mg | ナノ


「ハアアアァ!? あのバカ兄貴に女友だちィィイ!? プハーッギャハハ笑わせてくれるアルゥ! あの男に透里みたいな見るからにふっつーな女がついていけるはずないヨ! 世にも奇妙な物語ネ! タモさんがどぅるるる出てくるアル!」
「(すごい言われようだな)」
「えっもしかして普通の女じゃないアルか!? 乳首からビーム出るアルか!?」
「出ませんわ!」

今の笑った顔恐ろしかったな神楽ちゃん。人を小馬鹿にしたような笑いって久々に向けられたよ。しかしすぐに哀れみの視線を向けられる。

「透里、誤解してるヨ」
「えっ」
「アイツは女を物のように扱うネ。友だちと思ってるのは透里だけアル」

お、おっと……考えたくないことを突っ込んできたな神楽ちゃん……。神威さんは本当は私を友だちと思ってないんじゃ、なんてふとよぎることがある。あんなに強い神威さんだ、私みたいな弱いやつをからかって遊んでるだけじゃないかって、考えた時もあるよ。
でも、図書館で待っててくれた時とか勉強を教えた時とか、駄菓子屋に行った時とか一緒にDVDを見た時とか文化祭の時とか。とっても楽しかった。あれを友だちと言わずに他になんて言うのか、私は知らない。

「私だけ思ってたとしても、私にとっては大事な友だちです。誤解じゃないよ」

にっかり笑えば、神楽ちゃんはくりくりとした大きな目を瓶底メガネ越しに向けてきた。びっ美少女だ、メガネ取ったら絶対美少女だこの子。照れる。

「……ますますわからないネ……あのバカ兄貴とほんとに付き合えてるアルか」
「神楽ちゃんは神威さんが嫌いなの?」
「髪の毛むしりたくなるアルヨ」

年が近い兄妹は仲が悪かったりというのもよく聞くが、そんな感じなのだろうか。私としては仲良さそうなイメージだけどなあ、神威さんなんだかんだ優しいし。

とにもかくにも、ここにはやはり神威さんの弱みになりそうな存在を人質に取っているようだ。どうにかこうにか神威さんが来る前に逃げ出したいものだが。
それを神楽ちゃんに話すと「そうアルな、私も見たいドラマあるから帰りたいネ」と平然と返ってきた。神楽ちゃん見てたら恐怖感なんてわかないね。

「逃げるだなんてバカなこたァしねえ。ここで俺が一人でぶっ潰す」

呂薄さんのロープを割れた窓の破片で慎重に切れば、彼はそう言いながら立ち上がった。

「なに言ってるネ。相手何人いるか知ってるアルか。一人で戦い挑むなんてそれこそバカネ」
「黙れ。番長の妹だからといって女が男に指図するな」
「ボロボロなくせにどの口が潰すなんて言えるんですかアァン? お前のせいで私らまで逃げられなくなったら困るんだよォ!」
「知るかンなこたァ! お互い干渉なしでいいじゃねぇかァ!」

それもそうアルな、と神楽ちゃんは立ち上がる。「このデカブツがやりあってる時に逃げればいいネ」呆れたように腕を組んだ神楽ちゃんを見た直後、頭に血が上ったのかなんなのかわからないが呂薄さんは早速「ウオオォ!」と扉に向かって突進していった。

「えええ早い! せめて心の準備を!」
「バカはどうしようもないアルな。透里行くネ!」

真っ直ぐ出て行った呂薄さんを追いかけて私たちも小部屋を出る。ここは大きな倉庫のようで、木材や古びた機材に隠れながら出口を目指した。
「抜け出しやがった!」ゴッと肉があたるような鈍い音が聞こえ、私と神楽ちゃんは反射的に呂薄さんへと振り返る。
思ったよりも相手の男たちは人数が多く、呂薄さんは袋叩きにあっていた。血が地面に飛び散る。呻き声を上げて呂薄さんは殴り返そうとするが、多勢に敵わなかった。

「たっ」

助けなきゃ、そう私が走りを止めたと同時に、神楽ちゃんが一目散に走っていった。
「ホォォワチャアア!」スカートから伸びる赤いジャージ。神楽ちゃんの跳び蹴りが男に炸裂し、そして間髪入れず周りの数人の男も回し蹴りで沈ませる。その動きに感嘆した。か、神威さんに似てるなやっぱ。私も走り近寄る。

「なにしてやがんだ! 邪魔なんだよくそが!」
「ボコボコにやられてるヤツになに言われても聞こえないネ」
「うっせェ! 女になんざ手ェ借りてたまるか!」
「アァン?」

頭突きを食らわせた神楽ちゃんに、すげえこの女の子強い! と羨望の視線を向けた。さすが神威さんの妹と言うべきか。私もこれくらい強くなったら神威さんにもついていけるのかな、いや無理だな。
にしてもだ。騒ぎを聞きつけたのか、向こうからカツカツと大勢の靴音が聞こえる。このままじゃみんなやられてしまう。

