短編 | ナノ

▼ ディーノが欲しき花

あ、また来たり。

道の向こうよりやりてきたお兄さんに、おのづから笑み零る。斜め前の菓子屋をちらちら覗きつつ、ここ花屋に近づきこし彼。金髪で、外人さんで、王子様のごとく、されどここに来る時はいづら気かたはらいたそうに。さるお兄さんを観察するが最近の楽しみなりき。

「おはせよ!」
「おふ、こんにちは」

ニカーッと全力な笑顔で迎ふ。おまらうどさんには笑顔で接まらうどが常識なれど、この人のついではまた別なり。勝手に応援せれば。
応援、さ。我はこのお兄さんの恋を心の中で応援せるなり。

「今日はどの花にせむやかし」
「さりはー」

お兄さんはディーノさんと言ふめり。先日来しに教へてもらひき。ディーノさんはよくこの花屋に来。そして斜め前の菓子屋にもよく行けるを見しがある(ここよりは菓子屋の大いなる窓のおかげで店内のくまなきなり)。そのためありまはば顔見知りの仲なりて。一方的に、かもしれねど。

なづみつつ頬を掻くディーノさんは、ちらちらと菓子屋に目を向く。思はず笑ひが出でそうになるをぐっと忍びき。菓子屋で働く一人の美しき店員さんがよーく見ゆるぞは。
ディーノさん絶対かの子のこと恋しがるぞかし! いくつになれども恋話は楽し。かかる王子様のごときお兄さんの恋しき人のために花を買ひに来るがなんかまむ"めく"といふや。でもなかなかかたはらいたがれる姿の美しきといふや。

「ディーノさん、結構花買いに来てくれたれど、その花いかがされたりや? 誰かに贈れりや?」
「えっ? あ、いや、渡さまほしけれどなかなかな。アジト……じゃなかりて、家に飾れり」
「さりや……」

なほ渡せられたらぬなり……いとほしく、勇気が出でじは。わかる、わかりますよディーノさん。わざと男性が女性に花を贈るとて並大抵の勇気がなくばせられぬよね。でもてっきり外人さんは知的に贈るやと思へり。ディーノさんが早く買ひていひし花はさながら彼に似合ひてたし、渡されし女性は狂喜乱舞すると思へどな。
ええあり、気を取り直さむ。彼の背中を押すが私に課せられし使命なり。一つの花を手で差す。「こなたはいかがならむ」ディーノさんの目も我の動きに合わせて揺れき。

「女性に人気の花で、よく告白や贈り物に選ばる」
「こっ、あ、そうなりは。お嬢さんも貰へば嬉しや?」
「そらばあまむ。とっても嬉しきぞ」
「へ、へー」

鼻白めりや、笑顔をこはくしつつモジモジソワソワするディーノさんに微笑ましくなる。ニコニコ見たらば、気まずからむ彼と目合ひき。

「なんだか楽しからむは」
「え? ありやあ。我、ディーノさんがさやりて花をなづむ姿好きなるぞ」
「え!? 恋し!?」
「はい。いと恋しはとて伝われば」
「そっそらば、そらば、恋しければな! えっ、と、伝われりや? 今がたよりなのか?」

とみに惑ひだししディーノさんは再び菓子屋に目線を向けき。さる彼にまあまあ落ち着きてと笑ふ。伝われるに決まれるじゃあなしや。例菓子屋ちらちら見て、結構なる頻度で通りて。内心クスクス笑ひつつ首を上下に動かす。目を見開きて口も開きし彼に、我は神妙深く唇に弧を描きき。

「かのな、我……!」
「告白するに花を渡さば、いかにも我に任せたまへね」
「……へっ?」
「とびきり美しく包めば!」

グッと親指を立て、「女心鷲掴みにするお手伝ひさせてたまふるぞ!」と張りきりて言ふ。我、かかる恋しき人のために花屋でなづむ人いと恋しきぞかし。背中押さまほしくなるとていふや。さるは相手は美男子。なほ輝かせらるると思ふと、こは腕が鳴るとてもんぞ。
などごけしきであらば、ディーノさんは呆気にとられし、いや、愕然とせるけしきでぽかんと口を開けたりきやと思ふと、とばかりして頬をひきつらせつつ笑ひき。「あー、そうか、はは、げに」むげに空笑ひなり。
マズった。鼓舞されまほしからぬ人なりきや。惑ひて立てし親指を手のひらの中に戻す。

「……我余計なる言ひしぞかし、ごめんたまへ」
「いや、いと嬉しきぞ。ほんと、……うん、嬉しすぎて泣ける……ぐすっ」
「あ、それならば良かりき。涙もろきなりかしい」
「ちくせう……うつくし……ぐすっ」
「ですよね、一輪のみでもうつくしきよこの花」

結局その日、ディーノさんはオススメせる花を買はざりき。花屋を後にするその肩がいやに落ちたるように見ゆれば、おぼつかなく顔を歪む。告白、急かせるようにとられきやは。ていふかさればただの花屋に触れらるるまじきぞはと。
されどさるディーノさんは斜め前の菓子屋に入りていへば、ほっと息を吐きき。




実を言ふと、例の菓子屋には入りしがなし。一度は食ひてみまほしかりけれどなかなかついでを逃せる。わざ休みの今日、行きてみむかなと足を伸ばす。
美しき扉を開け、店内に入らば女性客でいっぱいなりき。かかる中にディーノさん一人で入れりなんて……頑張れりは。彼の心地を考ふると胸にくるものあり。大丈夫なりよディーノさん、男のおまらうどさんはさだめて覚えられやすきぞ。

美しき店員さんに案内されてつきていき、ぎょっと驚く。窓際の席に裃姿の外人さんが三人ほど居りたればなり。みんな厳つい顔なり。全員男なりし、けはひよりして著しし、たえて菓子屋が似合はず。ディ、ディーノさん、もしかせばこの人たちに負けて顔覚えられてなきかもしれぬは。
さる人たちもふと我に視線をやりき。反射的に身構えし我に彼らはそはもうめでたく驚愕のけしきを表したのなれば訝しむ。すなはち元に戻りて品書を覗きこみし彼らに疑問符を抱きながらも、案内されし彼らの後ろの席に居りき。こなたも窓側なり。たよりに菓子を注文しつつその店員さんの名札を見しところ、彼女は華益さんと言ふめり。名前までふわふわせり。この人なりは、ディーノさんの恋しき人。
短菓子のごとき人なりはと思ひつつ去にゆく彼女の背中を追ひ、水を一口飲み。おのづから目に入る窓の向こう、うちの花屋見えき。へー、花屋より菓子屋もよく見ゆれど、反対もそうなりかし。多分この席かは、ディーノさんがよく居れる。花屋より見ゆる角度やうにここめく。ディーノさんと同じ席に居れるといふで、なぜだか少し嬉しくなりし。

それよりほどなく、花屋にディーノさんが向かひゆくが見えき。今日も花を買ひに来てくれきやは、とそのけしきを見守る。
されど彼は花屋を覗きこむとすなはち踵を返しき。さる彼と遠目に目合ふ。驚きに変へしディーノさんの顔が想像以上にをかしかりて、ぶふっと吹き出しき。
いや、ほんとディーノさん面白すぎ。王子様のごときに取っつきやすきといふや。見たりておほかた飽きず。くくくとお腹を抱えたると、おはせよーと案外近くできこえし鈴のごとき声。
驚かばディーノさんが食卓の横に立てり。

「どーも、お嬢さん。同席よしや?」
「ど、どうぞ」

にっこり、いと清げに笑みを向けこしディーノさんに向かひを差す。水を持ちこし華益さんに「エスプレッソ」と注文せる彼はすなはち我に向きき。あ、あな、行きぬれど、華益さん。
お節介な口を叩きけむため、何も言はず開きし口には水を突っ込みき。

「お嬢さん、今日はわざ休みなのか」
「はい。ディーノさんが普段来るここに来てみまほしかりて」
「……そっか」
「ディーノさんは今日も花を買ひに来てくれけりかし。見えしぞ」

目合ひしぞかし、と窓より花屋を指差す。ディーノさんも同ぜむに我の指先を目で追へりやと思ふと、うんと小さく頷きき。

「そうなるぞは。ここより、よく見ゆるなり」

カチャリ、華益さんがエスプレッソと我の頼みし菓子を置きゆく。丁寧にお辞儀をせる彼女はすなはち大広間へ戻りていひき。さる彼女を先ほど我の指先へ向けたりしようにディーノさんの視線は追いかくると思ひけれど、彼は花屋より外さず。窓の外より入る陽の光がディーノさんの金色の髪をなほ照らしき。眩し。下まつげ長し。清げ。我の肌よりきめ細かし。
ふと窓より我へと彼が向き直り、嬉しそうに綻びき。

「今、主は我の前なり」
「……」
「窓より出できてくれきめり」

さ言はれて最初に思ひしは、さるクサイ台詞言へば花もさっさと渡さまし、だ。されど喉より出でそうになりしそれを寸でで抑ふ。華益さんには言えぬかもしれぬし。
はあ、とぼんやり開きし口に今度は菓子を突っ込みき。すると、ディーノさんの後ろより裃姿の外人さんたちがバシバシと彼を叩きしなればぎょっとす。「イテェイテェ!」と食卓に伏せしディーノさんを見て立ち上がりき。

「大丈夫なりや!? 今のなに……」
「いや、大丈夫なり。うちの手……じゃなかりて、あれなり、我を応援してくるる人たちぞ」

なりそれ怪しすぐ。ディーノさんなんぢ今叩かれけるぞ。その人たちはなまめかしく珈琲を飲む作業に戻りていひき。なんなる。
訝しげにディーノさんの背後へと視線をやりたれど、ディーノさんが我の顔をじっと見くるため彼に焦点を合わす。

「なほいくら花を買へども意味なしは。その花じゃぞーと」
「な、意味なしとてなどかすか」
「あな、違ふなり。我の傍で咲きたらまほしき花は、いかほどお金を出せども買へぬぞ」
「……さる花、ありや?」
「あり。でも未だ教へず。……薔薇の花三本買いに行けば、その時にな教へそ」

ぼっといきなり真っ赤にうつろひしディーノさんの顔は、まさに薔薇のごとかりき。今の今まで滑るように出でこしタラシの言の葉の最後がその顔なりなんて、よろづの意味で卑怯がる。
ディーノさんは残りのエスプレッソを一気飲みすると、勢いよく立ち上がりて我の分までお金を食卓に叩きつくると逃ぐるように菓子屋より出でゆきき。彼の後をつきゆくように裃の方々もとみに出でゆく。
ぽかんと呆気に取られつつ、置かれしお金と窓の外を交互に見き。走り去にゆくディーノさんが途中で転くれば、ぶはっと吹き出す。ほんと、らうたき人なり。

三本の薔薇の花言の葉、知れりやは。知るらむは。それを注文するは、いとど彼の告白する時がくるといふで。
一所懸命働く華益さんをちらりと見て、はあと息を吐きき。思ひ出すは今まで花屋に足を運ぶディーノさん。めでるらむは、更ながら少しともし。
お金で買へぬ花が気になれど、薔薇の花、売るまじきかもは。など思ふ我は花屋の店員失格なのかもしれぬ。


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