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諸系場が一瞬しんと静まり返った。
そしてすぐに観客の動揺とした声が辺り一面に響く。「あれは女か!?」「どういうことだ主催側! 状況を説明しろ!」突然試合に乱入してきた女、諸系場の今までの歴史の中で起こり得ないことであった。

その女はリングの真ん中で倒れていた。彼女と、彼女を殴った張本人である男だけが時間が止まったように動かない。

なにをバカしやがる……!
一番最初に我に返った高杉は、透里の行動にバケツで氷をかけられた心地となった。

諸系場、ここは己の武力を誇示したい野郎共が集まり、相手を戦闘不能にするほど争う場所。
戦闘狂である神威にはたまらない場所だろう、なにもしなくても強い奴がこぞって集まってくるのだから。勝てば勝つほどリスクが上がるが、それでも「戦う」という行為自体に快感を抱く者にとっては、楽園なのだ。たとえ殺されようとしても。

高杉は、神威が諸系場側から襲われても殺されないという確信があった。というか、死ぬ一歩手前までは行こうとも、 それよりも諸系場側に大損害を与えるだろうと思っていた。坂田は大方危なくなれば止めるだろうが、なにを言っても神威が諸系場から出ることはないとわかっているだろう。

放っておけばいいのだ。
戦闘狂いのバカは、そうして一人で生きて一人で死ぬ。友だちごっこなんざさっさとやめた方がいい。
それをあの救えねえアホ女に、わからせるためだったのに。

「銀時!!」
「広崎!!」

高杉の怒号と共に、諸系場側の荒くれ者共が動き出す。凶器を持ちながら神威と透里がいるリングに近づこうとした奴らに向かい、高杉はその辺に転がっていた刀を持って斬りつけた。
その間に坂田は金網を上り、リングへと立つと一目散に倒れている透里へ膝をついた。

「おい! 広崎! しっかりしろ!」

ぺちぺちと頬を叩くと、顔をしかめるだけで目を開けない。倒れた時に頭を打ったのかもしれない……それどころか神威の拳は確実に頭へ当たっていた。早く病院に連れて行かなければ手遅れの可能性もある。

「神威、お前も……!」

手伝って、病院に、という言葉は口から洩れなかった。坂田が見上げた先の神威の表情は、死んだようにじっと透里を見下ろしていたからだ。笑顔も、悲しみも、怒りもないその顔は、ただ目を丸く見開いている、それだけ。なにを考えているかわからなかった。

「神威……」もう一度呼びかけたが、神威は突っ立ったまま動かない。坂田が透里を抱え上げようとした時、リングに上がっていた試合の相手がチャンスとばかりに雄叫びをあげながら神威へ向かっていった。

「今試合どころじゃねーのわかんでしょーがァァア!!」
「ゴフゥッ!」

動かない神威に代わり、坂田が跳び蹴りを食らわすと相手は唸り声をあげてリングへと倒れた。しかししぶとく起き上がろうとしたため、全力で殴り潰す。今度は確実に沈んだ。

坂田が透里を連れて逃げようと振り返った先には、彼女の顔を覗き込むように膝をついている神威がいた。
壊れ物を扱うように神威は手を伸ばしたが、それは彼女に触れることなく止まる。

「……透里」

発した声は息となって消えた。

「消せ! 神威を消せ!」
「チッ、おい神威逃げ……!」
「ギャアアア!」

リングに上がってきた荒くれ者共が神威に向かって金棒を振るうと、その腕は一瞬にして吹き飛んだ。ぼとりとリングに落ちた金棒と腕を透里が見たら、違う意味でぶっ倒れていたかもしれないと坂田は青くなった。

腕を落とした神威は、立ち上がるとそれはもうにっこりと綺麗に笑った。殺しの作法とでもいうように、彼はその顔を貼り付ける。

「アハハ、そーでなくっちゃ。みんなおいでよ、殺してあげよう」

コイツ、目がイッてやがる。ぞくりと悪寒立った坂田が止まったその時、荒くれ者共が一斉に神威へ襲いかかった。それもすぐに撒き散らされ、血が辺りへと色つけていく。

血の中で笑いながら人間の形を崩していく神威は、らしさがなかった。
確かに強い者を好み、戦闘と聞けば目が爛々としてすぐに手や足が出る神威だが、自制を効かせずただがむしゃらに暴れ回って汚れるその姿は、普段の戦いとはかけ離れていた。少なくとも3Z設定の神威の姿ではない。

殺人が起きるぞ、と坂田は冷や汗をかいた。
3Z設定は学園モノなので、パロディなので、殺しなど起きてはいけないという健全な話なので、こういう学生の主人公が人の命を奪ってしまう展開はいけません。教育委員会とかに訴えられてしまうし、現実問題ブタ箱行きですからね。

なので坂田は全力で止めにかかろうとした。しかし透里にも襲いかかろうとする荒くれ者がいたため、彼女から離れるわけにもいかず。
厄介なことに巻き込まれたものだと、坂田はこんな状況でさえ笑みが洩れた。別に楽しいからとかそういうわけではないけれど。

そこらに転がっていた棍棒を取り、向かってきた荒くれ者を薙ぎ倒す。とはいえ、透里を庇いながらのこの状況はとても不利であった。なんせ神威はこちらを関係なしに暴れまわっている。

坂田がいやな汗をかき始めたところで、高杉がリングへ上がってきた。既にボロボロで息が上がっている彼が、血が飛び散る中に突っ込んで神威の襟首を掴む。
目を血走らせていた神威は、高杉のその腕を掴むと、リングの外へ投げ飛ばした。それを追うように神威もリングを飛び出し、高杉をぶん殴る。

えっええー!? そこで仲間割れすんのかよDKメンドクセーなーもう!
坂田は透里を優しく抱え上げると、同じく歯を食いしばってリングから脱出した。

殴られて口の中を切ったため、高杉は血の味を噛み締めながらもう一度振られた拳を受け止めた。眼前に迫った神威の拳は、止められようとも高杉の顔を狙っている。

「ッ……! 頭イかれ野郎が、冷静になりやがれ!」
「俺は冷静だよ、高杉。お前が連れてこなければ」
「テメェが最初からダチにならなきゃこんなことは起こってねえ」

低く唸るように声を上げた高杉の言葉に、神威の拳が止まった。その一瞬の隙を突いた高杉は、同じように神威をぶん殴る。白い透き通るような肌を鼻出血が赤に塗った。
反動でぐらついた神威の襟首を掴み、もう一度と拳を握り変えたところで坂田がやっと二人にたどり着いた。間に入り込むようにすると、抱えられた透里を見て神威がぴたりと止まった。

「今んなことしてる場合じゃねーだろ。逃げるぞ」
「……逃げるなら、先生たちだけで行きなよ。俺はまだここにいる」
「はあ!? お前まだ言っ」

息を整えた神威は、確かに先ほどの今にも人を殺そうといわんばかりな時よりも冷静に見えた。透里から目をそらし、迫る荒くれ者共に視線を移す神威に、これはなにを言っても無駄だと坂田は悟った。どうせ死にはしねーだろ。高杉も同じなのだろう、とっとと出口へ向かっている。

透里が起きていればかける言葉も違っていたのかもしれない。神威に届く声となっていた彼女なら。
坂田は透里を抱え直し、高杉の後に続いて出口へと急いだ。



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