短編 | ナノ

▼ ※跡部くんと付き合ひたらぬ

跡部景吾は多忙なり。存じの通り庭球部の部長なり、生徒会長も兼任せり。なほ帝王学を学び、父のわざにも積極のにつきゆくが多し。多忙さを言ひ訳にせず体調を崩すはなく、その麗しきあてなる顔には隈を作るもなし。

ここ最近は会社で大いなる事業動けり。もちろん跡部も陰ながら参加し、高校生ながらもその事業を成功に導く一人なりき。
そして庭球でも最近は調子が良く、他校へ一人で行き、道場破りのごとく練習試合をするが多かりき。さすがに立海に行きすぎて出禁を食らふところなりき。
生徒会ももちろんやるが多かりき。近くの商店街の人気が少なすぎて潰れそうといふ噂の立ちしものなれば、盛り上ぐるために商店街と共同して氷帝祭りを開催せるなり。電視も呼びて、構成に目を通しき。

めまぐるしく日々は過ぎき。さりとてやってのくるがさすが跡部景吾たる所以なり。少々疲労は溜まりたれど、彼にとらば心地よあり疲労度なりき。なんせ、どれもこれもがくまなくたばかれければ。

さる跡部景吾はおこたれり。ひたぶるにうっかり頭からすっぽ抜けたりき。

「今日、苗字の誕生日小型宴やれど来?」

向日の一言に、跡部の手より事業の書類がバサバサと落ちき。それを「何やりてんなるぞ」と呆れつつまうけ、改めて向日は訊ぬ。跡部はたっぷり間を取りてから、小さき声で頷きき。

「まじ? 最近お前忙しそうだったからよぅ、あながちがりきよ」
「ほな俺んちに19時な」
「待て。19時なると、もうすぐならずや」
「部活終はりきしこのまま行けばなれど」
「なると……」
「なるぞ」

今日は苗字名前の誕生日なりき!!
この衝撃は跡部にゆゆしき損害を与へき。苗字名前は跡部が弱みを見せらるる数少なき、気の置けぬ友人なり。だからこそ誕生日は盛大に祝ひやらまほしかりしか。
だのに、だ。忘れたりき。ひたぶるにうっかり忘れたりき。言ひ訳になれど、ここ最近のあまりの忙しさに、名前の誕生日など頭より抜けたりき。こは彼女があまりにも跡部の心理の負担になりたらさすぐればなれど、さること彼女はわからず。

半年前より作成してもらふように予約せる絹の洋服を取りに行くころも、特製ジェラートを作りに伊太利亜より職人を呼ぶころも、心地よくなりてもらふために高級美容院を受けてもらふころも、なにもなし。だって名前の誕生日はあと6時間ほどで終はる。正確に言はば彼女の門限は22時なれば、4時間しかなき。

跡部は額を抑へて項垂れき。驚きが大大いと恋しき彼にとりて、やむごとなき友人を祝えぬは蜘蛛の死骸を見かくるよりも衝撃な出来事なりき。

何故おどろかざりけむや。ここ一ヶ月、まともに名前と話したらねばならむや。ここ一ヶ月、部活が終はらばやがて帰るべかりしため、忍足や向日たちと雑談で盛り上がるがなければならむや。事業や商店街や筋肉のつけ方に意識が向きすぎたりしかもしれぬ。どれも跡部のまばゆき言ひ訳なり。
樺地があれば教へてくれただろうが、生憎未だ彼は中学三年なり。この一年は別行動が多し。

「一人一つこころざしとは別になんか持ち込みな。ポテチとか果汁とか」
「アーン!? さるもんで祝ふや!?」
「そんなもんて。宴やいうても跡部がよく開くもんやなぎて。飲み食ひして我我するや」
「飲み食ひして我我するが宴ならむ……お前ら頭おかしや……牛肉煮込みとか持ちていけぞ……」
「いつ多数決取れども跡部がおかしいっての」
「一人一つなりなんてみみっちき言ひてんじゃかしい。我様が全員分の道筋料理を持ちきやる。待ちてな、今より来るる料理長とぶらひて……」
「だーから、庶民の宴なるぞ! 万屋のお菓子とか果汁を食ひて飲みて話すばかり!」

「ま、菓子はしかとせる大広間の買へど。跡部も後で割り勘世払へよ」スマホを弄りつつ続けし向日の言の葉に、今日何度目かの衝撃を受けて跡部はよろめきき。庶民の宴とは。万屋のお菓子と果汁? テリーヌと舌触りの良きぶどう果汁ならず? 割り勘世とはなりきや……。以前部員たちとファミレスに行ひしに習ひきめる。

「じゃあ我ら先行っとるよ。跡部もさっさと来うたてし」
「おいジロー行くぞ!」

動揺の跡部を置きて、ぞろぞろと出でゆく友人たち。とばかり呆然と見送りたれど、その時間がもったいないとばかり跡部は早々に帰宅いそぎを整え部室を出でき。挨拶しくる部員たちへあてに返し、そしてスマホを手にす。

「我なり。今よりそなたの銘柄を注文女中で用意しろと言へばどのくらひかかる。……チッ、それじゃ遅し。突然悪しかりきは」

通話を切り、次の銘柄にまた電話をかける。同じ答えばかり返りくるはむべなり。注文女中ならず妥協せば用意がせらるれど、跡部が名前に贈らまほしきはこの世でただ一つのものなりき。ただ一人のやむごとなき女なればなり。友人なれど。

