mg | ナノ


「いやていうか軽い冗談じゃん? そもそも高校生がここ来るの自体犯罪だし、明らかにそういうタイプじゃなさそうな子だし、そりゃ俺にだって事情があるんだなくらいわかるって。なのにいきなり顔面パンチとかお前眼鏡をなんだと思ってるんだって話だよ。突き合いたいならどうぞホテルでもなんでも行けばって感ギャアアア」

銀髪の男性の膝をグリグリと踏み潰す高杉さんの様子を見ると、どうやらこの人は敵じゃないらしい。というか年上を足蹴にするとか高杉さんどんな神経してるの。恐ろしい。

助けてくれた礼に、銀髪の男の人に頭を下げると、こちらを見て思案した様子の彼が私の顔面に付いていたヒゲを取った。

「なに、こんな変装までして。お嬢さんそんなに闘技場来たかったの」
「は、……はい」

ふーん、と鼻から息を洩らしつつ、ヒゲを私の手へと戻す。

「俺は銀魂高校でいちお先生やってんの。銀八先生って呼んで」

高杉さんがクソセンコーと言っていた時からもしやとは思っていたが、本当に先生なんだ。
やる気のなさそうな表情だが、さっき投げられたんだよなと思うとドキドキする。この人も強いのかという本能的危機感のドキドキだ。
内心身構えていると君は、と促された。

「あ、えと、広崎透里と言います」
「はい広崎ね。わかってる? もう一度言うけどここは高校生以下は禁止。特に女子が来るとこじゃないわけよ」

こういう不良共は来たことあるみたいだけど。銀八先生の視線にふいと顔をそむける高杉さん。「お前だって聖職者がこんな場所にいていいのかよ」彼は痛いところを突いた。

「俺ァこの辺に向かうお前らを追ってきたんだよ。最初は? 高杉クンが? 彼女をピンクに連れて行くのかとヒヤヒヤしたけど?」
「ブルーに送ってやるぞテメェ」
「まあもっと薄気味悪いとこ来ちゃったよねお前らね」

銀八先生が高杉さんから私へと向き直る。自然と跳ねた肩に、先生に怒られるというだけで怯える自分がとても弱く感じた。そりゃこんな自分では神威さんについていくこともできない。
理由を問う目が見れず視線を泳がせた。しばらくしてハーアと諦めたように息が降ってくる。

「もう来るんじゃねーぞ。いいこと絶対ねーから。中怖かっただろ」
「……はい」
「高杉おめーもさァ、事情とか知らねーけどここに連れてくるもんじゃねーだろ」
「……そうだったな」

高杉さんの冷たい声に俯いて目をつむる。きっと高杉さんも「こんな弱ェやつ連れてくんじゃなかった!」とか思ってんだろうな。

「本当にごめんなさい。もう来ません。銀八先生、助けてくれてありがとうございました」
「そうそうわかればいいのわかれば」
「高杉さんもありがとう、やっぱり首突っ込むものじゃないです」

笑いながら頬を掻き、反省する。いまだ黙って私を睨む高杉さんへの反応はそのくらいにして私たちはそこの区域を抜けることにした。

しばらく慎重に歩き、無事に平穏な町に戻りやっと深呼吸ができた。動悸も落ち着く。
送ると言ってくれた銀八先生に丁寧に断り、二人に改めて頭を下げて私は帰路を急いだ。

一人で家へと駆けると落ち着いた心臓が、明日を思って早くなる。

神威さんの世界は別次元だと思った。彼の居場所に私はいれない。きっと一緒にいることはできない。友だちかも怪しい。

けれど、それでも神威さんが死に近づくことをわかってて放っておくことはできない。私にできることはそうないが、命を狙われていることを彼に伝えることはできるはずだ。

ケータイを取り出しメール画面を開く。明日の試合後に殺される危険性があります。そんな旨を送信する。
おそらくそれでも神威さんはリングに立つんだろうなあ。だって神威さんだもんなあ。
そんなことを思うと、恐ろしいのに何故だか笑いが洩れる。変なの。

