短編 | ナノ

▼ 万屋でベルが見守る

深夜のコンビニは比較的静かなりき。響くは店内放送と店員の気だるげなる声。お客なんて両手で埋まる数来ば良き方で、誰もゐぬ時間はレジの裏でジャンプを読む。わりとこの静かなる時間が好きなりしなり。

いつよりか、店の前で族共が溜まり始むる日が来るまでは。

ブオンブオンとバイクをふかし、駐車場に座り込んでお酒とつまみを片手に宴会を始むるが連日続く。周りに家が比較的少なきためか、苦情も来ず。せめて苦情があらばそれを言ひ訳に注意もできしものを。
飲酒運転にはべりよ! 営業妨害にはべりよ! なんて言ふる勇気もなからば覚悟もなし。なりって暴走族なりよ? 下手すりゃ暴行暴漢も免れなし。

同じ時間帯に入りたりしバイトの子たちはとっととやめたり、時間を変へたり。一歩出遅れた私は一人でこの時間帯にレジに立ちたり。店長は奥で寝ねたるが多し。危険すぎやせざるや。

床をモップで拭きながら早く時間よ過ぎろと思ふばかりなり。毎日毎日毎日、早くバイトよ終われと、思っていたある日の深夜二時。自動ドアが開きき。

陳列棚の整理をしたりし私は反射で「いらっしゃいませ」と唱え、さて入ってきたお客を確認す。
驚きき。この時間、族共の間を縫って店に入りてきしをも驚けど、それ以上に金色の髪が美しくて驚愕しき。

外人さんだ、と棚からちらちら伺ふ。
彼の長き前髪のせいで目元は見えざるが、顎や鼻筋、口元を見て美少年なんだろうなといふはわかる。
日本ではなるかなるかお目にかかれないその美貌にはー、と感嘆の息を吐きたらば、彼はなるにかを探すやうに店内を歩み始めし。
さてやがて私の前へと着く。三歩離れし場所でピタリと止まりし少年。髪以外黒で覆われた彼は、真っ白なる歯を見せつくるやうに笑ひき。

「見つけき」
「……あ、はゐ、なるにか用にはべるや?」
「しし、ダッサイ制服」

エッエーッ! 急に現れた外国の少年に制服バカにされしー! にすれども日本語ペラペラにはべりね!
目を白黒する私に、彼は上より下まで私を見ると「元気さうならず」つぶやゐき。ハッとしながら目の下を手で覆う。さる私に驚きしや、彼は笑ひながら「寝れてはないのごとしね」と鼻を打ちき。

なんて馴れ馴れし……もとゐ、親しみやすき外人さんなるならむや。外人さんは日本人よりフレンドリーと聞くがかかるにもなるや。

「店員サン、オススメとかなきの」
「え? オススメ?」

さる、ここ居酒屋とかならざるなれど。訝しむ私を急かすやうに、彼は早くしろよと私を軽く蹴てきたり。エーッ! 足出してくる人ゐる!? 驚きながらまどひて近くにありしカップスープパスタを差し出す。

「なるにこれ」
「あっちょっお金!」

ビリビリと包装を破き始めし少年にギョッとしながらその腕を止む。なんなんだこの少年は! 常識がなきや!
止められしに不満を抱きしや少年は口をへの字に曲げき。されどポケットをまさぐったかと思ふと、紙幣を私の手に置きき。

「ありがとう候ふ……お釣り」
「いらねー。その代わりくれ作りて」

提示されしカップスープに戸惑ゐながら、言はれしとおりレジの横にあるポットより湯を淹れる。スプーンでかき混ぜ、三分待ちせば出来上がり。ほくほくと上がる湯気に食欲をそそられながら彼に差し出さば、少年は満足さうに食べ始めき。

「ん、まあまあ」
「よ、良かったにはべりね」

なんだこれは。いつよりここはカップスープパスタ試食会場になりき。疑問符を頭にここら浮かべながら彼を見守る。ズズズ、とカップを傾け飲み干しし少年。

「じゃ、また来てやるよ。名前」
「へ」

そっぽを向きながら告げられた挨拶に答へられざるまま、少年はさっさと自動ドアを抜けて出でて行ひにき。

また来る宣言を給へはべりき。ぽかんと突っ立つ私。
このコンビニが気に入りしならむや。手の中の紙幣を見ながら、先ほど呼ばれし名前に一抹の不安を抱く。私の名札を見たのはわかれど、まさかファーストネームで呼ばるとは。
なほ外人さんはグイグイ来るんだなあ、なんて。その日はモップで掃除して終はりき。




