町の外れにある駄菓子屋に向けて通りをぶらぶら。今日は曇ってるなあ、なんて空を見上げる。気温は温かいけれど、日差しが入らないと気分もなんだか上がらない。
ふと前を見ると、見知った顔が歩いているのが見えた。その手には今日は傘を持っていないようで、さらにいつも一緒にいるイメージの阿伏兎さんも云業さんもいなかった。
「神威さんっ」
声をかけながら近づく。気付いたように彼は私を見て、丸い目を細めた。
「やあ透里。相変わらず暇そうだネ」
「第一声がそれってなんですか……あれ、神威さん今日は学ランの中ワイシャツなんですね」
「ああ、血が付いたから。ワイシャツ嫌いなんだけど、代えがこれしかなかったみたいでさ」
ものすごくさらりとすごいこと言い放った彼に頬が引きつる。わ、私は改めてすごい人と友だちになったんだなあ。
神威さんと知り合ってから何日か経った。不良校である夜兎工の番長に臆せず話しかける、なんて知り合う前の私からしたら考えることもなかった事態である。これだけでも私の一生の武勇伝であり、自分が自分ですごいと思うよ。成長したなと。
男に慣れた、なんてそんな大層なことは言えないけど、私は神威さんとは順調に友好関係を築けているんじゃないかなって。
思うんだよね、なんてニヤニヤ笑っていれば「なんか楽しそうだネ」と神威さんは首を傾げた。
「この後どこか行くの?」
「あ、はい。駄菓子屋に」
「ダガシヤ?」
「お菓子がいっぱい売ってる所ですよ。従兄弟に買おうと思って」
「ふーん。俺も行こうかな」
興味なさそうにつぶやいたくせに来るのか。驚愕に顔を歪める。
神威さんと友だちになってわかったのは、本当に興味ないことは動きたがらないということと、意外に優しいことだ。駄菓子屋と喧嘩大好きっ子な神威さんなんてまったく想像できないのにどうしたんだ神威さん。
「だ、駄菓子屋に番長クラスの人はいませんよ? いるのはおばあちゃんぐらいで」
「駄菓子屋はお菓子を買うところじゃないの?」
「そうですよ!?」
「うん、そうなんでしょ」
こ、これは、わかっているのか。駄菓子屋は喧嘩をする所じゃないってわかっててついてくるのか。
出会った頃からだが、相変わらず神威さんの思考が読めなくて口をパクパクと言い悩んでいれば「そんなにお腹すいたなら早く行こうか」と言われたので閉じた。
歩き出した神威さんに倣って隣に並ぶ。進行方向を教えつつ、戸惑いがちに彼を見上げた。
「か、神威さんもお菓子買うんですか?」
「んーどうだろ。今さっきご飯食べたばかりだし」
「……買わないのについてくるんですか?」
「透里が行くって言うから」
意味深な言葉に捉えてしまい、顔がかっと熱くなった。あわてて神威さんとは逆を向き、頬に手を当てる。
お、落ち着け。これが友だちってもんだよ。私だって用もないのによくジャイ子の買い物付き合うもん。ただそれを神威さんがするなんて意外だな。私だから? ……なっなんてそんな馬鹿な! 違う違う、神威さんも友だちが初めてらしいからね、きっと何でも付いていくのが友だちとかって思ってるんだよね!
は、と気づく。そういえば、この間もこんな感じで図書館に付き合ってもらったな。その時は勉強を教えろっていう見返りを求められ……まさか。
「……神威さん、もしかしてこの後なにか用事を私に付き合わそうとしてません?」
「あり、よくわかったネ」
「まっまた夜兎工に行くのは嫌ですよ!」
「俺はそれでもいいけど。ご飯でも一緒にどうかと思って。収入が入ったからサ」
「収入? バイトでもしてるんですか?」
「まァそんな感じ」
どんなバイトなのか、教えてくれないというのは知られたくないということだろうか。触れられてほしくないことにズケズケ突っ込む勇気はないので特に聞かず、「バイトかー」と息を洩らす。
私もしようかな。最近服とかマンガ買いすぎてお金なくなってきたし。
「透里はしてないの?」
「はい。やりたいなーとは思うんですけどね、喫茶店とか!」
「ああ、お帰りなさいませってやつデショ?」
「喫茶店はみんながみんな帰りを迎えるわけじゃありません……」
「でも透里にああいう邪魔くさい衣装は似合わないと思うな」
「わっかりませんよ、指名率一番になるかもしれません」
「指名制なの?」
「……どうなんでしょう」
一回飲食店でバイトはしたことがあるけど、メイド喫茶は行ったこともないからなあ。指名制じゃないかも。あくまでメイドさんがいる喫茶店だしね。ホストクラブと混ざったかな。ホストクラブも行ったことないけど。
「指名制なら俺が買うから心配しないでいいヨ」
「あはは、なんだかオヤジくさいですよ神威さん」
「それで誰にも指名されないようにして、一生最下位にしてあげる」
「お、オヤジくさいなんて嘘ですよ」
よく考えればオヤジくさいなんてよく言えたな私よ、車のタイヤを一蹴りで沈没させる人に。私も沈没されてもおかしくなかった。命は大切にしよう。
自分を戒めていればいつの間にか駄菓子屋に着いた。早々「ボロいネ」と神威さんがつぶやくもんだから苦笑い。やっぱり合わないなあ駄菓子屋と神威さん。
たくさんのお菓子に囲まれた店内、懐かしいものばかりで目を輝かし一気に近づく。べっこう飴に棒きなこ飴、あんこ玉にハムカツだって。子ども用の指輪もラムネももちろんある。
こんなに心躍らせるお菓子だ、従兄弟のためだけでなく自分にも買って行こうかな。
そういえば、と振り返る。神威さんを見ればタマゴボーロや綿菓子を持っていた。
「美味しいですよねぇそれ」
「そうなの?」
「駄菓子買ったことないんですか?」
「あまり腹に満たないだろ」
「確かに……でも美味しいですよ! お腹は満足しなくても、舌が満足するならそれはそれで良くないですか?」
「良くない。俺は美味しいものを腹いっぱい食べたいヨ」
「はあ……神威さんを満足させるには骨が折れそうですね」
「そうだね、透里頑張って」
「私は作りませんよ!? 美味しくないし!」
「腰が折れないように鍛えなよ」
「なんの話ですか……?」
キッチンの高さが合わないとかの話だろうか。疑問符を脳内にたくさん浮かべていれば、神威さんはねこ瓶の中のグミを勝手に取って勝手に食べた。
エッ何してるんだこの人、エッ。目の前で起きた一瞬の出来事に一拍遅れてからぎゃあと悲鳴を上げる。
「だめですよ食べちゃ! まだお金払ってないんですから!」
「試食じゃないの?」
「違いますよ! これは量り売りといって、この袋に入れて……」
「えー面倒くさいなー。全部買えばいいんじゃない」
「駄菓子屋の醍醐味がなくなっちゃいます!」
「なにそれ」
確かに神威さんに駄菓子屋の醍醐味を説明してもまったくの無意味な気がする。それこそのれんに腕押し神威に説明、なんちて。なかなか良い諺を作ったな、なんて自画自賛してる間に神威さんは両手にいっぱいいろんな駄菓子を掴んでいた。
「それ全部買うんですか?」
「透里のオススメのお菓子とかあるの」
「え、あ、これとか」
二人でいろいろ選びつつ、奥に座っているおばあちゃんの所に行く。会計をしてる間にも神威さんはさっそく棒きなこ飴を食べていた。お腹すいてないとか言ってたけど、いくら喧嘩大好きっ子といえどもやはりお菓子は別腹なのかな。
「おめぇさんらみたいな若いアベックは最近来ないからねぇ、微笑ましいねぇ」おばあちゃんは袋に入れながらそう笑みを零した。
アベック、懐かしい響き。じゃなくて、か、彼氏彼女だと思われたのだろうか。神威さんを見る。まるで興味なさそうに今度は綿菓子へと手を伸ばしていた。
「最近はでぇぶいなんてのも多いって聞くけど、おめぇさんらは大丈夫なのかい?」
「でぇぶい? ……DVのことかな」
DVは恐ろしい。まさに野蛮中の野蛮である。暴力に愛を込めても痛いものは痛いし。か、神威さんは強いからな、DV始めたらきっと彼女べっこんべっこんになっちゃうよ。
「大丈夫だよばあさん、女を痛めつけて愉しむ趣味はない」
ハムカツをかじり切りながら言った神威さんをまじまじと見る。まじか、そんな趣味ないのか。いや、そうだよね、いくら力が強いと言ってもそれをひけらかすようなまねは神威さん嫌いそうだもんね。なんだかんだ彼女を大事にするんだろうか、……そこまで考えて少しだけ心が重くなった気がした。
マシュマロを頬張りながら丸い目をこちらに向けた神威さんに、反射的に笑う。なぜか息苦しくなった胸を抑えながらゆっくり呼吸をした。
「あ、俺の分の袋はいらないや。ポケットに入れてくヨ」
「でも結構買ってましたよね……ってほとんど食べましたね!」
会計し終わった駄菓子を学ランのズボンのポケットに詰め込んだ神威さんは、行こうかと早々に店の外に足を向けた。
私もおばあちゃんから駄菓子を入れてくれた袋を貰い、彼女に頭を下げて神威さんを追う……前に、忘れ物に気づいた。それを取って先に店を出た彼に続く。
「神威さん、これあげます」
「なにそれ」
「ドロップスですよ、甘くて美味しいんですよー」
「飴は好きじゃないんだけどな、腹の足しにもならないし」
「舌が幸せになりますって!」
「うーん……じゃあ、それ舐めながらだったら、俺とキスしてくれる?」
「嫌ですよ何故そうなった」
「そう、残念。せっかく透里のためにレモン味にしてあげようと思ったのに」
ポケットはすでに駄菓子で埋まっていたため、神威さんには珍しくワイシャツの胸ポケットにドロップスを入れる。うん、缶の大きさもぴったりだ。学ランで見えにくいし大丈夫だね。
神威さんが飴をモゴモゴ舐めてるとこ想像したら案外可愛いなあ、なんて考えていて普通にスルーしたけど、うん、また問題発言されたような……。いや、もう触れまい。とりあえず、私はファーストキスもまだと思われてるのか。その通りだけども。
「じゃ、行こうか。今度は透里が俺に付き合ってくれるんだよね」
「へ、変な所には行きませんよ」
「変な所って? 映画館とか?」
「なんで神威さんの中の変な所に映画館が入ってるのか……」
もしかしてお金を払ってまで映像観てじっとしてるなんて理解できないヨ、とでも言うのかな。でも神威さんデートとか知らないみたいだからな……雰囲気作りになるんですよ、と教えておくべきなのか。
なんて考えに耽っていれば、手に温かい感触。ぎょっとして振り払おうとしたのにもちろん力では敵わなかった。また指先から熱くなっていく。
「だっだから、なんでまた手ぇ繋ぐんですか……っ」
「デートだし」
「で、デートっていうのは恋人同士ので、友だちとは違くて、そもそも異性と手を繋ぐのはいくら友だちでもあまりやっちゃいけなくて……!」
「アハハ、透里って見るも無残にアホだよネ」
エッ。なんかアホがパワーアップしてる気がするんですけど。そして神威さん手を放す気がまったくないんですけど。
愕然とする私の手を握りつつ歩を進める神威さんに、私は手汗かきませんようにと必死こいてついていくしかなかった。