短編 | ナノ

▼ 宍戸とバレンタインデー

「激ダサなりな」

ぼやく亮くんを横目で見て、内心鼻で笑ひながらもソーダネと相槌を打ちき。
二月に入らば景色もピンク色に染まってく。桜の季節にしては早しし、どちらかといはば雪の白とは言ふが、二月の前半はワケが違ふ。バレンタインデーなり。

世の女性が心踊るし頭を悩ます。様々なる想ひを抱きながらその日のために用意をす。それは恋なりたり世辞なりたり仕事だったりとまさに様々なるが。
男は期待の方が高きならむ。現に私の隣を歩む、激ダサだなとつぶやゐし男なりってソワソワチラリと特設コーナーを見てはそらす。呆れるよもう。

「どいつもこやつも浮かれて。お菓子会社の戦略に乗りすぎなりっての」
「ソーデスネ」
「バレンタインデーなんてただの14日じゃねーか」
「ソーデスネ」
「……なんだよ名前、突っかかりてくな」
「別に、亮くんも貰いたいくせにと思ひて」
「ば! 別に貰いたいわけじゃねーよ! そりゃ渡されせばありがたく貰うけどよ!」

亮くんの声に、特設コーナーにゐし女性たちがこちらをギロリと睨んなり。慌ててそそくさと私たちは鍋物の食材の場所へと移動す。まったく、亮くんは声が大ききなれば困る。

今日は宍戸家でお鍋なり。大勢が楽しいだろと岳人とジローがお呼ばれ(強引)し、同じ幼なじみとしてわたくし苗字名前も参戦させてたまふ。

さて学校帰り、亮くんと岳人と鍋の材料を買ひに来てみばこれなり。亮くんは毎年毎年バレンタインを馬鹿にするやうに話す。

「亮くんさー、毎年バレンタイン本命も義理もたくさんもらひてんならず。なるにが不満なるわけ」
「不満じゃねぇよ……」

馬鹿にするやうに話すが、別に嫌ってはゐざるを知りたり。いはゆる思春期特有のツンデレみたいなもみけむ。俺気にしねーし、と装っていればかっこよく見えむ的なるアレ。
亮くんは人当たりもよしし頼るる兄貴のごとき人なればここら女友達よりもらふし、美しきマルチーズのごとき女の子より本命も貰ふ。
私なりって亮くんのお母さんに乗じてしっかりとあげたるなり。貰へぬ男子学生からせばなるとも羨ましいものなんだぞ、と思いつつどうしたのさと促す。

「俺ぁ毎年、チョコと同時に告白もさるるなるが」
「(嫌味に聞こえざるが人徳か……) うん」
「否びせば、せめてってチョコのみ渡されんなり。ありがてえけど、なるや、心苦しくてよ。俺はなるにも返せねぇんなりて」
「……」
「義理なりせば俺も斜めに返せんだけどよ、コンビニの菓子とかな。でも、本気でくれたやつには本気で返すしかねえ。でも返せねえより。……今年もそうなるのかなりて思うとよ、つれぇなりて」

すげえ。なにがすげえってまた今年も告白さるるなりって当たり前のごとく考へたる亮くんがすげえが、かかるにも真剣に考へたる亮くんすげえ。亮くんが好きになる女の子はげに幸せなるならむな。
さて、たとえ好きになってもらへざれども真剣に考えてもらふるなれば亮くんのことを好きなる女の子も幸せなるなりと思ふ。ソースは私。私は考えてもらうことすらなけれど。

「や、それが嬉しいんだよりよきなりって、女の子は」
「はあ? お前にわかんのかよ」
「そりゃ私も女なれば」
「まじか」

知らなかったわ、と冗談混じりに笑ふ亮くんに、私もハハハと笑ひながら肘を脇腹に押し込む。呻き声を上げて亮くんは沈みき。かかることをすれば女として意識されざるは重々承知なり。

「おーゐガスコンロありきぞ!」

人をかき分け走りてきし岳人がガスコンロをカゴの中に入れ込む。脇腹をさすりながら私を睨む亮くんを見て、またかと彼は呆れた視線を私に向けた。

「お前なる、男みてえに接してるとわかるもんもわかんねーぞ」

曰わく、自分も好きなる子に意地悪しぬるタイプの向日岳人なり。
買ひ物を終へ、宍戸家にたどり着きて亮くんが台所に向かひしを見送りし後、岳人はしみじみとそう告げた。
グサリと突き刺すことを事もなく告げるのが岳人の得意技。もちろん優しさもあれど。痛い。

