短編 | ナノ

▼ 不二の恋しき人

※高校生設定



不二周助とは小学校より長き付き合ひなれど、いくらねぶれども我より女らしきとはいかなることなのか。
いや、違ふ。肉付きは確かに男らし。腹筋は付かぬ型めくし、他の男とあはさばあえかなりし、相変わらず色白に栗色の少し長めの髪は中性的なれど、さりとて女よりかはしっかりとせり。とおぼゆ。服の上からの観察なり。
されど、細長き指で本の頁を捲る姿、疑問にて小首を傾ぐる姿、そして誰に対すれども心を奪ふめる微笑み。同性よりも好かれたるを奴や知れる……知れども流しされど……。
そしてなにより、吐く台詞が甘し。甘すぐ。天然なのか知らねど、女の子の問いかけに女の子の望む台詞で返す確率95%なり。たまに天然呆けが炸裂すれど、それを除かば彼の甘言に女共は骨抜きなり。

「おはよう、苗字さん。今日もうつくしかし」
「ヒイイ」

ぽんと肩に手を置かれ、耳元で甘き声囁かる。ぞわりと鳥肌立ちし腕を抱えつつ、勢いよく振り返ると頬に指が突き刺さりき。奴の細長く麗しき指なり。茶目っ気か。
さらりと口説き文句を言へど、これも彼にとらば挨拶……動揺すべからず。

「おはよう。隣の歩くやめてくる」
「え? いかで? 同じ級なんなれば一緒に行かむぞ」
「わかれり。でも近くはやめて。近し。近……かしいー! 腕絡めでくれない!?」
「苗字さん我より筋肉ありかし。フフ、こうしたると彼氏に見らるるかも」
「見られねーーーわ! 失礼か!」

おだしくするりと腕を組みこし不二に、さらにぞわぞわと鳥肌立つ。勢いよく腕を振るつもりが、ビクともせねば愕然とせり。えっ、かかるあえかなる見し目したるに筋肉大猩猩なる? などか笑顔で我の腕よりかれぬ? ていふかなのめにおのれが彼女役としてきはより見らるると思へるが腹立つよ、美形自慢か。

「かのぞ、必要以上に近づくやめぞ? 誤解さるればたまりしもんならざらむ、おかたみに」
「誤解とて、付き合へりやとてこと? よしまじやは」
「適当なこきそ……我が間違ひて不二を恋しくなればいかがする」
「フフ、うれしきぞ」

余談なれど、彼はものっゆゆしく告白さる。それもさり、モテる要素が三重にも五重にもあれば。
されど、不二過激派は告白をせらぬと聞きしがあり。そは彼が「本気にならず」からなり、「本気におのれを恋しき子に対し一線引きぬ」からなるといふ。優しさの世名詞なる不二も、おのれに真剣告白しこし女の子に対せば、けしきを変ふめり。多分これ以上おのれを恋しくさせざらばや、とていふ優しき奴ならではの配慮ならむ。だったら最初より優しくするはやめば? と思へど、我も不二の優しさに甘えたる所はあるため口を噤む。

彼を恋しくば恋しきほど、告白なんて到底せられぬなり。さだめて距離を置かれつれば。さる恋する乙女のなやみに驚かず、今日も不二は甘き言の葉を吐く。
……おま、ちょ……ふざけぬなよ……? 我が不二を恋しくならざらむとて思ひてんのか? なれば安心して距離感無くして腕も組めるとて? 人のことアマゾネスか男として見たるやこの糸目は……。

我慢の限界なりき。小学生の頃より換算すると、頬を撫でらるる8回、頭を撫でらるる64回、肩を密着させられたこと31回、うつくしきと言はるる765回、無意識に攻略しゆきしこの男に堪忍袋の緒切れき。これ以上不二の威力を間近に当てられば、我はなのめなる男をこの先好きになれずなる……さほどは避けばや。否、避くべし。