そのメールに返信が来ることは二度となかった。




次の日、私はもうお得意となっったヒゲをリュックに入れて諸系場へと向かった。
町の一角を進むごとに淀んだ空気になっている気がする。あ、遺書書いてくるの忘れた。私生きて帰ってこれるかな。

通り過ぎる悪そうな男たちの視線を振り払うように小走りで向かう。走ってるからだろう、心臓が苦しくて息が切れてくるのは。怖いからじゃない。

自分に言い聞かせて進むうちに目的地にたどり着く。リュックからヒゲを取り出し、鼻の下に付けようとした。

「あ、あれ」

おかしい、手がブレて上手く付けられない。私はどれほど震えたら気が済むのかな。家で貧乏揺すり散々やってくればよかったな。

「大丈夫、大丈夫」

ぺたりとくっつける。もさもさなヒゲに、心までこう強く毛が生えたらと思った。

「大丈夫じゃねーよ。昨日と同じ顔で行くアホがいるか」

え。
目が丸くなったと同時、ヒゲをひっぺ剥がされる。

高杉さん、口の中で溶けた名前に彼は眉を寄せる。そんな高杉さんの後ろからひょこりと顔を覗かせた男の人は、ひらひらと黒マントを揺らした。

「はい広崎ちゃん先生に嘘ついた罰として銀八先生も付き添いまーす」

気の抜けた、ついでに鼻の穴を広げた笑みで私に黒マントをかぶせた銀八先生。二人の顔を見て、どっと安心感が襲ってきた。涙が浮かぶ。ぎょっとした二人。

「ご、ご、ごめんなさい……!」
「いやいやいやいやウソウソ罰とかじゃないから! なんか銀八先生も試合見たいなーと思っただけだから! 広崎も行くなら一緒にどうかなーて!」
「オイ行くぞ」

目を擦り涙を引っ込める。はー、と息を吐けば銀八先生もほっとした様子を見せた。
びっくりした、本当に。二人は絶対来ないと思っていたのに。
昨日怒られたというのにまた来た私に対し、銀八先生はなにも言わなかった。理由はまったくわからない。でも知っている、これは優しさだ。
高杉さんも高杉さんでまた来てくれるなんて。もう、呆れられたと。
再び出てきそうだった涙と鼻水を鼻を啜ることで食い止めた。

扉を開けようとした高杉さんに、ハッと気づいた銀八先生が待てと止める。

「お前変装しろよ」
「マントは二着しかねーんだろ。俺が暴れてやるからその隙に広崎とセンコーは行け」
「フラグバリ3かよ。広崎の背格好じゃ既にマークされている危険性がある。先生に良い案あるから聞け」
「行くぞ」
「先生に良い案あるから聞いてください」

銀八先生の良い案を聞き、実践してみた。
高杉さんオンザ私。いわゆる高杉さんにおんぶしてもらい、その上に黒マントを羽織っている。

「あーうん青春って感じする」
「意味わかんねェ降りろ広崎」
「はっはい」
「見た目じゃ体格の良い男だ。広崎はヒゲにこのゴーグル付けて。はい洞爺湖仙人〜」

高杉さんに奪われたヒゲを付け、ゴーグルも付ける。洞爺湖仙人が誰だかまったくわからなかったがきっと上手く変装できているのだろう。
そんなことより高杉さんにおぶさっているというこの図怖すぎる。お、男におんぶとか初めてされた。

「お、お、重かったら降ろしていいですからね!」
「足手まといになられるよかマシだ」
「女一人抱えきれないほどなよっちくないでしょ高杉くぅん」

高杉さんはまるで銀八先生を無きものとして無視し扉を開いた。
ゴーグルの向こうでは受付のゴブリンさんが出迎えてくれる。バレるかとヒヤヒヤしたが、彼らは「お客ですね」と高杉さんの手からお金を受け取った。
無事最初の関門を抜けて奥へ進む。意外と警備甘いんだよなあ。

突き当たりを曲がり、歓声に引き寄せられるように階段を下がる。途中から見える下に広がるリングの中では、金網に押し付けられながら殴り続けられている男の人が見えて思わず目を背けた。それでも高杉さんの歩みは止まらない。

