mg | ナノ


お母さんに夜ご飯はいらない旨をメールで伝える。ちょうど私の隣で壁に潜んでいた神威さんが「あり」と声を出した。

「主犯っぽいやつがいない」
「え? あ、ほんとだ……逃げたのかな」

星海坊主さんが連絡したのだろう、しばらくしてから警察がやってきた。捕縛された夜兎工生襲撃犯たちがパトカーに乗せられていく。しかし、私が神威さんの弱点になると信じて疑わなかった主犯のようだった男がいなかった。逃げたのかな。そうだったらまた神威さんに復讐しそうで怖い。「今度はもっと強いやつら集めてきてほしいヨ」前言撤回。大丈夫そうです。

警察から隠れるように潜んでいた神威さんは、パトカーが発車していくのを見るととっとと歩き出した。私から神威さんが離れたのを見計らったように神楽ちゃんが近寄る。

「透里今日ウチでご飯食べるアルか? 今日は卵かけご飯と回鍋肉ネ! 透里ついてるアル!」
「いいのかなお邪魔しちゃって」
「なーに構わないさ! そもそもここにいるってことは、君は神威に巻き込まれたんだろう? 詫びもしたいし、もう暗いし、せっかくだからたんと食べていきなさい!」

詫びなんてとんでもないけど、しかし神威さんの家が気になっていたのは事実。お言葉に甘えて、とお願いした時、少し離れた所にいた神威さんが困ったように眉を下げていたなんて知らなかった。





倉庫の場所からしばらく歩き、着いた神威さんの家。それほど大きくはないそれにホッと息をついた。なんとなくヤクザみたいなでっかい家を想像してたよ。
家に入っても内装は普通だった。神威さんは帰って早々に奥に向かう。しばらくしてパタンと戸が閉まった音が聞こえた。……私が家にお邪魔すると決まった時からまったく話さなくなったけど……もしかして友だちを家に招きたくないタイプだったかな。

「今からちゃっちゃと作るから適当にくつろいでな」
「あっ手伝います」
「いーからいーから!」

星海坊主さんにバチコンとウインクを頂き、半笑いが洩れる。ウインクへたくそだ……。
台所に消えていった背中を見送ると、「透里こっちアル」神楽ちゃんが可愛らしく手招いてくれた。
居間に通されると、一番に視界に入ったのが小さな仏壇だった。前に立つと綺麗に笑う女性と目が合う。「マミーだよ。私が小さい頃に死んじゃったアル」隣に座った神楽ちゃんが手を合わせた。
知らなかった、もうお母さんはいらっしゃらないんだ。
身を正し、私もご挨拶をする。お会いできて嬉しいです、神威さんにはよく助けられてます、と。うん、二人はお母さん似なんだな。

居間の真ん中に置かれてある机の横に座る。神楽ちゃんはテレビを付けたくせにまったく見向きもせず、私の向かい側に座ってずいと身を乗り出した。はっ肌が白い。羨ましい。

「バカ兄貴とはどう知り合ったアルか?」
「へっ」
「透里は不良共に慣れてるようでも、怯えてる様子もあったヨ。力もなさそうだし、神威と関わる理由がわからないネ。ワルに憧れてるアルか?」
「憧れないよ! 殴る蹴るとか嫌いだし、怖いよ普通に」
「じゃあやっぱりアイツに弱み握られてるネ!?」
「ないない! 私から友だちになりたいって言ったし!」
「ナァア!? なんで!?」
「あだだだいたたた」

ガクンガクンと襟首を掴んで揺さぶってきた神楽ちゃんの手首を掴んで止める。さ、さすが神威さんの妹だ……女子にしてはパワーが段違いに強い。

晩ご飯ができるまで、神威さんとの出会いから今までを語る。夜兎工文化祭での出来事を話せば「アイツを殴ったアルか!? 」と驚かれ、武闘大会で人質にされた話をすれば「アイツが助けに行くはずないアル」と納得され、一緒に合コンした話をすればドン引きな顔をされた。
他にも一緒に勉強したこと、文化祭で花嫁衣装を借りてきてくれたこと、銀行強盗や通り魔などいろいろな危険から助けてくれたことを話す。思い返しながら話すと止まらなくなってしまった。

「私もね、最初は神威さんなんて不良の番長だからってすっごく怖かったんだけど。でも弱い者いじめしないし強さひけらかさないし、面倒見いいし優しいし」
「……」
「なにより一緒にいて、びっくりすることも多いけどなんだかんだ楽しいんだよね! 自分とは全然違うからかな。友だちになれて本当に嬉し……なっあっごめん」

やべ、ぺらぺら話しすぎたか。神楽ちゃんが目を丸くしながら真顔でじっと私を見ている。いけないいけない、人様の家で騒がしくしちゃいけないってのに。
彼女はううんと首を横に振った。そして深刻そうに眉を寄せる。そのおかしな様子に問いかけようとしたところで。

「……神威はいい友だちを持ったな」

大皿を持って星海坊主さんが居間に入ってきた。きっ聞かれた。今更ながらとても恥ずかしい。ニカッと笑ってくれた彼は廊下の奥に向かって「神威! 飯だぞ!」と叫ぶ。しばらくして神威さんが眠そうに欠伸しながらやってきて、私の隣に座った。
ドンと目の前の机の上に大皿が置かれる。大量の回鍋肉に「多っ」とつい口から零れたのは無理もないよ。そして次々と山盛りな白米が運ばれる。さすがにこんな食べれない。

「はい両手を合わせてッ! いただきまァアアアア」
「肉ゥゥウ!」
「ヒッ」

星海坊主さんの言葉に慌てて両手を合わせた瞬間、目の前の大皿に三つの箸が伸びた。それぞれ回鍋肉を刺してかっさらっていく。早いわ! てか怖いわ! 空を切る音が聞こえたんですけど! この中に混ざるなんて死の覚悟が必要じゃないだろうか。
しかしせっかくだから食べたい。箸を伸ばすが高速で動く三つの箸に弾かれた。バリアーか! 食べさせる気さらさらない!

「どうした透里ちゃん取らないのか? 遠慮しなくていいんだよ」
「(すげえや食べながらさらに箸動かしながら話してるよ) と、取れません……」
「透里は食べないから弱いんだヨ。はい」

神威さんによってドドドと私の取り皿にまるで山のように肉が盛られていく。いや、ちょっと、神威さんの胃袋と一緒にしないでほしいんですけど。にしても神楽ちゃんも星海坊主さんも神威さんと同じ胃袋か……食費やばそうだな……。
もそもそ食べれば五分後にはキャベツしか大皿に残っていなかった。もはやキャベツが可哀想だよ。

「神楽ちゃんまで箸が止まってるぞ」

星海坊主さんの声に神楽ちゃんを見る。もう彼女はすでに二杯は食べているし、確かに何か思うような表情だけど今も箸は動いている。ちょっと星海坊主さんがなにを言ってるかわからないが、きっといつもよりかは食が進んでないんだろう。
「……やっぱりだめネ」ぽつり、神楽ちゃんがつぶやいた。

「このバカには近づかない方がいいアル!」

ぴっと箸で神威さんを差した彼女に目を瞬いた。隣の神威さんは気にもせずがつがつと米をかきこんでいる。

「今は外面を良く見せてるだけヨ。そして透里が逃げれないようにしてるネ。兄貴は戦闘狂いの化け物アル。いつか透里がぶん殴られても喧嘩に巻き込まれてもおかしくない。現に今日透里、コイツのせいで人質に取られたアル」
「か、神楽ちゃん」
「それにコイツは女なんてただの雌としか思ってないネ! 透里がいいように利用されて捨てられるのがオチアル。血も涙もない最低なやつヨ」
「神楽ちゃん!」

気づいたら叫んでいて、そして机を叩いて腰を上げていた。目を丸くした彼女に対し、私は自然と眼光が強くなったのがわかった。

「いくら妹さんでも友だちを悪く言うのは許さないよ」

神楽ちゃんの口から神威さんの悪いことを聞きたくなかった。なにより耳が痛かった。
しんと静まった部屋の中。あまりに気まずくなったため、私は鞄を取って立ち上がった。謝りと、お礼を言って居間を抜ける。

お邪魔しました、と神威さんちを出て通りに向かって足を出す。背後から足音が聞こえたと思い振り返れば、神威さんがついてきていたのでぎょっとした。彼は静かに横へ並ぶ。

「……ごめんなさい、お邪魔しといて」
「いいヨ、別に」
「……」
「……」
「な、なんで神威さんも言い返さないんですか。兄妹ケンカとかしないんですか?」

そりゃ他人がいる前でケンカもなにもないだろうとは思うけど。すでに神楽ちゃんに冷たく言っちゃったことを後悔しつつ、でもやっぱり聞き捨てならなかったと口を引き締める。

「まあ、あながち間違いでもなかったからさ」

しかし神威さんのその平然とした声に瞠目した。ゆっくり彼を見上げれば、案の定、無機質な笑みが貼りつけられている。ぞっとした。

「俺はいつお前の骨を折っても、犯しても、おかしくないんだよ」
「……」
「俺が透里と"友だち"でいるのは、単に透里のアホさが面白いからね。じゃなきゃ弱いやつとつるむわけがない」
「……」
「お前も、あまり俺を普通の友だちとして見ない方がいいんじゃない」

じゃ、行こうか。夜の暗闇の中を歩き始めた神威さんに対し、私は身体が地面に縫いつけられたように動かなかった。





次の日の放課後。ジャイ子たちと共に学校を出れば、門の所に神楽ちゃんが一人で立っていた。「銀魂高校の制服じゃね?」ジロジロ見るジャイ子たちに私の知り合いだと話し、彼女たちから離れて神楽ちゃんに近寄った。足取りは重い。

「神楽ちゃん」彼女の名前を呼ぶと、パッと顔をこちらに向けた。すぐに眉を下げた神楽ちゃんに、いい子でかわいいなと単純な感想が浮かぶ。

「もしかして私を待っててくれたの?」

頷いた彼女に、ここじゃなんだからと歩くよう促した。公園にでも行こうかなと思いながら進むと神楽ちゃんがぽつり「ごめんね」と零す。

「透里を怒らせたかったわけじゃないアル」
「うん、わかってるよ。私もごめん、カッとしちゃって」
「友だちを悪く言われたら怒るの当たり前ネ。……でも、本当に、透里が心配アルヨ」

ゆっくりゆっくり歩く私たちの影が道に伸びていく。横に並ぶ彼女の悲痛な面持ちが心を騒ぎ立てた。

「あのバカと話してるとことか、バカの話をしてる時とか、透里はホントに大切な友だちとして思ってるんだってわかって感動したヨ。今までアイツの周りにそんな女いなかったから。でも、だからこそ怖いネ。私、アイツに傷つけられた女何人も見てきたアル」
「そ、そんなに」
「喧嘩ばっかで、他にはなにもない。きっとこの先アイツの傍にいてくれる人なんていないネ。気づいた時にはひとりぼっちアル」
「……」
「頭ごちゃごちゃして難しいヨ、透里のためを思うと離れてほしいけど、でも、アイツには意外と透里みたいな子が必要……」
「……神楽ちゃんてやっぱり神威さんが好きなんだね」

瞬間汚物を見るような目を向けられた。咄嗟に謝りが出るほど怖かった。

「話聞いてたか!? 私は透里のことを考えてるアル!」
「や、うん、ありがとう、でも神威さんのことわかってなきゃそんなに言えないよ」

神楽ちゃんに彼を悪く言われた時、心の奥で納得した自分がいた。きっと私はいつか捨てられる。というか手放される。でもなんでだろうな、神威さんが私を殴るとか犯すとかそんなことは考えられないよ。だってあの人それ考えた次の瞬間には行動に移るような人なのに。

眼鏡の向こうで目を丸くして私を見る神楽ちゃんに、たははと笑う。こういうのポガティブっていうのかな。私、将来DVしてくる夫もなんだかんだ許しそうだ。うっ考えるだけで嫌だよ。

「お嬢さんたちどこ行くの? カラオケとかどう?」

ふと前に立ち塞がった男性二人。なっナンパだ! やっぱり神楽ちゃん可愛いから! しかし今は大事な話をしている。空気読めない男共だ。
「アァン? こっちは今忙しいネ。鏡見て出直してきな」軽くかわす神楽ちゃんにさすがだと羨望の視線を向けたところで、男の一人が奢るから! と神楽ちゃんの肩に腕を回す。

「確かに私はキュートだけど透里より可愛い子はそこらにいるアル! そっちに行きな!」
「ちょっと。……まあでも美人やすっごく可愛い子を狙うよりか慣れてなさそうな普通な子の方が流されやすいから狙うナンパもいるってジャイ子に聞いたよ」
「上等だテメーら私が流されやすいってか」
「いっいやいや可愛いって君たち! 君だって眼鏡取ったら絶対美人……」
「ンオオォ汚い手で触るなァア」

へらへらしながら男が神楽ちゃんの眼鏡を取ろうとしたが、彼女の頭突きが顎に炸裂した。げっと青冷める。「……っのアマ、人が下手に出りゃ調子に乗りやがって」やっぱり短気だったー! この町血気盛んな人多いよ!
はっと気づく。男の人らの後方。町の人の流れの中、紫色の番傘が見えた。西日が照らす中、そんな傘を差す人はもうあの人しかいない。
傘の中から覗いた神威さんの目は獰猛な獣のそれだった。このままじゃこの二人の男はやられる。理由はわからなくとも直感でそう思った。

