短編 | ナノ

▼ 跡部くんに枕営業

※凄まじくとべども設定。




跡部くんが不眠症といふは、ここ最近のもっぱらの噂なり。

中学の頃より生徒会と庭球部と学業と、全てを頂点として両立しこし彼は、規則正しき生活をやりてきたといふ。
硬あらましながらその眉目秀麗なる容姿や引き締まりし筋肉の崩るるはなし。美味しきものを食ひ、よく眠り、緊張を作るなく日々をふりきけむ。以上跡部様の雌ねこまと名乗る友人からの情報なり。

誰もが尊敬してやまぬ跡部様。さる彼がここ最近、目に見えて隈せられたり。
そらばあまむ、中学の坊主事件以来の青天の霹靂なり。

「受験の緊張かは」

なんせ高校三年生なり。受験期なり。眠れずピリピリもす。
うんうんありうる、とおのれで言ひておのれで頷けど、目の前の忍足くんは首を横に振りき。完全否定なり。

「跡部はもう進路決まっとる」
「へー、としかし」

ともしき、我なんて勉強漬けの毎日なり。まあ、進路決まりしとはいえ跡部くめども勉強は続けゆかめど。さる人ならむと思ふ。

我の返しに何とも言へぬ顔を浮かぶる忍足くんが突然切り出しし話題が、「跡部の不眠症につきていかが思ふ」なりき。かかる、裏庭に呼び出して聞く際のこととは。まあでもぞ、不眠症とてうきぞかし。我も毎日ぐっすり寝てるよりそれのせられぬはうし。

されど何故突然跡部くんのことを忍足くんに聞かるべからむ。
忍足くんは同じ級なれどほんの少し話すきはの人なり。我に謀るより向日くんとかにせまし。

「なほ睡眠は人間にとりて必要なものやん。それのなきと集中力も持続せえへん」
「うんうん」
「でも跡部はさりとて今までの功績を持続しとる。ゆゆしきと思わへん?」
「ゆゆしがる」
「そなき跡部の力になれるがあらば力にならまほしきと思うやん、氷帝生ならば」
「思ふ思ふ」

跡部くんの話を聞きつつ、忍足くんとてかく話せると驚きしものなれど、まあそはよきとして。
私の答えを聞きし彼が、にやりと口角を上ぐ。されど眼鏡の奥の目がしか細まちたらねば、笑ふ苦手なりやはとぼんやり考へき。

「ほならば、跡部に枕営業しやりてくれへん」

忍足くんの形のよき唇を追ひて、どうにかこうにか言の葉をまうけしつもりなれど、我には心得難きものなりきめり。水たまりで耳の中に水の入りし時のごとく、頭をとんとんして耳の中の空けるを確認して、もう一度と忍足くんを促しき。

「せやから、枕営業」
「…………かの、さいふ、ならむ、ごめんたまへ」

聞きひがごとならざりきめり。
枕営業とて確か、おのれの優位な状況をものにするために、偉き人に身体を売るとかそんなのじゃなかったっけ。
我は今の氷帝の生活に不満はなしし、跡部くんに身体を売りて何かさまほしなんて考へしなど微塵もなし。
確固たる意志を持ちて頭を下げば、忍足くんは「待ちうたてし」と我のいらへがわかれりやのごとく笑みき。

「苗字さん、いやらしき方に考へてへん?」
「え?」
「枕営業て、俺の言ふとるはあれやで。跡部の睡眠のための枕代わりになりてくれへんかとてことやで」
「……枕、代はり」
「おん。かのただの枕」

枕がゲシュタルト崩壊しゆかむ。
「いややわ、苗字さんいやらしき子やは」と口元を手で抑へつつ見くる忍足くんは、まあ置きおきて。
跡部くんの枕役。寝そべる我のお腹の上に跡部くんの頭の乗れるところを想像してゾッとせり。

「あからさまになに言ってるかよくわからねど……多分なのめなる枕でなのめに寝ればなのめに寝らるると思ふぞ」
「なのめなる枕でなのめに寝れども普通に寝られへんかったからお嬢さんに頼めるやで」
「などか我ならむ」
「知っとるでぇ、お嬢さんの前で跡部、寝たことあるやらむ?」

ニヤアとここ一番の笑みを浮かべし忍足くんに、意外とけしき豊かなりやはと思ひしさるほどに。
跡部くんの寝し時の記憶を引っ張り出し、「あな」と声を出す。

あれは体育祭の終はりし時、てうど1ヶ月くらい前なりせむや。体育祭実行委員として生徒会と調整するが多かりし我は、今まで接するがなかりし跡部くんとも近づきたまひき。
さしも近くで跡部くんの人気者性を見しがなければ、体育祭幻術といふもあり、かの時の我は雌ねこまのごとく「跡部様が満足のいく体育祭となるよう頑張らむ!」と張りきれると思ふ。
事実、体育祭は成功に終はりきし、それまであまり著かりし委員会に入りしのなかりし我は一つの出来事事を盛り上げて終はりしことに多大なる達成感を得き。学生生活最後の体育祭として最高で、あからさまに涙も出でし気がす。

