「頼ってばっかで自分じゃなにもできない友だちぃ?」
「うん、どう思う?」
「うざぁーい」
ですよねー。ストローの中を通ってきたジュースを、ごくり、喉に入れる。
日曜日の午前中。ただいまジャイ子とガールズトーク中である。午後からバイトだからそれまで話付き合って! と引きずり出され、今の今まで散々と惚気話を聞かされた。どうやらつい最近彼氏ができたみたいで。バイトの先輩に告られたみたいで。
そんなこんなでジャイ子のバイト時間に近づいたため、私は話の締めとして一つの話題を出してみた。冒頭の通りです。もちろん私のことです。
うん、そうだよね。うざいよね。つまり神威さんも私と友だちでいることが嫌になる可能性が高いってことだ。
私は先日から、神威さんに対し思うことがある。頼りすぎじゃないかということだ。利用してるみたいというか。神威さんなら助けてくれるって、心の底で思っちゃってる。
神威さんは普段から喧嘩ばかりだ、怪我をすることも多いだろう。けれど番長というだけあって強い。そんじょそこらの奴ならきっと敵じゃない、けど、またこの間のように力だけじゃない奴らが出てきたら。
しかもそれが、私のせいで、神威さんが傷つくことになるなら。
「いるんだよねぇ、自分は手を汚さずに周りになんでもやってもらうってヤツ! そんなヤツとはダチになりたくないわー」
「……」
「人を家来だとか部下だとかと思ってんじゃねーよ、みたいな」
「おっ思ってないよ!」
あわてて出した声に気づいた時は遅く、ジャイ子は目を丸くしてぽかんと口を開いた。
「お、思わないんじゃないかなーと思うなー」無様にもほどがあるごまかしをし、目を泳がせる。ちょっと天然ボケがかってるジャイ子は「感情移入しすぎー」と笑った。騙されやすい人である。
そろそろジャイ子のバイトの時間のためお別れし、私はとぼとぼと帰路についた。賑やかな町が今の私には少し辛い。
もう神威さんに頼るのはやめよう。神威さんと友だちじゃなくなるのは嫌だし、なにより私のせいで危ない目に遭ってほしくない。
むしろ頼られるようになろう。「透里と友だちになって良かったなあ」と言わせるぐらいになろう! うわっ言わないな。
なんて気合いを入れてある通りに差し掛かると、向こうから歩いてくる夜兎工の学ランを着た人らと目が合った。えっこっちに近づいてくるんですけど怖い。
「うっす彼女さん」
「へ?」
「番長ならツ○ヤにいるっす」
話しかけられたことにも驚いたが、内容にも驚いた。神威さん? ツ○ヤ?
引きつった頬をそのままに、とりあえず「あ、ありがとうございます……」とお礼をつぶやく。語尾は徐々に消えたけども。
「っす!」笑んで頭を下げた夜兎工生二人。い、厳つい顔してるからか笑顔すら凶悪に見えるけど、つられて私も笑った。苦笑いだ。
歩き出しても背中に痛いほど視線を感じるので、おずおずとツ○ヤに入店した。特に用はない。
自動ドアの陰に隠れ、夜兎工生が去っていくのを確認し、ほっと息をついた。さあ、神威さんに見つかる前に私も出――。
「あり、透里。最近よく会うネ」
「……ソウデスネ」
不可抗力ですけどね。見つかったよ、見つかっちまったよ。
振り返ればそこにヤツはいた。DVD貸し出し用のバッグを提げ、そこに立っていたのはもちろん神威さんだった。「かくれんぼでもしてるの?」問いに頬をひきつらせながらそんなもんですと返す。
「そうだ、一緒に見ようよDVD」
「えっ、いや、今日はちょっと」
「大丈夫、AVじゃないヨ」
「聞いてませんけど」
「なんか最近透里俺のこと避けてる?」
この人勘が鋭いよねほんと! と動揺を悟らせず、首を横に勢いよく振った。
そうなんです。避けてるんです。神威さんからの連絡が来てもフルシカトしているし、街で夜兎工生が見えたらとりあえず道変えてるし、今だって彼に会う前に去りたかった。
だって、神威さんといれば事件というか、いざこざが必ずあるんだもの。そのたび頼りたくなっちゃうんだもの。私が力ないばっかりに。あー!
「避けてないならいいよネ。行こう」
「あっあっでも男の人の部屋に女一人で行くのはなんか」
「へー透里でもそういう危機感持つんだ。まあ自惚れないでさ、行こう」
いつかのように腕を取られ、いつかのように締め付けられる。その痛さに何度目かの泣きたい気持ちとなった。
やってきた古ぼけた小さなアパート。ここが家なのかな、と扉の横に張られた表札を見れば、「云業」と書かれてあった。云業さんちなのか。
聞くと、ここは夜兎工が提供しているアパートで、ここに住んでいるのは全員夜兎工生らしい。わあ……怖い……帰りたい……。
神威さんもこのアパートの部屋を借りているのかと思ったが、家は別にあるらしく。神威さんの家どんなのかな。○○組みたいに大きな屋敷に連れていかれるのでは、と心配していただけに、云業さんちで安心というかなんというか。
「云業さんも一緒に観るんですか?」
「俺んち無理だしね」
「そっか、よかった」
「どういう意味?」
いえ、特に。すぐさま無表情を装い回避する。相変わらずの笑顔で大して興味もなさそうな神威さんは、深追いせず目の前の扉をノックし始めた。
「云業ー、いるんだろー」
しーん。いない。にも関わらず、神威さんは鍵を取り出すと扉を開けて早々に部屋へと上がった。合鍵。怖い、不法侵入だ。なんて指摘ができるはずもなく、神威さんは我が物顔で部屋を進むと我が物顔でテレビにDVDをセットし始めた。
云業さんの部屋綺麗だな、家庭的だな、なんて思いながら居間の入り口から動けない。神威さんはセットし終わると、ベッドに座って私を手招いた。は、歯向かえない。
「神威さんが大人しくDVD観るって、なんだか意外でした」
「"最後の侍"だよ、最後のお侍さんがどんなやつか気になるじゃん」
「侍が好きなんですか?」
「戦ってみたい」
笑顔できっぱりと言った彼に、そうだよなそっちだよな、と思いながら彼と一人分空間を空けて私も座った。画面に視線を向けるとちょうど映画が始まった。
最後の侍というのは、時代が変わる中最後まで武士道を持ち続けて戦って生きた者たちのことで、私は終始ハラハラして観ていた。戦闘シーンで血が噴き出したり断末魔が響いたりとにかくグロかったり、目を覆いたくなるようなものばかりだったけれど、案の定というか神威さんは楽しそうに観ていた。
映画が終わって立ち上がった神威さんは冷蔵庫に向かい、中から水を取り出した。同じくもう一本ペットボトルを取り出した彼が投げ渡してくれたので慌てて受け取った。
「で、なんで避けてるの?」
「ま、まだ言ってるんですか、だから避けてないですってば。いろいろ忙しくて」
「ふうん、教えてくれないんだ」
「言う道理がありませ」
そこで声が途絶えたのは、神威さんがこちらへまっすぐ向かってきて、しまいにゃ私を後ろへ押し倒したからだ。脳内に「!?」が浮かぶ浮かぶ。ベッドに縫い付けられ、動揺する私の上に体重をそのままのしかかってきた神威さん。手からペットボトルがベッド下に落ちた。
「かむっかむっ」
「別に噛まないヨ」
「ちがっ神威さっなにっ」
「気になるから。その様子じゃ俺の連絡シカトしてたのにも理由あるんだろ。教えないとコショコショしちゃうヨー」
「ゲフッ! それくすぐりじゃな痛ッ!」
力加減間違ってますよ! コショコショと称して指圧をかけてきた神威さんに、逃げたいが全身で覆い被さられてきてるため身動きすらできない。くすぐったいのじゃなくて、痛みで涙が滲んだ頃に私の頭の隣に彼もベッドに頭をつけた。
「言う気になった?」
「……いえ」
ぜぇはぁ息切れしながら顔を背ける。近いよ、整った顔が近い。すると、足が急に重くなった。見れば神威さんの足が乗ってる。そして次には首を彼の腕で絞められた。
「ギブギブギブ!」
「気になるなァ」
「神威さんに頼りたくなかったんです!」
パッと放される。し、死ぬかと思った。泣きそう。神威さんの蒼眼が促すように覗きこんできた。
「私、ずっと頼りっぱなしだから、もう嫌でですね」
「ああ、あのカップルの男が言ってたこと気にしてるの?」
『いつもいつも頼ってきやがって! 男をなんだと思ってんだよ、便利屋じゃねぇんだぞ!』まさかその言葉を神威さんが聞いていたとは。呆けた私に、彼は小さく口角を上げる。
「確かに俺は結果的にあんたを助けることが多いネ」
「……」
「だけどそれはあんたのためじゃないよ」
「え?」
「透里は弱いからすぐ死ぬでしょ。今はまだ透里で遊びたいから、死なれたらつまらないんだよね。だから、俺のため」
「透里最近自惚れすぎじゃない?」寝たまま問うた彼に、私は起き上がる。そして神威さんの額に手を当てた。おかしいな、熱はない。なんでこんならしくないこと言うんだろう。
なに、と額に当てた私の手を取った彼も起き上がった。
私、神威さんのこと誤解してたかもしれない。自惚れていてもいい、まるで気にすんなと言ってもらってるように聞こえた。
「神威さんは、優しいんですね」
「……やさしい? 俺が?」
「うん、はい。一気に心が軽くなりましたもん、うへへ」
「心? 心臓の重さは変わらないヨ」
フフフハハハハと笑えば「バカにしてる?」と頭を鷲掴みにされた。黙った。
すると、扉が開いて云業さんが顔を出す。どうやら漢検を受けに行っていたらしい。漢検て。
云業さんが帰りにカレーの材料を買ってきたらしく、カレーを一緒に食べるかと誘われたが丁重にお断りした。そろそろおいとましようかな。
二人に挨拶を交わし、部屋を出てそのまま夜兎工アパートも出た。振り返って、少しアパートを眺めてから帰路へと足を出す。
うん、そうなんだよな。神威さん意外と優しいんだよな。本人は多分気づいてないのかもしれないけど。私、どうしてあんなにすごい人と友だちなのか。
ふと下に向けて歩いていた視界に足が映った。見上げる。いつの間にかずらりと知らない男の人たちに囲まれていた。
……額に触角が生えてなさる……。オシャレなのだろうか。
「いま君、あそこのアパートから出てきたよね。夜兎工に知り合いいんの?」
「え、はあ、まあ」
「ふうん。じゃあこのステッカー買おうか」
えっこの人会話する気あるのかな。なんで夜兎工に知り合いいたらステッカー買う流れになるの。私服姿の男の軍団に囲まれ恐怖が沸くが、それ以上にツッコミ所満載で目が点になった。
そんな私に構わず、リーダー的人物がステッカーを懐から取り出す。極甘と書かれたデザインのそれ。ダサッ。
「知り合い料金でそうだな、五万」
「ごまっ……!」
「みんな買ってんだよ。買って鞄とかに貼り付けたらもう勧誘しないからさ。ほら、買えよ」
「え、いや、でも」
また面倒なことに巻き込まれたな。銀行強盗を体験した今そんなに恐怖はないけれど、力がない私は必死に今の状態を回避するため脳内を回す。しかし次の彼の言葉で止まった。
「買わないとただでさえ残念な顔がもっと残念になっちゃうけどなァ。金ねぇなら今会ってきた夜兎工生に頼んでもいいぜ」
今会ってきた夜兎工生、つまり神威さんに頼れと。そ、そんなのだめだ。神威さんには。
ひどい汗をかいている手を握り、生唾を飲んで意志を固めた。
「た、頼めません、し、買えません」
「ハァ? いいの? 俺ら女にも容赦しねぇよ」
「お、お金ないので……失礼しまーす」
ダッと勢いよくダッシュを切り出したが、大人数の仲間の一人が私に足をかけて見事転ばされた。ズザアアとコンクリートを滑ったのは久々である。涙の数だけ強くなれるとか嘘じゃないかと思うほど痛い。
「ハイハイ決定ェエエ。殴り犯しまーす!」
ウエーイと笑いが混じった声を上げた周りの触角生えた人たち。本格的に身体が冷えてくる。周りを見渡しても誰もいない。人気の少ない通りらしい。これはやばい。まじでやばい。
浮かんだ三つ編みの彼を思い出し、すぐに頭を振って消す。いやいやだめだめ頼るな! なんて葛藤していれば腕を掴まれ、周りを囲まれながら強引に歩き出された。どこかさらに人気のない所につれてかれてひどいことされるのか。
ああどうしよう、逃げるにもこんなに人数いるんじゃまず無理だ。どうしよう。
恐怖に染まるたびに神威さんが浮かぶ。だから、それは、だめなんだって。
ヒュッと飲み込む息がかすれ、声すら出なくなり始めたところで。
「お前さんら、その子に手ぇ出して殺されてもオジサンは知らんよォ」
のらりくらりと、神威さんとはまた違う声色が辺りに響いた。
半目でやる気なさそうな顔で道を塞ぐように立っていたのは、明らかに高校生ではない顔の阿伏兎さんだった。