▼ 裏表の読めず佐助
※bsr 学園設定
ホッチキスでせっせと印刷の左上をとめにかかる。あと合計１４部作らずは。
とく早くと焦りつつ手を動かす。とみにあるは単純にこの作業より逃げまほしきためで、されどもう一つは。
「おっそひ。我様もう待ちくたびれけれど」
目の前の席に居り、たんたんと机を小気味よく指で鳴らす彼に、ヒイイと内心でブワッと冷や汗流れき。
「ごっごめんね佐助くん。未だころかからむし先帰れども……」
「あは、今まで待ちやりしころいたづらにしろとか言ふなりー。さる口叩く暇あれば早く手ぇ動かせば？」
「でなるぞかしー……」
ニッコ！ 笑ひし佐助くんの笑顔になどおほかたときめかず。なかなか悪寒立ちし。とく終はらせぬと殺さる。
ていふか、待たば手伝ひてくるれどもよしまじき。言はねど。また笑顔で毒吐かれむし。
佐助くんに口でかしこかりしためしがなし。勝たむとも思へず。やうやう残り１０部なり、ふうと息を吐く。
と、佐助くんは立ち上がりて教室を出でて行ひき。なほ待ちくたびれきやはと思ひつつ、我はせっせと手を動かす。
佐助くんが私に対してあんなにもつっけんどんになったのはいつからだったっけ。覚えたらねど、話すたび嫌われてんなーと思へるはよく覚えたり。我なりとて毒吐かるれば傷つかぬよしならずし、正直苦手なりけれど、同じ級なれば話さぬよしにもいかず。
「前髪切りし？ 前の方が良かりきまじ？」「試験結果悪しかりけりとてな。見ればにをこならむしかしー」「掃除せばなほ細かきとこまでやりゆくぞ？ ってか箒の扱ひ方雑すぎ」
いろいろと言はれてきたが、佐助くんは言ひ方がアレなだけで間違へるは言ひたらぬぞはと。イライラしながらも我はおのれをさ宥めてふりこしものなり。
それのある日。
「付き合はまほしけれど」
と告白さるれば、すさまじく間を空けて「いづこに？」と返すしかなひならずや。
だって恋人になってくれとか、あんのみボロカスに言ひこし佐助くんの言ふわけざらずやと。
信ぜられぬものを見る目で返ししかの時、「さる王道やうなる呆けくっそいまいまし」と清げなる笑顔を頂いたよりなほ混乱せり。
さてもおのれでもよくわからぬほどに我と佐助くんは付き合へるなり。彼氏彼女として。わっけわからずよー……流されし我も我なりよー……。
やうやう終はりし、と草子をまとめ、眉間を揉みながらふーと息を吐く。
付き合へども佐助くんはわざとうつろはず。うつろひしと言はば二人であるころが多くなれば、我に対するアタリの回数が増えたってのみなり。我にとらば"だけ"ってんならねど。
さるほどに我も帰るやかし。鞄を肩にかけ、机より立ち上がる。未だ教室の端に残れる男女の班に別れの挨拶をして扉より出でき。
廊下の先に見つけし佐助くん。あ、未だ帰りたらざりけり。真田くんと伊達くんと話せり。
帰るために近づかば、三人とも驚きてこなたを向きき。
「よぉ、猿の彼女」
「こんにちは。さいはば主たち部活は？」
「をこ、試験期間ならめど」
さいはば。呑気に草子作れるついでならざりきや、たえて先生め、頼みゆきやがりて。
「名前殿、ご存知なかりしに候ふや？ 勉学は大丈夫に候ふや？」真田くんがおぼつかなそうに見くる。伊達くんはをこにするようにあなづりくる。前々より思ひたれど、この二人我のこと先輩と思ひたらぬぞかし。
「旦那たちならねば……我らは早く勉強せる」
「そっそは失礼たてまつりき！ さすが名前殿！」
「え、旦那我は」
「おい猿、真田と一緒にすまばなきぞ」
少しずり落ちた鞄をもう一度肩にかけ直し、いかがせむかなとなづむ。佐助くんは真田くんと帰るぞかし、家同じなりし。じゃあ我はさっさと帰らむやは、多分未だ話続くもんかし。邪魔せば悪しき、とてことで。
「じゃあ我は」
「え？」
「これで……」
「え？」
「……」
「ごっめん旦那、我 名前しかと帰るよ！」
「あな、普段は部活で共に帰れぬものな。名前殿、また」
「え、あ、うん。ばいばい」
「sweetなころに浸りすぎてtest落ちぬなよ」
「政宗殿破廉恥なりぞ！」
「竜の旦那はルー大柴にならぬよう気をつけなぞ」
「はっ倒すぞクソ猿」
二年の二人と別れ、佐助くんと共に昇降口へ向かふ。
うーわーやりにける感あるぞ。"え？"の時の佐助くんハンパなく笑顔なりしもん。圧のかかりしもん。てか名前ちゃんて。むず痒し。我のことちゃん付けで呼びたらぬぞね佐助くん。
隣を歩く彼が眉を寄す。「なに勝手に帰らむとしてんの」キター。ですぞかしー。
「佐助くん、待ちくたびれて帰りきやと思ひて」
「あらずや。我様はぞ、待ちたりやりし人を残してなどか帰らむとしたかを訊ありてんの」
「ぞ、真田くんと帰るやと」
「はあ？ 旦那とは家で散々顔合わせたれどなんぢとは」
「教室で顔合わせたるぞ」
「なればなに」
なればなにとて！ などか怒れるやは、我は空気を読まむとせるばかりなれど！ わりなき怒りに「えー！」と頭をなづませたらば、目の前にポカリが出できたり。佐助くんが横よりそれを指で挟みて我に差し出せり。
「ポカリ」
「別に読めとて言ひてんならねどなー。とく取りてよ腕こうず」
うそなり、キーパーなくせして腕こうずとか。とりあえず受け取る。未だ冷たけれど、これ買いに出でゆききやは。
「飽きたからあぐ。後飲みて」
「え、でも未だ一口しか飲みたらぬぞ」
「間接口づけがうたてくば別によけれどぞ」
「嫌ならねど……ありがたく」
てうど喉渇けるぞかし、こうじきし。もう間接口づけに鼻白む年でもなしし、かたじけなく飲ませてもらふ。うーん、おいしかし！
「……え、なにかは」
「あらぬや、なんでも」
なんかものゆゆしく不満げな顔で見られけれど。なほ飲ままほしかりきやは。「間接口づけで良くば返すぞ」「わろければいらず」佐助くんて一言多きと思うんだよねほんと！ 苦笑いでポカリを持つ手を引っ込めき。
学校を出でて、「あからさまに試験範囲の確認せまほしけれど」との佐助くんの一声で喫茶店に行くことに。
街を歩きつつ財布の中身を思ひ出す。
「我あまりお金持とてなきかも」
「なーに、奢れとてこと？ なんぢさいふはなほかしこくねだりなよ」
「さるよしじゃ！」
「一番安きでも頼まば」
まあそらばさり。口をつぐみ、斜め前を歩く佐助くんの肩を見る。例こうなるぞかし、この人我が他愛もなき話を始むれどもろくに続けずし。真田くんと伊達くんとある時はしかも楽しかりけめどな。
もうあからさまに会話の仕掛け考へむか、季節呆けとかわたりの出来事のこととか……。
ふと手の甲にコツンとなにか当たる。やがてそは我の手のひらをやをら這ひ、きゅっと握りき。
「佐助くん」
「なに」
「手の繋がれたるけども」
「そらば繋げばぞ」
「えっと、かの、我、結構汗かきで」
「そーみばや。もうじんわりせれど。心地悪しはー」
心地悪しくば放すべからずや！ 軽く握りしままで佐助くんは街を進む。我はといはば繋がれし手より目線が外せず。
なほ佐助くんの手、なおとなしかりたりそ。男の子とて心地といふや。
お兄ちゃんにつきゆく妹の心地で手を引かるるまま行かば、喫茶店につきき。外観も内観もおしゃれに、中なるおまらうどさんは多けれどおどろおどろしくはなかりき。店員に誘導されし奥の席に居る。周りの目が気にならぬ造りなりは。
「よくかかるよき店知りてたね」
「新聞部の資料まとむる時とかよく使ふぞかし。集中せらるし」
「げに」
佐助くんは珈琲、我は紅茶を頼みておかたみ勉強に集中す。会話はわざとなし。そらば勉強なればかし。
ちらりと佐助くんの帳面を見ば、いとわかりやすくまとめられたりき。さすが学園内で知らぬ情報はなきと言はるる諜報さんなり。パチリ、目合ふ。
「なに、わからぬとこありき？」
「ううん。佐助くんの帳面は覚えやすからむはとて」
「おだつれども見せぬぞ。交換条件あらば別されど」
「我の帳面いぶせししな」
「……帳面のみならざりていで」
「なにか他に欲しいものある？」
「我様の欲しきものをなんぢのしたためらるると思ふや？」
その訊き方じゃせられじかしー、どうせ。「思はず」いらへば、佐助くんの整ひし笑顔がひくりと引きつりき。微妙なる空気流る。えー、またマズったのかは！ もう佐助くんわからぬぞ！