短編 | ナノ

▼ 鳳とバレンタインデー

バレンタインデーの氷帝学園で跡部様に次いで贈り物を貰うのは鳳くんだと思う。
二年生にして全国に出場したテニス部レギュラーであり注目を浴びるのはもちろんのこと、あの容姿、身長、加えてとにかく優しい性格。彼と接したことのある女の子なら、本命でなくとも「お礼に渡そうかな」となる。
なにより彼の誕生日ということはデカい。チョコレートを渡す勇気がなくとも、誕生日プレゼントと一緒になら……と渡せる女の子は多いのだ。

台車を押して校門に向かっていく鳳くんの背中を見つめ、相変わらずすごいなあと内心感嘆の息を吐く。きっと台車に乗っているダンボールの中身は数々のプレゼントなのだろう。ほら、花束がはみ出ているし。
現在夕方、テニス部の練習が終わってしばらく経つはずだ。こうしてまだ学校の敷地内にいるということは、この時間まで告白を受けていたのだろうか。

「鳳くん!」
「っ! え、あ、びっくりした」

大きな体を震わせて鳳くんは振り返った。
自分でも予想以上にデカい声が出てしまったので慌てて口を抑える。必死かって。いやでも必死にもなる、今日は特別スペシャル・デーだ。ここで必死にならなければいつなるの。
私と認識すると彼は安心したようにほっと一つ息を吐いた。

「なまえちゃ……みょうじさんもこの時間まで残っていたんだね。もう随分暗いよ」

言いながら自身のマフラーを外していく鳳くん。急に暑くなった? と思いながら動向を見守っていると、すぐに私の首にそれを巻きつけてきた。
ええと、私も自分のマフラー巻いているから二重マフラーになるけれども。首だけ浮き輪かけてるみたいなシルエットになりましたけれども。

「ちょっとちょっと」
「あ、ごめん……コートもだね」
「違う違う」

これである。鳳くんは寒そうにしている子を見ると防寒具を貸してしまう。そういう優しい人なのだ。
彼の誕生日に彼から厚意を受け取るわけにはいかない。その場で腿上げを数十回行い、息を切らしながら「暑くなったから!」と見せつけた。
えっと……とまだ訝しんでいる様子の彼に、ほら! と手を握ってさらに証明する。カチンと固まった鳳くんの手はとても冷たくて、やっぱり私にマフラーを貸している場合ではないと慌てて彼に巻き直した。届かなかったので屈んでもらった。

「あ、ありがとう……」
「いやそれはこちらのセリフ!」

まるで自分がマフラーを恵んでもらった顔をしている鳳くんに、全力で首を横に振った。とにもかくにもこれでやっと本題に入ることができる。
ふふふと意味深な笑みを溢しつつ、「それにしても」と彼が押していた台車に目を向けた。

「相変わらずモテモテですな」
「え? あ、わっ!」

ダンボールのフタの開いた隙間から見えた、可愛いラッピングの数々。チラッと見ただけでも気合いが伝わるのだから中身は比じゃないだろう。
この日にそんな大荷物だなんてプレゼントくらいだろうに、鳳くんは何を思ったのか私に隠すようにダンボールを自身の手で覆った。隠しきれてはいない。

「鳳くんがたくさん貰うのは今に始まったことじゃないじゃない。幼稚舎からモテモテなんだから」
「そんなことは……」

彼とはいわゆる幼馴染の部類に入っており(幼稚舎からの付き合いであれば中等部の同級生ほとんどが幼馴染かもしれないが)、その人気ももちろんとうの昔に知っている。
中等部に入ってから贈り物の量が増えたように思うけど、こうして謙遜するのは変わらない。それがさらに人気に拍車をかけているだなんて自分では気付いてないんだろうな。

「私も持ってきたんだ」
「えっ」
「お誕生日おめでとう!」

放課後になっちゃったけど、会えてよかった。今日はたくさんの女の子に話しかけられていたし、それどころか贈り物を手渡しするために長蛇の列ができていた。いっそのことお家まで行って渡そうかと思っていただけに、こうして会えたのはラッキーである。
はい、とラッピングされたプレゼントを渡すと、鳳くんはそれはもう満面の笑みで応えてくれた。