「我、不二のこと恋しき。かくいふドキドキすれば、やめて」

ピシャリと言ひ放つには似合はぬ台詞を放ち、不二の腕を振り払ひき。やうやう大猩猩腕取る。
不二は今までになく目を丸くせり。おや、ありがたし。普段は目を細めて例笑へりや見えたりやわからぬ顔せるに。目を開くなんて庭球の時がほとんどなれど、よも我がかかる顔をさするとは。我の世到来か。いや、わかる、よも男女のごとき顔せる私が急にこっぱずかしありこと言ひ出せばそらば驚きもす。

「恋し、なり……?」不二のしるしなる風が柔らかく吹き、奴の髪を揺らす。さるぞ、とキレ気味に返さば、不二は唐突に我の手を握りきたり。

「ウワアアア!」
「あな、まことなり、顔真っ赤なりかし」
「なにを! す! !?」
「よき知りきや」

クスと笑ひし不二は我の手をすぐさま放し、「苗字さん足遅ければ我は先に行くぞ」と言ひ捨てとっとと教室に向かひていひき。は? 意味わからねど は? もしやアイツ信じたらぬでは? 例の戯れなると思へる可能性大なり。告白もまともに受け入れてくれないのかと肩を落とし、制服の襟を扇ぎながらも我も教室へと足を出しき。

なほかしこき言の葉を考へぬと、不二に本気にしてもらへじ……なんせ相手は「本気にならぬ男」、我の好きし惚れしといひしさるほどに「そうなり……さるほどに袴丈短すぎず?」とか風にそよがれつつ言ふが不二周助なり。ドかたはらいたき台詞を言ふはねたけれど、本気度を伝へぬには扱ひがうつろはず。
告白するにもかかる苦労するとは……と自席で次の授業をしたためたる不二に視線を移す。我の怨念や通じし、奴は我へと目を向け、そしてあらむことかにっこり笑ひて手を振りきたり。やめよ……な振りそ……手を……。

思はず立ち上がり、不二の席の前に立つ。かくいふはとく言ひ聞かするが一番なり。見上げこし不二が、また麗しく小首を傾ぐ。

「かのぞ、手を振るとかやめよ、マジで」
「いかでかな、目が合へばするぞかし」
「しねーーわ! ほんと、やめて、ドキドキして忍ばられず」
「うつくし」
「うつくしとかさらさら言うのやめーや。タラシにおぼゆるぞ」
「大丈夫、苗字さんにしか言ひたらねば」
「やめーーや!」
「もう授業始まれば戻りなよ」
「戻るぞ!!」

くっせむ……本気にせらず。肩を怒らせつつ自席に戻る。不二からのかわいひなりなんて耳に蛸なりよ。我水準まで行くと革良いとしかきこえぬ。
されどなほ不二は我に甘言を吐くをやめずめり。何が望みなり不二周助……数多の女の心を鷲掴みにしてなほ望むがあるといふや……。
さては、我との友情を繋ぎ止めおかまほしとか。我の告白をなかりしことにして、今の冗談を言ひ合へる関係のままでいたきといふ消息なのならざらむや。それもそれで我の心地がいとほしすぐれど、不二とずっと友だちといふ絆で繋がれるも悪しくはなきかもしれぬ。
そういうことなのか不二ぞ……と奴に目を向く。また何故か驚きし奴が、我へと顔を向け、そして清げに笑ひき。しどけなく女を殺すのやめろマジ。




隠しに夢ならず小銭を突っ込みて、校舎の外なる自販機へと足を出す。先まらうどが紙包みの苺みるくを買へるを見届け、それもいいけどりんごな気分だななんて、自販機に映る紙包み連中に目を泳がせつつ小銭を入れき。
そして押さるる青汁の牡丹。後ろより伸びこし細かりて長き指が、牡丹よりかれざま下の取り出し口より青汁を取り出しき。一貫の流れに口のささぬ我。

「不二おま……おま……」
「青汁、おいしきぞ」
「知らんわ! おのれの何せしかわかれる!? 貴重な我の財産を捨てしわざわかれり!?」
「お金は返すぞ」
「あっありがたく候ふ」

