▼ 弐
「あっ佐助じゃん、なに放課後待ち合わせ?」
「にせば気まずそー」
私たちの居る席にやりこし女性まらうどが佐助くんに目を止めて近づききたり。うちの制服を着たれど我は知らず。「おー、君らもここよく来かし」笑顔を輝かせつつ佐助くんは彼女らに向きき。
「てか勉強してんの? やなりーこはしー!」
「とて今試験期間ならむーが。君らもしかとしたまへ!」
「出でし佐助のオカン節! えってかすごくねこまの帳面、いと清げなれど」
「ねえ佐助、試験終はればころある日なし? ゆかしき情報ありてぞ」
「えー、あからさまに待ちて」
鞄より予定帳かなにかを取り出しし佐助くんがそれを開く。拍子にバサリと何枚かの紙落ちき。我の方まで滑りくればそれを取る。
二年のかすがさんのブロマイド写真なりき。
「あー!」
食卓に身を乗り出しし佐助くんが我よりかすがさんのブロマイドを奪ひ取りき。なんとも俊敏なる動きなりき。す、すごし。佐助くんの友垣ならむ女の子たちもびっくりせるぞ。
ブロマイドを握り、食卓に手を付け顔を俯かせて動かぬ佐助くん。不穏なる空気が流れたからか、彼女たちは「また明日ぞ」とそそくさ席に向かひていひき。
とばかり経ちて佐助くんは居り直す。「いや、こは違ひて……違くなけれど……」もごもごと目を伏せて話す佐助くんは、なんなればしくなしはと。
なんといふか、うん、やうやう解決せり。佐助くんがかすがさんをナンパせる場面をよく見る。タラシやうなる心ばへの人なると納得すれど、かかる反応まですなんていで、かすがさんのこと本気なんじゃねりて思ふぞかし。
だって佐助くんは我に対して口説きてきたりもせず。ありつる女の子たちのごとく和やかに話さず。いっつもはしたなき顔せるか上っ面な笑顔か。
「佐助くんぞ、いかで我と付き合へる」
素朴なる疑問として口に出さば、彼は我にこはき眼差しを向けき。
「……は、なにそれ。さいふ訊く女の子はうざいきて嫌われぬるぞ」
「いや、今もうはやく佐助くん我のこと好きならざらむ。おほかた楽しさらずし」
「……」
「楽しく、させられぬ我も我なれど。でもぞ、げに恋しき人あらばかかる……」
「……楽しからぬはなんぢならむ」
佐助くんの笑顔崩れき。はしたなしといふよしでもなし。焦りと哀しみがそこにうちいでたりて、心臓冷ゆ。帳面の上に置きし佐助くんの手が頁に皺を作りき。
「げに恋しき人のあるならひてなに、なんぢは我様が本気でもなき女と付き合ふと思ひてんの。はは、なにそれ。なんぢよく平気に言へるかし」
「……」
「我様が楽しさらず? かのなき、楽しとか楽しからずとかさる水準ならぬよしぞ。なんぢとあると心臓が忙しかりてそんなの考ふる暇すらなき。つかなんなるぞ、嫉妬ばかりせよよ」
「ぞ」
「手ぇ握ってすっげー緊張せりとか、帰るの遅くなってまで一緒にいたしとか、さらぬやつらには平気に言へる言の葉も舌が回らずとか、なんぢは思ひしもなからむ」
最後まで噛まで言ひし佐助くんの気迫に当てられ息をのむ。間に挟むすらせられず。瞠目する我に、一瞬のみ眉を下げし彼はすなはちニッカリと笑ひき。
「ま、なんぢが我様のこと好きならぬは知りたれどぞ。で、なにをお求め? 別れなむ?」
「……」
「そらばそうか。俺様優しくしやれざりしもんかし。……笑はすれども、やれたらずし」
さても大きに息を吐きし佐助くんは、「ダッセ」つぶやくと頭を下げき。顔見えずなる。
佐助くんは我に吐く毒の量のなかなかなるいし、例顔は無愛想か上っ面な笑顔なり。一緒なれども楽しなんて感じるがほとんどなかりき。さだめて佐助くんも楽しからずまじやとて、おのれより付き合ふとて言ひ出しし手前断りずらあらぬならずやとて。
そんなの、聴いてみずはわかるよしもなしに、勝手に思いこみて。
眉間に力をこめすぎて、頭が痛くなりき。そこで鞄の中に入れるポカリを思ひ出す。冷たかりて、一口しか飲みたらぬにくれしポカリ。……あな、そっか。
やうやう驚きき。思はず笑み零る。顔を上げし佐助くんの目が丸くなりき。
「はは、佐助くんのこころざし表現、わかりがたきぞ」
ふふふはははと笑ひは止まず。ていふか、わかるよしもなからずや。我、国語の読解問題とか苦手にぞ、登場人物の心境とか述べられぬぞ。国語の問題よりも明らかに強敵そうな佐助くん、解けずとて。
「別るまじ。佐助くんが良くば、付き合ひたらばや」
なにか言はまほしそうに口を動かしし彼は、とばかりさしてから柔らかく笑みき。上っ面な笑みならず。気の緩めしけしき。
「我が良くばとてなにぞ。イヤっつれば別るる?」
「えっ、イヤとて言ふ!?」
「え、うたてし」
「えええ」
「違ふ違ふ、今の"いや"はイヤならざりて! 〜〜っ、あなもう、これよりもよろしく願ひたてまつる!」
「ほんとなんぢ調子狂はするが得意なるぞかし! 厄介だっての!」ありがたく赤くなりつつ少しのみ声量を上げし佐助くん。おや、なんだか少し鼻白めるようにも見ゆは。
微笑ましかりてニヤニヤ笑ひたらば、佐助くんは頬をひきつらせながらもまもりきたり。おっと。笑いを引っ込めて紅茶を飲む。
あれ、最初に飲みし時かく甘かりきやは、この紅茶。
繋がれし手を見て、顔を上げば駅につきき。佐助くんとはここでお別れなり。もう真っ暗、ころもなかなかなり。
「また試験のことで訊きまほしき出づるかもしれねば、携帯肌身離さず持ちたりてくれよ」
佐助くんは以前より別るるに、何かにつけて携帯を持ちておけと言へり。
前までは「佐助くんめったに電話しないくせになにそれよしわかぬね」状態なれど、我に対してツンデレ傾向なるとことわりし今、その言の葉が「夜道は危なければ携帯持ちてな、なんかあったら我様にかけて」と訳されてきこゆ。
いやいや、さすがにそは甘すぎか! なしは ないない!
「かのぞ」じゃあぞ、と手を振りて駅に入らむとせば背中に届きし声。
「名前は、いかで我と付き合へる」
「え?」
「そっちが先に訊ありせずや? おあいことてぞ」
訊あれど明確な答えは得られざりし気がなせそ。少しのみ頬をこはくしつつ我の返しを待つ佐助くんに、我は身体ごと振り返りて彼に向きき。
胸ところせくに空気をやる。
「佐助くんを恋しくなりたがればなるぞ」
しばらくの沈黙。急激に上がりし体温をごまかすように俯きき。
「ごめん、かの、順序逆されど」
普通はその心地がありてから付き合ふが多きぞかし。うなじに手をあわす。じわり、少しの汗。
「よーしや」軽やかなる声が返りきて顔を上げき。
「どうせ我様のこと恋しくなれば、ついでなんてありたらずめるもんなりとて」
など自信満々な台詞なり。呆気にとらるれど、佐助くんが今までに見しもなきくらい嬉しそうに笑ひしものなれば、げにと納得の結果に落ち着きき。
「さるほどに、かすがさんのブロマイドのことなれど」
「あれは! プロポーションがなんつーか理想……じゃなし! 違ふ、あれ、美術の授業で使はずや? 黄金比! 模型のごとき!」
「(かく動揺する佐助くん、めったに見らるるもんならぬぞは……)」
「(あ、この顔なほ嫉妬とかさいふまじよ。あはー、へこむー)」