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「まーたあんたは面倒なこと起こしちゃってよぉ!」小言で迎え入れた阿伏兎さんと、ダウンした原見さんを何も言わず受け取った云業さん。神威さんを入れて三人でこの居酒屋ちっくな店で飲んでたらしい。なにを飲んでたかは見ないふりをした。まあ外見からしてまったく未成年じゃないよね彼ら。

「俺らはまだ飲んでますけど、番長はあっちに行くんですね」
「うん、なにかあったら連絡するから」

私もなにかあったら(主に神威さんのことで)云業さんに助けを求めたいよ。なんて切なさを抱いていれば、神威さんが楽しそうに「じゃあ合コン行こうか」と向かっていった。あわてて追いかける。だ、大丈夫かな原見さん。いきなり殴っちゃだめだということを神威さんに教えたいが逆に私がうるさいよと怒られる気がする。……すみません原見さん。
にしてもどうやって合コンに混ざるとするのか。

「原見が急用できたみたいで、俺が代わりに参加することになったんだ。よろしく」

一気に静まった席をものともせずに和やかに笑った神威さん。あっ、当たり障りない! 神威さんて意外にも上手いことやるよね! 常識ないのにずる賢いみたいな!

「あれ、夜兎工の」
「わーっ! 出汁巻き玉子あるじゃん! おいしそー!」

ジャイ子がいらんこと言い出しそうだったので慌てて遮り席についた。動揺してる男の人たちを尻目に神威さんは普通に私の隣に座った。ちなみに先ほどまで私の隣だった軽美さんはきゃぴ子ちゃんの所にいた。
そんな軽美さんは訝しみの様子でどこかに電話をかけていた。大方原見さんへだろう。安心せい、同じ店内にいますから。気絶してるけど。

「あ、ジャイ子だ。久々」
「えっ私のこと覚えてるんですかぁ!?」
「え〜いいなぁジャイ子。ちょっと透里、あたしも紹介してよ〜」

神威さんが来たことで女子の目がこちらに向いてしまったのかな! きゃぴ子ちゃんまで目を丸くしながら神威さんをガン見している。そ、そっか、神威さん美形だもんな、黙って動かなかったら。玉子焼きを口に含みながら彼の顔をちらりと覗き見る。
思いっきり目があった。というか神威さんの顔がこちら向いてた。にこ、笑んだ神威さんにつられて笑む。うう、やっぱり綺麗な顔だ。
照れを隠すようにそばにあったウーロン茶をごきゅごきゅとたっぷり飲んだ。




神威さんが登場しても、彼もあまり話さなかったため、すぐにまた男女同士で話し出した。私と神威さん以外。まあ私たちなんか場違いっぽいもんなあ、男苦手人間と喧嘩大好き人間だもん。

でもなんか楽しいよね!!

神威さんも無心でご飯いっぱい食べてるし、私も私でなんかみんな楽しそうで楽しいし! いやあなんかテンション上がってきちゃったよ! たはー!
ふと隣を見れば、神威さんは額を抑えながら口をもぐもぐさせていた。

「どうしましたかーむいさーん! さっきの頭突きが意外に響いちゃってんのー!?」

どーんと彼に体当たりすれば、少し驚いた顔したあと笑顔に戻り、「何キャラ?」と指摘されました。キャラって私は透里ですよ人間ですよ。

「別に響いてないよ。なんか熱あんのかなって」
「神威さんが風邪引くわけないよー! はっは!」
「うん、俺もそう思う。ところで透里、俺にもそのウーロンちょうだい」

ウーロン茶とな。喉渇いてるのかな。ほいと渡し、周りを見れば私たちなんか見向きもせずお互い楽しんでいた。ジャイ子たちはテンション高いけど、きゃぴ子ちゃんは赤い顔してとろんとしながら軽美さんと話してる。ありゃあ完璧ほの字ですな!

「はい」
「ん、これ水ですよ。私のウーロン茶は?」
「おいしかったから俺がもらっちゃうネ」

神威さんがおいしかったならいいか、水も美味しいしね。ごくりと飲むと暑かった体に一気に水が回った気がした。……頭痛い。

「神威さん、私いまちょっと冷静になったんですけど」
「そう。透里が案外バカじゃなくて良かったよ。酔った透里はバカだけど」
「うわああ生意気な態度取ってごめんなさい!」

水ってすげえや。一気に頭の中がクリアになったからね、水偉大だわ。えっなんだったんだ今の私、明らかに変だったぞ。なにが響いちゃってんのー!? だよ。よく体当たりしたよ。よく生きてるよ。
恥ずかしさと怖さで泣きそうになっていれば、神威さんは「女子連中みんな酒飲んでるっぽいネ」と小声でつぶやいた。

「えっ私たち未成年ですよいけませんよ! 店員さん間違えて持ってきちゃったのかな」
「飲ませてんでしょ。わざと」

驚きで彼へと向けば、そのまま腕を引き寄せられ近づいた。至近距離に息が止まったものの、神威さんの言葉に顔をしかめる。わざとって、もしかして……大学生の彼らが?
こそこそ話をしている私たちには、男の人たちもジャイ子たちを落とそうとしているみたいで注意が向いていない。未成年にお酒を飲まそうとする人なんてろくな人いないし、止めようかな。

「そもそもなんでお酒飲ますんでしょうか。テンション上げさせるため?」
「潰して持ち帰るためじゃないの」
「持ち!? だだだダメですよそんな出会い! 止めないと……!」
「止めるにしても証拠がないヨ。今言っても流されるだけだからやめときなって」

身を乗り出した私の襟首を引いて戻した神威さんの言葉は正論である。多分。あっちの方が場慣れしてるだろうし、指摘してもどうせかわされる。夜兎工の文化祭の時の焼き鳥屋みたく。
でも、ちょっと私が「これお酒じゃなーい? やばくなーい?」とか言えば、飲まなくはなりそうだけどな。どうしようかと思いながらも枝豆を食べれば、いまだに近い神威さんがぽそりと口を開いた。

「あんたも結構飲んだでしょ。大丈夫?」
「……」
「なにその顔」
「神威さんも心配とかするんだと思ってびっくりしました」
「するよ。透里にはね」

心配されるほどのダメ人間じゃないはずなんだけどな。こう見えてしっかりしてるからね私。しかし神威さんの心配はレアなので甘受する。
確かに頭はまだ痛いし眠いけど、体当たりとかバカなことをしないほどには正常である。でも、前で飲んでるきゃぴ子ちゃんはどうも酔ってきてると思うんだよね。ふらふらしてきた彼女に、さすがにストップをかけようとした時。

「ちょっと俺ら話があるからしばらく出るわ」
「ういー」

きゃぴ子ちゃんと軽美さんが席を立ち、店の外へと向かっていった。愕然。お、お持ち帰りが今まさに起きたというのか。ふらふらしてるきゃぴ子ちゃんの肩を抱いて歩く軽美さんを見て、私は自然と立ち上がっていた。
「ちょっとお手洗い!」「透里またぁ!?」店の外に向かうあの二人を気づかれないように追いかける。途中、軽美さんがトイレ行ってから……ときゃぴ子ちゃんと離れた。その彼の手にはケータイ。きゃぴ子ちゃんの目の届かない場所に立つと、軽美さんは通話し始めた。聞こえる程度まで近づいて壁に潜める。

「おう。計画通り一人可愛い子持ってくから。ああ、ワゴン止めといて。カメラは? はは、オッケーオッケー」

計画、ワゴン、カメラ。不気味な単語が聞こえたけど。なにをする気なのか、なんて考えずとも嫌な予感が渦巻いている。仲間を集めてきゃぴ子ちゃんに……悪いことする気だ。

「透里、あの女に邪魔すんなって言われてたよね」
「! 神威さ」
「それでもあんたはまた助けたいとか言うの?」

いつの間にか後ろにいた神威さんは、口元だけは笑っていた。目からは感情が読めない。
「だって、あれは女の敵ですよ。邪魔とかそんな問題じゃないです」私も私で引き下がれないため、意志を込めて彼を真っ直ぐ見た。その答えをわかっていたかのように神威さんは笑う。

「そうやってあんたは厄介事に突っ込むよネ。自分じゃなにもできないのに」
「……それでも、知りながら放っといて逃げるなんて、なんか、罪悪感というかですね」
「それであんたが」

途中で止めた神威さんの表情は貼り付けた笑顔がなく、やはり何を考えてるかわからなかった。変わりに私が笑う。大丈夫です、なんて根拠もない笑顔で。

「神威さんの心配、嬉しいです。ありがとうございます。きゃぴ子ちゃんに伝えてくるだけなので」

そしていまだに軽美さんが通話しているのを見て、神威さんから離れて私はきゃぴ子ちゃんの元へと向かった。




店の外に出ていた彼女を捕まえ、物陰に隠れた。当たり前だが彼女は動揺している。

「戻ろう、軽美さんはあなたを騙して変なことしようとしてる」
「は、あ? モテない貴女は知らないでしょうが、男女が良い雰囲気になればはこういうことだって」
「ち、違う、カメラとか、なんか、アブノーマル? 的な……」
「意味わからないわ。っん」

顔をしかめてくらりと揺れた彼女に、とにかく危ないからみんなと一緒に帰るよ! と小声で叫びつつきゃぴ子ちゃんの腕を取れば、もう片方の腕を後ろから伸びた男の腕が掴んだ。

「なんで知ってんのかわかんねーけど、ま、透里ちゃんもせっかくだしご一緒に」
「!」

とっさに離れたと思ったのに、きゃぴ子ちゃんの背後にもう一人男がいて、あっという間に羽交い締めにされ捉えられた。目を白黒させるきゃぴ子ちゃんの腕を強引に引いて軽美さんは狭い道路へと向かう。
声を出そうとしたが、後ろの男に手で口を塞がれた。どくどくと心臓がけたたましく音を鳴らす。どうしよう、連れてかれる。私だけじゃなく彼女も。
やっぱり私じゃだめなんだ。力がない私がなにをやったって。

『そうやってあんたは厄介事に突っ込むよネ。自分じゃなにもできないのに』

先ほどの神威さんの言葉がふと浮かんだ。それを聞いた時悔しかったような切なかったような。なにもできない、確かに。神威さんみたいに力があれば、私だってたくさんのことができる。でもないにはないなりにできることがあるんじゃないかな。
神威さんには失望されたく、なかったり、するなあ。

塞いでる手を思いっきり噛む。痛ぇ! とひるんだ男の腕を暴れて振り抜け、前を歩く軽美さんに勢いよくタックルをかました。緩んだ彼の手からきゃぴ子ちゃんを奪い取り、とにかく離れるため走り出そうとしたが、彼女がよほど酔ってるのかふらふらで足を動かしてくれなかった。すぐに復活した男二人に髪の毛を引かれ、強引に引きずられる。
「この女ァ、手間かけさすんじゃねェよ!」痛い、悔しい、嫌だ。求めたくないのに、だめなのに、考えてしまう、……助けを。

ぴたりと男の足が止まった。引っこ抜かれそうな頭を抑えながら私も彼らの視線を追う。
ワゴン車に寄りかかるように立っている"彼"を見て、案の定、私は安堵の息を洩らすことになった。じわり、視界が滲む。

「かむい、さん」

にこり、いつものように笑んだ彼は「お前、さっきの……」軽美さんの言葉に何も返すことはせず、右足を軽く挙げた。そうして素早く下ろされたその足は、物凄い音を立ててワゴン車の左側前輪に突き刺さる。彼が足を引き抜くと、タイヤは沈没して車体が少しだけ傾いた。
もちろん目の前で起きた奇行に誰も声は出せない。よく見ると、彼の背後に位置する運転席では運転手であろう男が気絶していた。

「あんまり調子乗ってると、殺しちゃうぞ」

声を取り戻したかのように、軽美さんたちの悲鳴が響いた。




阿伏兎さんと云業さんがジャイ子たちを見てくれていたおかげで、彼女たちは普通に合コンを楽しんだようだった。お酒はどうやら大学生よりも強かったらしい。いやいやどんだけである。きゃぴ子ちゃんは家から迎えが来た。親御さんに怒られながらも車に乗って帰ってった彼女を見送り、私たちも神威さんたちと共に帰路に着く。
「おっさんどう見ても高校生じゃないんだけどマジウケる!」「うっせェよ結構傷つくんだよォそれやめてくれる?」ジャイ子や阿伏兎さんたちが楽しそうにぎゃいぎゃい歩いてる背中を見ながら、私は隣を歩く神威さんに意識を向けた。

「神威さん、ありがとうございました」
「……」

無言である。シカトである。神威さんは無視をする人じゃないよな、なんて目をちらり向ければ、私に視線を向けていた。その目がなんだか非難に見えて慌ててそらす。
そうだ、今日だけじゃない。私はたくさん神威さんの手を借りている。申し訳なさと同時に、別のモヤモヤした感情が渦を巻いた。

「いつも、助けてもらって、なんだか友だちにふさわしくないですよね、私。これじゃあまるで」

私が神威さんを利用してるみたいじゃないか。

「よく考えたんだけどさ」やっと発した彼の言葉に自然と視線が向いた。真っ直ぐ前を向いている彼は、いつものように笑って口を開く。

「俺は誰かを心配とか、自分以外のこと考えるの疲れるんだよね」

だから、やっぱり友だちやめる。……とか言い出すのだろうか。ざわざわと落ち着きない体中に、視線を泳がしながら神威さんのジャッジを待っていれば。
肩に手が乗った。つられてその方へ顔を向ける。ぷに、頬がその手の指に刺された。手の持ち主の神威さんは相変わらずにっこりで。

「だから、心配しないでいいように、俺の目の届く所にいてよ」

頬を刺された部分から、じわじわと熱が走っていくのを感じる。神威さん、ほんと、言うことなすことかっこいいな! 友だちでいていいんだよね! なんかすごい嬉しいや! 振り回されるのは嫌だけど!
嬉しさが顔に出ていたのか、ドスドスドスドスとさらに強く頬を突かれた。痛っちょ、痛い。



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未成年の飲酒は推奨しませんぞ。

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