自販機と不二に挟まれ、身動きの取れぬ我の手のひらに小銭を乗せし不二。やがて気まぐれにぎゅっと手を握られ、身体が強張りき。小さく出でしやめよといふ言の葉は不二に届ききやわからねど、「熱し」と小さく笑はれてなほ熱上がりき。
我の手をやをらと放しし彼は、我より後に来しくせに我よりとく青汁を飲みそめやがりき。動かぬ奴に、よも待てる気かと思ひつつ我はもう一度りんごの牡丹を押す。

「なき、半分飲む?」
「……間接口づけになれば飲まぬ」
「フフ、苗字さんうつくしは」

高校生には手の届かずめる高級革製鞄を想像しつつ、我はりんご果汁にストローを刺す。あしたよりたえてうつろはぬけしきに、段々腹が立ちきたり。自販機へと購入者が来て、我と不二は揃ひて教室へと戻りそめき。

いかでこうもけしきがうつろはじ。なべて、友だちでも誰でも告白さるればちょっとはうつろふべし。知らざりし自分への心地が判明し、動揺す。我はす。わざと優しき不二のことなり、思わせぶりなるけしきなんて取らぬはずなれど。こうもうつろはぬとなると、もう以前より知れるとしか思へず。

「もしかして我が不二のこと恋しとて知れる」
「知らぬぞ。びっくりせり。でも思ひ返すと確かに、苗字さんの僕へのけしきがあからさまにうつろひし時ありしぞかし」

耳元で話しかくると肩を跳ねさせて飛び退くとか、頭を撫づると髪の毛振り回して拒否したりとか……最初の頃はわたれるに。クスリと笑ふ不二はさだめて当時を思ひ出すらむ。

「不二なりとて人を恋しくならばうつろふもんよ。そわそわしたりとか、心臓がギュッとなりとかさ」

奴を想ふおのれのあるを自覚してから経験せるを思ひ出して、例として述ぶ。なんだかおのれが師になりし心地なり。偉そうに人を恋しくなるのめでたさを伝ふ。おのれの恋しき奴に好きといふを教ふるはやや頭が烏賊れてれど、せむかたなし。不二は未だ人を恋しくなりしがなさそうなれば。
よも恋愛話で不二(恋しき奴)と盛り上がるとは思はねど、不二が我をこれよりも友人としてうつろはぬ態度で接してくるならばそれを徹底すべきなりはと。

廊下を歩きながらうんうんと頷き聞ける不二。教室に着き、扉を開かむと不二の前に立ちて手をかくれど、一切扉は開かざりき。

後ろより伸びたる腕が、扉を押し当て開くを阻めり。ぐっと力をこむれど、ずらしすら許されず。「かの!?」キレ気味に振り返らば、まあ、腕を伸ばして扉に手をかけたるくらいには、その、不二は近かりき。

「ひ、必要以上に近づくやめぞとて」
「我はうつろはざりしぞ。多分、これよりもうつろはず」
「……え、もう恋しき人あらぬのアンタ、なにそれ知らねど嘘、マジか」
「うつろはざりし、は語弊やある……会ひし時より、ここが罵りたれば」

不二がやはら我の手を取り、おのれの左胸にやんわりと押しつけきたり。彼の制服越しに心臓の鼓動伝わる。相当ドキドキなせりそ……なんでもなき風な顔して脈拍とき型と初めて知りき。これじゃあ恋しき人と一緒なる時壊るるほどとくなるまじや?
いや、とていふか不二好きなる奴いんのか〜……えっ本気に恋しくなりしがなしとて嘘なりきや、噂なりきや。ううわ……偉そうに恋を教へたりし我返して……泣かむ。
涙よりも先に不二の左胸に置ける手がじんわりと滲む。さる我の手に重なるように置ける不二の手のせいで外れず。大猩猩再びか。

「不二の恋しき人とて誰ぞ」

けしきを変へぬように努めしつもりなれど、思わずまもりにけるかもしれぬ。見下ろせる不二がありがたく目を丸く開きしものなれば、さだめて我はよきはの顔をすらむ。されど、いまだに触れたる不二の心臓がなほ速度を増し、奴がうれしそうに目を細むれば、今度は我が目を丸くす。

「うつくしき人なるぞ」

[ もどる ]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -