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「はい、透里。これ着て」
「……」

土曜日のことです。先日神威さんに上げて落とされるという芸当をされ、ホイホイと頼みを受け入れてしまったのはここのこいつです。

何度目かの夜兎工にやってきた。慣れとまではいかなくても、震えずに門を通り抜けることはできるようになって進化した私に、ここに呼び出した張本人神威さんはさらに無理難題をふっかけてきた。

「こ、これは……夜兎工の学ラン」
「うん。今日透里に一日夜兎工生として授業受けてほしいんだよネ」
「聞いてませんよ!?」
「今言った」

今言ったもなにも受け止められない。私はてっきりまた勉強教えてほしいとかそういう方向だと思ったのに、目の前にちらつくのは学ラン。朝から来てほしいと言ったと思えばこれか……! 信じられない気持ちでいっぱいである。

「今日授業公開日なんだけどさ、云業Mが風邪引いちって。アイツ今日の授業欠席すると単位落ちちゃうんだよネ。代わりに出てやってよ」
「どうしよう話についていけません」
「留年くらいしたらって言ったんだけどサ、でも泣いて頼まれたらさすがに俺も良心が働いたわけだ」
「(神威さんが良心って言った)」
「だから透里、今日は云業Mとしてガンバロー」

えいえいおー、と私の手首を掴んでブンブン上下させた彼に肩が脱臼するのではと恐怖を抱いたが、今後のこと考えるともっと怖い。
や、夜兎工で授業? 云業Mさんとして成り代わって一日ここで過ごせって? ムリムリ絶対ムリ死ぬこれ埋められる。全力で首を横に振った。

「なっなんで私なんですか、こんな小娘よりもっと適任はいますって」
「透里、Mじゃん」
「Mじゃないですけど! 云業Mさんにかけたってか! ……云業さんガタイいいじゃないですか、私じゃ絶対バレます」
「大丈夫。ハゲてヒゲつければバレないって」

ニコニコ笑いながら神威さんはどこからか三つ編みがちょろっと生えているハゲのカツラと黒いサンタクロースのようなヒゲを取り出した。青ざめる。エッ私一応普通の女子高生なんですけど。恥を捨ててまで体張りたくないんだけど。

「やってヨ透里。俺のこと好きなんでしょ」
「たった今好きじゃなくなりました」
「とても似合うと思うんだけどなァ」
「イタタタ普段見た目なんか気にもしないくせに! ていうかヒゲを似合うと思われるの大分傷つくんですけど!」

もさもさなヒゲを顔に押し付けられ、海老反りになりながら私は泣く泣く了承するしかありませんでした。にしても今回の無茶振りは難易度高すぎだよ!




学ランを着込み、ハゲ三つ編みカツラをかぶる。そしてヒゲも震える手で装着した。もうこれで私は普通のJKには戻れないわけだ。「うんうん、どこからどう見ても夜兎工生だ」いっそ笑ってくださいよ。
落ち込む私を導いて教室に向かう神威さん。途中すれ違う夜兎工生たちに早くもバレる!? と危惧したものだが、普通に通りすがられた。エッ。

「というわけで、云業Mの代わりに透里に代役頼んだから。よろしくしてやってよ」
「おお、どこからどう見ても云業Mだ」
「さすが番長が選んだだけあるな」

教室にずらりと揃う云業さんの大群。なんで彼らの中から一人選抜されなかったのか。私がわからないだけで彼らの見分け方とかあるのだろうか。ていうかみんな云業さんに似てるって言うんだけどギャグなのかな。本気じゃないよね?

「透里ここ座りな」隣の席を空けた神威さんに、恐怖を感じながらおずおずと着席する。真ん中の一番後ろの神威さんの隣の席は、当たり前だけど前方には云業さんで視界が埋まる。……みなさん座高が高いですね。

チャイムが鳴った。教室に入ってきた星海坊主さんを見て、ああこの人本当に先生だったんだと納得する。神楽ちゃんたちのパパさんな印象が濃い。

「諸君おはよう、出席取るぞー。阿伏兎ー」
「おーう」
「云業」
「はい」
「云業B」
「はい」

云業さんはやはりアルファベット順に言っていくのか。そわそわとしながら待っていれば次は云業Mの番。さすがに先生にはバレるだろうと思いつつ、呼ばれた名前に「はい」と比較的低い声を出す。
「云業Nー」普通に流された。

「いやいやさすがに体格とかでわかりますでしょどういうこと」
「だから言ったじゃん。その戦国武将みたいなヒゲしてれば大抵云業だって」
「なんて生産性のある人なんだ……」

それなら私じゃなくて良かったじゃん! ワッと顔を手で覆ったつもりが、戦国武将みたいなヒゲのせいで全然覆えなかった。

「ん? おい云業M!」

ギクリと肩が強張る。生徒の名前を呼び終わった星海坊主先生がカツカツと机の間を通ってこちらに真っ直ぐ向かってくる。や、やっぱりバレたか……! ぐっと先生の顔が間近に迫った。