「男も女も関係ないです」

懇願の気持ちで声を出した。血に汚れ、床に座り込んでる呂薄さんに視線を合わせるようにしゃがみこみ、意気を伝えるため眼光を強めた。

「呂薄さん一人に背負ってほしくないん、……だなあ」
「みつをか」
「行きましょう、ね」

彼の腕を掴んで立ち上がらせようとすれば、一拍置いて振り払われた。「弱ェお前がなに言ってやがんだ」睨みつけられ、うっと言葉につまる。確かに偉そうだったー……。

「あっれえなに勝手に抜け出してんのかなァ」

ぞろぞろといつの間にか男たちが集まってきていた。リーダーのような男が「もうすぐで君らの神威くんが来るだろうからおとなしく待ってなよォ」と癪に障るような笑顔を浮かべる。

「あ、あの、多分神威さんには人質とか意味ないと思いますよ」

おそるおそる手を低く挙げれば、みなさんの視線を頂戴した。怖い。

「そんなことしても神威さんは迷いませんし、むしろ人質が足手まといに」
「そうかなー。今の神威には効くと思うけど。君のためならおとなしくすると思わない?」

どこからくるんだその自信。神威さんがそんな人情持ってたら逆にびっくりだよ。
……私のために迷ってくれる彼を見たいけど、私のせいで傷ついてほしくない。なんだこの矛盾、恋か。恋のせいか! でもやっぱりもう、面倒だって、いらないって言われたくない。

「そ、そうですね。じゃあ私だけで充分だと思います。神楽ちゃんと呂薄さんは帰してください」
「俺としては神威がボコられるとこを仲が悪いって噂の妹に見られりゃ精神的苦痛になると思ってェ」
「プハハそりゃ見てみたいアルなァ!」
「(すげえなこの子) とっ、とにかく私だけでも使えますよ神威さんには!」
「あー? お前みてェなちんちくりんだけで本当にあの神威が言うこと聞くかよ」

先ほどいやに自信のあった男とは別に、信じられないといった様子でチャラ男が言った。あれ、あの顔どこかで見たことあるような。いや、それよりもだ。とりあえず神楽ちゃんと呂薄さんは必要ないということをアピールするためにも、えーと。

「……か、神威さんは私に弱いですから、私が甘えたらなんでも言うこと聞いてくれると思いますよ! 神威さん心底私のこと好きみたいで、えー……、大事にしたいって言ってるし!」
「あれ君ついさっき人質取っても神威は迷わないって言ってなかったっけ」
「私以外の人質は無駄ですよって話です」
「嘘っぺー」

嘘だからな。フ、と内心自分で嘲笑う。神威さんにはありえない話だ。ありえない話すぎて敵のみなさんも「この女ほんとに連れてきた価値あるのか……?」みたいな顔し始めてるよ。これなら隙を見て神楽ちゃん呂薄さんだけでなく私も簡単に逃げ出せるかもしれない。お前は用済みだ、的な。
振り返って神楽ちゃんと呂薄さんにドヤ顔で頷く。ここは私に任せて先に行け、後から追いつく。と死亡フラグのようなものを考えたが、神楽ちゃんには呆れたような視線をいただいた。エッ。

しかし気づく。神楽ちゃんは私を見ていない。私越しの男たち……いやむしろ男たちの向こうだろうか。つられて男たちに視線を戻し、そして男たちの後ろにいつの間にか紛れていた人物を認めて頭が真っ白になった。

「へー。俺って心底透里のこと好きで、大事にしたいって言ってるんだ」
「ギャアアア!」
「ウオワアアア!」

かっ神威さんだあああ! 神威さんが何故か男たちの集団に紛れ込んでんだけどほんと何故だよ! いつからいたよ! 明らかに今の私の嘘は聞いてたよ! 私死ぬよ! 「ちががががが」と工事現場のような音を出した私の声は神威さんに届いているのだろうか。
私と同様に驚いたがすぐにナイフを取り出した男たち。しかし弾丸を手で払う神威さんには効かないのだろう、彼はナイフを簡単に避けていた。

「チッ来やがったアルな」
「い、今のうちに逃げまっ」

男たちよりも正直神威さんから逃げたい気持ちで神楽ちゃんと呂薄さんを促したその時、ぐっと襟首を引かれた。次には頬にナイフを当てられる。

「はーい神威くん注目ゥ。動いたらこの子の可愛い顔に傷ついちゃうよ」

でっ出たー! お約束展開だ。だからこういうの神威さん嫌いなんだって。事実神威さんは一瞬止まったかと見せかけて、また周りの男たちに拳をふるっていた。ですよね。
私にナイフを当てる男が「オイ!」と慌てたように声を荒げる。

