mg | ナノ


「じゃァァんけェェん」

ぽォォい!!と出された数多くの手。女子とは思えない野太い声が教室内を木霊する。この場にイケメンがいたらまた違っただろうが、ここは女子校。そんなこと気にする必要もないのだ。

「くそがァァ」
「透里の一人勝ちとかズルしたんとちゃいまっかァァ?」
「フハハ僻むな妬むな」

八人でじゃんけんして一人勝ち。周りのやっかみにフフンとどや顔をかます。
「透里ってほんとじゃんけん強いよねぇ、無駄に」最後に毒を吐いたのは、ジャイ子と同様に女友達のジュビ亜である。

確かにじゃんけんだけは何故かあまり負けたことがない。じゃんけんの決めごとには必ず勝って良い立ち位置にいることが多数だ。運が良いのかな、と手のひらを握る。

「で、透里は何を選ぶの?」
「私は」

クラス中の視線を一身に受けながら、あれがいいと指す。

現在、私たちの女子校はきたる学園祭のために準備のラストスパート中である。年に一回のメインイベント、男性の訪問客が多いこともあってかどの学年も気合いの入れ方が他の行事とまるで違う。
そんな私たちのクラスは、今回コスプレクレープ屋をやることになった。
服飾と料理を得意とした生徒が何故か多く集められたこのクラス、日々衣服と食物の論争が繰り広げられ、終いにはコスプレとクレープという合体した店として終戦した。
皆コスプレして接客したりクレープ作ったりしなければならないというのはなんとも濃いが、学園祭の醍醐味というか。私も楽しいというか。

そんな私が選んだのは、工業科が着そうなつなぎだ。

「色気な!!」
「透里ガチ!? 一番人気のセクシーメイド服いけよ!」
「私似合わないと思うし」
「確かにぃー」

確かにじゃねえよ。なんとも言い知れぬ気持ちを抱いた私をよそに、他のみんなは自分はこの衣服がいいなどと盛り上がり始めた。私の次に勝ったジュビ亜はシンデレラドレスをキープしながら「でも良いの?」と首を傾げた。

「私ならそのつなぎも可愛く着こなせるけど、透里じゃほんとに田舎くさくなるわよ?」
「前半いらないよ……。いいんだ、動きやすいの選んだの」

コスプレは店のルールとして学園祭期間中ずっとしなければならない。もちろん休憩中もだ。ドレスなど動きにくいものを選ぶのは、正直その後の本来の目的が達成できないだろうと。本来の目的とはずばり。

「カップルイベント出て優勝もぎ取るから!」

意気揚々と言えば、ジュビ亜の目が丸くなる。
そう、我が校学園祭名物カップルイベント、その名もカップルバトルロワイヤル。昨年までは他人事のように観戦していたが、今年は違う。なんてったって神威さんがいるんだ。私たちはカップルじゃないけど、そんなの審査員にはバレないだろう。そして副賞を絶対手に入れるんだ。

「透里に彼氏ができたってェェ!」
「うっそガチ!? ざけんな聞いてないんだけど!」
「えっちょっ違う違う!」

ジュビ亜が真っ青になりながら叫んだおかげで、ジャイ子たちが鬼気迫る勢いで詰め寄ってきた。誤解を解くのに疲労困憊したのは言うまでもない。

その後は彼女たちに急かされるまま、神威さんに電話をすることに。学園祭来てくれませんかと問えば、『行く行くー』と軽やかな返事がきた。

「よかった。あ、阿伏兎さんと云業さんも連れてきてくださいね」
『……なんで』
「え? ケンカでもしたんですか」
『してないけど』
「じゃあお願いします。ジャイ子たちが金づるにするから呼べって聞かなくて」
『ああ、そういうこと。わかった。じゃあ頑張って』

はい、じゃあまた。通話を切る。振り返って、衣装を着回しているジャイ子たちに指で丸を作った。「っしゃ、たかるぞー」と気合いを入れ始めた彼女たちを見て、私もよっしゃと笑みが浮かんだ。




そうして学園祭当日。昼頃になってようやく神威さんたちがやって来た。門まで迎えに行く。

「遅かったですね」
「おおネーちゃん。いやなァ、ここに入ろうとしてた周辺の不良共を潰し回っングフッ」
「いやー寝坊しちゃって。にしても透里、なんかの修理担当?」

私服姿といえど、神威さん阿伏兎さん云業さんが並ぶとなんとも威圧感が恐ろしい。そりゃそうだけど女子校に溶け込んでない。
いきなり阿伏兎さんの鳩尾に肘鉄を入れ、悶え苦しむ彼をシカトして神威さんは私の格好を指した。

「私たちの店、コスプレクレープ屋で。私はつなぎのコスプレを」
「ただでさえないのにクッソ色気ないネ」
「し、失礼な……はい、じゃあさっそくですがウチの店来てください! みんな待ってますよ」

いやあテンションが上がってしまう。さすが学園祭マジック。周りの和気あいあいとしたムードに当てられ、私もいつも以上に顔が綻ぶのを感じながら神威さんたちを手招いた。「わーいクレープ久しぶりー」にこやかに笑って神威さんは私の隣に並ぶ。後ろからげっそりした顔の阿伏兎さんと云業さんがついてきた。

「今年の学園祭のモチーフが中華で、各クラスどの店も少しは中華を取り入れてるんです」
「ヘェー」
「だからウチのクレープも小籠包味あるんですよー。おすすめです」
「えー、不味そう」
「不味くない」

店に着き、神威さんたちを中に入れるとすぐさま女子たちは彼らを囲いにかかった。中でも服飾班の神威さんを見る目がまるで獣のようで恐怖を抱く。

「すみません、衣装を! イケメンなあなたに着ていただきたい衣装が!」

どうやら服飾班のお眼鏡にかかったらしい。面倒だと断る神威さんは笑顔だが、笑っていないなあれ。そんな神威さんを見て、服飾班は「透里からも頼め」と射殺さんばかりの視線を送ってきた。頬をひきつらす。

「か、神威さん、その、少しでいいので着てみてくれませんか? 彼女たちの衣装クオリティ高いので、ほんとあの」
「うーん。クレープ奢ってくれる?」
「あ、それは無理っすわ」
「ちょっと透里! クレープぐらい奢るわウチらが!」
「やめた方がいいよ……」
「んー、いいヨ。着てくる」

神威さん大食いだからまず奢りなんて無理。それは曲げない。そう拒否ったが、神威さんは衣装を受け取ってカーテンの中に入っていった。喜ぶ服飾班に笑い、教室内を見回す。
案の定、阿伏兎さんと云業さんはジャイ子たちに捕まっていた。クラスの子もキャッキャと彼らの周りに寄る。意外と老け顔好きな女の子多いんだよなあ。

しばらくしてカーテンがシャッと開く。

中から出てきたのは、男性用の黒いチャイナ服に身を包んだ神威さんだった。

「わ、神威さん似合っ」
「キャアアア! ヤバアアア」
「超かっこいいんですけど! 一緒に写メ撮ってもらっていいですか!?」

さっきまで阿伏兎さんと云業さんに付きっきりだった女子たちが今度は神威さんになだれ込む。やはりイケメンが至高か。苦笑いを零し、少し離れて眺めることにした。
白い肌が黒いチャイナ服に映える。灰色のゆったりとしたズボンは裾が締まっているもの。うん、やっぱりよく似合う。

女の子に囲まれ、目を細めて笑っていた神威さんは手で彼女たちをかき分けると私の前に立った。ぎょっと驚く。

「透里、似合う?」
「に、似合います。かっけーっす」
「そう」

小首を傾げてやんわりと口角を上げた神威さんは、普段と違う格好も相まってかとても性的でした。まさか男にこんな感想を抱くなんて。顔が整っているってすごい武器だな。
目を泳がす私の顔を、神威さんはにっこりと覗き込んだ。

「クレープ食べさせて」
「あ、はい」

調理班に要望してたくさんクレープを作ってもらい、神威さん含めた三人方に出した。彼らに食べてもらっている間、私も働く時間なので体を動かす。大体が調理班の手伝いだ。意外とコスプレクレープ屋は繁盛している。

そうして数十分後、大量のクレープを頬張り終わった神威さんたちに、「私これから自由時間なんですが」と声をかけた。

「一緒に回りませんか? 面白い店いっぱいありますよー」
「あー、俺らはいいわ。番長たち行って来いよォ」

阿伏兎さんがひらひらと片手を振り、云業さんも腕を組んで頷いた。そんな、まるで日曜日のお父さんみたいなやる気のなさで。
「行こう、透里」立ち上がった神威さんはさっさと出入り口に向かっていく。慌てて阿伏兎さんたちに頭を軽く下げ、彼の背中を追った。

チャイナ服で歩く神威さんに、廊下ですれ違う人たちはみんな視線を向ける。格好が格好だし、神威さん大人しくしてたらかっこいいもんな。

「前は、回れなかったからね」

つぶやいた神威さんの声、周りの賑やかさから聞き漏らさないようにしようと彼に近づく。見下ろす横目と目が合った。

「前、って、武闘大会の」
「うん。あ、もぐら叩きゲームあるって。やろう」
「ダメですよ潰しますでしょ!」

そうして縁日やステーキ串、焼きそば、パイ投げなど飲食店を中心に店を回った。中庭の有志のダンスを見ながら、休憩として木陰で息をつく。ガジガジと広島焼きを食べる神威さんに、改めて向き直った。

「あのですね神威さん、協力してほしいことが」
「なに?」
「えーと、これ、カップルイベントに一緒に出てほしいんです。お願いします!」

学園祭のしおりに書かれているページを見せる。知力、体力、精神力を必要とされたイベント。神威さんはそのページを見ると箸が止まった。

「俺と透里まだ付き合ってないよね?」
「(前にも聞いたことあるな) 仮カップルとして出たいんです。どうしても優勝したくて」

優勝したら何かあるの? と首を傾げた彼に、ページのある一部を指した。
でかでかと「優勝賞品はネズミーランド入場券&ホテルスイートルーム一泊! 副賞として横浜中華街のミシュラン店食べ放題付き!」と書かれてある。とうとう神威さんの表情が驚愕を露わにした。

「……泊まりたいの?」
「エッ、いや違います。副賞ですよ。神威さんにあげたいんです」

今までのお礼として、だけど、それは伏せて。神威さんに協力してもらって手に入れるものをお礼とするのも妙な話だが、きっと神威さんは喜ぶんじゃないかなと。ご飯食べるの好きだし。
真顔で私の顔をしばらく見ていた彼は、「なんだかよくわからないけど」口を開いた。

「いいよ、暇だし」
「ほんとですか、頑張って中華食べ放題行きましょうね!」
「うん」

よかった、断られたらどうしようかと思った。安堵の息を吐いた私の隣で、ペロリと広島焼きを食べ終わった神威さん。丁度ダンスが終わったのか、中庭は歓声が沸いた。
その時、シャラリ、赤い輝きが目の前を通る。別次元な美しさに感嘆が洩れた。

真紅の中華風花嫁衣装をモチーフとした煌びやかな着物のドレス。どちらかというと花魁のようなその彩り、鮮やかさ。しかもあれを着ている人が、我が校が誇るミスNO.1の宝条院さんだ。美しいだけでは表現できない。うわあ、と口が開く。

「あれもコスプレ?」
「違いますよ、毎年ミスNO.1になった生徒が学園祭のモチーフ衣装を着る決まりなんです。お高いんですよー」
「へェ、歩きにくそうだネ」
「でも綺麗です、……すごいなあ」

目が離せないほどに輝いている。一度は着てみたいと少しばかり思ってしまうのは、女として仕方ないんじゃないかなと。気丈に歩く宝条院さんは、クールビューティとして有名だ。私もあれぐらい美人だったらまた違う世界が見えたんだろうな。

ぼんやりと彼女を眺めていれば、ダンスをしていたステージがまたワッと沸いた。じゃんけん大会をするらしい。じゃんけんか。

「神威さん、あれやりませんか! じゃんけん」
「興味ない」
「まあまあ、あれも賞品あるみたいですし」

困ったように笑む神威さんの腕を引き、ステージ前へと行く。空いている席の前に立ち、腕を出した。神威さんは最初から座ってまるでやる気がない。司会者のじゃーんけーんの声を合図に、ステージ前の大勢の人がそれぞれ手を出した。
そして数分後。

「確かに神威さんも力は強いかもしれません。が! 私も運は強いようですな」
「びっくりしたなァ。そういうこともあるんだネ」

じゃんけんの賞品である図書カードをひらひら揺らしながら廊下を歩く。さしてびっくりしてなさそうに神威さんは笑った。

「じゃんけんで勝ちたかったら私を呼んでくださいね」
「それで喧嘩が勝てるんだったら楽しくない」
「いや喧嘩のことじゃなくて。……あ」

いつものように他愛もない話をしながらコスプレクレープ屋に戻っていて、そういえばと気がついた。カップルイベントに申し込みしなければ。
「カップルイベント申し込んでくるので先戻っていてください」と神威さんに声をかけて足を出す。急いで受付に向かった。




無事に受付し終わり、コスプレクレープ屋に戻る。中には阿伏兎さんと云業さんが窓際でたそがれている以外、変わりなく運営していた。
が、神威さんがいない。なぜだ。今日は珍しく大人しくしてるかと思ったが、やはり落ち着いている神威さんじゃないんだな。

もー、どこだ。と教室を出て廊下を進む。
しばらく行くと案外早く黒いチャイナ服を見つけて、そして隣にいる人物に驚愕した。急いで駆け寄る。

「神威さん! なにナンパしてるんですか!」
「あ、透里いいところに」

神威さんの隣に並んでいたのは、中華風の花嫁衣装を身に纏う宝条院さんだった。廊下の真ん中で立ち止まる美男美女を、周りが少し離れて見守るその光景。正直私も声かけづらかった。

そ、それよりだ、時間を確認すればもうすぐでカップルイベント始まってしまう。そろそろ待機場所に行かなきゃと。言おうとしたが。

「なんでナンパってわかったの?」
「……え?」

不思議そうに首を傾げる神威さんの言葉に、声なんて出なかった。

「あのさ、さっき言ってたイベント、俺この人と出ることにしたから」
「……この人、って」

神威さんが指した人を見る。隣で宝条院さんが小さく笑んだ。

ちょ、ちょっと待ってください。だって、私が先に、一緒にやろうって言ったじゃないですか。なんで宝条院さん……確かに綺麗ですけど、まさか一目惚れしたとでも言うのか。
疑問が渦巻いて、またもや声にならない。神威さんは平然とした顔で私の顔を覗き込んだ。

「食べ放題はまた今度連れて行ってあげるよ」
「……」
「透里は教室で待ってな」
「いや、あの、なんで」
「うん?」
「どうして私じゃ」

うわ、だめだ、目が合わせられない。なんかいきなり、裏切られた感覚が。
いやいや、別に神威さんとは正式なカップルじゃないし、神威さんなら誰とペア組んでも優勝できるだろうし。それで私とじゃなくても食べ放題行ってもらって、神威さんが満足するなら別に……。

「透里と優勝しても意味がないから」

それが当然のようにはっきりと言った神威さんに、堪忍袋の緒が切れた音がした。



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