これまでのあらすじ。夜兎工の文化祭で番長の神威さんとひょんなことで知り合い、初めて男性の友だちができました。武闘大会、勉強会、一緒に合コン、銀行強盗、DVD鑑賞、ウチの文化祭……などなどいろんな出来事を通して友情を育んだ気がします。
神威さんはとにかく喧嘩が大好きで、事あるごとに暴力の考えに至ってます。暴力といっても弱い者をいじめるのではなく、強い者と闘いたい的な。強さを求める的な。正直野蛮すぎてその部分はついていけません。
工業高校だし喧嘩一筋だからなのか知らないけど、神威さんはちょっとずれています。デートといえばラブホとか闘技場、と平然と言ったのには驚きました。軽やかにセクハラ発言をかましてくるので精一杯スルーしています。
弱いものを助けるために拳をふるう、っていうのが嫌いみたいで、とにかく彼は本能のままに闘いをしたい喧嘩バカです。友だちが捕まっても助けになんて来ません。喧嘩したいがために来ます。
こうやってまとめるとなんだか暴力好きな極悪非道のように聞こえるけども、彼は優しいとこもあるんです。同志とか友だちとか、親しい人には面倒見のいい人じゃないかと思います。
そんな神威さんに、私はもしかしてだけど恋情の念を抱いたかもしれない、なんて、信じがたい話だ。
神威さんといる時はなぜか非日常的な場面に出くわすことが多いから、ドキドキするのも吊り橋効果かもしれないと思った。
そう、吊り橋効果だ。確かに神威さんは好きだし、一緒にいたいと思うけど! それはなんというか友だちとしてというか! 男友だちが初めてだし恋なんてしたことないしで勘違いしてるのかもしれない。きっとそう、絶対そう。
「透里、俺のこと好きなの?」
だからまるで私が神威さんに告白しているようなこの状況に内心冷や汗ものだった。
私が神威さんの彼女だと誤解していた夜兎工生三人と、私が神威さんのこと好きなのかと叫んだ神楽ちゃん、そしてそれを聞いて疑問にして口に出した神威さん、それぞれにじっと見られ私は今すぐこの場を逃げ出したい衝動にかられた。
全身が暑い。もう涼しくなっている季節だというのに汗が吹き出しそうだった。
楽しそうな顔で覗き込んでくる神威さんから視線をそらし、一歩退がる。しかし彼は逃がさないとばかり、また一歩近づいた。
「俺の子を産みたいの?」
「!? まったく考えたことないです!」
突然のぶっ飛んだ問いに肝が冷えた。そうだ神威さん常識なかったわ。好き=子ども産むとか考えてる人だったわ。
安堵と同時に頭を抱えたくなった。これじゃあ神威さんは恋愛感情とかわからないだろうな。
「そう」少し思案した様子を見せてから、神威さんはスッと手を伸ばしてきた。スムーズな動きに止める間もないまま、神威さんの右手の指が私の胸の間をとんと突く。
「じゃあ、俺のこと考えるとココが締めつけられるんだ?」
「……っえ」
「お前が言ってたよね、それが好きだって」
そ、そんなこと言ったような気がしないでもないような。
私たちから少し離れて神楽ちゃんや夜兎工生たちが見守っている。その目はなんとも数奇なものを見る目だった。
神威さんは私の胸の間から指を離すことなく続ける。セクハラとか言える雰囲気ではない。
「俺もちょっとわかったんだ。生殖行為以外のことでも異性を求めたくなるのが好きってことなんでしょ? 透里は俺と一緒にいたいって、求めてるよね」
「……!」
「これって好きってことなんじゃないの」
顔を近づけて低くつぶやいた神威さんに、私は目を見開いたまま逃れることができなかった。神威さんが触れている心臓が、ドクドクとけたたましく鳴っているのがわかる。これじゃあきっと神威さんにも伝わっているよ。鳴らないで、頼む。気づかれてたくない。
……えっなにに? 自分はなにに気づかれてほしくないのか。
顔中に熱が溜まった錯覚に陥った。神威さんが少しだけ目を丸くし、口を開く。なにか言葉を発せられる前に遮るように慌てて叫んだ。
「友だちもです!」
「は?」
「友だちに対しても好きって言葉は使うんです! 神威さんだって阿伏兎さんとか云業さんとかと一緒にいたいなあとか! 好きだなあとか! 思うでしょう!?」
「いや別に」
「私もジャイ子たちのこと好きだなあ一緒にいたいなあって思います! それです!」
ゼエハア息切れ。神威さんから二歩程後ろに離れ、どっどっとさらにうるさくなった心臓を抑える。神威さんは真顔で私を見ていた。本当に真顔だった。感情が読めない。
「ブハハいい友だちを持ったアルな」神楽ちゃんの声にそちらを向けば、酢昆布をくちゃくちゃ食べながら寛いでいた。隣には夜兎工生たちも正座で観戦している。見せ物じゃないんですけど。
「……へェ」地を這うような声にぎくりと固まる。再び神威さんに視線を戻すと、彼はにっこり笑っていた。
「じゃあ透里は俺が好きなんだ? 友だちとして」
「う、はい」
「ちゃんと言いなよ」
「エッ。……す、すっ、すきです、よ」
笑顔だが低くつぶやく神威さんに従うしかなかった。けれど声が裏返ってしまったよ。これじゃあ変に意識してると思われてしまう。そう、あの、友だちに面と向かって好きなんて普通言わないから緊張しちゃうよね! そういうことだよ!
「俺も好きだよ」
……。は?
思わず耳を疑った。神威さんって人に対して好きだとか思うの? 阿伏兎さんや云業さんに対して好きだとか思うでしょと訊いておきながら信じがたい気持ちでいっぱいになった。思わず顔を歪めた、はずなのに、ブワッとまた顔に熱が溜まる。
神威さんはなんとも面白そうに目を輝かせた。
「好き、好きだよ透里」
「は、はい、どうもです」
「好き。ねえ、透里、好きだよ」
「わっわっわかりましたから!」
「好き」
「もうやめてください……!」
友だちとしてだって。私の真似をしてだって。からかってるんだって。わかってるけど! わかってるんだけど! でも言われ慣れてないんだからやめてほしい。恥ずかしすぎて泣きそう。心臓が急激に寿命を縮めてる気がする。痛い、苦しい。
「キモい!!」
全力の声に先ほどとは違う意味で心臓が跳ねた。見ると神楽ちゃんがオエエエと吐き真似をして舌を見せている。
「キャラじゃねーことつぶやくんじゃねーアル! 今度は透里を弄ぶつもりアルか!」
「なにお前、まだいたの」
「透里離れるネ! 孕まされるヨ!」
「(やっぱりなんとなく似てるな……)」
高杉さんへの注意の時も同じこと神威さんに言われた気がする。戸惑いつつも私も心臓が保たないため離れようとしたが、先に神威さんに腕を掴まれた。でっ出た、逃げられないパターン。
「お前には関係ないよネ。さっさと家帰ってハゲの相手でもしな」
「関係あるネ! 透里は私の友だちアル!」
「エッ」
「透里がお前に構うわけないだろ」
「嫌々付き合ってもらってるバカ兄貴がなに言っても効かねーヨ!」
お面のような笑顔を貼り付けた神威さんと、歯をむいて威嚇した神楽ちゃんが睨み合いを始める。な、なんか取り合いされてる気分……いやいやそんなこと思っている場合ではない。
神楽ちゃんは私と友だちと言ってまで神威さんに近づいてほしくないらしい。お兄ちゃん大好きっ子なのかな。……だとしたら殺気が飛び交うような視線を向けないよな……。
「お前たち! 無事だったか!」
そこで響いた声。暗くなった辺り、懐中電灯を持って駆けてきた人に目を瞬かせる。第一印象はバーコードハゲだった。話の流れ的にこの二人のお父さんかと思った。
「パピー!」神楽ちゃんの声にぎょっとする。パピー……やっぱりお父さんなんだ。ていうかパピーって。
「げっセンコーだ! 行こうぜ!」
「番長失礼しやす!」
バタバタと夜兎工生たちがパピーさんとは逆方向に走っていく。呂薄さんは振り返って頭を下げてくれた。
「夜兎工生襲撃のヤツらはどうした!」
「もうボコッたけど」
「テメェェコラ神威ィイ! あれほどおとなしくしてろってお父さん言ったでしょうがァア」
パピーさんは神威さんを怒鳴ってすぐに倉庫へと入っていった。
「夜兎工生の人たちがセンコーって言ってましたけど、もしかしてお父さんって夜兎工の先生なんですか?」
「うん」
まじか! あの不良学校の先生……パワフルだな。しばらくしてパピーさんはケータイで誰かと電話しながら戻ってきた。
「中のヤツらは皆縛った。後は警察に任せよう」渋い顔して言ったパピーさんの言葉を、神威さんも神楽ちゃんも興味なさそうに聞き流していた。
当然というかなんというか、部外者な私にパピーさんが気づく。
「君は?」
「あ、私は広崎透里と言います。近くにある女子校の三年で……」
「おお、神楽ちゃんの友だちか」
「そうでもあるけど、バカ兄貴の友だちアル」
認めたくなさそうな声で神楽ちゃんはつぶやいた。それを聞くやいなやパピーさんの顔がくわっと驚愕に変わる。「あの神威の友だちだとう!?」お父さんにまでこう言われるってどうなの。
「ああ失礼。驚かせてしまったな。私はそこにいる宇宙一かわいい神楽ちゃんと手がかかる神威のお父さん兼夜兎工の教師、星海坊主です」
「(な、名前なのか)」
「君は本当に神威の友だちなのかい? 無理やりとかではなく? はっもしかしてセフ」
言葉が途切れたが途端に頭を前に下げた星海坊主さん。ちょうど彼の頭があった場所に神威さんの蹴りがブオンと通り過ぎる。チッ、と神威さんの舌打ちと目の前で起こった光景に声を出して驚く暇もなかった。
「ふむ、どうやら違うらしい」
「透里はそういう子には見えないネ。きっとこれから弄ばれるアル」
さ、散々な言われようだな神威さん。ちらと彼を伺う。否定もせずにただ平然と三つ編みの毛先を弄っていた。
「ふたりの友だちなら歓迎せざるをえないな! どうだ透里ちゃん! ウチに来ないか!」
「エッ」
「飼うの?」
「そういう発想するからいろいろ言われるんですよ神威さん」