神威さんとは何回もご飯食べに行ったりしてるし二人でぷらぷら町を歩いたりしたことあるけど、こんなしっかりとお洒落して待ち合わせ時間に遅れないよう二十分前からいるのは初めてで。
そわそわとケータイをいじっていたり服を整えたりしていれば小袋さんが焦ったように来た。
「ごめん透里さん、待たせたかな」
「あっいえいえ私が早く来すぎちゃって」
わっデートっぽい! 神威さんは遅れてもまったく悪びれてないからな。一人興奮していれば小袋さんは「じゃあ行こうか」と通りを指差し歩き出した。隣に並べばスッと手のひらを取られる。ぎょっとしながらその手を引き剥がした。
エッ、なにやってんだ私。小袋さんが驚愕に目を丸くしながら私を見る。
「すっすみません、き、緊張して」
「……こっちこそごめんね。まだ早かったか」
冗談混じりに笑った彼は深く触れずに歩き出した。ほっと息をつく。神威さんとは普通に繋げたのに、なんか反射で振り払っちゃったよ……。まあ神威さんの手を振り払うなんてできないからな、力的に。そう、うん、手を繋ぐって早いよ! 心臓保たないし!
しばらく歩いて着いた先はオープンカフェだった。可愛い店員さんに案内された席、座った小袋さんの目の前に腰を下ろす。
「嬉しいな、こうして透里さんと話したかったんだ」
「え、あ、ありがとうございます。私も小袋さんと……」
メニューを開きながら小袋さんが静かに笑ったため、私もはにかみつつ素直に思ったことを言おうとしたが、それは最後まで出なかった。小袋さんの後ろ、少し離れた席に座っていた二人を見て驚く。
なんでジャイ子と神威さんが二人でいるのかな?
二人揃ってメニュー見ながらなにか話している。楽しそう、とは言うムードではないがびっくりだ。何故ジャイ子と神威さんが二人でカフェに入ってるのだ。いつの間にそんな仲良く。
呆然と口を広げていれば、不思議そうに首を傾げた小袋さんが後ろを振り向こうとした。慌ててメニューを指差す。
「こっこれっ美味しそうですね!」
「え? あ、ほんとだ。透里さんっぽいね」
「そうですかハハハ!」
くっそージャイ子と神威さんが気になって全然小袋さんに集中できないよ! だめだよ神威さん、確かにジャイ子はギャルっぽくて天然なとこあるけど横暴な態度とったり馬鹿力見せちゃだめだよ。ジャイ子もジャイ子で神威さんに失礼なこと言わないか心配だ。
ハラハラしながら小袋さんの肩越しに見守っていれば、少し首を動かした小袋さんと目が合った。
「注文、しようか」
「え、あ、はい」
落ち着け私、さすがにこんなおしゃれなカフェで神威さんは暴れないだろうしジャイ子も騒がないはず。私は小袋さんを楽しませなければ。優しく笑ってくれた小袋さんに笑い返し、ウエイトレスさんに手を挙げた。
「後ろの人たちは透里さんの友人かな?」注文して届いたドリンクに手をかけながら小袋さんは私に訊ねた。つまらなそうに毛先をいじる神威さんや爪をいじるジャイ子をちらちらと見ていた私はハッと彼に向く。や、やっぱりバレていたか。
「はい、そうです。ごめんなさい、気になっちゃってて」
「それはいいよ。気になるよね。……俺もあの三つ編みの男、気になるなァ」
ちらり、後ろを向いてすぐに私へと戻った小袋さんは「どういう人?」と目を細めた。ど、どういうって。野蛮な人ですよなんて言えないし。なんで神威さん気になるかな。
「えー、強くて優しい人ですかね」
「ふーん。仲良いんだね」
「……小袋さんもその人と友だちになりたいんですか?」
眉を寄せて訊いた私の言葉に目を丸くした彼は、すぐに「面白いことを言うなァ」と声を出して笑った。
そんな小袋さんの後ろではジャイ子が装飾された長い爪を神威さんの眼前に突き出してるものだからヒイイと青ざめる。無知って怖い!
そんな二人に気を取られていたため「なりたいわけねーだろ」と低くつぶやいた小袋さんの言葉は耳に入らず、テーブルの上に置いていた手に重ねられた感触でようやく小袋さんに向いたのである。
「俺が仲良くなりたいのは透里さんだよ」
「……え」
大きな手が私のそれを覆う。目の前でやんわりと微笑んだ小袋さんに、ぎょっとして顔を見つめれば。
ズコン! と手のスレスレにフォークが突き刺さったため目が飛び出た。
「うわっなんだ!? テーブルにフォークが……」慌てて私から手を離した小袋さん越しに奥を見れば、テーブルに顔を伏せて隠れるジャイ子とそっぽを向いている神威さんが目に入った。それでバレてないと思ってるのがなんか腹立つわー!
まともに話ができないとのことでカフェを出る。「ボーリングとかで遊ばない?」と楽しげに提案してくれた小袋さんに、いいですね! と笑って、そしてハッと後ろを向く。……神威さんとジャイ子はまだカフェから出ないようだ。しかし殺気らしいものが感じたような。
だめだよ神威さん、ジャイ子に手ぇ出したら私でも怒るからね。念じながら小袋さんの後をついていく。
「透里さんてなんか利用されやすそうだよね」「失礼ですね!」とアハハウフフ楽しく話しながらボーリングに向かっていれば、学ラン姿の不良たち数人が角から出てきた。繁華街て不良多いんだよな、と少し肩が強張る。神威さんたちで慣れてきたといっても怖いもんは怖いし。
まあ目を合わせなければ……と遠目を見れば、不良たちは私たちを見て「あぁ!?」と声を上げた。
「この人番長の彼女じゃねェか!?」
「マジだ! ちわッス!」
ええええちょっと頭下げられたんですけど小袋さんの前でやめてくださいよ! なに! 夜兎工の人らだったの!? 番長の彼女じゃないよ恥ずかしさと驚きで死にそうだよ!
「番長の彼女?」訝しげに眉を寄せた小袋さんにこれは違う違うんですと必死に手を横に振る。そんな私に構わず不良たちは小袋さんに気づいてメンチを切り始めた。
「誰だテメー。まさか番長の彼女に手ェ出してんじゃねーだろォなァ」
「いい度胸じゃねーか、その意味わかってんのかァ」
「それとも彼女さんが番長を騙してるとかッスかァ?」
「んなわけねーだろお前! それがマジだったらンな尻軽な女ただじゃすまねングワベアバァッ!」
ものすごい形相でこちらへと近寄ってきていた不良たちは、視界を高速で過ぎった物体と共に角へと逆戻りしていった。慌てて角に走り寄って様子を覗くとすでに不良たちがごろごろ地面に転がっている。な、なんだったんだ。
疑問符が浮かんだが、ハッとして後ろを振り返る。道行く人に紛れて大きな番傘が見えた。こんないい天気にそんな傘差す人なんて一人しか知らない。
「透里さん、番長ってなに? 彼女なの?」
「私のようにありふれた顔など大勢いますのでおそらく人違いでしょう」
すべてを悟ったような顔で私は再び歩を続けた。小袋さんが釈然としない顔でついてくる。
うわ、やばい神威さんがついてきてるよ。多分ジャイ子と二人で私と小袋さんのお出かけを尾行してる。なんでそうなるの。どうしてそうなったの。わけがわからないが、私は背中に大量の冷や汗をかきながらギクシャクと足を進めるしかなかった。
パンパンと汚れた服を払いながら神威は一つ息を吐いた。少し離れた透里の背中を見ながら傘を抱え直した彼に、ジャイ子は腕を組みながら口を尖らせる。
「もっと邪魔するかと思ったんすけどォ」
「邪魔? なんで」
明日のデート、気になりません? と神威に尾行を誘ったのはジャイ子だ。別にいいけど、と了承した彼ににんまりと笑ったジャイ子はやはり神威は透里のことが好きなのだと関心を持ったのだが。二人のデートを見ても乱入していかない神威に、つまんねーと舌を打つ。修羅場を起こせ修羅場を。
「いや、だってあんたイヤじゃないんですかぁ? いいんですか透里があの人と楽しそうにデートして」
「なに、ジャイ子は邪魔したいの」
「そーいうわけじゃ……。私は透里に彼氏できんの応援してるんでェ」
