mg | ナノ


「え、透里喧嘩好きじゃないの?」
「好きじゃないです…ていうかなんで好きだと思ったんですか」
「だって焼き鳥屋のトップと腕相撲してたし、俺のこと殴ったし、店壊そうとしてたし。好きなのかと思って」
「ちっちが…!それは不可抗力じゃないですか!」

ゲーセンから離れ、当てもなくぶらぶらと街を神威さんと歩く。まさかこんなことになるなんてなあ…せっかくの休日が休める日じゃなくなったね。
さっきの太鼓の鉄人のことや以前の文化祭でのこともあり、神威さんて強いですよね…としみじみ漏らせば、なぜか始まった喧嘩話。「強いヤツを殺………倒したいよネ」楽しそうに口を開いた彼に、いやいやと遠回しに否定した。そしたら冒頭のセリフを驚き顔で神威さんが言うもんだから私の方がびっくりだ。なんでそうなるの。

「明らかに弱いのに、無謀に突っこんでいくからさァ」
「…あれはだから、友達が大変だったし…」
「うん、その気持ちはよくわからないけど、俺を殴った透里はまァ強いと思ったよ」

差した傘を少し傾け、顔を私に向けながら「面白かったし」と笑う神威さんに苦虫を噛み潰したような表情を持って返すしかなかった。…そもそも殴ったっていうか叩いただけだし…神威さんからしたら私のビンタなんて蚊が止まったような威力だと思うし…。しかし手を出したのは私だし一応謝ろうかと思ったが、神威さんからひどいこと言ったんじゃんと思い出してやめた。お互い様だよね。

「ていうか神威さん」
「ん?」
「そろそろ手を放してくれないかなと」
「え?どして?」

どしてって!いまだに繋がれたままの手を見て眉を寄せる。ぐぅ…熱い。神威さんに握り潰されそうという恐怖もあるが、それ以上に私は男の人にこう…免疫がないんだよ。触れるなんてもってのほかだって!

「ああ、照れてるんだ」
「いっやっ違いますけど!あの、あれ、傘が頭当たって!」
「そっかー」

そっかー、て放す気は毛頭ないらしい。どころか傘をガスガス当ててくる。えっと、その傘いやに重いし普通に痛いんで冗談でもやめてほしいんですが。

「なんで傘なんて開いてるんですか?こんな天気いいのに」

会った時から思っていたことを問えば、神威さんは驚いたように目を開くとすぐにいつものように笑った。

「俺さ、皮膚弱いんだよね。あまり太陽当たれないんだ。今日みたいに日差しの強い日は傘がないと」
「ええっ」
「それはなんの驚き?」
「神威さんにも弱点あるんだなって」
「…うん。もういっこ増えそう」
「え?なんですか?」
「お腹すかない?」
「えっ…はい…」

いくら強い人にも弁慶の泣きどころのように弱点はやっぱりあるんだな。でも皮膚が弱いくらいじゃ全然欠点にならないよね。私なんて弱点だらけだもんな。なんて感心し、もう一つ弱味握っちゃおう。と思って訊いたが、急な話題転換をされた。
驚いて顔を固まらせると神威さんはニコニコしながら私の手を引いて近くに見えたレストランへと向かっていく。ま…まあ…いいか…。

外に置かれてあるメニューを見ながら彼は「うーん」と悩む。そんなことより私はそろそろ手が汗で滲んで微妙な気持ちになってきたよ。かっかか、神威さん放してくれないかなほんと。

「え、なにあれなんで傘さしてんの」
「頭おかしいんじゃね」

ひそひそ声が聞こえて反射的に振り返る。頭がいいと有名な私立校の制服を着た学生がニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。…って、げ。顔見知りなんですけど。とっさに顔をそらしたがあっちにはバレたようで。

「うわーあんなやつに付き合う女もどこの変人だと思ったら広崎かよ」
「なに、知り合い?」
「中学の同級生。地味で冴えないやつが、間違った方向に高校デビューしちゃったみたい」
「かわいそー」

間違った方向ってどういうことだこら!なんて心の中でしか反論できませんけどね。中学の時からいやに嫌味ったらしい学級委員だったその男子には、いい思い出なんてない。というか関わりすらない。もう無視だ無視…後ろの声に呆れつつ、メニューに視線を戻したところで隣の人物が動いた。バッと繋いでいた手が放される。
番傘を閉じて、振り向いたそのままの勢い神威さんがそれを投げた。ヒュッと風を切る音というのがこういう音なんだね!傘はものすごいスピードでその有名校な学生二人の足元に突き刺さった。こ…コンクリートに…突き刺さった…。

私も学生二人も唖然として黙る。隣に立つ神威さんを見上げると、貼りつけたような笑顔で手首をゴキゴキと回していた。うわああオーラが怖い!