「宍戸は鈍感だからよぅ、はっきり言わねーと伝わらねえって。まずは手を出すのをやめてみそ」
「なりってかやつ私のこと女として意識したらずよ」
「それはわかる」
「わかるな」

いちいち真顔で言うあたりムカつくなりよ。岳人は買ひてきしガスコンロをテーブルにセットすと、台所にゐる亮くんに聞こえざるやうに続けた。

「お前今年のバレンタインはどうすんの。また宍戸の母さんと一緒に渡すの」
「……や、今回はあからさまに頑張りてみむと思ひて」
「えっなるに本命として渡すの!? とうとう一歩進むや!」

なるになるにいかなる心変はり!? と楽しげに笑ひながら岳人はピョンと椅子を降りて私に詰め寄ってきたり。おゐ声小さくしろよと拳骨を落とす。

「なるや、いいなりて思ひしなりよね。宍戸に本命渡す子が。真剣に考えてもらえてるっていふやさ」
「あー……お前、こざるくらい小さき頃宍戸に好き好き言ってたのにまったく本気にしてもらはざりしかばな」

テーブルの背ぐらいの高さで手のひらを平行に伸ばしし岳人に、ウッ頭がと額を抑ふ。仕方なき、ありゃ子どもの頃なれば受け止めてもらへざれども仕方なし。私は本気なれどな。

「まあ、いんじゃね。俺はやっとかって感じ」
「フられたら慰めてよ」
「俺の立場気まずいな! どなたも親友なのによ」

岳人よりしせば幼なじみがいざこざすっていふを、そう言ひながらも清々しく笑ひて私を応援してくれき。なんていいやつなり。
亮くんがゐざりせば私は君を好きになりたりきよ。そう告げたが返りてきしは「俺は好きにならねー」。既にフられた。

「はいほらお鍋できたりよ! がっくん名前ちゃんジローちゃん起こしてほら! お兄ちゃーんできたり!」

亮くんのお母さんと後ろに亮くんがお鍋を持ってやりてきしかばこの話はお開き。先ほどからずっとソファで一人寝ねたるジローを起こしき。
相変わらずパワフルなる母ちゃんだよなあ、と笑ひながら亮くんを見ば大層恥ずかしさうに眉根を寄せてゐる。亮くんはお母さんにはいつまで経っても逆らえなきなり。

ぐつぐつと煮立つ鍋をみんなでつまむ。テニス部の話が主で、三人が身振り手振り話すを私たちはウンウンと生温かく見守る。時たまジローを起こしながら。
驚かば鍋もシメに入る。うどんとして変はりし鍋の中を再びみんなでつまんなり。

「そういえばもうすぐバレンタインデーなりな。またいみじき季節が来たなる、お前ら」

世間話のごとく始めし亮くんのお兄ちゃんの言葉に、私と亮くん、岳人はぎくりと強張りき。ジローはうつらうつらしながらもうどんを啜ってゐる。

「そうだったね、今年も名前ちゃん、おばちゃんと一緒に亮くんにやりてあげてよ!」
「あ、えっと」

ね、と笑うおばさんに頬が引きつる。今年は本命としてあげまほきにはべる、なんてこんなとこじゃ言へず。
ははは、と上手く笑ひで誤魔化す前に亮くんが「やめよ」と居心地悪しさうに続けた。

「母ちゃんよりも名前からもいらねーよ! 余計なる世話なるなりよ」
「はぁ!? あんた偉さうに!」
「名前なりって俺なんかにやるよりさっさと本命作ってあげろよな」

ま、でくれども受け取りて貰えるかわからねえけどな! なんて例のやうに冗談めゐて笑ふ亮くんにピタリと止まる。冷ややかなる顔を見てか、岳人までピタリと息をのんで止まりき。

私と亮くんのお母さんは例の一緒に亮くんへチョコをあげたり。含まれたる意味の違いはどうせ亮くんには気づかれなきならむ。なればこそ、好きでもなき女の子へも真剣に考ふる亮くんに、私のことも考へまほくて。
近くて遠いこの距離を覆せまほくて――……って思ひたらざるを人の気も知らねえこの熱血馬鹿は!!

