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くしゃみを一つ。うー……やっぱり雨が降ると一気に気温が下がるなあ。目の前をまるでカーテンのように降っているそれを見て、足元に視線を移しながら息を吐いた。
学校で出た課題には資料が必要で、そのために放課後の今、町の図書館まで行こうとしてたのだけど、その途中急に降り出した雨。図書館までもうすぐだし小雨だったら走っていったものの、結構な量だからな……。でも、雨宿りなんかしないでやっぱり一気に行けばよかった。

ええい、時間もない。行こう! 顔を上げて屋根から飛び出そうとした時に。雨で白い視界の中に紫色が滲んで見えた。

「ああ、あるんだ」
「うっえっ、神威さん!?」

飛び出そうとした足はブレーキをかけて止まった。いつもの番傘を差していつもの学ラン姿でそこに立っている彼はゆっくり近づいてきた。校内武闘大会以来だから、二週間ぶりくらいだろうか。相変わらずオーラが一般人と違うね。
……ところで、第一声が"あるんだ"ってどういう意味だろう。

「なんとなく透里がいるんじゃないかと思ったんだよネ。当たることもあるんだ。面白いね、勘って」

人の考えを読んだようにそう言った神威さんに、動揺して曖昧な返事しかできなかった。ま、まあそうだよね。神威さんは勘が強そうですよね。野生的だしね。

「で、なにしてるの?」
「え、えー、勉強しに図書館に行くところで……雨宿りを」

やっばいよ、神威さんに会っちゃった、つまりこの後の用事は全て彼になってしまうってことじゃないか! それは無理ですね、課題やらなきゃだしね。でも神威さんは私に構わず振り回すからなあ……! 確かに神威さんといれば刺激の連続だし、退屈な日々に色づくというのもわかる。けど! 今日は!
そんな思いで、こちとら構う暇はないよオーラで「勉強」を強調して言う。彼はふうんと笑顔で零した。

「じゃあ俺も行こう」
「今日は付き合えませ……え?」
「俺の傘入りなよ。透里の半分ぐらいは入れてあげる」
「中途半端……じゃなくて、え? べ、勉強しに図書館ですよ?」
「うん。本がたくさんある所だろ? 行ったことないや」
「図書館は本を使って喧嘩する場所じゃないんですよ!?」
「知ってるよ。お前は俺をなんだと思ってるの」

なんだとって喧嘩が好きな野獣以外なんだと思えばいいんですか! 愕然と口をぽかんと開ける私の頭を、傘で引いた神威さん。思わずよろけて前に出れば、雨宿りに使っていた屋根から出た。しかし濡れないのは神威さんが傘を私にも差してくれているからである。ちっ近い。距離が近い! 肩が触れる!

「そういえばさ、俺透里の連絡先知らないんだよね。教えてよ」
「え、えー……」
「なに、嫌?」
「よ、呼び出さないならいいです、けど」
「呼び出す以外に連絡先の用途ってあるの?」

なんてジャイアニズムを感じる発言だろう。ジャイ子もびっくりだよ。恐怖で隣は見れないが、ニッコニコ笑っているのはなんとなく予想できる。ここで教えなかったらまたどんな無理難題を押しつけられるかわからないので、私は泣く泣く頷くしかなかった。「ヤッター」じゃないですよくっそう!




図書館に着いて、さて本を探そうと気合いを入れる。神威さんには申し訳ないが、今日は構ってる暇ないんだ。よし、と歩き出した私に……何も声がかからない。ちらりと後ろを向けば、神威さんは濡れた番傘を傘ぽんしようと奮闘していた。

「って番傘大きいから入らないですって壊れる壊れる!」
「だって濡れた傘は必ず傘ぽんしろって書いてあるだろ」
「意外に律義ですね! でも入らないからいいですよ……傘立てに置いておきましょ」
「えー、間違えられたら嫌だな」
「番傘と間違える人は普通いないと思いますけどね!」

番傘を傘立てに置いて二人で図書館にやっと入る。書棚をうろうろ回り、目当ての本を取ったりしてる間神威さんは黙って私の後をついてきていた。逆に怖い。神威さんみたいな野蛮な男は明らかに図書館とは縁がなさそうなのにここまでついてくるって。 誰かとの喧嘩にでも負けたのかな……いやいや神威さんに限ってそんなまさか。

閲覧コーナーの机に座ると隣に神威さんも腰かけた。そしてそのまま本を開いて読み始めたその姿にぎょっとする。表紙が『人体の急所』って、えええ怖いけど……でも本読んでるじゃん。ギャップじゃん。
おっと、私も神威さんが大人しいうちにやらなければ。よし、と本を開いてペンを握った。




キリのいいとこまでやって、大きく息を吐きながら両腕を上に伸ばした。うーん、あとは家に帰ってまとめればいいかな。目線の先にある時計を確認すれば、七時近くになっていた。道理でお腹すいたわけだ。

「……か、神威さん」

寝てる。今まで地味に考えないようにしていたけど、神威さんは隣でずっと大人しくしていた。寝てる。飽きたのかなー、だったら最初から付き合わなきゃよかったのに。ま、まさか何か付き合ってやったんだから変わりに何か付き合えという見返りを求めるのか!? うわあありそう。どうしようまた夜兎工の武闘大会とかに巻き込まれたら……今度こそ死んでしまう。
机に伏せるように腕に顔を埋めている神威さんをしばらく黙って見つめ、そろそろと腕を伸ばす。なんかわからないけど触りたくなった。なんかわからないけど。
肩に触れて軽く叩いてふと気づく。あれ、濡れて……。

「あ、終わった?」
「うわい! はい!」

急に起き上がった神威さんにあわてて伸ばした手を引っ込めた。驚きすぎてうるさい声上げちゃったよ。周りの視線を感じて顔を下げた。ふわあ、と彼の短い欠伸が静かな周りに響く。

「身体が固まっちゃった。こんな所に何時間もいるやつの気が知れないや」
「ええと」
「帰ろう透里。どこかご飯でも食べてく? それともホテル行く?」
「あ、いや、私門限あるんで」
「そう、残念」

神威さんの言葉にさらに周りの視線が増したというか、睨まれてる気がするよ。神威さんてちょいちょい喧嘩を売るような言動するよね。誰も買えないけどさ。うーん、私が望んだことじゃないけど付き合ってもらったことは確かだし、やっぱりご飯ぐらい一緒にしても……って、なんかさりげなく流したけどすごいこと言われた気がしたよ。デジャヴすぎてもういいよ!

「神威さん、あの、なんで付き合ってくれたんですか?」
「うん? 俺と透里まだ付き合ってないよね?」
「("まだ"ってなんだろう) 今、この、図書館にですよ」

正直神威さんは喧嘩にしか興味なさそうだし、実際ずっとつまらなそうにしてたし、私に何か無理難題押し付けるわけじゃないし、今日なぜ一緒にいるのかがわからない。いくら友だちと言えどさ、神威さんは自分が嫌なことははっきりと断るだろうし……あれ。だとしたら、私に付き合ってくれたってことは。

「前にさ、透里、嫌なのに俺のシアイ見てくれただろ」
「え、ま、嫌ってわけじゃ」
「なんかわかんないけどさ、それが嬉しかったんだよネ」
「え……?」

図書館を出て、前を歩いていた神威さんが傘立ての所でくるりと振り返った。その顔は相変わらずニコニコ。どことなく優しく見えるのは、私がそう願ってるからなのか。

「俺も透里のこと知りたいし。嬉しくさせたいんだ」

言葉を、復唱して、認識すると同時にぼっと熱くなった。か、か、神威さんて、笑顔でとんでもないこと言うなあ! 私はあまり男の子に耐性ないんだから下手したら誤解しちゃうってのに、そういうことさらりと言っちゃうからもうこの人ほんととんでもないよ。いや、うん、でも友情に熱いんだね。ちょっと見直した。うん。
パタパタ顔を手で扇いでる間に、神威さんは番傘を取って雨空にそれを開いた。

「ところで、今度期末テストがあるんだけど、一応それ通らなきゃ留年しちゃうんだよネ」
「……ん?」
「透里はまあまあ勉強熱心ってことわかったから、一つ俺に勉強教えてくれない?」
「……ま、ま、まさか、その相手を見極めるために今日……!」
「友だちってありがたいなァ」
「ひどい!」

ちょっと感動したのに! やっぱり見返り求めるのかい! というか私、付き合ってくれって神威さんに頼んだわけじゃないのになんだこれ!
愕然としている私に、神威さんは「ほら帰るヨ」と傘を傾けた。……も、もう男なんて信じない……と肩を落としながら傘に入らせてもらい、ふと気づく。
目を上に向ければ、真ん中より私側に傾かれた傘。思い返すのはさっき触れた時に湿っていた神威さんの肩。
こういうのは、ずるいというか、なんというか。落とされたり上げられたり。やっぱり神威さんといると心臓が安らぐことを知らないや。これが良いことか悪いことかは、まあ、なんとも言えないけど。

「……神威さんのばか」
「あは。なにそれ、透里食べてもいいってこと?」
「なっんでそんなことになるんですか! 冗談ダメ! 絶対!」




130601

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