「ありがとう! とっても嬉しいよ!」
「おお……おう……」

もう日は沈んでいるというのに太陽光を浴びてしまった。ピカー! と眩しく輝く鳳くんの笑顔を間近で受けて、思わず一歩退く。
そ、そりゃプレゼント渡しただけでこんなにも全身で喜んでくれるなら、長蛇の列に並んだとしても見たいよね。頷く。
わあ、うわあ、と溢しながら、鳳くんは私があげたプレゼントを掲げて全方位から眺め始めた。大げさだ。
そういえば昨年渡した時もこうして受け取ってくれたっけ。ふふふと笑みが洩れてしまった。鳳くんの誕生日なのに、私まで嬉しくさせてくれるのだ。

「あとね、これも……」
「えっ」

忘れてはいけない。今日は彼の誕生日でもあるけれど、バレンタインデーでもある。
この調子で渡せばさらに喜んでもらえるかも、といそいそと鞄からブツを取り出し、はい! と再び差し出した。いやに肩を張って緊張していた様子だった鳳くんが私のブツを見てとると、彼にしては珍しく真っ白に固まった。

「ししゃも(本物)だよ!」
「……あ、え」

鳳くんの好物だと知ってから毎年バレンタインデーに渡しているそれ。甘いものばかりだと飽きてしまうかな、とチョコレート代わりに渡している。ししゃも(本物)は何匹あってもいいですからね、確実に喜ぶものでしょうと内心頷いた。
しかし予想と違って鳳くんは笑みを固めたまま「えーと」と言葉を選んでいる様子だった。思っていた反応と違う。
も、もしかして、毎年だなと、つまらねーヤツだなと、思われているのだろうか。慌てて必死に弁解する。

「去年よりお高めのやつ買ったからおいしいと思う!」
「……ありがとう」

にっこり……と緩やかに微笑まれた。先ほどと同じく手放しで喜んでくれると思っていただけに拍子抜けだ。ししゃも(本物)、時期ではないから冷凍なのがやっぱり嫌だったかな。

それきり鳳くんの反応は鈍くなってしまった。話しかけても「ああ……うん……」と気もそぞろな返事ばかりで、まあ、確実に私が原因──というよりもししゃも(本物)──なのはわかる。
校門に向かう私たちの靴音とガラガラと走る荷台の音だけが響く空間に、とうとう耐えきれなくなり隣の鳳くんを見上げた。

「あの、嫌なら私食べ」
「嫌じゃない!」
「おお……おう……」

ししゃも(本物)はやっぱり好きらしい。勢いよくこちらを向いた鳳くんは口をわなわなとさせると、しかし言葉の続きが上手く出ないようでハアアと大きな息だけが吐き出された。

「みょうじさんからもらうものはなんでも嬉しい、本当だよ」
「鳳くん……」
「だから……俺がもっと頑張るよ」

うん、と決意づける彼に目が点となる。なにを? 訊ねたが、帰ってきたのは眉を下げた笑みだけであった。




バレンタインデーが終わると、ひなまつりを通り過ぎて今度はホワイトデー一色の街となる。二月はピンク、三月はブルーで彩られている店内に目を向けていると、見知った長身さんを発見した。鳳くんだ。
今日はホワイトデー前の休日。ここはショッピングモール。鳳くんが覗いているのは有名なスイーツショップ。そうなると鳳くんの目的は一つと予測される、もちろんホワイトデー用のお返しでしょうそうでしょう。

好奇心が勝ったので嬉々として彼の元へと向かった。鳳くんはちょうどレジで何かを購入すると、スタッフさんに渡された大袋を携えて出口に向かってきた。私がいる出口にだ。

「わ!! なまえちゃ……みょうじさん!?」
「やっ鳳くん」
「もう、驚かすのが好きだね君は」

眉を下げて口角を上げる鳳くんにふふふとほくそ笑む。別に驚かすつもりはない。
「みょうじさんも買い物?」と首を傾げた彼は、一拍置いて何かに気づいたように慌てて持っていた紙袋を後ろに隠した。いや、だから隠しきれてないからね。

「あ、あの、これは……!」
「みなまで言わなくてもわかるよ。バレンタインデーのお返しでしょ?」
「う……うん……」
「それ全部本命に返すの? 多いね、愛だね」
「え? くれた人にだけど……」
「え?」
「え?」

止まる。店の出口で止まって良いわけはないので、私と鳳くんは少し歩いてショッピングモールの広場のベンチに座った。

「……バレンタインデーにチョコくれた人、みんなに返すの?」
「そりゃあ……。名前が書いてなかったものとか、お返しはいらないって言った子の分はないけど……」

どうしてそんな問いを? という純粋な視線を返されてしまった。あんぐりと口が開いては閉じない。しょ、正気?
前述したが、鳳くんは毎年山ほどチョコレートをもらっている。モテの化身だし、誕生日だから殊更だ。中等部に入ってさらに進化が加速している。それを、全部、返していたの?
一体いくらになるんだろう。いや、お金のことだけじゃない。名前と顔を一致させたりクラスを調べたりしているはずだ。凄まじい労力。「安物になっちゃうんだけどね」たははと笑っているけれど、それでも高くつくだろう。

──知らなかった。

毎年、幼稚舎の時からバレンタインデーにししゃも(本物)をあげていたけれど、鳳くんがホワイトデーにそんなお返しをしているだなんて知らなかった。もらってないからだ。
お返しなんて、私、もらったことがない。

山ほどのチョコのお返しは大変だろうから、ないものとばかり思っていた。本命だけにあげる真っ直ぐな人なのね、と納得したし、今日だってどんなお返しにしたのだろうと幼馴染特権で知りたかっただけなのだ。
別に、特別扱いしてほしいだなんて思ってない──そりゃちょっとは思っているけれど、だからといってみんなにはあげて私には返さないって、そんな特別もいらない。

落ち込むだけ落ち込んで、ふと気づく。
やっぱりししゃも(本物)がバレンタインデーの贈り物と思われてなかったとか? ありうる。そうだよ、優しい鳳くんのことだ、私だけハブだなんて絶対にしない。
じゃあ、来年は、絶対チョコレートを渡そう。気を取り直した。

「本命の子には……返せないよ……」

今度はいつのまにか鳳くんが落ち込んでいた。なんでだよ、と肘で小突くと鳳くんは膝の上で指を組み、少しばかり弄ってからつぶやく。

「もらってないんだ。毎年、期待しているんだけどバレンタインデーだけはもらえない。……嫌われてはないと思うんだけど」

ぎゅ、と力を込めて指が組まれ、鳳くんは俯く。いつもにこにこと優しく笑っている彼は今はいない。不安でたまらなそうなその様子は、彼に恋をしている私を見ているようであった。

でも、意外と切り替えが早い人なのを知っている。たくさん悩むけれど、その分前を向く人なのを知っている。『もっと頑張るよ』と言っていた鳳くんは、私が口を出さなくてもきっと本命にだってガンガンアタックできると思うんだ。

それはそれとして、私は鳳くんを応援する人になりたい。

「鳳くん!」
「痛っはい!」

バシンと丸まっている背中を叩くとピンと彼は背筋を伸ばした。目を丸くした顔がこちらを向く。

「もらうのを待ってどうするの! ホワイトデーはバレンタインデーのお返しだけの日じゃないんだよ!」
「……!」
「男の子から好きな人にあげてなにが悪いの!」

目から鱗が落ちたように鳳くんは何度も瞬きをすると、「そうだね……」と驚愕の顔はそのまま呟いた。しばらくして「そうだ、そうだよ」と繰り返すと、耐えられなくなったように破顔する。

「はははっ、本当にそうだね。すごいよ、みょうじさん」
「今まであげられなかった分込めよう!」
「うん、うん、そうする。受け取ってくれる?」
「え?」

急に私? 今まで脳内の超絶美人本命を浮かべていたのに、突然私に矛先を向けられて素っ頓狂な声が洩れた。鳳くんは微笑みを携えながら、けれど先ほどの不安な様子が晴れたように意志の強い目でこちらを見ていた。

「渡したいんだ、みょうじさんに」

何度も口が開いては閉じて、やっと零れても「えっと」としか紡げなかった。
今までの勘違いを理解して次第に指先まで熱くなっていく。本命って、バレンタインデーにもらってないって、やっぱりししゃも(本物)はチョコレート認定されてなかったのね、ってそうじゃなくて、えっと。

「……そ、それ、ちゃんとお返しになるよ……」
「え?」

私が毎年チョコレート代わりにししゃも(本物)を渡していたことをネタバラシすると、鳳くんはすぐさま立ち上がって数年分のお返しをまるごと買いに走ったのだった。慌てて追いかけた。



21.02.27

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