短編 | ナノ

▼ 赤葦くんちの居候

※HQ 結構捏造。




終業のベルが鳴り、私は携帯端末と小さなるトートバッグを持ちて教室を出づ。目的の人物にSNSを使ひて一言連絡を入れながら、その彼のゐる教室へと向かひき。
すでに昼休みで賑わってゐる二年生の教室は、違ふ学年ということもありなんだか入り難し。近づかば近づくほどいたたまれずさを感じたりと、私が教室を覗く前に彼が出でてきたり。

「苗字さん」
「アッ赤葦くん、ごめんね」

私の持ちたるトートバッグよりいづことなく可愛いそれを持ちて、赤葦くんは「いやこっちがすゐはべらず」と眉を寄せた。
人通りの多き出入り口を気にして、廊下の先を進む彼につきていく。角の辺りで止まり、申し訳なささうに(も見えざれど)トートバッグを差し出してきし彼に苦笑ひを浮かべき。

「斜めに過ちはべりき。どうりで例のより軽しと」
「朝は時間なしし慌てるもんね」
「別に俺は苗字さんの弁当でも良かったんですけどね」
「ええ、私のじゃ足りなしよ」
「はゐ、少なすぎはべりよ。俺の食べてデカくなりたまへ」
「赤葦くんのは量多すぎなりし……私はもう充分デカくなりきよ」

なんたちて高三デスヨ、と胸を張らば「さうにはべるや?」と私の頭の位置に手を伸ばしてきし彼。真面目なる顔してからかってくるなれば!
「赤葦くんが大きすぐるなりよ。私はフツウ」もっともなことをつぶやく私に、ですかねと笑ひが混じった声音で返されき。

「じゃあ、ありがとう候ひき」
「うん、今日も部活頑張りてね」

ぺこりと頭を下げて教室へと向かひていきし背中を見送り、熱き頬を手で扇ぎながら私も自教室へと駆けき。どくどくと血が盛んになるは、走ってるからだけならじ。

先に食べたりし友人たちの輪に入り、先ほど赤葦くんと交換せし弁当箱を開く。赤葦くんのお母さんが腕をふるって作り上げられたお弁当は今日も今日とて美味しそう。
ぱくりと頬張ったほうれん草のおひたし、同じものを赤葦くんも味わっているんだよなるあと思ふとまた熱が上がりさうなりき。




赤葦くんとは、二年生で同じ体育祭実行委員になりし時に知り合ひき。一年生ながら既に大きく、さて落ち着ゐたりて容姿も整ってゐる彼に同じ委員会仲間がきゃあきゃあと色めき立ってゐしを覚えたり。
同じく私もソワソワしたりき。ソワソワしすぎて初めて赤葦くんが「苗字先輩」と話しかけてきてくれし時に「ヒャッフゥ」とマリオ並の返事をせしが恥ずかしすぎて忘れられず。

いつ好きになったかなんてわからずし、具体的にいづこを好きになりしかと聞かれてもこう、上手き言葉で表せられなけれど、彼に視線を合はせし時に私の熱量がぐんぐんと上がっていったのだからそういふなるなる。

とはいへ、体育祭が終はらば実行委員もなきもので。私も赤葦くんと接点がなくなるわけで。
せめて同じ学年だったらなあ、なほここら見る機会はあったのかなあ、とため息ついてゐしが二年生の私。

さて三年の現在、私は今、赤葦家にご厄介となりたる居候なり。

話が始まりしは、単身赴任として父が数ヶ月遠方に向かふに決まりしによる。いかにすれども追ひかけまほき母と、梟谷学園に通はまほき私。愛娘を一人にはさせまほからずと言ふ母と口論は三日三晩続き、妥協案として出されしは『赤葦さん宅に預かりてもらひはべり』といふ。

"!?"が浮かぶ浮かぶ。赤葦さんと仲良かったんかいと。預かってもらうってどういうことかいと。動揺してしばらくは「っ」以外の音が発せなかりき。

なんせ私が梟谷学園に残らまほき理由が、仲の良き友人と離れたくないといふもあるが、赤葦くんがゐしかばなり。その本人の家に住む。仰天なり。
母に私の恋心が見破られたのかと思ったがそういうわけならざるやうで、赤葦くんのお母さんと近所のスーパーで出会ひて仲良くなってゐきとのこと。なるにそれ私全然知らず。

「初めはべりて、赤葦といひはべり。こちらは息子の京治。年が近けれど、仲良かりしてね」

数ヶ月の居候を快く引き受けし聖母のごとき赤葦くんのお母さんと、その隣で何かを言はまほさうに目を細めてる赤葦くんとの対面はいつまでも忘れず。心の中で何度も何度も謝りしものなり。
別にかくして近寄りたいわけならざりし、けど、少しのみラッキーと思ひにき。なりって好きなる人と一つ屋根の下、なんて少女漫画。あわよくば赤葦くんと親公認の仲を深めちゃったりして、なんて、なんて。

されどその高揚感は悲しくも初日で落とされしかばありき。

「労しき娘さんを預かるなれば、好きになりて手を出しにはべりし、なんてことにならざりてよ」
「ああ、なしよ。家族としてしか見ざれば」

シャワーを浴び、"これが赤葦くんが毎日使ひたるシャンプーかー"とほくほくしたる場合ならざりき。入らむとせしリビングの中より聞こえし赤葦くんのお母さんと赤葦くんの声に、心臓にドッと重りが乗りし感覚。

なし。好きになるはなし。頭の中でぐるぐると回るその言葉にショックを隠せず、私は居候開始にして失恋してしまひしかばあり。




ノックの音に返事をすと、「夜ご飯できたりって」と低き声が扉の向こうより聞こえき。まどひて扉を開くと目の前にそびえ立つ巨人、もとゐ赤葦くん。

「おかえり赤葦くん、部活お疲れ様」
「ただいま」

かすかに口角を上げし彼に、私は緩みし頬で返す。
初めて彼と話しし時が嘘のごとく、私は自然と笑顔が出づるやうになりき。それもこれも赤葦家の優しき空間に浸ったおかげに、さて初日より赤葦くんの気持ちを知れしためなり。そりゃ、好きにならずと決めてゐる相手に意識して接するも悪しし。

気が張らなしといはば嘘になれど、最初より相手にその気がないならこちらも緊張する必要なんてなきなり。うん。でも、問題は。

「家じゃ"赤葦"は俺以外にもゐるにはべれど」
「う、はい」
「……」
「……け、京治くん」
「はい。行きはべらむ、名前さん」

赤葦くんがときめかせるんだよなあ!
ずるゐ、これはずるい。自分は絶対好きにならないからって、相手が自分を好きになるとか思わないのかなこの人は。

「今日の弁当の玉子焼き美味しかったにはべるや?」
「えっ? あ、うん、最高だったね、例のとは違ふ味付けでね」
「さうにはべるか、母が喜びはべる。今朝また張り切りて作りたりしかば」
「そっか、へへ」
「今日はほうれん草のおひたしもはべりきね」
「あれね、ダシが効いてあんなほうれん草食べたことなきくらい美味しかりきね」
「さうにはべるか、作ったかいがはべるね」
「ねー。……えっあれあか……京治くんが作りしの」
「俺も張り切りて作りはべりき。野菜食べぬ名前さんになるとか食べてもらはむと」
「た、食べるよ、好きなる野菜は」

でもそうか、赤葦くんの手作りを。カッカと熱くなる頬を、リンパマッサージとごまかし隠してむにむにと揉みき。「それ入浴後にやりし方が効くめりはべりよ」とアドバイスしてくる赤葦くんは天性の無自覚タラシなのかもしれず。


夜ご飯を食べ終へ、ふうと一息。赤葦くんのお母さんに「お風呂先よしよ」と言はれしため、赤葦くんの方をちらと見き。お茶を飲みつつテレビを見たりし彼が気づいてこちらを向く。

「あか、京治くん先よしよ。部活疲れたでしょ」
「いいですよ、さっきサッとシャワー浴びしで。また後で入りはべり」
「え、いつの間に」
「ああ、スイマセン。先にただいまって言はざりて」
「そっんなる気にしたらざりはべり。先にもらひはべり」

もーっ! 恋心がバレていてからかはれためる気がしてならずよ! 泣きべそかきさうなる気持ちになりながらもとっとと風呂場に向かふ。
でも、学校と家と全然変はらぬ人だなるあと思ふ。私のみならぬ、木兎さんにも他の女の子にもあんな調子なのだ赤葦くんは。年下なるをいづこか手綱を握られてゐる気がして。物怖じせずといふや。
バチャバチャと身体を洗ひてハッと驚く。そういえばもうすぐで好きなるドラマが始まりぬる時間なり。

まどひて洗ひて脱衣所に出でて、適当に身体を拭ゐてTシャツ短パンを着てリビングへと急ぐ。濡れし髪はやがて、タオルを肩なりかけき。

テレビ前のソファには赤葦くんが座りたりき。私もバタバタと隣に座り込む。ちょうどドラマが始まりき。

「名前さん早かったで、……」
「よかりし間に合ひき……!」
「……」

前回のあらすじより始まりて、序盤よりヒロインが相手の元より離るる展開が流れ、オープニングが始まる。ソワソワして見たれど、隣より視線を感じてそちらに向く。苦虫を噛み潰しきめる表情で目を細めてゐる赤葦くんがこちらを見たりしためギョッとしき。

「なる、なるに」
「髪濡れてますけど」
「あ、拭く時間が……あっソファは濡らさなしめりすれば大丈夫!」
「……風邪引きはべりよ」
「今日暑いからすぐ乾くよ。心配ありがとう」

相変わらず赤葦くんは優しいなあ、なんて照れてゐば一拍置きて重きため息を吐かれき。見ればに呆れてゐる。
気まずくなりしためカシカシとタオルで頭を拭く。されどドラマが始まると手が止まりき。

最初よりクライマックスのごとき展開にハラハラしたりと、頭の上に乗りたりしタオルがひとりでに動きき。吃驚して見上げば、いつの間にか背後に立ちたりし赤葦くんが私の頭を拭ゐたり。
「あっけ!?」「もうよかりはべれば見たりたまへ」さてまたガシガシと動くタオル。目の前で繰り広げらるるシリアスなる場面。急激に熱が上がる私の体温。ドラマどころならず。私あの赤葦くんに髪を乾かされたり。

信じられはべるか、去年の私よ……。ファー、と悟りを開きながら涙を流す。これは私明日死んでもおかしからず。いや生く。

ドラマが進みても、毛先の束を丁寧に拭ゐたる赤葦くんの手は止まなし。いくらもういいよと言へども黙々と拭ゐたり。もう作業されためり。
悪いなあ、と思ひたりと、テレビの中ではヒロインを追ひてきし相手役が強ちに濃き口付けを落とし始めしなればギョッとす。
結構長きキスシーンに、ヒイイと冷や汗が流る。一人で見るは大丈夫なのだがいかんせん今は赤葦くんがゐれば気まずい。
なんて身悶えてゐると、少しのみ首が後ろに曲がりき。少なき力が額にかかり、上を向く。私の顔を覗き込んできし赤葦くんの影がかかりき。

「……え」
「いや、照れてゐるやと」
「う、うん」
「……名前さん、目がキラキラしてますよ」

さらりと私の髪に指を通し、綺麗に笑ひし赤葦くんは「俺も風呂入りはべり」とさっさとリビングを出でていきき。
キスシーンが終はれども尚修羅場を繰り広ぐるドラマなるが、なるにもかも頭に入らず。キラキラしたるは君だよ赤葦くんー! がくりとうなだれると、赤葦くんのお母さんが憂へてくれき。必死にごまかしき。




赤葦家で貸してくれし部屋にて課題の始末中、答へ合わせに使用したりし赤ペンのインクが切れき。そうだ、買はむ買はむと思ひたりて忘れたりき。
しばらく悩み、赤葦くんに借りに部屋を出づ。
彼の部屋をノックすれど返事がなく、奇しく思いつつそろりと開きてみき。ベッドの上で倒れるやうに寝ねたる赤葦くん発見。
内心謝りながらも「失礼しまーす」と小声で洩らし、彼の勉強机に向かひき。赤きペンを手に取り、改めて彼の方を向ゐて借りはべりとお辞儀す。

すやすやと寝ねたる赤葦くんに、朝も早かったもんなるあと笑みが洩れた。

近づきしは好奇心と、恋心なり。

睫毛意外と短いんだよね、肌綺麗だなあ、髪もくせっ毛でふわふわ、でもやっぱり短ゐ前髪で見ゆる丸いおでこが美し。
ふっふっふ、と笑ひを噛みしめながら前髪をちろちろ撫づ。パカリと開きし切れ長の目に固まった。

「ギャー! スミマセン!」
「あなたちて人は……」

咄嗟に引っ込めたはずの腕は見事に彼の手に捕まる。敏感すぎるよ赤葦くん! 撫でしのみで起くるや!

「俺言ひはべりきよね。部屋に気軽に入るなりて」
「ゴメンナサイゴメンナサイ」
「意味わかりはべり?」
「プライバシーの侵害にはべりよね……あの、赤ペンを借りに来しのみなれば、なるにも荒らそうなんて」
「名前さんはもう少し危機管理能力を身につけはべらむ」

むくりと起き上がりし赤葦くめど、私の腕は放してくれず。もう片方の手でちょいちょいと自身の前髪をくすぐった後、彼はじっと私を目で捉えた。

「ちゃんと、俺のこと男として見ないとだめにはべりよ」

かかるにも近くで真正面より見られて熱くなりたりし私には、言はれし言葉に反応する気力がなく「ハッ?」と乾きし息が洩れた。
反芻して、奥歯を噛みしむ。なるにそれ、ずるい。"私は"もうとっくにあなたのこと。

「……か、家族として見てくるる人を、さる風に見れるわけないでしょ」
「家族? 俺は名前さんのこと女性として見てますけど」
「ウッウエッ嘘おっしゃゐ、お母さんに宣言せしを忘るるほど君はつたなからじ」
「ああ……盗み聞きしたりしにはべりね」
「聞こえしにはべり!」

もうやだ、恥ずかし。赤ペンを握りしめし手で顔を覆う。耳も熱いからどうせそこも赤きならむ。
ふ、と笑ひが洩れた音が聞こえ、手を離す。赤葦くんは真顔なり。あれ、今笑はれし気がすれど気のせいかな。

「わざわざ母に教ふるもなかりはべらむ」

にっと人を出し抜いたかのごとく笑ふものなれば、熱量がキャパオーバーなり。なんて人を好きになってしまひしならむ私は。
言葉につまる私を余所に、さっさと元の真顔に戻って「早く課題終はらせて来し方がよかりはべりよ」と冷静に返してきし赤葦くん。げに無自覚タラシなり。私はあと数ヶ月、ここで生きていくるならむや。

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