神楽ちゃんの襟首を掴んだ男、動き始めた神威さん。警報を鳴らす頭を回転させ、意気込んで声を出した。できる限り暗く、不気味に。

「ふっふふふ」

急に笑い出した私に神楽ちゃんが「!?」と気味悪がったのがわかる。男もつられて私を見た。

「カラオケに連れて行ってくれるんですか? うっうふふ嬉しいです〜……でも男の方もう一人呼んでいただいていいですかぁ?」
「は? なに言っ……」
「ここにいる花子ちゃんも一緒に行きたいって言ってます〜。女三人に男二人じゃ割に合わないじゃないですかぁ……うふふふ」

そうして隣の誰もいない場所を差す。ピキリと場が凍ったのがわかった。内心冷や汗だくだくだよ。なにキャラだよ。
こいつ頭おかしいヤベェ、な顔をした男二人は言葉を発しないままさっさと去っていった。と、とりあえず厄介なことにならなくてよかった。
「神楽ちゃん大丈夫?」そちらに向けば、彼女は私から大分離れた場所に移動していた。

「うおい! 遠いよ!」
「花子ちゃんと仲良くね」
「嘘だよ! わざと!」

神楽ちゃんは私以上に冷や汗だらだらで顔を歪めていた。怖い話が苦手らしい。私一人でも危機回避できた良い手だと思ったんだけどな。ジュビ亜に教わったものだけど。次はジョニ美案の『逆に宗教に誘う』というものをやってみようか。
花子ちゃんはいないよ、というか私も見えないよ、と笑いながら神楽ちゃんに近寄ろうとしたが後ろから手首をガッと掴まれる。まさか花子ちゃ……!?

「ぎゃあああ!」
「そういえば意外と頭は良かったよネ」

あああ……あぁ……とエコーになりながら掴んでいる人物を見ると神威さんでした。ちらりと私の全身を見た神威さんは「俺が巻き込むとかどうとより透里は害虫が寄る性質なんじゃないの」笑えない冗談を言いつつ私の手を放す。そしてそのまま私に背を向けてどこかに行きそうだったため、今度は私が彼の手を掴んだ。

「神威さん、次は私の家に遊びに来てくださいね」
「……え?」
「神威さんは俺を普通の友だちと思うなって言いましたけど、普通でも普通じゃなくても友だちには変わりませんよ。神威さんは私の大切な友だち、です」

いつか知り合いになるかもしれない。いつか神威さんにとってただのそこら辺の女という扱いになるかもしれない。そうなったら私もすっぱり絶交しよう。それまでは常識外れの野蛮な喧嘩バカの番長に付き合ってやるんだ。
先ほどの神楽ちゃんと同じく蒼い目を丸くした神威さんは、しばらくして呆れたように口角を上げた。彼の腕を掴む私の手がすっと彼の手に取られる。

「……"友だち"の鎖は固いね」
「え?」

絆は強いとのことだろうか。いや、さすがに神威さんとの絆はさほどそこまでないってのはわかる。そういうのは阿伏兎さんとか云業さんたちの方が強いんだろう。そりゃ私もそれぐらい熱い友情を極めたいとは思うがやはり男と女の性別の壁は結構高くて……。

「透里、好きだよ」

静かに、心に溶け込むようにつぶやいた神威さんにどくりと心臓が跳ねる。
だっ、えっ、ちょ、このタイミングでまたそれですか。いつも以上に優しく見える表情に勘違いしそうになったが必死に己を抑える。改めて友だちだと認めてくれたんだ、きっと。よかった。

「私も好きです、神威さん」

照れ隠しにはにかみながら言葉を紡げば、神威さんは満足そうに口角を上げた。喧嘩を楽しんでるような笑顔とはまた違う表情。その様子にほっとしたのもつかの間、神威さんは爆弾を投下してくれちゃったのである。

「じゃあさ、今度の土曜、夜兎工に来てくれる?」
「はい?」
「透里に頼みたいことがあるんだ」

今さっきのなんか良い感じの空気はどこに行ったのか、神威さんは普段と変わらない様子でケロリとまた野蛮な巣窟に来いと言い放った。
出たよ逃げられないようにする小技! 上げて落とす! そもそも"じゃあ"の文脈おかしいよどこからきたんですか。
全力で首を横に振ったが、その顔をがしりと彼の両手で止められた。物凄い力だよ!

「俺のこと好きなんだろ? 聞いてくれるよネ」

えっ怖い。ぞっと凍った背筋をそのまま、神楽ちゃんに視線を向ける。同情どころか「だから言ったアル、ロクな男じゃねーってヨ」とバカを見るような目を向けられた。



修:141028

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