界の所狭き我にとりて目がかっ開くきはの驚きなりき。
「れ、賃貸彼士……！？」
思はず出でにける声を惑ひて抑へ、こそこそときはを見渡す。当本丸の(ならむ)獅子王は、竹とんぼに夢中で我のののしりなどきこえたらずめりき。
会計のお姉さんの訝しむ視線に、かたはらいたさを感じて顔を下げつつ散らしをさっと手に取りき。獅子王のがり行く前に、着物の懐に入る。
おのれの所の獅子王と確認の取れしさるほどに、私たちの本日の買ひ物は終はりを告げき。
「あ、どーも。汚さぬようにはするぞ」
手ぬぐひを渡しし加州くんの反応上記なりき。
美しく包装されし包装にはなにも言はず、ねんごろに手ぬぐひを取り出しし彼はそれを一目見て、また包装を戻す。
用事はさほど？ 我もう行きてよし？ とばかり、「じゃ」と我に背中を向けし加州くん。
あんまりにもあっさりな反応なりしため、廊下を進みゆく彼に声をかけるにも間空きにけり。
「あ、かの」
「なに」
「………………誉、百個、おめでたく」
「ありがと」
ありがととて、などいふ意味だっけか……。
我の頭の中で小宇宙のわたる間にも、加州くんはスタスタと廊下を曲がりゆきにけり。
もう見えぬその背中になかなかに伸ばされし手が、少しさうざうし。誰も見たらねど、ごまかすようにその手を頭の後ろに持ちゆきて、掻きてみき。
加州くんが、しかも塩対応になったのはいつからだったっけ。最初からだったっけ。
審神者といふ意味のわからぬ任務を政府より命ぜられ、右も左も分からぬ我のがりやりきてくれし、加州清光といふ初期刀。確か最初の最初、ご挨拶の時は微笑みてくれたりしはず。
いつよりつんと冷たくなりけむ。
演練を通し、街に出でせばうたてしといふほどわかる。本来の加州清光はさしも塩対応ならぬなり。
美しくせれば、大事にせよ。この間、演練で他所の加州清光の言へるところを聞きし時は、驚きすぎて三度見せり。
その後隣に立てる加州くんを見て、「なにか言はまほしきでもあるよし？」と眉根を寄せてつぶやかれしは記憶に新し。
政府の管理する刀帳や、審神者ご用達の掲示板に記されたる加州清光といふ刀剣男士は、主に多大なる好意を示し、美しみてもらはまほしければこそオシャレに気を遣ふといへ。感情の機微に敏感に、どの刀種とも合わすべき空気を持つ。おのれをまもり直すべければたまにへこめど、だからこそ優しき人。めでばめづるほど喜びて、その分のこころざしをこなたに返してくる。
はて……我の知れる加州清光ならずぞ。何度頭を捻りしことか知れず。
美しさをめづると「なんぢのためならねどぞ」。
気配りをめづると「なんぢもせらるると思へど？」。
おこうじ様と労ふと「あんまり近寄らでくる」。
他所の加州清光と同じに、身なりに気をつけて、隊長の時は部隊を引っ張りて、男士たちとも仲良かりて、違ふは私への対応のみ。
審神者に慣れきてから年ごろ、かしこすぎて向かひ合ひ来ざりし問題を、とうとう受け止むべき時来ためり。
我は、初期刀なる加州清光に嫌われたり。
ならば、仲良くならまずや。
ここまでこば意地なり。年ごろ、最初からの付き合ひなり。今更その付き合ひを嫌われたればといひて終わりにするにもせられずし、なればといとて嫌われたるままでよきとは言へず。
と、気合いを入るるはよきものの、嫌われたるとなると、私に直さなければいけなきところがあるといふなり。
試しに我の不満なる所はあるか、他の男士に訊ありてみき。
「さりかし……集中して食事を取らぬところかは」曰く、歌仙さん。
「あまたあるぞ。夜眠るが遅きところ、一人で万屋に行くと言ひだすところ、土まみれになれども鬼事をせるところ……」曰く、宗三さん。
求めたりしいらへと違へるとはいえ、確かに一つ屋根の下、共に生活せるなれば加州くんもさる細かきところよりまばゆくなりしかもしれぬ。
みんなよりかれて黙々とご飯を食ひ、短刀たちに声を揃えて万屋に行くと言ひてもらひ、鬼事をせずなり、と直してみれば歌仙さんと宗三さんにさいふならぬとまた小言をもらひき。この二人からの小言はデフォなると認識せられき。
閑話休題。
加州くんが我をうたてきよしは、加州くんにしかわからず。されど直接本人に訊ありしさるほどに、また「べっつにぃ」と流さるるが明白。
ここで奥の手を使ふ時がきたり。
自室で散らしを開く。賃貸彼士とでかでか書かれたる散らしより住所を計算機になづみ、用地を開きて隅から隅まで読み込みき。
賃貸彼氏、といふものは聞きしがあり。用地上より好みの男性を選びて一時の彼氏を演じてもらふ奉仕なり。げに彼氏があれどもあらねども、待ち合わせなりなづみ事を聞きてもらひと、お金だに払えば法に触れぬきはならば一緒にふりてくるるといふ。
それが、刀剣男士でやりてくるとて？
「彼氏にせまほしき刀剣男士があれど、主といふ立場上その想ひを伝へられぬなんぢへ……」
おそらく、様々なる本丸の男士たちが小遣い稼ぎとして彼士に登録すらむ、用地には男士たちの写真は載りたらねど、登録名にはほぼ全振り記されたりき。
人間の賃貸彼氏とは違ひ、賃貸彼士は関係性を設定してふるべしめりき。普段の主と臣下とすれども可、友垣同士とすれども可、爺と孫とすれども可……こは、おのれの刀剣男士たちが恋しすぎて恋しすぐる審神者にとらば良奉仕ならざらむや……。
財布の中を覗く。二時間の値段ならば少なき貯金でも何回か会へけむ。
白く発光する画面の中、鼠を動かして予約の牡丹を押しせり。カチリ、加州くんとの距離を埋むるための戦ひのゴング音とせば、いやに気の抜くる音なりき。
賃貸彼士なる加州清光より、我の気に食はぬところを指摘してもらはむ作戦の開始なり。
待ち合わせは土曜の十一時、町の外れの橋の上で。
数回の文のやりとりの後、とうとう待ち合わせの日決定せり。
賃貸彼士には店より端末が支給さるなり、文で『初めて、我をカレシに選びてくれて嬉しきぞ、ありがとぞ。いーっぱい美しくして会ひに行けば』と来し時はどこぞの乙女遊戯にでも手を出したかな我は？ と思わざるをえざりき。
まさかの加州清光と文をする日が来なんて。その日は自本丸の加州くんの顔が見られざりき。
文を数回繰り返して確信を持つ。なほ我の本丸の加州くんは、主に対し塩対応なると。我の知れる加州清光は、心の絵手を使はぬなり。
賃貸彼士の指名として、とかくなのめなる加州清光をとお願ひした。関係性の設定はわざとあらましごとのなかりしため、彼士なる加州清光にお任せした。
我を文で主と呼び、偲びしように言の葉を羅列しくる加州清光は、演練で見こし他所の加州清光と大差なかりき。
今日、我はなのめなる加州清光を知るべし。願わくば同じ加州清光として、加州清光といふ視点より我の至らぬ点を教へてくるれば……さ念じつつ着物の裾をぎゅっと握る。
うっ、されば待ち合わせなりなんて審神者になりて初なれば、年ごろ振りの緊張が喉より出でむ。手に胸を当てて──ならざりて、胸に手を当てて深呼吸す。
町の外れの橋に着くと、欄干に手をつきて川を覗き込む加州清光ありき。周りには通行人のみで、他に加州清光はあらず。
あっあっかの人なり……。意をゆめゆめ一歩一歩と歩を進め、彼の後ろより声をかけき。
「お、待たせたてまつりてすまぬ、賃貸彼士を予約せる審神者なれど……」
「あ、やうやう来たり。遅しよある──……」
振り向きし加州清光は、赤い目をまあるくすると言の葉を失ひしように口をはくと動かしき。
あやしき反応に首を傾げそうになれど、ハッと思ひ返す。一応待ち合わせといふで、箪笥の奥より簪を引っ張り出しきけれど、なほ調子づきすぎけむや。
ところが加州清光はすなはちニコリと微笑むと、「ごめんごめん」とかぶりを振りき。
「かく主が美しくなり来るとは思はねばぞ、時止まりにけり」
「う、ええ……」
「美しきぞ、主。でーと、楽しまむかし」
目を細めし彼を見て、ドギャアンと我の中に稲妻落とさる。
賃貸彼士、なんと夢のあるわざならむ。会ひて数秒でこうもおのづから前々より付き合へるカレシとなりてくれたる加州清光には拍手ものなり。なにより、加州くんと違ひすぎて動揺を隠せず。
あまりの滑らかさに固まる我を他所に、加州清光はすっと手を差し出しきたり。
「とりあえず手でも握らむぞ」
「え！？ 手！？」
「他に何があるってのぞ。付き合へらばなのめならむ。ほら、はーやーく」
「かっ……カレシめく」
「はは、カレシじゃん。行かむ、主」
伸ばされし手におそるおそる重ねば、しっかと握りしめられき。思はず肩を跳ねさせし我を見て、加州清光は驚きしあと忍びきれぬように笑ひ出す。
「緊張せり。ま、初にーとなら当然か。我もあからさまにせりしかし」
「え！ 加州清光りて緊張すや！」
「そらばするぞ、我をなると思ひてんの。恋しき人との逢ひ引きなればぞ」
歩き出しし彼に合わせて足を動かす。
手のひらより伝わる温度は温かかりて、なかなか熱すぎて手汗が倍速で出現しけむ。
ゆゆしき世辞なり……賃貸彼士とてゆゆしは。
小並な感想しか洩れぬは、我がこの状況に順応せらねばなり。
「ていふか、加州清光ってまんまじゃん。例の呼び方せよ」
「えっ」
「あれ、例我のことさ呼んでるっけ？」
「あ、あーっと……加州くん、とて」
「そーなりきかし。我とせば清光りて呼ばまほしけれどぞ」
スッスゴイナスゴイデス……普段より付き合へるように話す加州清光に驚き、げにこれが賃貸彼士の設定か、と頷きき。
そして同時に新発見なり。
──そうか、加州くんにも清光と呼ばばあからさまに距離の縮まるかもしれぬ。
早々に加州清光より加州くんに対する得になる情報が聞かれ、こはイケると拳を握りき。幸先はよし。
さっそく練習……とばかり、咳を一つ。
「清光くん」
なんだか気かたはらいたくなりしため、町を真っやがて見つつ隣の彼のきこゆるくらいの音量で発せば、ぐっと握られし手の力こめられき。
「……なあに、あるじ」
「こっこはかたはらいたし」
「あっはは、顔真っ赤！ 我の爪と同じ色せりよ主！ ほらこれ、うつくしからむ」
「はい、うつくし……」
「主とでーとなると思へば気合い入りにてぞー。でもなほ錦入れくるべかりきは」
「充分なり……はい」
「充分とかぬぞ、主。なほなほ美しくなればぞ、主なるために」
「あ、はい」
「まーでも、さやりて鼻白みて俯きぬる主の美しさにはいかがやれども敵わないみしぞはー。悔しけれど」
「……」
こうぜしことにこれで一日終はりにけり。
なんなり、彼士の加州清光。あれからの記憶がほとんどなし。
多分甘味所にぐしゆきてくれしと思ふ。さて団子よりもまた甘き言の葉を吐かれし気がす。
その後は釣り堀に行きてのんびりと魚を釣りしと思ふ。さてバックハグからの捕捉そして解放をされし気がす。
とどめは制限時間を過ぎし後の「楽しかりしぞ、主。ここよりは店には内緒ぞ。我を恋しき子をやるただの男にさせて」と、本丸へとやりてくれし清光くん。
ゆゆしき世界に足を踏み込みにけり。
当初の本意を忘れつるきはの破壊力なりき。
なのめなる加州清光りてさしも女心をくすぐりこむや。確かに、確かに他所の加州清光は主を溺愛せるように見ゆれど、それにすれども沼に落としにかかるきは？ それともカレシ仕様？ いづかたにせよ加州くんとは真逆すぎて、正直あまり参考にならざりき。加州くんとは違ひて、最初より我の好感度がMAXなりければ。
されど加州清光と接せる今、我は加州清光といふ刀種のなつかしき霊気を放ちているかもしれず。
さ勢い勇みて、晩酌せる男士たちなる加州くんの隣にお猪口を持ちて突入してみき。
「我も一緒に飲みてよしやは、きょ……みっみみみーみー……」
どうしてだか、昼間清光くんの前では回れる舌動かずなりき。
突然やりきて突然奇声を発しそめし我に、大和守くんが「なんの呪ひ？」と訝しげに顔を歪む。我は既に心折れたり。
「……主が隣なると落ち着きて飲めねど……」
あながちなりき。
そっぽを向きてお酒をグイッと一気飲みせる加州くんに、それ以上言へず我は肩を落とす。
大和守くんに憐れみの目を向けられき。