「まっまっ待って!」
「なに」

あわてて彼の腕を今度は私から掴めば、神威さんは静かに私を見た。わっ目が開いてる。笑ってない。怖。

「なにって…神威さんがなにをするんですか」
「売られた喧嘩を買おうと思って」
「あっあれは喧嘩じゃありませんよ、ただの感想…」
「あんな言い方するってことは自分が強いって自信持ってるってことだろ、なら腕をみるしかないじゃん」
「あの人たちが神威さんより強いわけないじゃないですか!」
「だろうね」
「えええ」

いやまああんな力を見せつけられちゃ事実神威さんより強い人はいないだろうし、別にいいけどさ。神威さんはそれでも笑顔に戻ろうとはせず、脅える彼らをただ無表情で見ていた。

「でも俺はあいつらを殺……潰したい」
「(今すごい物騒なこと言いかけたな!)…なんでですか、そんな傘をやいやい言われたくらいで…傘は大事なものなん…」

ですか、と言いかけてハッと気づく。大事じゃん!肌弱いから日除けに使ってんじゃん!ああ神威さんめちゃくちゃ太陽に当たってんじゃん!
あわてて自分が着ていた上着を脱いで、神威さんの頭からブワッサアと掛ける。無表情だった神威さんが目を見開いて驚愕の様子となったところで、私は男子たちの元へすばやく走り、コンクリから傘を抜き取った。やっぱり重い。こんなの投げて突き刺すて神威さんどんだけ。

そして走って戻り、突っ立ったままの神威さんを腕を取ってそこのレストランに入った。あー、なんかドキドキしたよこの一通り。

「透里はほんとにアホだなー」
「はい?ブッ」

神威さんの方を向いた瞬間、ベシリと顔に私の上着を投げつけられた。た…助けたってのになんだこの人。アホなのは男だよ、すぐ喧嘩に走ろうとするし。野蛮だし。「2名様ですね、こちらへどうぞ」お店の人の案内についていく神威さんの背中を見ながらため息を吐いた。




バリモグムシャアと何人前だよと言いたくなるほどに神威さんはひたすら食べまくった。引いた。私は普通に一品だけだったのに。お…お金は…と戸惑ったけども、神威さんは普通に払っていた。あの黒い財布のどこにそんな大金があったんだ。私は自分で払いましたよもちろん。

まあそれより。現在2時過ぎくらいのこの天気は先ほどよりも陽気が増していて、通りを歩く私と神威さんもほのぼのな気分である。いや神威さんはわからないが。私は神威さんと繋がっている手以外は平和だなあと感じながらうとうとしてきた。どちらかというと私はインドア派なので、神威さんに振り回されてツッコミしまくってるのは疲れてきたのだ。

「透里、ねむいの?一緒に寝る?」
「なにバカ言ってるんですか…」

ふわあとあくびをしてハッと気づく。バカ言ってるのは私だ!恐ろしい不良校のトップに等しいんじゃないかと言える神威さんになんて口のきき方してるの私!あわてて神威さんの表情を窺ったが、彼は「なんか透里みたいなアホな子といると俺も眠くなってくるヨ」とさして気にしてない様子で前を見て歩いていた。ほっと安心。ちょっと私に失礼だけどね神威さんね。

にしても。神威さんに握られたままの手を見る。まだ潰れていない。怖い怖いと思っていた不良校の男の子でも、1日一緒に過ごすことができるんだ…すごいことである。というかむしろ、神威さんは普通に優しいと思う。なんか…むちゃくちゃだけど…オラオラァ!みたいに野蛮ではない気がする。そりゃあまあ力的に恐ろしいが。
こ、これだったら、私神威さんと友達になれるんじゃないかな。なにげに男友達って憧れてたんだ。

「かむ…」名前を呼ぼうとしたところで、神威さん越しに道の端で数人の男たちが喧嘩をしているのが見えた。うっわああ…やっぱり野蛮だわ男…。ここらへん夜兎工に近いし、不良いっぱいいるしね…。ほら、街を行く人たちが嫌悪の顔で避けてるよ…迷惑だなあ。
「なに?」と笑顔で向いた神威さんは顔をしかめた私に気づくと、同じように喧騒へと顔を向けた。

「ああ…さっきの」
「え?」

まさか神威さんの知り合いかと思って、喧嘩している人たちの顔をよく見てみる。唖然とした。喧騒の当事者は、どこぞの不良たちに一方的に殴られている、先ほど私たちに嫌みを言ってきていた私立校の男子たちだった。喧嘩というか、リンチというか…。青ざめた私に対して、神威さんは興味がなさそうに私に笑顔を戻すと「行こうか」と道の先を促した。えっちょ、見て見ぬフリですか。
下品な笑い声と鈍い音が耳に届いて、頭が白くなりながらも神威さんの手を小さく引く。私に振り返った彼は、やっぱり貼りつけた笑顔のまま首を傾げた。

「もしかして、アイツらも助けようとするの?イヤミしか言えない弱い人間を?」
「だ…だって…今見ちゃったじゃないですか…ほっとくわけには」
「ねぇそれ偽善って言うんだよ」

神威さんの冷たい一言に顔が強張る。ぎ、偽善…いや、わかってるよ。私だってぶっちゃけ、ざまあみろーだとか女子を巻き込まないで男子だけの問題だったらどうでもいいや、とか思うけど、でも一応知り合いだしさっきから悲痛な叫び声が聞こえるんだ。私の少ない良心も痛む。
神威さんだったら助けられるのに。神威さんみたいな強い力を私が持っていたら。文化祭の時だってそうだ、私がなんの力もなかったから。

「かむ、いさんは、なんでそんな強いのに、助けよう、と、しないんですか」
「俺は別に人を助けるために力をつけようと思ってない。ただ強いやつを潰したいだけだよ」

相変わらずなに考えてるかわからない笑みを携えながら神威さんは顎で喧騒を差した。「弱いやつをいたぶって楽しんでるヤツらが強いわけないから、俺は手を出さないだけ」飄々と言ってのける神威さんに、眉をしかめながらつぶやく。

「もったいないです…私にはできないことを、神威さんは楽々できるじゃないですか」
「ん?」
「力で助けられる人がいるのに…!」
「だからそれが偽善だって…」
「偽善でいいじゃないですか!それで笑ってくれる人がいるかもしれないでしょ!」

神威さんと繋がっていた手を無理やり放し、すぐにケータイを取り出す。と、とりあえず警察を…。しかしリンチしていた不良たちは、すでにボロボロになった私立校の男子たちから財布を取り出していた。は、早く。
悲惨な喧騒に向けていた視線に、ふとピンク色が混じった。ぎょっと驚愕して目が見開く。男たちに軽やかに駆けていった神威さんは、次の瞬間には助走をつけてジャンプして財布を漁る男たちに跳び蹴りをお見舞いした。

「ぶごふっ」神威さんの急な出現になにも反応できなかった男たちは、素直にズシャアアと数m先の壁まで吹っ飛ばされて止まる。その時に宙に舞った財布を手に取り、神威さんはズタボロになってる男子学生たちの上に投げた。
一連された動きに呆然としていたけども、すぐさま気を取り戻す。神威さん、助けてくれた。

自然に緩んだ顔のまま彼に近づこうとすれば、番傘を投げ渡された。えっ大丈夫なのか…と心配したが、ここはちょうど建物の陰になっている。よかった。安心して傘から神威さんに目を向ける。「テメェ…にすんだコラァ!」起き上がった不良たちの怒号に肩が跳ねた。
私に背を向けて不良たちと対峙する神威さんが小さく息を吐く。

「俺は本当に透里の考えることがよくわからないよ。友達ならまだしも、ただの弱いカスみたいなやつを助けたいだなんてさ」
「アァ!?なに言ってんだテメッ…」
「黙って」

彼の襟首を掴んだ一人の不良は、神威さんの裏拳により鈍い音をたてて地に沈んだ。私だけじゃなく周りの不良たちも青くなりながらしんと黙る。ややややっぱり怖い…。

「助けるためにやり合うなんてつまらないし、偽善としか思えないけど」

パキ、指の骨の音を鳴らして神威さんがゆっくり振り返る。相も変わらず笑顔だけど、なんとなく今までとは違う色に見えた。

「透里が笑ってくれるなら嬉しいかも」

その言葉に理解するまでの時間に、神威さんは軽やかな動きで不良たちを一発でのしていった。カッと赤くなって私があわてだした時にはすでに不良たちはみんな地に倒れていて、神威さんは不良の一人の頭をぐっと掴んで上げた。

「あの子見える?近づいたら俺に殺られるよって噂出しといてくれない?」
「う…あ゙…」
「かっ神威さんなに!言って!」
「なにが?」
「なにがじゃなくて…!」

言いたいことはいろいろあるのに頭の中ぐちゃぐちゃして言葉が出ない。口をぱくぱくと開閉させていると、後ろで「ウワアアア!」と叫び声が聞こえた。振り返ると、男子学生たちがバタバタと逃げていくところで。ちょ…れ…礼くらい言ってけよ…!