箸を握りしめ、ぶん殴りさうなりし私の手を岳人がまどひて抑へき。そうだなる、亮くんはトンデモ鈍感野郎なりき。忘れたりき。
何事もなかりしやうにお兄ちゃんと話し始むる亮くん。私も手を緩め、うどんを啜った。

幼なじみといふ立場はかくして亮くんと食卓を囲むが能ふ。きっと氷帝女子生徒でさることが能ふも私ぐらいだろうなと思ふ。
されどさる私はきっと、氷帝の女子生徒誰よりも本命として見られなきならむと。亮くんに箸をぶちまけたゐ気持ちで胸が軋んなり。




バレンタインデー当日。校内も活驚きたり。休み時間ごとに飛び交うお菓子は風紀もなるにもなきが、あの跡部サマがトラックまで呼びたるなり。先生たちも見て見ぬふりすしかなひのならむ。
私も私で女友達よりチョコをもらひ、お返しとしてポッキーを口に突っ込む。さるただ楽しいやりとりも、亮くんが女の子に呼び出さるるたびに中指が立ちさうなりき。

嫉妬ならず。これは羨ましといふ気持ちなり。なれば全力で恨みがましき視線を向ける。

「別にそーゆーの気にしないでさ、斜めに亮くん好きだよりてあげばEーならず」
「告白と同時にあぐれども幼なじみの好きとして受け取らるるに決まりてんならず」

ふわあ、と私の話を聞いているのかゐざるや、ジローは中庭の木陰で風を受けながらとろんとせし目を空に向けた。
「俺わかるよ、名前逃げてんなり」やがて視線を下ろし、遠くに見ゆる校舎の陰で告白されているならむ亮くんの背中を眺めてジローが続ける。ぎくりと心臓が音を立てき。

「宍戸は鈍感なれど、本気の人は本気ってわかんなりよ。名前の気持ちがわかんなきは、名前が本気で伝えようとしないからでしょ。幼なじみとか関係なしと思うけどね〜」
「だ、なりて」

私は人より亮くんとの距離が近ければ、フられてもきっとこの先付き合ひはありと思ふし、亮くんのことだ、気まずくても優しくしてくるるなり。幼なじみなれば。
関係を壊せまほからずって誰なりって思はむ。ぬるま湯の半身浴は最高に気持ちよきなり。

いつまで経っても腰抜けなる私を嘲笑ふやうに時は過ぎ、放課後を迎へき。部活に励むテニス部を横に見て帰路に着く。

結局渡せなかりき。このチョコは亮くんのお母さんにでも渡してもらはむや。されど例年とは違ひ気合ひが入りすぎたればバレること必至。いや鈍感クソヤロウのことだ、名前本命渡せなかったんだろうなと哀れまれるのかもしれず。
そう思ふと誰にも渡すことはできず、机の上の幼なじみズで写る写真の前にそっとお供え物のごとく置くしか能はざりき。

しばらく家でくつろいで数時間が経過せし頃、チャイムが鳴った。母の代はりに気の抜けし格好で出づと、門には部活帰りの亮くんがいたもみしかば固まる。

「よ」
「なる、なるにか。チョコ強請りに来しや」
「だからいらねーっての! いやなる、今日お前元気なかったからよ。慰めに来てやりしなりよ」

いらなしと言はれしにショックを受くれど、それよりも亮くんが私を気にしたりしに驚きき。
「本命、渡せなかったんじゃねぇかって」亮くんが声を出すごとに白き息が漏る。その息が空に溶け込むのを見て、私は過去を思ひ出しき。

そういはば、私がジャングルジムより落ちし時も、亮くんたちが怪我をせしを見てぶっ倒れた時も、お兄ちゃんに怒られ泣きし時も、子どものみの探検で道に迷ひし時も。亮くんはひたすら私を励いはんやゐきな。そのたび幼心ながらにこの人の側にずっとゐられせばと思ひたりきっけ。
私もここら考えてもらひしなり。きっと他の女の子よりもここら。