「友だちだから?」
「え? ま、まあ」
「そう。じゃあ俺も。一応友だちだからね」
にこにこと笑いながら指をゴキゴキ鳴らす神威に、ふうんとジャイ子は眉を上げる。意外と情に厚いとこあんじゃん、と感心した天然な彼女は彼を取り巻く殺気に気づいてないらしい。
ボーリング場では4レーン離れたレーンで豪速球を投げる神威さんに気を取られすぎた。ピンが空を舞ってこちらまで飛んできた時にはさすがに顔が青くなった。あんな力でボーリングを楽しむものじゃないよ。ジャイ子もすげーって興奮してないで止めようか。
ゲームセンターではまた神威さんが太鼓の鉄人を破壊するのではないかとハラハラした。新しくパンチゲームを気に入ったようで、一発の拳で機械を壊した彼には頭を抱えた。神威さんもうゲーセン来ない方がいいよ。ジャイ子もすげーって興奮してないで止めようか。
展望台では神威さんが窓に手をつけて下を見下ろしてるため割るんじゃないかとビクビクした。普通にジャイ子と遠くの景色を眺めながら話す彼には安堵と言い知れぬもやもやを抱いたのだけど。神威さんてやっぱりかっこいいからな、デートスポットにいるだけで絵になるよ。私とはこういうとこ来たことないけど、やっぱりいろんな女の子とはあるのかな。
っておーい! さっきから神威さんのことばっかだよ! だってなんか放っておけないんだもんな神威さんて! いや、違う。今は小袋さんといるんだから小袋さんのことを考えねば失礼に値する。
「あっちに美味しいクレープ屋があるらしいんだけど」と連れていってくれる小袋さんに内心両手を合わせながら付いていった。
大きなアーケードを歩きながら、ちらりと後ろに目をやる。傘を畳みながらジャイ子と話す神威さんが見えた。まだ付いてきてる。ずっと尾行するのかな、と苦笑いを浮かべつつ前を向いたその時、背後からつんざくような悲鳴がした。
咄嗟に振り返ると同時、目に映ったのは通行人に次々と突っ込んでいく一人の男。そいつの手にはナイフが握られている。「ぎゃああ」と断末魔を上げて倒れた人の肩は血が染みていた。
通り魔だ。いつの間にか冷静に状況を判別できる能力を身につけるなんて、神威さんと会う前の自分なら考えられないよ。
あの通り魔が暴れている所はちょうど神威さんたちがいた所だ。足がひとりでに動き出す。
「小袋さんは安全な場所に行っていてください!」
「えっちょっ透里さん!?」
逃げていく人垣をかき分けながら問題の中心部へ駆け込んでいく。奇声を発しながらナイフを振り回す通り魔がすぐそこに、と迫ったところで腕を強く引かれた。折れる折れるこの力強さは神威さんだな!
「刺されたいの?」
「(やはりな!) 神威さん! 大丈夫でしたか!」
「うん。ジャイ子も」
ギチギチと握りしめる手を放してもらい、神威さんが指した方向を見る。ギャアアアと叫びながらジャイ子が大衆に混ざって逃げていくのが見えた。そりゃ怖いよね、通り魔だもんね。
救急車と警察に電話している人の声が悲鳴に混じって聞こえる。助けが来るみたいだし、私たちも逃げようと神威さんの服の裾を掴んだところで、一人の男性が通り魔に掴みかかろうとしたのが見えた。
あっと思った次にはその人が刺され、ゆっくりと地に倒れていく。その光景はあの時と一致した。銀行強盗に神威さんが撃たれた、あの。
「だ、だめ」
死への恐怖がフラッシュバックされる。鳥肌がぶわりと立ち、膝が震えた。地面に染み込んだ血に吐き気がする。あの通り魔を放っといたらいろんな人が死ぬ、それはだめだ。
無我夢中で通り魔の前に出ようとした体。次の瞬間には桃色の三つ編みが眼前で揺れた。そして投げ渡される番傘。
「死ねェエんぐっがっ!」
尋常じゃない速さで前に飛び出た神威さんが振り回されるナイフを避けて通り魔の顎下にラリアットをかます。勢いと衝撃から通り魔はひっくり返って仰向けに地に沈んだ。
その一連の動作に逃げていた人たちが止まる。しん、と一気に静かになり、そして一拍置いてワッと歓声が上がった。相変わらずすごいなこの人は……!