下の方まで下りて、空いている席を探す。リング脇には鉄パイプやナイフを持っている男らがたくさんいて、思わず高杉さんの肩を強く掴んでしまった。

「おそらくありゃ神威を殺すヤロー共だな」
「えっ!」
「バカ声出すな」

慌てて口をつぐむ。高杉さんは周囲を確認しつつ、小声で続けた。

「どいつもこいつも殺る気満々じゃねーか」
「で、でも次の試合に出る人たちかも……」
「一晩に五十人近くも試合はしねーだろうよ」

えっ五十人も狙ってる人がいるの。平々凡々な私にはまったくわからないが、殺気を放つ人らがそんなにもいるとなると本格的に神威さん危ない。というか神威さんも気づいてるんじゃないかコレ。いやでも意外と天然なとこあるし……!

「……天パヤローどこいった」
「え」

あれそういえば銀八先生いない。さっきまで後ろにいたのに。辺りを見回せば、リング近くにマントのフードを取られて慌てている銀八先生を発見した。「ちょおォォォい!! おまっバカっ」「先生じゃん、なにしてんの」「先生とか言わないィィィ! しーーっっ!」そのフードをめくっているのが神威さんだったため仰天する。
高杉さんの肩を叩いて誘導した。割れんばかりの歓声に紛れて声を出す。

「神威さん」
「あり、透里。また来たの」
「あん? お前らなに、知り合い? えっもしかして広崎ってコイツに会いに」
「お前面倒くせーから黙ってろ」
「メール読みましたか」
「読んだよ」

面白そうじゃん。にこりと綺麗に笑う神威さんの表情を見て悟った。きっと彼に私の声は届かない。

「ていうかなんで今日もここに来てるの? 先生まで連れてさ。もしかして俺の邪魔する気?」
「……」
「余計な世話焼かないでよ。俺は強いやつと戦いたいんだから」
「……か」
「まあ、先生も高杉もせっかく来てくれたし、これ終わったら一戦やろうよ」

私を見ず、高杉さんと銀八先生に笑顔を向けた神威さん。「やんねーよ」律儀に返した銀八先生に口を尖らせたが、アナウンスを聞くととっととリングへと向かう。
いつまでもその背中を目で追っていたが、高杉さんが身体の向きを変えたことで視界が動いた。

「あのバカは一回死なねえと治らねェ。もうほっとけ」
「ねぇ先生全然追いついてないんだけど。え、なに神威のやつ死ぬの?」
「試合後にやられんだとよ」
「まじ、やべーじゃん」

言いながら鼻をほじる銀八先生にドン引いた目を送れば、ほじった指をマントで拭いていた。

なんでこの人たちこんなにも平然としてるんだろう。神威さんが死なないって信頼してるからかな。だとしたら私は全然信用できていない。どくどくと騒ぐ心臓がその証拠だ。友だちなのに信じることもできない。

既に始まっていた試合。振り返った先には、神威さんが喧嘩を楽しんでいた。踊るように無駄のない動きで相手に打撃を食らわせる彼に眉が寄る。どんな神威さんもこの時が一番楽しそう。
私はそんな神威さんが大嫌いなのにどうしようもなく好きなんだ。

息が止まったのはその時だった。
視界の端に見えた拳銃にゾッと背筋が凍る。トラウマとなっているそれは、一瞬で銀行強盗の日を思い出させた。耳障りな音に断末魔、真っ赤な血、そして消えた笑み。
だめだって、もう見たくないんだってば。

高杉さんの背中から下り、ゴーグルとヒゲを放ってリングに走り出す。
どよめいただろう観客の声は聞こえなかった。頭の中が真っ白になって音が消える。

立てかけてあった椅子を踏みしめ金網を乗り越え、今にも相手をぶん殴ろうとしている神威さんの前に出ればそこからは全てがスローとなって映った。

神威さんの揺れる三つ編みも、的確に相手の顎を狙った拳の動向も、そして今まで見たこともないほどに見開かれた目も。

その顔を見て私は「バカした」と言葉がよぎったのだ。


頭に襲った激痛と同時、リングに鞭打たれたかのごとく跳ね倒れ意識が飛んだ。



150428

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