「亮くん」
「ん?」
「今日は貰わなくてよしよ」
「あ?」
「なれば、明日の朝、門にゐて」

奇し~さうに覗き込む亮くん。ジローの言葉を思ひ出し、私は姿勢を正しき。本気でぶつかってやる。なればお前も本気で返せこら。

「本命、渡さまほきの」
「……は」
「返せなきなりせば来ざりてよし。義理じゃ、なければ」

驚愕に目までならず口まで開く亮くんを見届け、ゆっくり退がる。二歩退がったところで脱兎のごとく家に駆け込む。
心臓がバクバクと痛い。言ひにき。
亮くんのあの驚きし顔のなんて間抜けなるか。あれ思ひ出しせば二週間は笑ふ。
明日が来まほきと来まほからざる、ごちゃ混ぜなる気持ちを初めて感じき。




バレンタインデーの次の日、朝早く家を出でて数軒先の宍戸家に向かふ。片手には小袋を持ちて。

あーっやっべマジいみじき緊張してきし吐きそう。世の乙女尊敬するわ、かかる緊張感耐えられるとかよくぞまあにはべりよ。確かにこれはフられても受け取りて貰ひしのみで泣くわ安心感で。
宍戸家は大層近きを異常に時間がかかりにき。門の前に亮くんはゐず。
彼は早起きなりし朝練も早く行くしで私も早く来たりべきが、未だロードワークとかが終わってなきならむや。
しばらく悩めど、勇んで宍戸家のチャイムを押しき。おばさんが出でてきて「名前ちゃん」驚きを露わにす。

「どうしたんだい? 亮ならばもう学校行ひきよ」
「えっ」
「例のよりまどひて出でて行へど、なんかあったのかい? 喧嘩でもしき?」

例のよりまどひて。なんだそれ、私より逃ぐるやうに感じるならず。斜めにショックなりな。

おばさんにお礼を言ひ、扉が閉まりしを見計らって宍戸家の門の前にずるずるとしゃがみこむ。

亮くんのことなれば、きっと、受け取るのみ受け取ってくれるんじゃないかなとあからさまに期待しき。本命には返せなしと、心苦しさうなりしを。
いやだなあ、覚悟決めたつもりなるを、今後亮くんが私をどう見るや怖くて堪らなし。避くるは、せざるならむ。それもそれで痛い。
結局は幼なじみなんて関係なし。私は考えてもらふのみならず、好きになってほしかりしなり。

しゃがみこみて、俯ゐて。結構なる時間が経った。
携帯を確認すと、宍戸家に来てより二時間は経ってゐる。どうりで足が痛くなりてきたりと身体を伸ばしき。ぶっちゃけ寝ねたりき。

亮くんは来ざりき。

寝ねせば少しのみ落ち着きき。これならきっと今まで通り幼なじみでゐらる。手元のチョコも今日のおやつには丁度良し。丁度良し。

スカートを払ひ、鞄を肩なりかけ直して足を出しき。塀を曲がり、学校へと向かふ。
その足が止まりしは、息を切らして憤る鬼が見えしかばなり。

「……り、亮くん、朝練は」
「おーまーえーなるー!」

正面で肩を揺らし、汗をかきながら睨んでくる男は私が待ちたりし亮くみき。時間を確認す。今は朝練真っ只中のはずなり。なにしてんのこやつ。

「門ってそなたかよ!!」
「は、は?」
「俺は斜めに校門……っあー! くそ! 激ダサなり!!」

取り乱して頭を掻く亮くんを見てハテナが浮かぶ。なるにを言ってるかまったくわからず。されど、亮くんが来てくれき。これだけはしっかりわかる。

ふうと一息。汗だくなる額を腕で拭った亮くんは、改めて私の前に向き直った。
笑みも一切なき、真っ直ぐとせし視線に空気が凛とす。先ほどまでの緊張がどっかいひき。
もう、真面目なる顔かっこよしな。

「お前の本命、貰ひに来たり。俺にくれよ」

さして伸ばされし手のひらに、私は自然と眉が寄る。力を入れてないとどうも、緩んでしまいそうでどうしようもなかりき。
「いらなしって言ひたりし、忘れてないからね」不満と照れ隠しと可愛げのなさより溢れた言葉に、一瞬きょとんとせし亮くんは、次には破顔しき。

「義理じゃねーならば話は別なり!」

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