装飾品や鞄、靴などの銘柄品が駄目ならと高級お菓子店に電話連絡す。今より作り、せられ立てをやるにはころがかかりそうとのことなりき。
花火を上げるにも、今より職人が玉を作るは難からむ。江戸塔や空木の灯りを消そうにも、忍足の家よりでは見えず。管弦楽を呼ぼうにも、忍足の家では所狭し。誰なり忍足の家での開催を選びしは。

事業では、眉間に皺のせらるるまでなづまざりき。
庭球の練習試合では、奥歯を噛みしむるほど後悔せざりき。
商店街での企画では、動きの止まるほど戸惑ふはなかりき。

一番、誰よりも、喜ばせまほしきなり。誰も思ひもよらぬで。驚きて、苦笑いする苗字がゆかし。未だころはある、何かなひか。

眉間の皺を揉みつつ、跡部はこれ以上なきほど考へこみたれば。ここ月ごろで溜まりし疲労が「実はありき!」とばかりドッと出でくれば。

庭球球が飛びくるもおどろかざりきし、スコーンといひ音をたてて頭に当たりしその打撃で倒るるも無理はなかりき。




「あ、おどろきき」
「……」

お契りの展開なり。うっすらと開きし視界に映るは、へらへら笑ふ名前なりき。勘のよき跡部は彼女の後ろに見ゆる家具で察す。ここはおのれの家なり、倒れたから運ばれけむと。名前もさだめて、跡部が誕生日会に行けぬとミカエルきはが連絡して、おぼつかなく来しかもしれぬ。

「こぶにならずべしかし」

わずかなる逡巡の後、名前が跡部の頭に触る。そこに当たりしよしならねど、なんだか頭を撫でられたる気がして跡部はくすぐったさを感じき。睡眠時間は取りたれば肉体的には休めたりしかもしれねど、精神はそうでもなかりけむ。かかることで心地よし。

「……あひつらは」
「急遽跡部くんちで誕生日会やろうとて言ひてくれて。みんなで来しぞ。今大広間でビンゴ大会のしたためたり」
「トロフィーなんざしたためたらずぞ」
「大会とて言へどもさる大いなるやつならねばぞ」

跡部くんも大丈夫ならまば一緒にやらむ。
をかしげに笑ふ名前に頷きつつ、跡部は上半身を上ぐ。寝台の発条は鳴らず、ふわりと跡部の手を敷布包みき。

「苗字」
「うん?」
「悪しは、今年はなんぢを祝えそうにかしい」
「え?」
「忘れたりき。我様は何もしたためたらず」

言ひ訳をせぬ男跡部景吾は清々しく述べき。あっけらかんとまもる名前は口がぽかんと丸く開けり。

「祝ひてもらひしぞ、ほら、呟きで」
「あーん?」
「表赤で毎日祝ひたらずや。今日誕生日のお前らおめでとうとて」

跡部がもし芸人であったら寝台からずこーっと転け落ちけむ。されど跡部は芸人ならねば片眉を少し上ぐるばかりにとどめき。あてなり。

氷帝高等部生は千うん百人とあれど、跡部は全員分の顔と名前を把握せり。その中でも跡部愛好者倶楽部に属する者は、誕生日も覚えたり。一人一人を祝はまほしきは山々なれど、さすがにころが許さず。なほ、跡部の公式用呟き口座は氷帝生のみならず外部の者も補足せり。そのため、皆を祝ふために毎日かかさずつぶやきにて祝へれど、これが雌ねこまの熱狂に拍車をかけたるなり。閑話休題。

呟きでの祝ひは不特定多数に向けてなりて、友人へはまた別の話なり。それなれど名前は満足なると言ふ。跡部はさる名前の控えめさが、我慢をさせつる男なると言はれためり苦手に、そして同時に愛らしくもありき。

「跡部くんのことなれば、かかる出来事はなにかするまじやと思ひけれど」
「……」
「あまた考へてくれけりかし」

「それで倒れば元も子もなきぞ! たえて主とて人は」笑ひつつ名前は自身の眉間に指を当つ。さて未だ自分が皺を作れることに驚きし跡部は、隠すように一つ前髪を後ろに掻き分けき。諦めの息洩る。

「……おめでたく、苗字」
「うん、ありがたく。今日はいと幸せかな」
「ハッ。かかるもんならずぞ。覚悟しおけ、お前を幸せで溺れさするはこの我様なり」
「うっ……おお……おをこさんなり」
「バッ……をこなると……!?」

とみにドカンと顔を真っ赤にさせて扇ぎ出しし名前なれど、さること構ふよりもまずをこといふ聞き慣れさすぐる音に跡部は反応せり。跡部にをこなりなんて言へるは、例のならひの宍戸らか、この少女のみなり。そは悪口にきこえねば、悪しき気はせねど。

「どの口言ひやがる。この口か」
「痛き痛し! だってもう、をこなりよ跡部くん」
「未だ言ふやよ」

無自覚に一種の申し込みをこぼしてける跡部がそれに気づくは、年ごろ後再び同じ台詞を言ふになりし時なりき。

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