割れるような声の中、通り魔の男は震える腕を伸ばしてナイフを取ろうと動いた。その腕を間髪入れずに神威さんが踏む。呻き声を上げる男を見下ろす神威さんの目がいやに怖かったため慌てて止めた。
「神威さん、後は他の人に任せましょう」
「うーん」
「警察来ますよ」
それは嫌だ、と神威さんは足を退けた。ガタイのいい人たちが通り魔を抑えつけるのを横目で見ながら私は神威さんの腕を引いて人混みに紛れる。「やるなあ兄ちゃん!」と好奇の目を向けてくる人たちから離れ、細い道に入って息を吐いた。
「神威さん、怪我は?」
「あるわけないヨ。それより透里、お前弱いのに飛び出そうとするのはなんなの」
「えっ」
「いい加減うんざりするんだよ。透里の命がいくつあっても足りないんだから」
「は、はい……。ごめんなさい」
「……俺の目の届かない所では、やめてね」
壁に寄りかかり、腕を組んでぽつりとつぶやいた神威さんに、静かに息を吐く。また心配をかけさせてしまったのだろうか、あの喧嘩第一な神威さんに。申し訳なさと同時に何故だかじわりと嬉しさで胸が痺れる。なに、不謹慎だな。
「……ありがとうございました。また、手を借りちゃって」
「透里のためじゃないよ」
「ふはは神威さんそれツンデレって言なんでもないです」
恐ろしく威圧的な眼力が送られてサッと目をそらした。なるほど、冗談を言うタイミングじゃないね。そりゃそうだ、またびっくりして震えてるもん。私は。
「まあでも、偽善者になるのもたまにはいいネ」神威さんの言葉に眉を寄せる。そらしていた視線を彼に戻せば、通りに目を流していた神威さんがこちらを向いた。笑ってない、けれどその目に厳しさはない。
「お前が笑ってくれるんでしょ?」
なんですかそれ、と理解する前におかしくなって笑みが洩れる。「透里が言ったことだろ」と笑顔で頭を鷲掴みされた。なっなんのことですかほんと! 急に怖くなるんだからこの人は!
「透里!」バタバタと駆け寄ってきたのはジャイ子だった。着くなり私の肩を揺さぶって「あんた今通り魔あったの知ってる!?」と興奮してるジャイ子に怪我はないらしい。
「ね、怖かったね通り魔」
「怖かったどころじゃねーよ! マジ死ぬかと……あれ、あんた小袋とかいう人は?」
「ハッ!」
忘れてた! 一気に青ざめた私にジャイ子が悟ったのか女子としてあるまじき顔を向けてくる。慌ててケータイを取り出し小袋さんに電話したが通話中だった。
頭を抱えていれば神威さんが「バイトの時間だ」と傘を開いて歩き出す。本当に自由奔放な人だな。ある意味感心しながらその背中を見送っていれば、ぴたり、止まった神威さんが顔だけこちらに振り返った。
「俺と会う時その服着てきたら破り捨てるよ」
「本気だったんですか……」
「じゃあね〜」
そして今度こそ去っていった神威さんに脱力する。似合うって言ったのは冗談だったんかい。結構嬉しかったんだけどな、とワンピをはたく。ふとジャイ子を見れば意味深な視線をいただいた。
「あんたさ、小袋さんとやらのどこが好きなわけ?」
なんて急な質問だ。呆気に取られたが、冗談で訊いてるようにも思えないため頭を悩ませる。小袋さんか……。
「えーと、男臭くないし野蛮じゃないし優しいし穏やかだしよく助けてくれるし」
「……それさ、全部神威さんじゃね」
「……。え、神威さん野蛮だし。喧嘩は大好きだし横暴だし人の話聞かないしズバズバ言うし無意識に優しいし一緒にいても飽きないし、いつも、助けて、くれる、けど」
語尾が小さくなっていく。
あれ。私、今日ずっと誰のこと考えてたっけ。小袋さんを誰と似てるって思いながら見ていたっけ。野蛮じゃなかったら付き合いたいと思ったその人は、誰だっ……え、と。
どくんどくんと心臓が早鐘を鳴らす。その音に急かされるように今まで私が見てきた神威さんが脳裏に浮かんできた。ニコニコないつもの顔も、愉快に乱闘している顔も、驚いた顔も何考えてるかわからない顔もほんの少しだけ柔らかく緩めた顔も、全部すぐに浮かぶのはなんでか。心臓が嬉しそうに音を立てるのはなんでか。
「え、私、神威さんのこと好きなの?」
口をぽかんと開きながら目の前のジャイ子に問いかけたが、答えは自分の中で出ていた。急激に熱くなっていく顔がその証拠とでも言うのか。
そんな、バカな、神威さんに……!? 頭を抱えながら地面を穴が空きそうなほど睨みつける。うそ、そんな、いつから……理解なんてできるわけないって!
ジャイ子が目の前で大口開けて笑うのをBGMに私はぐるぐると目を回すしかできなかった。
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