短編 | ナノ

▼ 束縛も良いモノなんだぜ平古場

「平古場って束縛が大嫌いなんだって」

比嘉中ただいま昼休憩時間である。三年二組の教室の片隅で、弁当を箸でつつきながら女友達とクラスメートの噂話に花を咲かせていた。女子はモテ男の情報に目がないのだ。
辺りを見渡して教室内に当人である平古場がいないことを確認すると、発したその子は箸先をくるくる回しながら知ってた? とでも言いたげに私や隣の友達に目を向けた。ご飯を食べていた手が止まる。

「知らなかったけどわかるやー。あいつ自由気ままて感じするし」
「彼女に縛られたら即別れそう」
「でも平古場と付き合う子は不安になりそうやし無理もないさぁ。じゅんに好きか? って感じの態度取りそうやー平古場。あんしぇー束縛したくんなるばぁ」

それな〜。と三者三様に納得で話が終わる。次には甲斐の髪の毛はどんな髪型が一番似合いそうか、という話題に移っていった。私だけが箸を止めたまま呆然としている。時が進まない。

えっ。平古場って束縛嫌いなの?

確かにベタベタ人付き合いするタイプではないし、ふらっと一人になる所も度々見かける。いわゆる一匹狼気質だ。クラスメートにどこに行くの? 何してるの? など聞かれてダルそうに無言で返していた姿も見たことがある。

ふうん。平古場って束縛嫌いなの。

箸を止めたまま、スウッと精神を整える。そうでもしないと指からガタガタと震えそうであった。
『彼女に縛られたら即別れそう』、たった今発さられた友達の言葉に血の気が引く。それはまずい。それは困る。来週やっと付き合って一ヶ月記念日だってのに!

らしくもなくカレンダーにハートマークまで書くほどの楽しみっぷりであった。お小遣いを貯めて平古場が好きそうなシルバーアクセも買ったし、新しい服選びなんて五時間はかかった。他にも下準備は諸々進めている。……必死こいたこのワクワクが『束縛』の重さと比例してしまっていたらどうしよう。
慌ててスマホを開いた。平古場とのメッセージのやり取りを見返す。

『来週付き合って1ヶ月だよ。覚えてる?笑 遊びに行こー』
『おー』

束縛じゃない!? わからないけどこれ縛ってない!? 笑がうざくない!?
テニス部で忙しい平古場と遊ぶ暇などろくになく、校内で話すことも気恥ずかしく挨拶程の付き合いなのに、一ヶ月経ちましたっつって律儀に祝うのか? それは気持ち悪くないか? 愕然とした。この記念日にフラれたらどうする。

と、とりあえずやめようかな。
入力欄に『やっぱり遊ぶのやめよ!』と入れて送信ボタンに指を伸ばしたが、いつまで経ってもそれは動かなかった。心臓ばかりけたたましく動く。
ここで断ったら、次はいつ記念日と称してイベントを平古場とできる? クリスマスやバレンタインデーにはまだ早い。そこまで交際できているかも不安なところだ。一応は平古場も一ヶ月記念日に遊ぶことを了承しているし、別に遊ぶくらい良いのでは? 突然にフラれるなんて可能性は低いだろう。

ひとり眉を寄せうんうん唸っていたので、友人が「話聞いてる?」と突っ込んできた。慌てて謝った拍子に、宙をさまよっていた指が送信ボタンを押してしまう。

「ああー!」
「あいっどした」

頭が真っ白になりながらも、送信したメッセージを平古場に見られる前に削除しようとしたが、彼にしては珍しくすぐに既読が付いた。
スマホを片手にしゅるしゅると身体の力が抜ける。お弁当を抱えて机に伏せた。冷静に考えるとだ、平古場はこういうどっちだよ案件が嫌いそうに思う。やっちまったな……と涙をのんだ。

こんこん、と机にノックが響く。奇行な私に友達が痺れを切らしたか、と顔を上げるとそこには平古場が立っていた。椅子からずり落ちそうになった。

「ぬーがよさっきの」
「……!」

見下ろしてくる平古場はわりと怒ってはいないように見えるが、この状況が困る。女友達が「さっきの?」「え?」と私と平古場の顔を行ったり来たりと見ては首を傾げた。
彼女たちに交際のことは言ってないので冷や汗が額を流れる。周りには付き合ってることわざわざ言わなくてもいいんじゃね、と言い出したのは平古場のくせに、バレてもいいのかと私の方が焦った。

「あ、もしかして束縛が嫌いって話聞こえとーたん?」
「あ?」
「嫌いなんでしょ? 束縛。縛られたくないって言いんらー、その分彼女に愛伝えてんの?」

先程の平古場の束縛嫌いの噂話が本人に聞こえてたと思ったのか、女友達はそれでも構わないとでも言いたげにニヤニヤと彼自身に訊き始めた。彼女目の前にして肝がありすぎるでしょ。
もちろん平古場は先程までこの教室にはいなかったし、なんのことやらであるはずだ。けれど賢い彼はピンときたのか、私の白い顔を見てははあと目を細める。

「まあ……束縛は嫌いだけどよー」
「!!」
「愛とか小っ恥じかさること言いんのやめれー。うりやかみょうじ、永四郎が呼ろたんどー」
「え? 木手くんが?」

平古場自身による重い女は苦手宣言をされてしまった。ここ一ヶ月の私の行動を思い出しては、束縛に当てはまっていないか検証が今すぐ必要である。
だってのに木手くんに呼ばれてると知ったらばすぐに向かわないと後が怖い。平古場に聞くところによると、言うこと聞かなければゴーヤを口に突っ込まれると言うし。
女友達と別れ、教室を出る。私なにか木手くんに呼び出されることしたっけな、と思案していると隣に平古場が並んできた。

