目が覚めてふと辺りを見渡せば、どうやらここはどこかの教室ということがわかった。なんか壁にはラクガキだらけだしいやに暗いしで怖いけど、それ以上に顔にたくさんピアスつけて刺青とかも入ってる不良さんたちがいっぱいがいるんですけどウワアアアア!
「よォ、目が覚めたか」
「ひっ…ひ…」
やべべべやべえや、驚きすぎて生理的な涙が出てしまった。怖すぎる。ニヤアと笑った不良たちのリーダーみたいな人は、ぐいと私の髪を引っ張っていやに顔を近づけてきた。鳥肌が立つ。
「テメェには人質になってもらうぜクソアマァ…神威には今度こそ大人しくなってもらわねェと困るんでなァ!」
人、質。恐怖で顔を歪めた私に構わず、リーダーさんはナイフをちらつかせると愉しそうにヒャハハと笑った。
な、なんでいきなりこんなことに…。夜兎工の人たちじゃないことは制服を見てわかる。しかし状況がわからないまま、じわじわと目頭が熱くなっていった。
「もしもォし…神威さんですかーァ?女を人質に取っちゃいましたーヒャハハ」
電話をかけ始めたリーダーさんの言葉にドッと心臓が早くなった。
人質、こんな日にそんな行動に出るってことは、この不良たちも武闘大会に出ているのだろう。神威さんを勝たせないために私を人質に取ったんだ。…私じゃ絶対人質の役割にならないって…!
いやでも、友だちだし。一応は気にしてくれないかな。神威さん、助けてくれないかな。こんな怖い人たちの所にいるんだったら、神威さんに付き合った方がまだマシだよ…!
ドクドクと早くなる鼓動。リーダーさんがかけている電話口から『女を人質に取った?』と声が聞こえた。
『誰それ』
「アァン!?テメェの女だろォが!昨日二人で街歩いてたの見たぜェ!チッ、声聞きゃわかるかよ、オラなんか言え!」
「痛った…!」
髪を掴まれ床に倒された。後ろ手に縛られているため抵抗もできない。嫌だ、怖い、もう帰りたい。なんでこんなことに巻き込まれなきゃならないんだ。
「神威さん…!」
懇願の色を入れた声が自然と漏れた。しんと静まる辺り。電波の向こうでしばらく沈黙していた彼は、『あり?』と声を出した。
『透里じゃん、どこにいるの?そろそろ俺のシアイ始まるんだけど。出店回れなかったじゃんか』
「だァかァらァ!この女を人質に取ってるってんだろォが!傷つけてほしくなかったらその試合負けるんだなァ!」
『…あのさ、俺そーゆーの嫌いなんだよね。誰かのために闘えないとか、漫画みたいな展開クソくらえなんだよ』
1オクターブ下がった神威さんの声に、ここにいる不良たち全員がゾクリと表情を恐怖に歪めたのがわかった。
『やっぱり透里もただの女だったネ、そんなめんどくさいことになるならいらないや。 好きにしなよ。俺はシアイを楽しむだけだから』
神威さんの言葉に、ガラリと何かが崩れる音がした。なに、それ。いらないって、なに。別に私最初から神威さんのものじゃないし、私だって男なんて大嫌いだし。
…なんで、なんで見放された感がこんなにショックなんだろう。
『あ、でもその子に一つでも傷つけたらお前ら全員潰しちゃうからネ。ヤったら殺す』「えッでも今好きにしなよって…」『じゃあね〜』ピッ「オイイイイイ!」いまだにザワザワと騒がしい不良たちを気にかける暇がないほど、私は頭を金槌で叩かれたように放心状態だった。
ぼろ、出てきた涙をあわてて目をつむって堪える。
「…ほらよ」
すっと目の前に出されたのは綺麗なタオルだった。さっきまでヒャハハ笑ってた不良のリーダーさんは、「エッこの子彼氏になんつー言われよう…」みたいな可哀想なものを見るような目をしながら私の腕を縛っていた縄を切った。いろいろ失礼すぎじゃないかな。
「すまなかったななんか…まさか神威があんな反応すると思わなくてよ…」
「…家に帰ります」
「そういうわけにはいかねェ。アンタが神威の弱点になることには変わりねェんだ」
そんなのなるわけないじゃん。ケッと心の中で悪態づく。なんだよ神威さん、せめて心配ぐらいしてくれたってもいいじゃん。友だちでしょうが。
自由に動けるようになった身体だが、リーダーさんたちはそれでも人質にはなってもらうとばかりに私を隣の小さな部屋に押し込めた。
く…っ鍵まで締めやがって…。
まあそんなことよりも神威さんだ。眉を寄せながら窓際に近づく。
めんどくさいことになるならいらないってなんだよ神威さんのバーカ!勝手に連れてきたのはあんたでしょ!
落ちこみからだんだんイライラに変わっていったこの気持ち、眉を寄せながら窓から外を見る。こっから出たらもう絶対神威さんなんかに関わるもんか!
ふと外の武闘大会のリングが見えた。どうやらまだ準決勝あたりのようだが、そこには闘う気満々な神威さんがいた。エッあの人シードだからまだ出番ないはずだよねエッ。
『神威だアアアア!神威が乱入してきたぞォォォ!まだ出番じゃないのにどうしたァアア!』実況の人の放送に、扉を挟んだ隣の教室から不良たちのナニイィ!?という声が聞こえた。
マイクを向けられた神威さんは、選手や観客を見渡しながらオホンと咳払いして笑いながら話し始める。
『最後まで待つのめんどうくさくなってきちゃったから。どっちにしろここにいるやつら全員倒せばいい話だし……もうまとめてかかってきなよ』
「あらら…番長なんかイラついてんな…」
神威さんの持っていたマイクがバキィと粉々に砕け散った瞬間、周りにいた選手たちがウオオォと怒声を上げながらリングに上って神威さんに向かっていった。
その人たちを裏拳で封じたり回し蹴りを繰り出したりする神威さん。もう大乱闘だ。…でも神威さんの顔は、いつもの貼り付けた笑みじゃない、活き活きとした顔で。
…私、なに助けばかり求めてたんだ。恥ずかしいや。
男は嫌いだよ、野蛮だしなに考えてるかわからないし怖いし。でも、そんな男に来てほしい時だけ助けを呼ぶのも都合よすぎるって話だよね。
「出よう」
それに神威さんとの約束を破ったのは私だ。出店も一緒に回れなかったし、神威さんの試合もろくに近くで見れてない。…勝手に約束だと考えちゃう私も私だけど。
『透里に俺のシアイを見てほしいからに決まってるでしょ?』
そう言った神威さんがかわいかったからなー、なんかなー。もう。
どうやらこの小部屋は不良たちが占拠している教室に繋がっているようだが、廊下にも直接繋がっているようだ。なんか特別室の準備室っぽい。扉は内側から鍵が開けれるみたいで簡単に開いた。…フッ、不良たちめ…考えが甘かったようだな。
内心ほくそ笑みながら扉を開けて廊下に出たが、そこには特別室を見張っている不良2人がいた。バッチリ目が合って三秒間の静止後。
「女が逃げやがったアアァァ!」
「ひいいい!」
怒声を上げながら追いかけてきた不良2人に、私は初めて火事場の馬鹿力というものを使いながら必死に足を動かして逃げた。
つら、つらっ!運動とか普段してないからもう無理だって全速力とか続かないって!
とにかく階段をいそいで降りて外へと急ぐ。荒れている昇降口から外に出ると、たくさんの夜兎工生で溢れていた。息が荒いまま人混みをかき分けて進む。後ろからは「逃げんなクソアマ!」「テメェ人の足踏んどいて謝りもなしかァ!」ととにかく怖い声しか聞こえないけど、目から恐怖と生理的な涙が溢れてるけど、でも。
人をかき分けてやっと着いた武闘大会のリング。倒れているたくさんの大会選手たちの真ん中で次々に出てくる不良たちを倒していた神威さんは、私の姿を見ると相手を一発でノして私に少し驚いた様子で向いた。
「しっ、試合…!見にきました…っ!」
鼻水も出そうだし泣いちゃってるし、息も荒いからもう女として終わってるかもだけど、周りは不良しかいないからいいよね!下唇を噛み締めながら神威さんを睨むように見上げる私を見た彼は、それはもうぱちくりと目を丸くした。あ、その顔…私が前にひっぱたいた時もしてたな確か。
「コラァ!逃がすかい!」
「いっ」
ぐっと後ろ毛を引っ張られて背中から倒される。見ると追いかけてきた不良さんたちずらり。みなさん青筋立っている。サァッと体中が冷えたのがわかった。こ、殺され…。
「フゴッ」
私の髪の毛を引っ張って倒した一人の不良の上にドッと飛び降りて地面に沈めた人物は、軽やかにそこからジャンプして私の前に背中を向けて降り立った。
天上天下唯我独尊、その文字が大きく視界に映る。
「やっぱり透里のアホさは、俺の予想斜め上を行くんだなあ」
振り返りながら笑んだ神威さんになにも言えなくて、地面に座りこんだままただ口を開けて驚くしかない。そんな私の目線に合わせるように神威さんはしゃがみこんだ。
いつもの笑みとは違う彼の微笑みが近くなる。すでに乾いてきた私の頬にある涙の跡を親指でこすった神威さんは、その指をぺろりと舐めてつぶやいた。
「見に来たっていうならさ、ずっと俺を見てないと目ェ潰しちゃうからネ」
「…えっ…怖い…」
「ふざっ…いきなりなに甘酸っぺえ青春おっ始めてんだコラアアアアァ!」
むにむにと痛いくらい私のほっぺの感触を楽しむようにつまんでいた神威さんだが、リングにまだ残っていた選手たちと周りにいた不良たちには癇に障ったようで。
ウオオォと全員まとめてかかってきたが、神威さんは愉しそうに笑いながら立ち上がってまた乱闘を始めた。ちょ、こんなとこにいるのは危険すぎる。
死に物狂いでその大乱闘から逃げ出し、物陰に隠れながら改めて乱闘を覗き見る。人を殴る鈍い音と荒れ狂った獣みたいな野太い声に眉をしかめたが、その中心で踊るように闘う神威さんからはなぜか目が離せなかった。
「…言われなくても…」
見てますよ、なんて。…な、なんか私神威さんに脳内侵食されてるね、やばい気がするね。
ぐうぅと鳴った腹に、タイミングが悪すぎるよなんて一人で笑う。とりあえず神威さん、早くその試合…いやもう死合みたいになってますけど…それ終えて出店でも一緒に回りませんかね。
夜兎工が…廃校と化したと言っても過言ではないくらい荒れ果てている…。リングを飛び越えた全体的武闘大会は、やっぱりというかなんというか、神威さんの勝利で終わった。無傷とまではいかなかったけれどケロリとした様子で焼きそば屋の奥で縮こまっていた私に「ただいまー」と帰ってきた神威さんには呆れるよ…ほんと…。
「番長ォ、また派手にやったもんで。意外に時間かかったなァ」
「透里に手ェ出したやつらも来たから。ちょっと遊んじゃった」
乱闘は周りの出店まで巻き込み、もうボロボロで出店巡りをするどころではなくなった。まあ仕方ないか…なんて神威さんに付き合ってきて無駄に培ってきた諦めをここで発揮し、私はどっこいせと立ち上がる。
「今日はありがとうございました、お疲れ様でした」とお辞儀すれば、阿伏兎さんはオォと返事してくれたが神威さんはきょとんとした様子で首をかしげた。
「あり?もう帰るの?」
「いやまあ…今日は終わったんで…」
「夜はこれからだよ」
「知りませんわ!」
「俺まだ透里と全然遊んでない」
「それこそ知りませんわ!…だっ第一、神威さんもう私なんかい、いらないって…!言ったし…!」
地味にあの見捨てた的発言はグサッときたんだ。そりゃ、神威さんの楽しみを邪魔して自分のことだけ考えて助けを求めた私も私ってのもわかるけどさ。と、とにかくだ、いらないって言ったくせにまだ私に構う感じなのがなんかむかつく。
キッと神威さんを見ながら、しかしチキンな心持ちで彼に言えば、神威さんはくりくりとした丸い目を何度かまばたきすると、にっこり笑った。
「いる。ほしい。ちょうだい」
「…はっ?」
「俺に言われて傷ついたんだー…うん、いいね、ヤっていい?」
「ちっちが…なにを馬鹿なこと言ってんですかいやだ!」
「そう、残念」
もういやだ!神威さんわけわからんいやだ!というかほしいって言われて不覚にもときめいた私もいやだ!かっ、神威さんと一緒にいると心臓いくつあっても足りないんじゃないかないろんな意味で…!そしてまたさりげなさすぎて軽く流したけどすごいこと言ってましたねデジャブですね。「まぁまぁ、とりあえず焼きそばでも食べて食べて」にこやかに焼きそばを渡してくれた神威さんに、なんとも言えない気持ちを抱いたが背に腹は代えられないのでありがたくいただく。しかしこんなもので私の安寧の願望は消えませんからね…おいしいですけど…!
とりあえず阿伏兎さんのにやにやしながら見てくる顔が一番むかつくのでやめていただきたいです。
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