ため息を吐く私に、隣に座っておっぱいプリンをガツガツ食べる神威さん。なんて人だ、私は普通でいられないってのに。
あのあと焼き鳥屋さんの人に「俺らが引きずりこんだ証拠はねぇだろ!」と言われ、黙るしかなかった。
みんなから連絡がないのはおかしい。多分何かあったんだ…この焼き鳥屋さんに捕まってるとか…。うわああ男は野獣なんだ!絶対みんな襲われ…いやいやいや!
そして今現在、飲み物屋さんの店の後ろに入れてもらい、うううと頭を悩ます。
飲み物屋さんは先ほどあぶとさんに教えてもらったピンク頭、神威さんのクラスでもあったらしい。
「聞いたことあんなァ」私から事情を聞いたあぶとさんはボリボリと顎髭を掻きながらつぶやく。
「焼き鳥屋のやつらは去年もジャンケンで勝ったらおまけやるって称してな、客が負けたら引きずりこむってやっててねェ。女限定だけど。カーッ、羨ましいこったァ」
「そんな…!…引きずりこむって、なにされるんですか」
「…なにってそりゃァ」
「ナニでしょ」
ごちそうさま、と手をついて完食した神威さんの言葉にさあっと青ざめる。あぶとさんがあちゃあと額に手をあてていた。
思わず立ち上がって、焼き鳥屋さんに向かって足を出す…が、また腕を掴まえられた。振り向けばやはりニコニコ顔の神威さん。
「行っても無駄じゃない?逆にお前もヤられるよ」
「そ…だっ、…でもっもしかしたらひどい目に合わされてるかも…!」
「んー、まあ仕方ないでしょ」
…仕方ない?
信じられない、という意の目線を彼にぶつける。仕方ないって、なんで何も知らないのに簡単にそう言えるの。
神威さんは笑顔を変えず続ける。
「さっき俺も君のトモダチらしきヤツらに声かけられたけどさ、ああいう男にケツ振る女狐たちは犯されてもそれが本望なんじゃないの?だったら邪魔しちゃ…」
掴まれていた手を振り払い、渾身の力を振り絞ってその何考えてるかわからない笑顔に思いっきり振り叩く。
乾いた音が響いたそこは、あぶとさんや顔が同じのうんぎょうさんたちも唖然と私たちを見ていて。もちろん叩かれた本人神威さんも、目を開けて驚いた様子だった。
その笑顔が崩せたことに満足したが、それ以上に恐怖が沸き上がる。私、なんてこと。ボロッと涙が自然に出てきた。…でも、許せなかったから。
涙目のまま彼をギッと睨み、そのまま何かされる前に焼き鳥屋さんへ走り出す。やっぱり男なんていらない!最低なヤツらばっか!
「…えーと、番長、無事っすかねェ」
「うん」
「…アンタなら避けれたでしょーに、なんで…」
「…ねえ阿伏兎、焼き鳥屋のトップってあの腕ずもうでドヤ顔こいてるやつだよね」
「え、ああ…え?」
ジャイ子たちを返してください、なにもしないでください、どこやったんですか、そんなの人攫いと同じだ、そう焼き鳥屋さんの前で言ってるのに彼らはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべるだけ。
「そんなに言うなら、アイツに勝ったら教えてやるよ」
「…え?」
アイツ、と指した方を見れば腕ずもう大会のステージ上。先ほど私と腕ずもうした肉体派の彼が、いまだに勝ち残っていた。
聞くと、彼ら焼き鳥屋さんの組長らしい。えええ、トップでしょ!?無理だよ無理!もうしたくないし!しかも勝てるわけないし!
キッと焼き鳥屋さんを睨んで声を荒げる。
「最低!卑怯者!変態!この店なんか壊して…!」
「だからァ、証拠もねェのにパチこくんじゃねェよ!」
店から出てきた焼き鳥屋さんの一人が私の肩を強く押す。反動で倒れた弱い私が、彼らに敵うわけがない。
「誰か挑戦者はいねぇかァ!?」ステージ上の司会者の声に、自分のふがいなさと弱さだけが浮かび上がる。
「ハーイ、俺やるヨ」
雑音の中響いた声に顔を上げると、人ごみの中からひょいとステージ上に上がる背中が見えた。あれは。
「かむ…っ」
「神威だアアアァ!神威がとうとう挑戦者として現れたアアァ!」
一気に歓声が大きくなった。え、なに神威さんてそんなにすごい人なの?焼き鳥屋さんのトップもとても動揺していて、焼き鳥屋さんの中の人たちもエエエと驚いている。
そんな彼は焼き鳥屋さんのトップの人と手を握り、台に肘をつけた。相変わらず笑顔は変わらない。
司会者の合図、ゴングが鳴ったその瞬間。
ドゴオォ!けたたましい音と共に、台ごと焼き鳥屋さんのトップをステージに埋めるように叩きつけた。
歓声がこれ以上ないほど沸き上がる。しかし私と隣の焼き鳥屋さんは静まり返る。
…なに、今の、どんな力…え…怖っ…え。
「新しいチャンピオンの誕生だアァ!」と叫ぶ司会者から無理やりマイクを奪った神威さんは、口角を上げたまま目を薄く開いた。目線が、こちらに向く。
「その子の言う通りにしないと、お前らも潰しちゃうぞ」
神威さんを見ていた焼き鳥屋さんと私の目が合った。
焼き鳥屋さんによって解放された友達。しかしどうやら解放されたのは友達を引きずりこんだ焼き鳥屋さんたちらしく。
「手ぇ出してきたからブン殴っただけなのにさ、泣いちゃって」
「男が泣くなっつーの」
「もう姉さん勘弁してくだせェ!」
どうやらジャイ子たちの方が弄んだらしい。これには店頭に出ていた焼き鳥屋さんも驚いていた。
とりあえずみんな無事でよかった、と息を吐いてステージ付近を見渡す。飲み物屋さんの所に、あぶとさんに何か言われているがまったく聞いてない神威さんがいた。
「か、神威さん」近づいて気まずくなりながらも口を開けば、彼はまたあの笑顔で「やっ」と手を軽く挙げた。
「さ、さっきはありがとうございました…あの」
「なに透里!あんたその人捕まえたの!?」
「さっきウチら声かけても見向きもされなかったのに…なんて言ったのよー!」
いつの間にか後ろにいたジャイ子たちに、えっなにか誤解してるよ!と弁解しようとしたのだが、ガッと腕を掴まれる。言わずもがな神威さんだ。…い、やな予感が。
「あは、捕まっちゃったなあ」
ずるーい、イケメーンと騒ぐみんなに、いやいやいやと手を横に振ったのに聞いてくれない。
捕まえてない!私は捕まえてませんよこんな…いろんな意味でおっそろしい人!ギチギチと悲鳴をあげる腕に悟る。捕まえたんじゃない、神威さんに捕まえられたんだ。
飲み物屋さんの奥であぶとさんが呆れたように頭を掻いてるのが見えた。