mg | ナノ


注文を聞く姿もトレーで料理を運ぶ姿も会計をする姿もかっこいいなあ、小袋さん。ちらちら盗み見しながら空いた席を片付ける。バイト先に好きな人ができたら、そりゃバイトたくさん入れたくなるよななんてちょっと恋する女の子の気持ちがわかった。
うん、毎日が色づいている。輝いている。けれど、恋は盲目なんて嘘のようで。

「(またいるよ……)」

喫茶店の向かいのコンビニの入り口で突っ立つ学ランを着た不良がこちらを見ている。窓を挟んで私を見ている気がする。自惚れるなと自分を叱咤したいものだが、だってあの不良知ってるし! たい焼き不良だし!
そう、先日(ステッカー押し売り事件の頃)たい焼き屋で私の前に並んでいた、ワインレッド色のシャツを着ていた学ランの眼帯不良が、ここ最近この店を外から凝視しているのだ。凝視ならまだいい。この間なんてバイト終わって外出たらそこにヤツが待ち伏せしていたから怖い。口が開いたと視認した瞬間 一目散に逃げたけれど。

やっぱり10円渡したことが気に障ったんだ……余計なまねすんじゃねェよって。恋どころじゃないよ、命狙われてるんじゃと気になって仕方ないよ。ちらり、テーブルを拭きながら窓の外を見る。
ガン見してきてるわー!
ナンパの次はストーカーだなんてついてない。ストーカーはまだ良い方か、不良はボコってくるだろうからな。なんて多大な偏見を抱きながらそそくさと奥に逃げる。
カランと入り口のベルが鳴り、もう忘れて真面目に仕事しようと「いらっしゃいませ」笑顔で向かった。

「うっおっ……お一人様ですか」

眼帯たい焼き不良さんご来店しちゃったんですけどー! なんでだよ泣きそうだよ殺しにきたってか! 引きつった私に構わず彼は小さく頷いて、隻眼で私を睨みつけてきた。わーははは……逃げたい。

二人席用の所に案内し、ご注文お決まりでしたらお呼び下さいと早口で告げて退散しようと踵を返せば「おい」と背中に届いた威圧感。ドドドドと圧されている。気がする。ゆっくり、振り返った。

「ヤクルトはねェのか」
「…………ないです」

ぴくりと片眉を動かした彼は黙ってメニューに視線を戻した。その眼光は変わらず鋭い。ハァと小さな息まで洩れていた。これは……ヤクルト買って来なければ殺されるというわけなのか。そうなのか。
ゴクリと生唾を飲み込み、座っている彼を見下ろせば気づいた彼が片目で睨みつけてきた。

「あ?」

あっこれ危ないパターンだ。「早く買ってこいよ」パターンだ。
すぐさま奥に戻り、これ以上ないってくらいの速さで駆け出し裏口から外に出る。近くにあった自販機でヤクルトを購入してまたダッシュで店に戻った。そして眼帯不良の前にヤクルトをそっと置く。この間きっと一分くらいだった。

「こ、これで許してください」
「……なんだよこれ」

まだ許さないとでもいうのか! ていうか私が何をした! 眉を寄せて睨んでくる不良に恐怖しか抱かない。隻眼なのになんて迫力だ。神威さんとはまた違う怖さがある。
もう相手になるのは無理だ、威圧感がもう。念仏を唱えながら慌ててその席から逃げる。厨房へ行くと小袋さんに捕まった。

「透里さん、四番席のお客様少し厳つい感じだけど……」
「し、心臓が張り裂けそうです」
「……俺が相手するよ。透里さんは他のお客様ね」

えっ庇ってくれた。なんていい人だ小袋さん。ますます株が上がる。「小袋くんみんなに優しいからなーみんなに」釘を打ってきた女性先輩の言葉に苦笑いが浮かんだ。

そうしてその日は小袋さんに任せて終わったが、次の日もまた眼帯不良は現れた。バイトが終わって帰路を行けば、後ろから堂々とついてくる不良。せめて隠れなよ! しかも距離がそんな離れてないからなんか私が不良を率いて歩いているみたいじゃんか!
もう怖いからいっそのこと話しかけてこないかな、と精神が削られた末に至った考え。げっそりしながら歩いていれば、ふと別のことが浮かんだ。そうだ、誰かに電話すれば眼帯不良も警戒していなくなるかも。

すぐさま立ち止まり、神威さんに電話をかける。『もしもーし』陽気に出た彼の声を聞くと安堵が生まれた。

「もしもし神威さん、透里ですけど」
『あ、うん、なに』

あ、うん? なんか様子変だなと思いながらも『特に用事はないんですけど話したくなって』通話を続けて後ろを振り返る。眼帯不良はいなくなっていた。あーよかった。

「神威だと?」
「ぎゃあああ!」
『あり、その声』

いたあああ! 眼帯不良が何故か前に回りこんでいたあああ! なにそのフェイント! 怖いよ! 神威さんといいこの人といい不良の考えてることってわかんないなほんと!
ビクビクと肩を跳ねながら口を金魚のように開閉する。そんな私をまじまじと見ながらもう一度彼は「その相手は神威か」言った。

『やっぱり高杉か。なんで透里と一緒にいるの』
「……フン、あの時廃ビルにいたのはそういうことか」
「……! ……!」
『もしもーし? おーい透里ー? そいつと話してると孕むから逃げなヨー』
「孕っ!?」
「ふざけんな」

あまりの驚愕に何も言えずにいると、こめかみ辺りに青筋を立てた眼帯不良……高杉さん、が、私からケータイを奪い取った。そしてブチッと通話を切られる。私にとっては人生の終幕の音に聞こえた。

「おい」
「はっはっ」
「笑ってんじゃねェよ」

笑ってないです空気しか洩れないんです。動転してる私の腕を掴んだ高杉さんに、ひいいと音が出ない口から嘆きがこぼれた。

「ついてきな」

ニッと口角を上げて笑ったのかもしれませんが私からしたらそれは悪魔の笑みとしか見えないしむしろ恐怖煽ってますし地獄に来いと言ってるようにしか聞こえないのでとてつもなく行きたくないんですけど掴まれてる腕がギチギチと悲鳴上げてるのでこれは神威さんパターンだと悟った私はついていくしかありませんよねー。




「……これ一つ」

ついてきた先はたい焼き屋だった。どんだけたい焼き好きなのさこの隻眼不良。逆らえないので仕方なしに一つ注文する。「110円です」の言葉に財布を開けば、隣に立っていた隻眼不良が先に腕を伸ばした。
お金置くトレイみたいなとこに、コロンと置かれた十円玉。

私もたい焼きの店員さんも目を丸くした。ちらりと高杉さんを見れば、ポケットに手を突っ込みながらそっぽを向いている。

ま、まさかこの人。

こみ上げてきたものを抑えながら百円を渡し、無事にたい焼きを引き取る。それを見届けた高杉さんは、まるでもう用はないとばかりに背を向けた。ここでもう笑いが堪えきれなくなったので、思う存分頬を緩ませてもらう。

「ま、待ってください、ふっく、あの、私お腹いっぱいなので、っく、半分食べませんか」
「……笑ってんじゃねェよ」

振り向いた高杉さんは至極真面目な顔でそうツッコミを入れてきた。いやでも笑いが止まらない。散々怖い怖いと思ってきたものだからこそだ。
あの時渡した十円玉のお礼ですか、ずっと同じことしたくてチャンスを窺っていたんですか。訊けないけれど、多分そうだ。あの時の私と同じように十円玉を置いた彼は、なんとも満足げに見えたから。

たい焼き屋のベンチに高杉さんと並んで座り、半分こしたたい焼きを彼に渡す。しばらくして受け取った高杉さんに、私はバカだなあと反省した。見た目不良だからって中身もそうだとは限らない人も多いんだって、神威さんと知り合って学んだのに。

食べ始めた高杉さんに倣い、私もたい焼きを口に含む。その時間はずっと無言だった。しかし恐怖や威圧は感じない。多分私の心に余裕ができてきたからだと思う。
高杉さんを見ると、左頬が動いていなかった。つい最近同じこと気づいたな、と思い返して「ああ」と合致した。確か神威さんも左頬でラーメン食べれていなかった。

「誰かに殴られたんですか」ここ、と自分の左頬をつついて訊く。不良と一般人を見極めるには、ご飯をちゃんと両頬で噛めているかを見るのがいいかもしれない。いや見た目でわかるか。
少しだけ横目に見てきた彼はすぐに前に視線を流した。

「ああ。神威にな」
「えっ神威さん!?」
「俺もヤツにやったが」
「あれ高杉さんがやったんですか!?」

なんて繋がりだよ! ていうかこの二人戦ったことあるの! すごい人らと知り合っちまったよ! 咄嗟にズザッと一人分のスペースを空けるように横にずれる。高杉さんはなにも気にせずにペロリとたい焼きを食べ終わった。私も食べねば。

「……なんでお前みてえなちんちくりんがあのアホと知り合いなんだよ」
「ち……あなたも神威さんと同じく一言余計属性ですね」
「あ?」
「すいませんごめんなさい友だちなんです」

怖いわーほんとこの眼光怖いわー。まだ笑顔の分だけ神威さんの方が優しそうだよ。笑ってるのに笑ってない時あるからそれもそれで怖いけど。
私の答えを聞いた彼は隻眼を少しだけ丸くした。そのあとクツクツと笑いながら「くだらねぇ」とつぶやくものだから、むっと眉を寄せる。

「あの喧嘩バカが本気で友情ごっこしてると思ってんのかよ。いつか喰われるぞ」
「な、そ、食われませんし友情ごっこじゃないです。ちゃんと友だちです」
「へェ。そりゃ失礼した。そう思いこむことも幸せだしなァ」

なっなんだこいつムカつくな! 今までの不良への恐怖はどこに行ったのか、怒りのボルテージが上がると恐怖心は下がるらしい。人を嘲るようなその笑みに、素直に腹立たしさしか抱かなかった。喧嘩バカの神威さんしか知らないくせに。友だちには優しい神威さんを知らないくせに。

「まァそれが本当なら、アイツは弱くなっていく一方だな」

つまらなさそうにつぶやいた高杉さんに、私はバッと立ち上がる。たい焼きを包んでいた紙をぐしゃりと握り、座っている彼を見下ろした。見上げてくる隻眼なんてもう怖くない。

「私ごときが影響で神威さんが弱くなるわけないです。もしそうだとしても、きっと神威さんは弱くなる前に私と絶交するでしょうから安心してください」
「……」
「ていうかあんた友だちいないでしょ! いないくせに知ったような口叩いてるんじゃないですよ!」

そうしてベンチの隣にあったゴミ箱にぺしーんと丸めた包み紙を振り下ろしたところで、ハッと気づく。……私、勢いに任せてとんでもない相手にとんでもないこと言ってしまった。で、でも友だちバカにされたらそりゃ言い返したくなるってもんで。
ごくりと生唾を飲み込めば、高杉さんの目に殺気が含まれ始めたように見えて肩が跳ねた。すっく、立ち上がった彼が今度は私を見下ろす。

うん、なんか、用事も終わったみたいですし帰ろう。一歩後ろに退がった瞬間、見下ろしてきていた高杉さんの隻眼が私の後ろに移った。
そして高杉さんは私の頭の横から出てきた腕からギリギリで避けたのである。
驚きながら振り返った先にいたのは、高杉さんに向けて拳を繰り出していた神威さんだった。

「神威さ」
「高杉ィイイ!」

歓喜の声を上げた彼は私の肩を掴んで後ろにほっぽると高杉さんと喧嘩を始めたものだから、地面に転けた私はえええと唖然とする。なに急に殴り合い始めてるんですかね、たい焼き屋並んでいた人散り散りに逃げていきましたけど!
神威さんの攻撃を寸でで避けながら反撃する高杉さんは、神威さんと同じくらい強いんだなあと感心したが、それどころじゃない。な、なるほど、この二人は引き合わせちゃいけない二人なんだ。ライバルってやつなのかな、ああもうわけわからないけどとりあえず止めなきゃ。でも止めるっていったって私があの中に入ってもサンドバッグになって終わりだろうし……あっ。

「やっ止めてください高杉さん! ヤクルト!」

喧嘩に夢中になっている二人に届くよう声を荒げれば、高杉さんは拳をピタリと止めた。気づいたように神威さんも動きを止める。
高杉さんが十円玉の恩を覚えていた律儀な人なら、この間私が貢いだヤクルトも覚えているかもしれない。その考えは当たっていたようで、高杉さんはやる気をなくしたように頭を掻いた。ほっと安堵の息をついたのも束の間、神威さんが高杉さんの襟首を掴む。

「ヤクルトだかなんだか知らないけど、俺の喧嘩は終わってないよ」

そうして笑う神威さんに、まずいと思って駆け出そうとした私の身体は、後ろから肩を掴まれたことによって動きを止めざるをえなかった。

「どうしたの透里さん、なんの騒ぎ」
「あっえっ、小袋さん」

不思議そうに見てくる彼にちょっと心臓が高鳴ったけれど、ええいそんな乙女になってる暇ないんだってばと小袋さんの腕を押す。こんなところにいるといつ喧嘩に巻き込まれるか知れない。慌てて小袋さんを遠ざけながらも神威さんたちの方を様子見て、そしてあれっと止まった。

神威さんの殺気が高杉さんではなくこちらに向いている。

「……気が変わった。透里、ご飯食べに行こう」
「えっ? あっはい、え」
「あの、透里さんその人たちは……」
「肉の名前のくせにひょろい男だネ。どこがかっこいいの」
「あー! すみません私の友だちが! 友だちがほんとにすみません! 友だちが!」

高杉さんの襟首を放した神威さんが機嫌悪そうに笑顔を向けてきたので私は急いで彼の傍に行って言葉を遮る。小袋さんに変な誤解されたら困るので神威さんと私は友だちだというのを連呼して、神威さんの腕を引きながらそれではと撤退させてもらうことにした。

呆気に見てきた小袋さん、なにが面白いのか悪どい笑みを携えていた高杉さん、そして虫の居所が悪い神威さんに私は頭を痛めたのだった。



140413

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