それはともかく。ピクピクと痛みに震える不良たちを見て眉が寄る。神威さんに助けを求めたけど、暴力を暴力で解決したと同じだよね。この報復として今度は神威さんがやられてしまうかもしれない。で、でも不良たちに目立った外傷はないし、神威さんもほんと一発KOさせてたし、あまり恨みは買ってないんじゃ…いやでも仲間たくさん引き連れて神威さんをボコボコにしたらどうしよ…やっぱり神威さんを使って解決しようなんて偽善どころか私ただの自己満…。

「あれ?なんで難しい顔してるの?」

ひょいと私の顔を覗きこんできた神威さんは、にこりと笑うと私の眉間に指を押しつけてきた。えっちょっ痛いですぐりぐりやめて痛い。

「あれほど助けてって言ってたから、笑うと思ったのに」

笑ったまま神威さんは私の眉間から指を放すと、私から傘を奪って歩き出した。とっとと先を行く神威さんの背中を見て、倒れたままの不良たちを一瞥し、軽く頭を下げてから神威さんを追った。
走ってる私よりもスタスタ歩く神威さんの方が早くて、ひいはあ言いながらやっとのことで追いついた瞬間彼が振り返る。
笑顔を変えない神威さんに息を切らしながら「ありがとう、ございました」とお礼をつぶやくと、しばらく私を見下ろしていた彼は「うん」と頷いた。ゆっくり自分を落ち着かせて一息吐く。

「私、笑えって言われても神威さんみたいにニコニコ笑うほど器用じゃなくて」
「ああ、確かに不器用そうだよネ」
「ていうか、まさか神威さんが動いてくれるとは、お、思わなくてですね」
「透里は面白いから動きたくなっちゃうんだヨ」

にっこり笑った神威さんは、手の伸ばして私の頭に触れた。撫でもせずに頭に乗せられただけのそれにもう恐怖は湧かない。あれだけの人を倒して、ものすごい力がある手だけど、怖くない。
その手を両手で掴んで、無理やり握手した。神威さんの目が軽く見開かれる。


「と、ともだちになりませんかっ」
「…ともだち?」
「今までなんだかんだ何回か助けられたお礼もしたいし、なにより…」
「アハハ、お礼ってなに。ともだちって利益関係なしにつるむもんだろ?」

ほんとにアホだね、と笑う神威さんに確かに…と納得してしまった。そうだ、私はただ神威さんと一緒にいたいだけだ。巻き込まれて疲れが溜まっていった今日、でもそれ以上に刺激的な時間に生き生きした自分がいる。

「俺も透里と一緒にいたいや」

まるで私の心を読んだようなその言葉に、嬉しさからか安堵からか緊張が解けたからかわからないけど頬が緩んだ。
彼から目線をそらして一息ついたところで、顔を挟まれぐきりと無理やり神威さんに向けられる。真正面から目が合った彼は、くりくりとした可愛らしいまんまるな瞳で私をただ見てくるため、口角を上げたままひきつった。
にっこり、いつものように神威さんは笑む。

「じゃあさっそくだけど…明日、夜兎工で校内武闘大会をやるんだ。遊びに来てヨ」
「えっええ!?いやいやいや嫌ですよ!そそそそんな野蛮な!」
「なんで?友だちだろ?行かないなら透里の学校に迎えに行こうかなあ」
「そっそれもだめです!うち女子校ですよ!?」
「わがまま言うと犯しちゃうぞ?」
「ひいい!やっぱりともだち撤回!絶交!もう絶交!」
「えっ今からがいいの?わかった、ホテル行こうか」
「うそうそうそですごめんなさい明日行きますから!」

私…神威さんをともだちになんて…選択間違ったかもしれない…。これからの日々に不安と切なさと悲しみを浮かべていれば、最初からそう言えばいいのにと笑みながらまた自然な流れで神威さんは私の手を握った。

「家どこ?まだいじめ足りないから送っていくよ」
「…いじめ足りないってなんですか…」

私が指した方向をゆっくり歩き出した神威さんの背中を見て、握られた手に視線を移した。またそこからじわじわと熱が滲んでいく。
…うん、まあでも、よかったな。指先から感じるこれからの日々に思いを馳せた。


[ もどる ]



×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -