短編 | ナノ

▼ ジローくんに恋をする

下校時間が勝負ですね。みょうじなまえは語る。
氷帝学園から少し離れた場所にある駄菓子屋が穴場なんですよ。期間限定品はもちろん、そこらのコンビニには売っていない珍しいお菓子も取り揃えられている。お菓子好きには楽園ですね。ここを通う前の自分には戻れないなと、そう思います。

脳内で黒背景に自分を座らせインタビューのような映像を浮かべた。ふふふ、と一人遊びを終えて目当ての駄菓子屋を見上げる。「だがしや」とそのままの看板を潜り、店内へと入った。
視界をひしひしと埋めるお菓子お菓子お菓子。近所の小学生たちが興奮しながら選んでいるし、スーツ姿のお姉さんが真剣に悩んでいる。私も混じって綿菓子の一角でしゃがみこんだ。明日のお菓子はここから選んでいこうかな。

数十分かけ、悩みに悩んでお菓子を数個手に取りレジに進む。百円そこらを払ってホクホクしながら店を出た。少ないお小遣いでも週に何度かは購入できる、それが駄菓子の利点であった。
「明日は何にしようかな、喜んでくれるかな」そう毎日が楽しくなったのもジローくんのおかげだ。
ジローくんを知る前の自分には戻れないなと、そう思います。再び黒背景を脳内に出現させて取材劇に勤しんだ。




「マジマジくれるの!? ありがとう!」

女の子たちからお菓子を貰って笑顔を振りまくジローくんにいいなあと思っていた。私もお菓子をもらいたい、というわけではない。逆です。私も彼にお菓子をあげて、短距離でその直射日光を浴びてみたいなあとずっとずっと思っていたのだ。

一日の大半を夢の中で過ごしている彼だが、お菓子をもらった時だけは、今までの力をそこに注ぎ込んでいるとばかりにテンションが振り切れていた。最初見た時は別人かと思ったし、悪い霊でも降りてきたのかな? とも思った。しかしどうやら彼の「ウレC」「たのC」「オモシレー」琴線に触れると覚醒するらしい。
テニスで強敵と試合をするととても楽しそうになるというのは一年の時に見た──あの跡部様との試合だ──テニスだけかと思っていた。お菓子という、簡単なものでも起きちゃうんだ。……私があげても喜んでくれるかな。

普段話しかけても眠そうな返事ばかりな彼に、何度寂しいなと思ったことか。しかしお菓子をあげると喜ばれる、その情報を持った私は強い。心の中でガッツポーズをし、風の噂で彼が好きだと耳にしたムースポッキーを取り出した。
あげる、あげるぞ。他の女の子たちみたいに「ジローくん、これ食べる?」って、自然に!

そうして一週間は過ぎた。

自分がこんなにも勇気のない人間なんだと初めて知った。
自分自身に呆れ絶望して、普通にお菓子をあげている女の子たちに嫉妬して、そんな自分にまた嫌気が差して……そこまでいって「もう真正面から見れなくてもいいか」と悟るようになった。ジローくんが喜んでくれるならそれでいいじゃないか、勇気も持てない自分がなにを期待しているんだと叱咤する。

そうして私は裏庭で寝ているジローくんの傍にそっとポッキーを置くことに成功した。
人間、消そうと思えば気配なんて秒で消せますね。脳内の私が得意気に語る。これからの私の特技が決まった瞬間であった。
彼を起こさないように離れ、草陰で息を整えていたところで「ジロー!」と声が響いて心臓を口から出した。見ると宍戸くんがジローくんの元に駆けていた。

「次は体育だっての! オラ、着替えに行くぞ」
「……ん〜もう食べれないってぇ」
「王道な寝言かますな。起きろって」

べしべしとチョップされたジローくんは大きな大きな欠伸をこぼしながら上半身を起き上がらせた。むにゃむにゃ口元を動かし寝ぼけた目で「ん?」とポッキーに視線を落とす。元の場所に戻したはずの心臓が、今度は身体中を駆け巡っている。

「ポッキーだ!」
「あ?」
「宍戸!? ……じゃないよね。誰だろ〜! ウレC! もらっていいのかなあ!?」
「いいんじゃね? お前の傍に置いてあったんならよ。お前にくれたんじゃねーの?」
「いよーし食べよう!」
「食べれねぇんじゃなかったのかよ。ってそうじゃねぇ、体育だ!」

い。
いやったあああ。ああ。ああ……ああ……。真後ろに倒れ込みそうになったところをぐっと耐える。そうそうその顔! その笑顔! そのウレCが見たかったんだよ! 至近距離ではないけれど、正直宍戸くんが遮っていてしっかりは見れてないのだけれど、私のやったことで喜ぶ君を見れたことにこの上ない幸せを感じた。
す、と思わず両手を合わせる。ありがとうもう満足です。……。




嘘であった。
全然満足していなかった私はその日を境に、裏庭で寝こけている彼を見かけてはお菓子をそっと置いて逃げる魔物と化していた。でもだってその度に喜んでくれるんだよ、そりゃあ毎回お菓子を見繕いもする。
なんかお供えものしているみたいだなと思わなくもない。それか孫にお菓子を買ってあげるおばあちゃん。それでも良かった、なんせジローくんは「ウッソー! 今日はチョコパイだぁ!」「わたがし〜! このフワフワー!」などとこちらの予想以上に反応してくれるもんだから。

ある日は新商品のチョコレート菓子を置いてみた。
気温が高かったからかジローくんが起きて食べようとした時には「溶けてる!」らしかった。今の時期チョコレート系はだめかあ、と反省した。

ある日はお菓子を置いた瞬間寝返りを打たれ、気づかれたのかと焦った。
猫のように飛び跳ねてしまったものの、寝息を続けているジローくんにほっとした。

ある日は「体脂肪率が上がってるぞジロー! 当分菓子は控えろ」と跡部様に言われている所を目撃してしまった。
「ええー!?」と遠目から見ても多大なショックを受けているジローくんに、私のせいで怒られてしまった……!? と愕然とする私。その日からしばらくは青汁を傍に置いた。筋トレする彼の姿をよく見るようになった。

ある日は彼のためにと置いたお菓子が下級生の男子に取られそうになっていた。
ジローくんは寝ていて気づかないようだし、これは万事休すか!? と草陰から飛び出そうとしたが樺地くんがのっそりと現れた。彼を見て去っていく下級生を見て、次は樺地くん用のお菓子も用意しないとなと鼻の下を擦った。

ある日は「見て見て! 限定品のグミ!」と目の前で私があげたお菓子を見せびらかせられた。
クラスメートではあるものの、滅多に話したこともない女子にもこの始末。よほど嬉しかったらしい。はい、君にもどーぞと小包装を手のひらの上に乗せられた時はあまりの嬉しさに握り潰してしまうかと思った。




そうして今日もまた私は「だがしや」へといそいそ足を運ぶ。明日はなんのお菓子を置こうかな、どう喜んでくれるかな。毎日の楽しみだ。

「あれ? みょうじさん?」

軽い足取りで店内に入ると、そこにはラケバを背負ったジローくんが立っていた。ぎょっと目を丸くする。どどどどうしてここに……そういえば今日は水曜日だ、テニス部は部活がなかったっけ。彼がこの時間に空いている理由はわかったが、何故この駄菓子屋にいるかはわからなかった。

「みょうじさんもここ知ってるんだ。いっぱいお菓子あるよね」
「う、うん。ジローくんも買いに?」
「うんそう」

そりゃそうだ。駄菓子屋に入ってなにをするかといえば駄菓子を買うことだろう。うんうんと納得し、いやあと頭を抱える。
盲点であった、まさか彼もここにお菓子を買いに来るとは……。私が買うお菓子と被ってしまうかもしれない。今度お菓子をあげた時に「あ……これ俺食べたばっかなんだよね」と残念がられたらどうしよう。
動向を探らねば、と思い「なに買うの?」と訊いてみる。ジローくんはしししと歯を見せて笑った。ジュッと周囲が輝きにより吹き飛んだ感覚。

「俺のオススメはねぇ、これっ! 期間限定ムースカントリーマアム〜!」
「あ」

それ、私が前にジローくんにあげたやつだ。近所のコンビニやスーパーTKにもなくて、珍しいなと思って買ったそれ。そういえば「よっしゃあ!」と拳を天高く上げて跳ねるほど喜んでいたっけ。
そうかあ、自分用に買うことにしたのかな。じゃあこれはもうあげない方がいいな、と脳内メモに記した。
棚からカントリーマアムを一箱取り、そのパッケージを眺めながらジローくんはまるで思い出すようににんまりと笑う。

「最近もらったんだけどね、すんげぇウメェの! 俺が寝てたら置いてあるお菓子さぁ、全部センスEんだよね」
「え?」
「あ。あんね、ここ最近俺が寝てたら枕元にお菓子が置いてあってさぁ、俺妖精さんって呼んでんだけど」

ジローくんは興奮しているのか、私にじりじり近付きながら『妖精さん』のエピソードをマシンガンのように話し始めた。
やれお菓子のチョイスが良いだとか、やれそのために寝ているようなもんだとか、やれお菓子を置いているタイミングで起きたいのに全然気配がしないだとか……。身振り手振りで楽しそうに語る彼に、私はしばらく呆気に取られていた。
ああ、これはご褒美だ。ジローくんがご褒美の雨を降らしてきたもんだから……念願叶って真正面で直射日光を浴びせられたもんだから、私は。私は……。

「うう……」
「え!? なになに!? なんで泣きそうになってんの!?」
「ご、ごめん。よかったねと……思って……」
「親切な人だねー」

「自分のことのように喜んでくれるの? いいヤツだね君」続けられた言葉にとうとう鼻がツンとしてきた。ここで泣けば完全に不審者のため、首を横に全力で振ることで涙を飛ばした。
よかったね、は私自身のことだ! 苦労……でもなかったけれど、報われてよかった。減ったお小遣いも彼が裏庭で寝るタイミングのデータを収集したことも、これで報われた。

「妖精さんにお返ししたくってさ〜。お菓子好きなんだと思ってお菓子買いに来たんだけど、いっぱいあって悩む」
「いやいやいやいいよそんな」
「え?」
「あっ、いい、イイねそれは」

危ない。咄嗟に遠慮してしまったがなんとか誤魔化した。きょとんと目を丸くしたジローくんが不思議そうに首を傾げながらもお菓子へと視線を戻していった。
誤魔化した、けれども。別に「その妖精さん私だよ」と言っても良かったよなあとも少し後悔した。何も隠すことはないのに、彼から持ち出された話題に頷く勇気すらないのかと肩を落とした。

「どれがいいと思う? 女の子がもらって嬉しいものわかんねーや」

駄菓子の棚を縫って歩く彼の背負うラケバが当たらないかとヒヤヒヤしながら後を追い、問いかけに思案して少ししてから勢いよく目を剥いた。

「な、なんで妖精さんが女の子だと思うの!?」
「寝ててもさぁ、匂いってわかるっしょ? その子花の匂いしたんだよね!」

どやさ! とでも言いたげに胸を張るジローくん。焦る私。そんなバカな。彼の前で今の自分の匂いを嗅ぐまねはできないが、花の香りではないことはわかる。
まさか私ではない女の子が、寝ている彼に近づいているとか? でもジローくんが寝ている裏庭のあの場所はなかなか人目につかないし──私も彼を見つけた時はこんなところで寝るのかと驚いた──、そこまで考えてはたと気づいた。確か裏庭で寝ている彼の特等席近くには花壇があった。

「花壇の花の匂いじゃないかな、裏庭結構咲いてるし」
「……あーそっか! それかぁ」
「もしかしたらテニス部の後輩くんがお菓子置いてるのかも」
「A〜、俺女の子からもらった方がウレCな」
「あはは」

手汗がじわじわと滲んでいる。口の中はパサパサだ。心臓なんて太鼓をかき鳴らしてるんですか? ってほど重い音立てちゃって。
平然と話しているように見えるだろうか。彼ほど素敵な笑顔には成っていないだろうけど、わりと好印象に笑えているかも。なんたって楽しいからだ。こんなにジローくんと話すのが楽しい。他愛もないことだけど! 勇気も出ていないけど!

ジローくんは少し距離を空けてついてくる私に次々とお菓子を指差しては振り返ってきた。
どれがいいと思う? と訊いたその心は本物だったのだろう、私が全てに頷いてしまうと「ちゃんと考えてよ〜!」とうろんな目を向けられた。

「あ! これにしよう!」

ぱっと顔を綻ばせ、ジローくんが手に取ったものは竹とんぼであった。さすがにけたけたと笑う。全然お菓子じゃないじゃん!

「なんで竹とんぼなの?」
「え、かわいくねぇ? ここにさ模様あるんだよ」

竹とんぼの羽に描かれた模様を見せるためにジローくんが私へと傾く。う、と一瞬息が止まったものの、止めたままでは彼に返事ができないと気づいた。静かに細く吐いて、やっとこさ「かわいい」と一言紡げる。固くなってしまったのでおまけでもう一回言うことにした。

「かわいいね」
「だしょ〜。なんかさその子、なんでも喜んでくれそうなんだよね。だから俺の気に入ったものあげようと思って!」
「うんうんうん絶対喜ぶと思う。ジローくんからもらって喜ばない女の子はいない」
「そこまで言われるとハズカCー!」

照れたようにはにかみながら頭を掻くジローくんに、再び溢れてきそうな涙は目頭を強く押さえることでどうにか留まった。

ジローくんは追加でお菓子を買っていった(彼のお気に入りのムースカントリーマアムだ)。このお菓子と共に竹とんぼも寝ている傍に置いて、いつものようにお菓子を持ってきてくれるはずの妖精さんにお礼をする予定らしい。
だがしやを出ると途端に「ありがとう!」と手を握られた。ぶんぶんと上下に大きく振られる。私が発火する前にジローくんは早々に手を離すと、「じゃあまた明日学校でね!」と元気に走って帰っていった。その背中をぽかんと口を丸くして見送りながら、彼が見えなくなった頃に自分の頬を抓ってみた。痛かった。




あれ? と声が洩れそうになり、慌てて口を塞いだ。ジローくんはくかぁくかぁと寝息を立てて夢の中にいる。あ、危なかった。
気配を消したまま彼の傍にしゃがみこんでみる。裏庭の木陰、今日は暑くもなく寒くもなくまさに昼寝には絶好の日和。いつも以上に気持ちよさそうに寝ているジローくんの頭の横には『いつもお菓子ありがとう! このお礼受け取ってね!』と走り書きのメモが残されてあった。あと可愛い竹とんぼも。
今日用の彼へのお菓子をそっと置き、しばらく彼と竹とんぼを交互に見やった。

あれ? と首を傾げたのは、彼が共に選んだカントリーマアムがなかったからだ。
おかしいな、彼は予定としてお菓子も置いておくって言ってたんだけどな。もしかしたら家に置いてきたのかもしれないし、我慢できずに自分で食べちゃったかもしれない。ふふふと頬を緩め竹とんぼを指で摘んだ。
これ、もらっちゃっていいんだよね。妖精さんは私だもんね。

「ありがとうジローくん」

こっそりひっそりそよ風に紛れるように。音もなくお礼を囁いて、彼が起きてしまう前にサッと立ち去った。
今日の気配消しも余裕でしたね。プロと呼んでくださいよ。脳内の私が黒背景にドヤ顔で足を組んだ。


次に訪れた黒背景は取材劇に使われることはなかった。深い深い穴に落とされたような錯覚。要するに大きなショックを受けて私は黒に覆われてしまった。
クラスメートの男子──軽美がジローくんにお菓子を持って話しかけていた。レア中のレア、『ムースカントリーマアム』を楽し気に掲げている。

「ジローありがとな!これいただくわ」

昼寝を終えて教室に戻ってきたジローくんは突然のお礼に目を丸くするも、すぐにああ〜と納得の声を上げた。

「もしかしていつもお菓子置いてくれてたのっておめぇなの?」
「そうだよ。美味かったろ?」

軽美の周りの男子たちが楽しそうに笑っている。嫌な感じだ。まるで彼をからかっているような。

裏庭を軽美たちグループが通る所を何回か見たことがある。どころか、私がジローくんにと置いたお菓子を取っていこうとした姿も見たことがある。そのたび樺地くんや宍戸に止められていた。
きっと今日も寝ているジローくんに近づいて見てみたら、お礼を受け取ってというメモがあったのでお菓子だけ奪っていったのだろう。まさか竹とんぼまでお礼とは思わなかったんじゃないだろうか。

私が軽美たちに憎悪を燃やしている間にも、ジローくんは「おいCよー」とうんうん頷いていた。寝起きなのでテンションが上がっていないけれど、軽美たちの話を信じている様子。
「いつもお菓子置いてるってなに?」「裏庭で寝てるジローに腹が減るだろうと思ってお菓子置いてやってたんだよ」「一時期体脂肪率がどうとか言ってたのそれか」軽美の大きな声にクラス中が認識していく。裏庭のひそかな楽しみが明らかになっていく。一気に手や足の先が冷えていった。

そんなのってないよ。私なんだよ。

でもこれは今まで伝えなかった結果だ。勇気のない私自身のせい。元はといえばジローくんが笑ってくれればそれで良いと始めたことじゃないか。彼の楽しそうな、嬉しそうな姿をたくさん見てきたよ。もう充分じゃないか。
見ていられなくて自席に座ったまま俯いた。自分を納得させるためには今のジローくんの笑顔は毒であった。本末転倒だ。

「妖精さん見つけたら言おうと思ってたんだ」

ジローくんの言葉に俯いていた顔を上げる。彼は軽美を見ていた。

「俺さあ、立海に行っても丸井くんと試合できなかった日はすっげー落ち込むんだけど、もらったお菓子食べたら元気出たんだよね」

突如現れたマルイクンという人に、クラス中が「誰だ?」と頭の上に疑問符を飛ばす。皆の動揺を知ってか知らずか、ジローくんは頭の後ろで手を組み思い出すように目線を上へ向けた。

「岳人んちの階段で滑った時も、もらったお菓子のおかげでお尻痛くなかったCー……潰れたけど。部活が遅くに終わった後はさぁ、いつも宍戸が狙ってくるから死守するの大変だったんだよ〜」
「オイ、一回きりだろ。話を盛るな」

ジローくんの後ろから教室に入ってきた宍戸くんは、彼をじろりと睨むと今度は軽美が持っているカントリーマアムに気がついたようだった。しばらく目を止め、「それ」と顎で刺す。

「どこで手に入ったんだよ。そこらのコンビニじゃ見ねぇけど」
「え、どこって……」
「だがしやだよ。ね」

言い淀んだ軽美に被せるように発し、ジローくんは私へと目線を向けた。頷くこともできずに口を丸く開けながら動向を見ることしかできない。

「よーするに、俺、いっつも君に助けられてた! どうもありがとうー!」

膝に手をつき、勢いよく彼がお辞儀をする。彼が叫んだ声が全身を覆って、呼吸を忘れたかのように息が止まってしまった。
助けられてた? それはこっちのセリフだよ。ジローくんのおかげで毎日楽しく過ごすことができた。そりゃ財布は火の車だけど、10円のガムでだってジローくんは同じように喜んでくれていた。その姿が、その笑顔が、私をもっともっとと欲深くさせた。
『私に気づいてほしい』って、思ってしまった。

鞄に手を突っ込む。私が目的の物を探している間に軽美が「あのさジロー、悪いんだけど……」と騙したことを謝った。ジローくんのあまりの眩しい感謝に罪悪感でも抱いたのだろうか、お菓子置いてたの俺じゃないんだと申し訳なさそうに告げる。
「あ、そうなの? 急に語っちゃって俺ハズカCーね!」なんて照れくさそうに頭を掻くジローくんは、嘘をつかれたことを事もなげに笑い飛ばした。誰に対してもそうやって笑ってくれる、そんなところが好きなのだ。

指先で竹とんぼを擦るように回すと、ぶーんと飛んで行った。教室の天井近くまで到達し、くるくると回りながら床に落ちる。
竹とんぼ? 誰? なんで? なんてざわめく教室の中、ジローくんが足元から竹とんぼを拾い「あー」と納得の声を出した。

「ご、ごめん、それ私の……」
「なんで今のタイミングで飛ばすんだよ!」
「竹とんぼなつかしー」

教室のざわめきがいつものように戻る。からかわれながらもどうにかこうにかジローくんに近づき、肩で一呼吸置いてから彼に顔を合わせた。
竹とんぼの柄を指先でくるくると回し、その模様を眺めていたジローくんがこちらを向いた。

「それ、わ、私の……」
「だねぇ。この模様、みょうじさんぽいもんね!」

にかっと笑うジローくんの言葉に目が点となり、模様を改めて凝視する。わ、私っぽい? 名前が書いてあるわけじゃなしに。わかってるのかなジローくん、この竹とんぼが私のものってつまり、私が彼にお菓子をあげていたんだよと言いたかったんだけどな。
まあ、気づかないのも彼らしいといえばそうだ。今まで緊張していた肩が、筋肉が、喉が、一気に呼吸を始める。もういいか。結局誰がお菓子を置いたかなんて、謎は謎のままが彼の好奇心を刺激するかもしれないし。

「だからそれ選んだんだ!」
「え?」
「もっと喜んだ姿見たかったなあ〜」

気配ないんだもんなあ〜、なんて大きな一人言を零しながらジローくんは自席へと向かっていく。眠いのか、ふらふらとした足取りなのでガスガスと机やクラスメートを直撃していった。
私はしばらくその場で固まって、ない頭を必死に動かして考えること数分。宍戸くんに小突かれてやっとこさ声を発することができた。

「まさかだがしやの時から気づ──!!」

すでに机の上に雪崩れ込むようにジローくんは寝ていた。



裏庭の花壇に近い木陰の特等席で今日もジローくんは寝ていた。いつもと違うのは樺地くんが横に座っていることで、どうしたもんかと近寄れない私を見ると、樺地くんはジローくんを大きく揺すり始めた。
しばらくして「んあ……?」と起きたジローくんは、私を発見して「ありがと樺ちゃん!」とハイタッチを樺地くんに贈っていた。もう用は済んだとばかりに樺地くんはゆっくり校舎内へと去っていく。

「ふっふっふ、ついに突き止めたぜみょうじさん! 起きて待ってたかいあったなぁ」
「え……いや今樺地くんが起こした」
「お礼、ちゃんとしたくってね〜。一緒に食べよう! お菓子」

少し座る位置をずらしたジローくんは、隣の芝をぽんぽんと叩いた。と、隣に座るっていきなりハードル高くなりすぎじゃないか? 緊張と動揺で目を白黒させている間に、彼はお菓子を次々と広げていく。それは私が最近あげていたお菓子だったので、慌てて近寄ってしゃがみこんだ。

「お菓子! 食べてなかったの!?」

確かに最近教室内で食べている様子は見ていなかった。でもお家とか部活後に食べていると思っていた。……も、もしかしていらなかったのかな。食べることは強制ではないので、私のこの反応は間違っている気がする。そりゃほぼ毎日贈られればうんざりもするよ。
しかし「うん」と普通に頷いたジローくんに、考えが読めず脱力した。

「俺一人で食べんのもったいねー! 一緒に食べたかったからストックしてたんだ」

至近距離で直射日光を浴びてしまった。肌がチリチリと焼ける。手のひらに汗が滲む。熱に溶かされたように身体が燃える。今まで遠くで見てきた私には刺激が強すぎるのに、案の定目が離せなかった。
黒背景も白背景に浄化される。それどころかキラキラした光まで浮かんでいて、思わず「好きです」なんて口走ってしまった。もう遠くから見ているだけの日々には戻れないなと、そう思います。


20/08/19

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