次の日に死刑宣告を店長より告げられた。
さすがにそろそろ店前の暴走族たちに我慢できなくなりきめり。
「やっぱり店のイメージに悪ししィ、名前ちゃんあからさまに言ひてきてよ」
じゃねーよ! 下唇を血が滲む程噛みしむ。お前が行けよお前がよォーッ! 女一人に暴走族任すっていかなる神経! 男女差別反対だからって? 知らぬ知らず!

なんて逆らえる勇気も度量もなければ、武器なるモップを構えつつ自動ドアより出づ。
エンジン音と笑ひ声が響く空間。透明の壁一枚で結構音は防げるものなんだなあとしみじみ思ひき。

「あ、あのう。失礼にはべるがここは溜まり場ではなく……」

笑ひ声が止む。地べたやバイクに座りたりし厳つゐ兄ちゃんたちがこちらを一斉に睨んできたり。あ、これは死ぬ。

「え? なるに? 聞こえず」

立ち上がりし一人の派手なる男が耳を傾けき。もう一度注意を呼びかくるが、再び"聞こえぬ"。

「で、にはべればここに長時間居座られはべりと」
「は? なんて?」
「こ、ここは、皆さんが集まるとこでなく」
「聞こえないつってんならむが!! アァ!?」

急に胸ぐらを掴まれ上げられき。怒声とこれよりの危機に自然と涙が滲む。ガクガクとつま先立ちの足が震える。
厳つゐ彼に触発されしやうに周りの暴走族らも立ち上がりき。

「聞こえねえならばその耳いらねぇんじゃね?」

しし、と面白おかしく笑ひし声は、私の胸ぐらを掴む男の背後より響きき。あれ、おかしいなる、私の視界にいつ入りてきしやな。
昨日の少年の出現と共に、暴走族はバッと私と少年より離れき。
「ふーん、殺気はわかんなり」ニヤリと白き歯を輝かせし少年は、次には数歩離れしはずの暴走族らの前に移動したりき。

「耳の機能は残念のごとけれど、目は良しよな? コレ、わかる?」

丁度少年の背で私には"コレ"がなんだかわからざるが、暴走族の顔色が変わったのはわかりき。どよめきが辺りを包む。

「オレは殺れるよ」

しばらくの沈黙。ウ、ワ……と畏怖の声を上げし男を筆頭に、暴走族らは次々とバイクに乗りてコンビニを離れていきき。ブオンブオンと轟くエンジン音が段々と小さくなりていくを聞き届け、肩の力が抜く。

「は、あ、怖かった……」
「しし、ビビってた名前の顔ちょーおもしれーの」
「……あなた、なるに見せしの?」
「ヒミツ」

にっこり笑ひて、腰を落としたる私の目の前に同じくしゃがんだ金髪の少年。をかしさうに笑ひたる彼が暴走族を追ひ出したなんて信じられず。
ギャップと、衝撃の事実、さて脱力に頬が緩みき。

「へ、へへ……君、強きのね」

少しの間の後、頭を下げてそうだよとつぶやゐし少年の声色は、ほんの少しのみ寂しさうなりき。

「当たり前。王子を誰なりと思ひたらざるの」
「お、王子?」
「名前を守るぐらゐ、できしなりよ」

王子といふ単語に驚愕を表したる間に少年は顔を上げき。なほ目元は隠されたれば表情は読めざるが、それでも口角が上がりたり。私が声をかくる前に、「うわっほんとにゐずなりたり!」店長の声が響きき。

