mg | ナノ


女友達3人が目の前でキャッキャッ言ってる中、私は身の縮まる思いでその背中たちを見ていた。デジャヴである。

女子校の私たちは、出会いがない。特に私みたいな引っこみ思案なんかそりゃもう出会いのでの字すらない。
文化祭シーズンで彼氏ではなく下僕(本人談)を作った肉食系女子の彼女たちは、今度こそ「彼氏作ろうぜウオォ!」とうねりを上げた。そして来てしまった待ち合わせ場所。

「え、合コン?」
「そーよ。しかも相手は有名大学生! いい家だし高学歴だしイケメンだしこりゃ本気で狩るしかないわ」
「えっジャイ子それマジ? ちょーいい物件じゃん!」

マジマジ! と盛り上がる彼女たちの目は捕食者である。私はといえば、合コンかぁ……と内心気後れしていた。内緒で連れてこられたここ、ジャイ子たちが強引で無理やりなのは今に始まったことじゃないから、もういいとして。男友達が一人しかいず、まだ免疫もない今、彼氏なんて考えられない。むしろ男は野蛮で最低な生き物だと思っている。そんな私が合コンに参加するなんて、空気ぶち壊しちゃうことになるじゃないか。私のせいでジャイ子たちの彼氏作りが上手くいかないのは困る。

「やっぱり私は」
「透里、あんたのためでもあんのよ」
「そーよ、別に彼氏作れとか言わんから、せめて男友達の一人や二人作んなさいよ」

綺麗に飾られた爪で指され、私は頬をひきつらせながら頷いた。なにげ面倒見がいいというか、ジャイ子たちは姉御肌なのだ。
にしても、男友達……一応一人はいるんだけど。まだ彼女たちに言っていない。タイミングが合わないっていうかね。

「え、じゃあもう行かない?」早く合コンへと行きたい友達がワクワクと言ったが、ジャイ子はもう一人来るからまだと止めた。どうやらそのもう一人、ジャイ子曰くきゃぴ子ちゃんがこの合コンをセッティングしてくれたらしい。きゃぴ子ちゃんはジャイ子の後輩だとか。

ピリリ、電子音がここに響く。あれ、私か。のんきにケータイを取り出し、顔が固まった。表示された名前は。
かっ神威さんだあああ! 神威さんから電話かかってきたあああ! なんかわかんないけど今はちょっとマズい気がするよ!
ピリリピリリ鳴り続けながらも通話に出ない私へと、友達の訝しむ視線が送られる。いたたまれずに口元をひきつらせながらも出た。

「も、もしもし」
『やあ。今日暇?』
「今日、ですか? えっと、用事あって」
『用事? どこか行くの?』

神威さんは単純に疑問としてそれを訊いたのだろう。しかし私は浮気を疑ってくる彼氏のような錯覚を覚えた。おかしいな、神威さんはただの友だちなんだけど。とりあえず合コンて言っちゃいけない気がする。なんとなく。

「あの、ジャイ子たちとカラオケ……」
「合コンでーす!」
「夜遅くなりまーす!」
『……合コン?』

いつの間にかそばにいて聞き耳だてていたジャイ子たちがマイクに向かって言ったことで、ギャアアアと声にならない声を発した。ななななに言っちゃうのこの子らー!!
「どうせ透里のパパさんでしょ?」「そろそろ親離れするってことわかってもらわないと」って違ーうよ!!

『なに? 合コンって』

耳元で聞こえた声に、しめた! と神経が素早く伝達した。そうだ、神威さんデートもよく知らなかったね。てことは合コンも知らないね!

「合同歌唱コンクールです! 略して合コン!」
『ああ、歌うやつでしょ? 今日やるんだ、見に行ってもいい?』
「おっとぉ残念です、該当学校の生徒以外は見れないので!」
『そう。じゃあ頑張ってー』

ブツリと通話が切れた。さすが神威さん、何事においてもあっさりしてるよ。よかった、深く追求されなくて。
ふと周りを窺えば、ジャイ子を筆頭にみんなが白けた目で見てきていた。肩に手を置かれ「やっぱあんた、彼氏作ろう」何故か同情されたような。

しばらくしてやってきたきゃぴ子ちゃんは、初めて見るジャイ子たち以外にもろくに挨拶せず、「じゃあ行こぉ」と露出度の高いフリフリした服を靡かせて歩き出した。
なんとなく苦手なタイプだなあとぼんやり思いながらついていけば、さらなる苦手へとぶち当たることになった。




私は、今、違う世界へトリップしているのかもしれない。
笑いが飛びかうテーブルの上に盛りつけられたたくさんのご飯。異様に距離が近い友達と大学生の男の人。いつもの女子校でのテンションと明らかに違う友達。そして隣で接近しながら話しかけてくる男の人。

「透里ちゃん肩張ってるね、もしかして緊張してるとか?」
「い、いやあ、はは、こういう所初めてで」
「そうなんだぁ、確かにそうっぽい! 純粋そうだもん。うんうん可愛い」

なにこれ。
甘いことを言ってニコニコ笑う……確か軽美(カルビ)さんだったかな、彼につられ笑いを返しながら前を向く。ジャイ子たちみんなも相手を決めたのか、楽しそうに話していた。お、女の顔である。
ううーん、やっぱり男に対して苦手意識があるのか、結構さっきからこの場に嫌気しか抱かない。友達になろうにもこんな甘いこと言ってくる人と友達はちょっと……。私わがままかな。
とりあえず助けを求めようともう一度周りを見渡せば、きゃぴ子ちゃんと目が合った。唇がぷるんとしてて色気があり、肌も綺麗だし目も大きい。こんな可愛い後輩がいるんだ、負けておりますな私。とぼんやり思っていれば、心なしかきゃぴ子ちゃんに睨まれたような。

「透里ちゃん、緊張してないでどんどん食べな。ほらあーん」
「え!?」

唐揚げを箸で掴み口元まで持ってきてくれた軽美さんにぎょっと驚愕。あーん!? なにそれ彼氏じゃなくても初対面でもそういうことするの!?
瞬時に恥ずかしくなり、「すみませんそれ嫌いなんです!」と顔の前で両手を振り、弾かれたようにお手洗いへと席を立った。ひいー、意味わからない、よくあんなの恥ずかしがらずにできるな!

用を済ませて化粧室で手洗いをしていれば、後ろの扉が開いて人が入ってきた。前が鏡なのでその人が見える。きゃぴ子ちゃんだ。ってええ、ものっそい睨んでらっしゃる。

「あなた、ここに男友達を作るために来たんですって? そんな人呼んでないんですけど」

呼ばれてないもんよ、と思いながらも振り返る。化粧室の扉に寄りかかりながらきゃぴ子ちゃんは可愛い顔を冷たくして続けた。

「軽美さんはアタシが狙っているんです。そんなふざけた理由で来るんだったら豆腐でもつまんでたら」
「はあ」
「とにかく、アタシの邪魔しないで! いいわね!?」

叫んだきゃぴ子ちゃんは扉から早々に出て行った。年下とわかってるからか、あの子の発言もほのぼのと聞き取れる。軽美さんに一目惚れかなあ、きゃぴ子ちゃん末っ子のわがままお嬢さんタイプだなあ。なんて一人微笑んで私も出ようと扉を開けて、目をひん剥いた。

「男友達を作りに来たってどういうこと?」
「ヒャアアアア神威さああああ!」

驚きすぎて心臓が口から飛び出たかと思ったよってかなんでこの人ここにいんのなんでいんの一気に涙が浮かんできたんですけど!!
一瞬で青ざめた私の口を片手で塞いでそのまま化粧室を出た所の壁に押しつけてきた神威さんは、額を合わせながらいつものように微笑んだ。影ができていつもより怖い。泣く。
「声デカい。黙りな」無言で高速に首を縦振り。口を塞いでた手を放した神威さんはその手を私の肩に置き、壁に抑えつけてきた。

「合同歌唱コンクールって、こんな居酒屋みたいな所でするんだ」
「あははははワタシモハジメテシリマシタ」
「さっきからうるさい客がいるなァと思ってたけど、合同コンパしてるのって透里のとこだったんだネ」
「え、神威さんもこの店にいたん……えっ!? ごっ合コンのこと知っ」
「あの後、阿伏兎たちに教えてもらったんだ。同じ数の男女が酒池肉林で組んず解れつするって」
「多分その知識間違ってますよ」
「ねェ透里」

なぜか感じる重圧に頭を下げれば、すっと足の間に神威さんの片足が割り込んできてさらに壁に押しつけられたのが見えた。ぞわり、背筋に変な感覚が走る。

「なんの男友達を作るの?」

冷めた声色に、頭の中が真っ白になって全身が凍った気がした。

「違うんです! 嘘をついたことは謝りますごめんなさい! でも合コンてのは出会いの場でしてね、ただ男女が仲良くおしゃべりするだけなんです! それで、いいなあと思う人がいたら付き合うらしいんですけど私は彼氏とか考えらんないし普通に神威さんみたいな友だちが欲しくて来ただけなんです! だから阿伏兎さんが言った酒池肉林みたいにお酒やお肉を求めて来たわけじゃないです! その合コンとは違います! 多分合コンにも種類あるんです!」

そうして思いっきり頭を上げて見た視界には、額を抑えて目を丸くしている神威さんが映った。私が偶然にも神威さんを叩いた時のような表情をしている彼は、しばらく黙ったまま動かなかった。さすがに不安になる。

「つ、伝わりました? というかもしかして額当たりましたか」
「痛くはないけど」

そうですか良かった。と安心して、謝ろうとしたが気づく。神威さんから近づいてきたんだから、不意に当たっちゃったなら仕方ないよね。うん、私は悪くない。とりあえず軽く頭を下げれば、神威さんは私から離れて反対の壁に背中をどんと付けた。そ、そんなに頭突きに威力が? 下を向いている神威さんの表情は読めない。
「神威さん?」いつもからは感じないその沈黙に、心配になって彼に私から近づいたその時だった。

「お、透里ちゃん。こんなとこで何してんの、みんな遅いって心配して……え、なに、絡まれてんの?」

トイレへと向かってきたのは、ええと確かきゃぴ子ちゃんと話していた原見(ハラミ)さん、だった。彼は神威さんを見ると訝しげに眉をしかめた。絡まれてる、ことはないので否定しようとすれば、それより先に原見さんに腕を掴まれる。

「すんませんね、この子ウチの子なんで」
「え、あ」
「ほら、戻ろうぜ」

原見さんに腕を引かれて、とっさに私は神威さんへと腕を伸ばしていた。自分でも驚いたその行動、無意識だ。神威さんは私の手を掴み、やっと顔を上げた。目線は私を通り過ぎたが、その眼光の鋭さに肩が跳ねる。原見さんの手の力が緩んだと同時に軽く引かれた。もちろん神威さんの方へ。

「"ウチの子"? 透里ってアンタのものだっけ」
「え、あ、透里ちゃ、そいつ誰……」
「俺は透里の友だちだよ」

私の腕を掴んだままだった原見さんの手を払ったそのまま、神威さんは彼の腹に一発拳を入れた。唖然と口が、目が開く。な、なんでいきなりの暴力……いけませんよそんな、なんて言えない空気だ。こここ怖い。なんか神威さん怖いよー。掠れたうめき声を上げて膝をついた原見さんを軽々と肩に担いだ彼は、私と繋がれた手を一目見てから私に向いた。

「こいつの分の席、空いたよね」
「え、はあ……え?」

にっこり、いつものように笑って、"ちょっとコンビニ行ってくる"という軽いノリで神威さんはものすごいことを言い放った。

「俺も合コンに参加しようかな」

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