「そこはお前の席じゃないだろー。お前は一番前だったろーが」
「先生、元々この席だった云業が今日だけ視力低下して云業Mの席と代わりたいと言ってました」
「そうか、視力低下なら仕方ねえな」

そして黒板に戻っていった星海坊主先生。えええ! 突然の視力低下すぎますでしょ! バレなくてラッキーと思う以上にあまりにも触れられなさすぎて自分が云業Mさんだと錯覚してきたよ!
その後は普通に授業が始まり、何の問題もなく無事に一時間目が終わった。だるそうに鼻をほじっていた阿伏兎さん以外はみんな真面目に授業を受けていた。(神威さんはたまーに筆を動かすくらいだった) 意外だ、もっと授業中でもガヤガヤやかましいかと思ったのに。夜兎工に対しての偏見が強かったようだ。

「聞いたっすよ番長ォ!」
「ひっ」

とかなんとか考えていたら勢いよく音を立てて教室に別のクラスの夜兎工生が乗り込んできた。なっなんだなんだ喧騒か。
「云業Mの代わりに番長のご友人が来てくれたって!?」私の話かー……。

「うん、透里だよ」
「えっこれが!? 云業Mにクリソツじゃないすかァ! 誰かと思ったっす!」
「(泣こう) ……あれ、あなたたちは」

云業Mさんとしての人生を模索し始める前に、今入ってきた夜兎工生の顔をよく見る。見覚えあると思えば、この二人は先日呂薄さんと一緒にいた二人だ。

「旦(たん)って言いやす! 呂薄とこのバカのお守りしてやす!」
「バカじゃねェ! 羽津(はつ)っす! シアス!」
「あ、広崎です……」

強面なのもなによりだけど勢いが怖い。唾飛んでるし。「いやマジ広崎さんヒゲかっけーっすね」ヒゲを褒める彼らはそれで女子が喜ぶとでも思ってるのだろうか。

「あ、番長、来週の乗り込みの件でちょっと」
「うん」

席を立って旦さんと羽津さんと教室を出て行った神威さん。乗り込みって意味は置いといて、本当に番長してる……と改めて怖々していれば、神威さんを挟んだ向かいの席から阿伏兎さんに呆れつつ話しかけられた。

「にしてもけなげだねェ、ネーちゃん」
「え?」
「いくら番長の頼みだからってハゲてヒゲまで付けるたァ、相当のバカとみた。そんなにヤツがいいかね」

驚きでガタンと椅子を倒しながら立ち上がる。口を開いたが声が出ない。いや、えっと、落ち着け。

「そ、そりゃあ友だちですから」
「ほほ〜ぉ、友だちだからなんでもしてあげたくなっちゃうと」
「なっなんでもじゃないですよ! これはまだ許容範囲内で」
「へいへい、バカにはバカがお似合いだよォ」
「えっ」

阿伏兎さんの言葉にぴくりと反応してしまった。こほんと咳を一つ。そそくさと阿伏兎さんの傍に寄り、(ヒゲ面で近寄るんじゃねーよとの言葉は無視した) 小さな声で訊ねた。

「わ、私と神威さんお似合いですか」
「……」
「あっとっ友だちとしてですよもちろん」

呆れたように口を開こうとした阿伏兎さんだが、その前に黒板消しが豪速球で飛んできて阿伏兎さんの首が後ろに曲がる。ぎゃあああ! 驚愕の声が出た。

「阿伏兎、来週は少人数で乗り込みするヨ」
「かかか神威さん黒板消しは投げちゃだめです。ていうか報告するだけでそんないちいち」
「あ、そうなの、知らなかった」
「(うそっぺー!)」




二時間目も無事に終わり、次は体育とのこと。これはさすがに体育着もないし夜兎工生の中で運動できるわけないので見学しよう。神威さんがどこからか持ってきた体育着をにこやかに掲げてきてるけど見学しよう。

「大丈夫、これ俺のジャージだから。云業のよりはサイズ合うでしょ」
「いや体育やりませんて」
「よーし俺が着せてあげよう。とりあえず脱ごうか」
「ちょっちょっあっ私がジャージ借りちゃったら神威さん半袖で寒いし風邪引いちゃいますよ!」
「そんなヤワな身体してないヨ。見る?」
「見ません! わかったよ着ればいいんですよね着れば!」

にこにこと笑いながら学ランを脱がせようとした神威さんの手からジャージを奪い、トイレに駆け込む。
個室の中でひいひい言いながらワイシャツの上にジャージを着込んだ。途端に香る匂いにうっと胸がつまる。
そ、そうだこれ神威さんのジャージか……どうりで、その、汗と土に混じって神威さんの匂いが。しかもあの、神威さん小柄に見えるけどこうして着るとやっぱり大きいしブカっとしてるし、お、男ってすごい。いやいやいや私なに少女漫画にあるモノローグみたいなこと思っちゃったりして! これだから男に免疫ない女はめんどくさいなあもう!

「透里、グラウンド行くヨ。大?」
「ひいっ大じゃないです今行きます!」

そうだここは夜兎工。どこで男が突然野蛮な行動に走るかわからないんだ。変な甘い空気に浸っている場合ではない。



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