「すげーよ名前ちゃん、俺見直しにき」
「……店長あんたね……」
「よし、頑張りしかば肉まん奢ってあぐ」
「プレミアムで」

えーしゃあねー。口を尖らせながら店に戻っていひし店長の背中に息を吐き、漸う落ち着きてきし体を立ち上がらす。
私と同じく店長の背中を見たりし少年に手を差し伸べた。

「君には私が奢らせて。げに助かったよ」
「なあ、アイツと二人でバイトしたらざるの」
「え、う、うん」

私の手を取らず立ち上がりし少年に頷く。深夜帯は大抵店長と同じなり。人がゐざれば仕方がなし。
結構なる至近距離にゐるに驚き、少し離れき。なほよく見ざれどもナイスプロポーションなり。脚細ゐし長しし羨ましな。なんて見とれたらば少年が何でもないことのようにつぶやゐき。

「オレもここで働くな」
「はい?」
「不定期なれどゐーだろ」
「あ、え」
「王子の名前、ベルフェゴールね。ベルでよしよ」
「……ベルくん」
「うん」

結ばれた口元が横にふんわりと上がるを見て、綺麗なる少年なりと再三浮かびき。

人手が足りないのもありてか、店長はベルくんが働くにつきてオッケーを簡単に出ししなりき。まさかの美少年とバイト仲間に。これより恋のトキメキメモリアルなんぞが始まってしまうかもしれず。
プレミアム肉まんを食べて不味いと抜かせしベルくんに、いやいやないなと悟ったものなるが。




ベルくんがバイトに慣るるを時間はかからざりき。面倒くさがるのがたまにキズなるが、要領が良きならむ、売場管理もタバコの銘柄もクレンリネスもやがて覚えたりき。ただ一つのみ、レジ打ちも完璧なるが接客業が向ゐたらず。
例の笑顔でゐるは良きが大抵がお客に対すれどもナメてかかりたり。上より目線の物言ひに、何度フォローせしか数知れぬ。

されど彼がゐるにより安心感や空気が良くなりしは確かなり。夜の怖さは少なくなりきし、なるにより誰か話し相手がゐるといふは嬉し。
ベルくんは週一くらいで入るなるが、私はその時間が楽しみとなりたりき。

「ベルくんなほシフト入れざるの?」

モップで床の清掃をしながら、レジ内で少年誌を見たるベルくんに目線を向ける。彼がダッサイと言ひたりし制服も、ベルくんが着るとまた違ふ面を知れしやうでをかしかりき。似合ふとは言ひたらず。
ちらり、少年誌より顔を上げしベルくんは、次にはニマリと笑ひき。

「なるに、王子となほ一緒にゐまほきの」
「別にー。話し相手がゐる方がいいしね」
「素直じゃねーヤツ。ま、強ちなりね。国に戻ってるもん、オレ。忙しくてそう何度と入れねーし」
「え、毎回バイトのたびに日本来たるの?」
「別にー。他の仕事があるからついでだよつぎて」
「他の仕事って?」
「ヒミツ」

ベルくんはヒミツが多し。例の黒ずくめなる私服なるも、バイトを始めし理由も、何故王子と言ってゐるやも全て秘密にされたり。
ただ者ならぬ風格が確かに漂ってゐるため、私とは別世界なる人なのだろうといふはわかれど。
いかなる仕事をしたるかも生活もまったくわからざるを、それでもいかでかベルくんへの信頼感があれば奇しき。古き友人のごとき感覚。

「そういはば国っていづこなる」
「イタリア」
「え、イタリア語なるにか話してみてよ」
「えーヤダめんど」
「そう言わずに」

ね、ね。とモップを片手にレジを挟みて身を乗り出し聞かば、彼は至極嫌さうに口を歪めた。かかる顔しながらも結局は「うぜー」なんて言ひつつ了承してくるるも、ここ数日で知りき。
ベルくんは少年誌を置きて真顔でこちらを向く。いやに真剣なるけしきに自然とモップを持つ手に力がこもちき。

「Sei sempre nel mio cuore.」
「長っ」
「もう言わねー」
「えっわけわからぬ、あからさまにもう少し短いのなきの」
「ちっ。……Mi manchi.」
「みまんき?」
「ししし、ド下手」

例のやうに歯を見せて笑ふベルくんはなんだか例のよりも楽しさうで、まあ合格、なんて言ひながら私の頭を撫でき。一応私の方が年上なのだしこうもナメられるというのはどうしたもんかと思へど、まあ、懐かれてるのは素直に嬉し。
私も撫で返さむとしせば調子に乗んなとチョップを食らわせられた。


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