「聞いてんのかよ! マジでやんぞ!」
「別にいいヨ」

一人の男の蹴りをかわし、拳を打ち込む神威さんは気にもとめず言う。どくりと心臓が嫌な音を立てた気がした。
いや、わかってるんですって、神威さんが人質展開みたいなので喧嘩を邪魔されるのは嫌いってわかってる。一人で逃げるから、頼らないようにするから。
だから"いらない"なんて言葉を音にして出さないで。

「透里の顔に傷がついても、俺のものには変わりないからね」

しばらくはなにを言われたかわからずに、反芻して、やっと驚愕に目を瞠った。神威さんは気にせず愉しそうに暴れている。

拒否、されなかった。下唇を噛んで言い表せられない感情に耐える。ああもう、神威さんには振り回されてばっかりだ。

「でもやっぱり痛いのは嫌です」

ぽそりとつぶやけば、聞こえたのかわからないが動きまくる神威さんが小さく笑んだ気がした。
動揺した男の隙をつき、男の足に思いっきり踵で踏みつける。「痛っ!」離れた腕からしゃがんで避け、そのまま逃げ出した。

悶えながら私を掴もうとした男は、次の瞬間呂薄さんのラリアットで吹っ飛ばされる。驚く私に呂薄さんは「大丈夫か」とぶっきらぼうに零すのだった。




その後はいつも通り(というのも変な話だが)神威さんが暴れまくって男たちを倒していった。
「不良共の喧嘩は放っとくアル」と言う神楽ちゃんとボロボロな呂薄さんと共に倉庫の外に出る。
神威さん一人で大丈夫かな。そんなに心配はしてないけど。そわそわしながら待っていれば、遠くから「呂薄ー!」呼び声がした。見れば、ワゴン車に連れ去られる前に話していた親しげな夜兎工生二人である。

「大丈夫かよお前!」
「生きていたな!」
「バカめ、当たり前だ」
「彼女さんもご無事で! よかったっす! 連れ去られた時はマジどうしようかと!」

ブンブンと手を握ってきた夜兎工生にはははと苦笑いが洩れる。

「あなた方も殴られてませんでしたか? 大丈夫ですか?」
「人生の汚点っすけど彼女さんに心配されたなら名誉の負傷っす!」
「おいそれ日本語間違ってねえか! つかいつまで握ってんだお前!」

今の今までわりと緊迫した雰囲気だったためこの明るさにほっと息を吐く。と、隣にズゥンと呂薄さんが立った。影が顔にかかる。鼻血とか擦り傷とか多いからさらに恐怖を抱いて「ヒッ」と声が洩れた。

「おいいい加減にしろ呂薄! お前が彼女さんを気に喰わねえのはわかったが、なにも直接つっかかるこたァ……!」
「いや」
「?」
「アンタを誤解していた」

へっ。
呂薄さんが夜兎工生の手を振り叩き、放された私の手を大きな手でそっと握った。握手の形。

「番長の妹にも、アンタにも。借りを作ってしまったな。……アンタが番長の彼女なのも、悪くない」

本当に小さくだが微笑んだ呂薄さんに、なにが彼の心を変えたかわからないがとりあえず笑ってもらったということで私も不器用に笑い返す。
途端「ちょっちょっと待つアル!」と慌てたように神楽ちゃんが入ってきた。

「透里はあいつの彼女アルか!?」
「当たり前だろォが! 番長に一発入れて生き残った猛者は後にも先にも彼女さんしかいねェ!」

うわそれ私がめちゃくちゃ強いみたいな言い方! でもそれを言うなら一応高杉さんも生き残った猛者だけどな! 町で突然脱ぎだした人を見るような奇異の視線を向けてきた神楽ちゃんに「違う違う友だちです!」と声を出す。そして夜兎工生に向いた。

「ごめんなさい、私本当に神威さんの彼女でもなんでもないんです。た、ただの友だちなんです」
「え……彼女さんじゃないんすか……?」
「あいつとただの友だちってだけでも信じられないネ。無理強いさせられてるアルか? 私付きまとわないように言うヨ?」
「か、神楽ちゃんこそ誤解してるよ! ……私が、神威さんと一緒にいたいんです」

なんだこれ妹さんに言うの恥ずかしいな! 顔を背けながら言えば、神楽ちゃんだけでなく呂薄さんや夜兎工生たちも珍しいものを見るような目で私を見てきた。しばらくの沈黙、そろそろこっぱずかしさに耐えきれなくなってきた時に。

「透里、バカ兄貴のこと好きアルか!?」
「わっわっ! 神楽ちゃん声大き」
「え、透里俺のこと好きなの?」
「ギャアアア」

またかよ! もう不良の気配消す能力なんて嫌いだよほんと! 何度目かの悲鳴を上げさせた張本人の神威さんは私の背後からひょっこり現れ、少し汚れてるにも関わらずにっこりと楽しそうに笑った。
エッていうかこれ私いま告白しちゃったことになるの?










「もしもし、俺ェ。あー悪い、しくじったわ。次はどうする小袋くん」


140627

[ もどる ]



×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -