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「夜兎工三羽烏の阿伏兎!?」叫びながら触角の生えた人たちはバタバタと去っていった。あんなに人数いたのに、動きが素早い。震える足に視線を落として、一回膝を叩いた。

「ありがとうございます、阿伏兎さん。な、なんだったんでしょうね」
「今のは最近噂んなってる押し売りグループだ。ネーちゃんも売りつけられたんだろ? 断った腹いせに殴り犯されそうだったってかァ?」
「いやあ助かりました」

いまだに激しい心臓だが、無事とわかるに落ち着き始めた。結局また、助けられちゃうんだな。やはり自分ではなにもできず、へこむ。

「夜兎のモンも売りつけられたっつってたしなァ。ネーちゃんのも知れば、そろそろ番長も動くかね」
「動く?」
「押し売りグループを潰すってことだ」

潰すてなにをするかわからないが、大方また喧嘩とかだろう。野蛮だ、と顔を苦くするものの、それよりも私は言い知れないもやもやが渦巻く。気づいた阿伏兎さんが覗き込むように顔を傾けた。

「今の、神威さんには言わないでください」
「あァん? そりゃまたなんで」
「……し、知られたくなくて」

口をもごもごさせながら言えば、目の前の彼は顎髭を撫でた。

「なんで知られたくねぇのォ? 弱い自分を知られて見限られたくねえって?」
「えっ」
「図星か。確かに番長はお前さんのように何もできねえ弱ェ人間なんざ興味ねえからなァ」

わかっていたことだけど、やっぱりなと落ち込む自分がいて少しばかり悔しさが募った。私はきっと、いつか神威さんとは友だちじゃいられなくなる。でも、とりあえずそれまでは。

「それが大部分なんですけど……あと、神威さん優しいから」
「はっ、番長が優しい?」
「はい。その優しさにつけこみたくないっていうか。友だちでいたいので」

内緒ですよ! と言う私の目をしばらく見ていた阿伏兎さんは、わァかったよォと間延びした声を出した。
彼はこのあと云業さんちにカレーを食べに行くというので、私はここで別れることに。「気ィつけんだぞ」と言ってくれた阿伏兎さんに手を振り、しばらく歩いて息を吐いた。




「何だか混乱してますね」云業がカレーにスプーンを挿しながら言う。なにがと神威はガツガツ食べていた手を止めてテレビから視線を外した。

「いえ、複雑な表情で食べているもんで」
「俺さっき優しいって言われたんだ。ねェ、俺優しいのかな」
「……一般常識的に優しくはないかと」
「そうなんだ」

云業は今までの神威の数々の行動を思い出す。喧嘩での残虐な仕打ち、肉体関係を持つ女性への態度、などどの場面を思い出しても優しいから縁遠い。
もぐもぐと口を動かしながら神威は続ける。

「じゃあやっぱり透里はアホなんだ。どちらかといえば透里の方が優しいに入るんじゃないの? 俺からしたらクソ甘い偽善者としか思えないけど」

ただ、彼女だけには違うかもしれないと。云業はカレーを咀嚼しつつ思った。
いつの間にか自身の部屋に入られていて、それまでどんな会話があったのかわからないが、二人が至近距離でベッドの上に座っていたのだけは把握した。そこで云業はハッと気づく。

もしや「優しい」というのは! 珍しく番長が性行為を優しくしたということか!

云業の心を読んだのか知らないが、神威はグーパンを云業の顔にお見舞いした。

「最近、透里のことを考えると頭が痛いんだよネ」
「……は」
「なにもできないくせに面倒事に飛び込んでいくし、最初はびびってたくせに最近へらへらしてるし、男友達作ろうと合コン行くし、俺に頼りたくないとか言うし」

とうとう云業は話がわからなくなった。だが三羽烏の中で一番の常識人だと自負している云業は、神威の心境の変化にもしやと気づく。
あぐらをかいて座る神威は、カレーを食べていた手を少しばかり止めた。

「透里、俺に心を軽くされたとか言ってたんだ。軽いとか重いとかわからないけど、それで言うなら、今俺は」

途中で口を閉じた神威は、またカレーを飲み込むと「にしても久々に性欲湧いたな」と食事には似つかわしくない話題を始めた。云業は慣れている。

「透里の中ではセックスは友だちに結びつかないっぽいからヤらないけど、二人きりになるとどうもね」
「……」
「だからもっと早く帰ってきなよハゲ」
「すみません」

理不尽だ。転校しよう。云業が悟ったところで、部屋の扉が開いた。いまだに補習を受けている阿伏兎がようやっと到着したらしい。

「おかえり阿伏兎、カレーほとんど食べといたヨ」
「ハァア!? ふざけんなよこのすっとこどっこい!」
「落ち着け。お前の分は取ってある」
「さァすが云業ォ! ……あ、そうだ番長、例の押し売りグループ、夜兎工生を襲ったらしいぜ」
「あらら、とうとう夜兎工にまで手を出したんだ。うーん、ほっとこうかと思ったけど、そろそろ仕置きした方がいいかな」

空になったカレーの皿にスプーンを投げ置き、神威はンーッと腕を上に伸ばす。
云業と神威の間のローテーブル前に座った阿伏兎は、先ほどの透里のことを思い出し、ごほんと咳払いした。

「あー云業、聞いてくれよ」

リモコンを手に取りテレビに向き始めた神威に、阿伏兎は云業に向きながらも聞こえるように続ける。神威には言うなと彼女は言った。俺ァ云業に言ってんだ、と思いつつ阿伏兎は口を開く。
その話の内容に、神威は手が止まった。

「さっき透里のネーちゃんに会ったんだが、押し売りグループに捕まっててねェ。俺を見たグループのやつらはすぐ逃げたけどよ。ありゃあネーちゃんも怖かっただろうな」
「……」
「これがまた泣けんのはよォ、番長の優しさにつけこみたくねぇから言うなってよ。友だちでいてぇからこそっつってたが、あんな弱っちいのによく言うねェ」

夜兎工の番長である神威と、ただの弱い女子高生の透里がそもそも本当に友人関係になれているのか。それは神威を知る周りが皆思うことだが。

「透里ってほんと面倒だよネ。勘違いして空回ってばっかだし」神威はテレビを消すと立ち上がった。その顔の笑みには殺意がこめられている。阿伏兎と云業に悪寒が走った。

「でも一応ダチだからなァ。害を及ぼすやつらがいるなら、潰しちゃってもいいよね。明日までに押し売りグループのアジト捜しといて。俺のモンで遊ぶならその分の代価を払ってもらわなきゃ」

予想はしていたが、まさかこれほどとは。ごちそうさま〜と扉へと向かっていった神威に、阿伏兎は垂れた冷や汗を拭う。
ガツガツと急いで残ったカレーを食べ始めた云業を倣い、阿伏兎もカレーをよそって急いで食べ始めた。明日までにアジトを見つけなければ、八つ当たりを喰らうのはこちらだ。




今日はいやな天気だな。暗い曇り空だ。ぼんやりと考えながら、歩を速める。
放課後の今、母に頼まれた買い物のためにスーパーに向かっているが、少しお腹すいたため先にたい焼き屋に向かう。母に許可は得た。

街のたい焼き屋に着くと、数人の行列ができていて、最後尾には眼帯をして学ラン着ている不良が並んでいたが、一人だったし静かに並んでいたから私もその後ろにならんだ。
前の不良の順番になり、どれにするか悩んでいた私は味を決める。

と、前の彼の様子がおかしいことに気づいた。ポケットを探ったままの彼の肩越しにレジを見れば、表示されてる金額に置かれてる小銭の金額が足りなかった。
おっと、あと10円なのに……でもよくあるよくある。諦めるかと思ったが、彼はポケットをごそごそしたまま動かない。さすがに店員さんの目が厳しくなったところで、私はそっと財布から十円玉を取り出した。

「あの、落としましたよ」

控えめに声をかけて十円玉を差し出せば、振り返った眼帯の人は少しだけ隻眼を見開いた。受け取りそうもない様子に、私はおそるおそるレジに置く。店員さんはさっさと会計を始めた。

たい焼きをもらった眼帯の人は、次にレジで会計をしている私を黙ってガン見していたと思うと、しばらくしてどこかに去っていった。
こ、怖かった。一言も発さないところが怖かった。ワインレッド色のシャツが似合う不良だったな。

たい焼きをもらい、店の外に置いてあるベンチに座り食べ始める。うん、美味しい。
ぺろりと食べ終わって、さあと意気込む。さっさと帰って、久々に神威さんに電話しようかな。用はないけど、今までの無視を詫びて。
そして前を見て吹き出した。

前の通りを神威さん阿伏兎さん云業さんが通っていったからだ。

街を颯爽と過ぎていった彼らが向かったのは、廃ビルや工場が多い方である。また、喧嘩でもするのだろうか。
しばらく放心しながら背中を見て、覚悟を決めて立ち上がる。ちょっとついていって、やばいと思ったら帰っ……いや待て、また首突っ込んだらいつもと同じじゃん。今度こそ嫌がられるに決まってるじゃん。
座り直す。大人しく帰ろう。また後日電話すればいいし。




なんて思っていたのに何故私は家におらず、触角が生えた厳つい人に引き連れられているのか。
「おいさっさと歩け!」背中を蹴られ、前へとつんのめる。あの後、昨日ステッカーを売りにきてた触角の不良集団に出会って捕まった。そして神威さんたちが歩いていった方向へと連れて行かれる。ああもう、どうしてこういうことになるかな。

神威さんと鉢会う前にどうにか逃げなきゃ、とタイミングを見計らっていれば、目的の場所に着いたのか立ち止まった。いかにも不良が好きそうな廃ビルを見上げる。屋上の方から声が聞こえるな。

「おい、まさかもう神威のやつ来てるんじゃ……!」
「やべえ、加勢しに行くぞ!」

そしてウオオと全員廃ビルに入っていった。私を置いて。
……武闘大会の時も思ったけど、案外不良さんたちっておバカな人多いよな。なんて頬をひきつらせながらも踵を返す。神威さんが来る前に逃げなければ。

「ひっ!」

後ろにいたのは別の集団だった。反射で悲鳴が洩れたが、真ん中に立つ人が先ほど前に会った眼帯の不良さんだったため口を閉じる。

「こんな所でなにしてんスか。アンタも押し売りグループの仲間っスか?」
「え、いや」
「こいつは違うだろう。行くぞ」

眼帯さんには先ほどまでいなかった仲間が後ろにいた。紅一点の金髪の女の子に睨まれたが、眼帯さんが私を通り越してビルに向かうと、四人の仲間も後についていく。
ぽかんとしていたが、ハッと気づいた時には彼らはすでにビルの中に入っていった。こ、このビル内でなにが起きているというのだろうか。

とうとう不穏な空気が渦巻く。やっぱり帰った方がいいか、でも心配だし神威さんに連絡いれた方がいいか、警察に報せた方がいいか、乗り込むか。
と数分悩んでいれば、ビルから誰か出てきた。
桃がかった朱色の三つ編みの彼を見とめて駆け寄る。安堵の息は、次には驚愕に変わった。

「かっかむっ神威さん!」
「あり、透里。なんでここに……」
「ち、血! 血!」

神威さんの頬には血が流れていた。白い肌に映える紅。あわてて鞄を探ったが、見事にハンカチタオルがない。女子力低い。
仕方なしに制服の袖を伸ばして抑えようとすれば、その手を取られた。

「汚れるヨ。俺の血じゃないから」
「そう、ですか」
「で、なにしてるの」

放された腕。神威さんの血じゃなかったか、よかった。よかったが、やっぱり喧嘩した相手の血なのか。複雑である。
阿伏兎さんと云業さんは私たちを通り過ぎ、早々に歩き出した。二人ともかすり傷もない。

「なんでしょう、私にもさっぱり……瞬間移動能力でも獲得したんですかね、あはは」
「ふうん」
「……」
「拉致られたんだ?」
「そう、とも言うかもしれません」
「透里って覆しようもないアホだネ」
「(だんだんとグレードアップしてるよアホさが) か、神威さんに会わないようにしようと思ったんですけど」

髪をいじりつつたははと笑う。多分笑えてない。私もしかしたら、神威さんと友だちという時点でいろんな不良たちにいいカモだと狙われるのではないか。
私がもし不良だったら、相手の友だちで弱そうなヤツいたらそっち狙う。勝てそうだもん。なんて言えばまた自惚れてるって言われるかな。自惚れっていうか驕りというか思い上がってるというか。そうだ、こんな下らないこと考えるのもおかしいよね。不良だって正々堂々と闘うだろうし。

ぎょっと思考を止める。眼前に神威さんの顔が迫っていたからだ。

「なにを考えてるの?」
「え?」
「その顔、心が軽いとかわけわかんないこと言ってた時とは全然違うネ」
「そりゃあ、だって」

私は男が怖いんですよ。野蛮だし力は強いしなに考えてるかわからないし。神威さんといるとそんなヤツらに巻き込まれるかもしれない。そして私が頼ることによって、神威さんにもっと危険が襲うかもしれない。それってすごい怖いことじゃないですか。

と、いう旨は言葉にならなかった。まん丸な蒼い目が、さも何にも気にしてないようだったから。私がこうも真剣に心配していることも、彼にとってはご飯のメニューよりも気にかからないことなのだろう。

そう思ったら、なんだか呆れがかった笑みが洩れた。

「あ、そうだ。俺がまた軽くしてあげるヨ」
「へ?」
「よっ」
「ウワアア!」

えっちょ、なんで抱え上げられたかな。なんでこのタイミングで持ち上げちゃったかな。そのまま神威さんは阿伏兎さんたちを追うように歩き出した。
重力はなにも変わらないし、軽くなったかなんてそんなことないと思うが、視界の下になった神威さんの顔がいつもの飄々とした笑みとは違うから口をつぐむ。
しばらくしてから、小さくつぶやいた。

「神威さん、私のせいで傷つく前に、友だちやめてくださいね」
「言われなくても飽きたら手放すよ」

神威さんはもしかしたら、利用されているとかそういうこと考えない人なのかもしれない。ただ単純に、自分がしたいがために拳をふるうと。
そうだ、神威さんは私のこともなにも考えずに振り回す人だ。嫌になったら、邪魔になったら自分から拒絶する、そういう人だ。武闘大会の時もそうだったじゃんか。
私は今の、はちゃめちゃな日々を楽しんどこう。

「それより透里。今度俺の呼び出しに応じなかったら、潰しちゃうぞ?」
「う、うぃっす」



140213

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