体育祭後、実行委員の打ち上げにまらうどとして登場せる跡部くんにめでられしも我の一生の思ひ出の一つなり。
我のみならず一人一人めでたれど、なればこさむ「なほ跡部様とてすごし」と興奮せるものなり。
されど、我の隣に居りて我をめでたりし跡部くんが、話途中でパタリと我に寄り添ふように寝に入りしで打ち上げは一変す。

我の肩にもたれて寝たる跡部くんを見て、実行委員のみんなは阿鼻叫喚。「アンタ跡部様に何せし」「跡部様大丈夫なりや!?」と責められ罵られ。
跡部くんは一緒に来たりし樺地くんに抱えぐせられていき、我は打ち上げを途中で退席するになりき。最高な日は最高で締められざりき。

その時のことなるか、と忍足くんに確認すると頷かれき。その時のことめく。

「かの日より跡部、寝られぬようになりきめりなあ。一睡もできんてよしやなきとは言うてれど」
「え、でもかの時落つるように寝しに」
「それや。苗字さんと話すが眠りの切替になったんかもしれへぬねぬ」
「忍足くん……本気に言へり?」

真顔で動作を止めし彼は、しばらくしてからごほんと咳払い。何事もなく再開せり。

「まあ、ものは試しや。跡部の睡眠のためにもちょお協力しやりて」
「枕はなれねど……話ならば」

彼の話はにわかには信じがたあり。なんせ今現在話せる忍足くんがパッチリ驚きたればなり。さる、跡部くんが我と話ししばかりで寝るなんてよも。
されど跡部くんと話すも体育祭以来かな、など少しわくわくせるは確か。せっかくだし話くらい、と我は忍足くんにつきゆきき。




「なんの用なるぞ」

久しぶりに相対する跡部くんは、眉間に皺を刻み目元に隈を携えし姿なりき。何徹目かは?

生徒会室より顔を覗かせ、我と忍足くんの顔を交互に見比べし跡部くん。はあ、と一つ息を吐きて「忍足」地を這ふめる声で呟きし彼にぎくりと強張りき。

「仕事もええけどそろそろ休憩やらむ、苗字さんが話相手になってくれるんやて」
「……あーん?」
「かの、あからさまに、話さばや」

我と話さば眠れる! とか入り鶏師もびっくりな謳ひ文句なんて信ぜばあらねど、でも1%でも可能性があらば実行してみばや。それ程跡部くんの顔は壮絶なる睡眠欲を醸し出せり。

渋々と了承してくれし彼なれど、いで話すとなると考ふれどもなかりきしわざと話題が浮かばず。
さりとて忍足くんの助け舟によりどうにかこうにか話は続けど、跡部くんの眠るはなかりき。首を傾ぐる忍足くん。ほらねなほ我にさる奇しき力はなきぞ。

「……何だか知らねど、もうよからむ。さっさと戻りな」

跡部くんはこのいたづらなるころに終止符を打つべく、我の肩を生徒会室より出すように腕で押しき。

その瞬間、ガクンと跡部くんは我にもたるるように倒れ込みてきたのなれば「うおお!?」と奇声洩る。
跡部くんを受けとめ……きれで忍足くんも惑ひて一緒に受けとめてくれき。

「跡部? どなきせるやオイ跡部……アカン、寝とる」
「ええっ、今さっきまでしっかり驚けるに」
「ほんま突然やりきは……」

人といふ漢字の押されたる際のごとき体勢となれる我を見かね、忍足くんは跡部くんの腕を担ぎて引き剥がしてくれき。
生徒会室の中より樺地くんがやりきて、跡部くんを清げに抱え上げて長椅子に寝かす。跡部くんを窺はば、そはもう寝たりき。寝たれども麗しとてゆゆし。

「寝たりかし。別に我とか関係なさそう。限界くればプツンと寝る型になりきまじ?」
「そうなんかは。我的には跡部を寝さすべき唯一が苗字さん、みまほしきなん欲しきとこやれど」
「なにそれ恋伝説のごとし。恋しき?」

頷く忍足くんに、なに言へるー、と笑ひてその日は終はりき。
さ、跡部くんはたまに糸の切るるように眠る、あからさまにおかしな体質な人と我の中で位置付きしよしなれど。




「苗字さん、ちょお跡部眠らせてくれへん」

その二日後、再び忍足くんに「一狩り行かず?」な乗り(されど大まめやかなる顔なり)で声をかけられしより、我の枕営業は始まりけり。

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