「ぬーなんやさっきの話。一ヶ月記念日とやらがなしんなったことに関係あんのがさぁ」
「ま、まあ……なんか束縛してるっぽくない? 一ヶ月って」
「はあ?」
「一年とかならわかるけど一ヶ月って! 名前知ったレベルなのに記念日にするの束縛っぽくない!?」
「名前だけじゃねーらん。わったーキスんしたし」
「わああ」

突然恥ずかしいことを言い出した平古場の腹に慌てて突きをお見舞いしたがとても固い腹筋に拳が痛くなった。身悶える私を見てフフンと笑む平古場に羞恥が募る。私だけ必死。とても恥ずかしい。

「とにかく一ヶ月はナシにしようお互いに。木手くん呼んでるので行きます私はさようなら」
「呼んでねーよ、ゆくし」

え、嘘? 唖然として止まる。振り返った先の平古場は、真っ直ぐに私を見据えていたのでそこではたと気づいた。二人で話したいがために教室から離れさせたのか。
「みょうじがやめたいなら良いんやしが」と平古場は少し機嫌の悪そうな声で続けた。

「別に束縛ってわけでもねーらん。記念日とかじゃなくてわったー全然遊べねえから遊べるのは単純に嬉しいさー。やーもそうやあらんのがさー?」
「そ、そうだけど……」

単純に嬉しいレベルではない。幽霊もびっくりするほどの浮かれぽんち具合だ。乙女をナメないでほしい。
でも同時に嫌われたくないという心が……! 今回は束縛に入らなかったとして、今後もそれが出来るとは限らない。知らぬ間に嫌な気持ちを抱かせたくはないし。言い淀んでいると、平古場は少し考えるように腕を組んだ。

「じゃあ別にゆたさんだろ。約束通り来週やー」
「うん……じゃあ代わりに束縛を教えてくれない?」
「はあ? 意味わかんねー」
「やっぱり本人に聞くのが一番かなって。人によって束縛具合違うし」
「ぬーんちそんな面倒くささること……」
「私が束縛しないようにだよ」

げっそりした顔で呆れた平古場を見て怯む。う、もうすでにこれが嫌われる要因になっている気がする。でも聞くは一時の恥だとも言うし、これで今後平古場の嫌がることをしないようになるなら結果オーライでは?
平古場は顔を渋くしていたが、ふと気づいたように目を瞬かせた。私をまじまじと見て「あー」と納得の声を上げる。

「やー、わんに嫌われたくねーんだ」

覗き込むように上半身を傾けてこられたせいで、いつもよりぐっと距離が縮まっていた。おかげで男前な顔が視界いっぱいに映り込んだので息が止まる。そんな私の反応に満足したのか、ニヤニヤと口角を上げて「ふーん」と平古場は鼻を鳴らす。

「そ、そ、そりゃそうでしょ、嫌われたい彼女なんて……! ……!」
「自分で言って照れてんの」
「……! ……!」

言葉にならず、頬が燃えるように熱くなる。誤魔化すように平古場の背中を突いた。どうやら背筋も鍛えられているらしい。再びの拳の痛みに身悶える。

「いいぜー。来週たっぷり教えてやるさぁ」

ふざけた調子で頭をかき混ぜてきた平古場は、そのままヒラヒラと手を振り廊下を行ってしまった。突然ご機嫌になって変なやつ……かっこいい。平古場を好きになってから度々出現する乙女を手で払った。




「なるほど毎日のメッセージのやり取りは束縛に入るんだね。おはようとおやすみだけも入りますか?」
「botかよ」
「平古場は嫌い……と」

カフェのオープンテラスでジュースを飲みながら語り合う。柄シャツに黒スキニーで比較的大人しめに登場した平古場は、されど普段の制服姿とはかけ離れており、待ち合わせでは太陽光とも合わせて光りすぎて視界に認めた瞬間見失った。平古場は自分が眩しい存在だということを理解した方がいい。
デートして数時間、平古場の中の束縛という概念がわかってきた気がする。スマホのメモ帳に書き足していくと、彼にドン引いた視線を向けられた。

「待って。平古場を今後うざがらせないためだから。今日は我慢して」
「あのなー。んなこと……」
「やたらと付いてくるとかは? 買い物とか」
「無理。一人の時間もくれよって思う」
「だよねー」
「……」

今まで出してきた束縛の例はネットの検索結果のサイトを参考にしているが、わりと当てはまらなくてホッとした。一人で海を眺める平古場の姿が好きだし、こっそりダンスしに行く彼の邪魔をしたくないと思っていたし、この健気な心が良い結果を生み出したのかもしれない。気づかれないようにガッツポーズを作った。

ふと、サイトを見続けていると気になる項目に目が止まった。そしてヒッと息を呑む。付き合って一ヶ月などの早い時期に指輪をプレゼントするのは重いと書かれていたからだ。

ドッドッド、心音が鈍くけたたましく鳴るのがわかる。数日前の記憶が確かなら、私は一ヶ月記念として平古場にシルバーアクセ……つまり指輪を購入したからだ。

束縛だー!!
顔を覆う。平古場に似合うかな、と購入した私、もしかして素で束縛気質ありすぎ? 気づかれるわけにいかない。この指輪は墓まで持って行こう。
いやしかし。待てよ、平古場にとってはこれは束縛に入らないかもしれない。ハッと気づき、藁にもすがる思いで訊ねてみる。

「え、指輪も束縛の例として書かれてあんに?」
「え、あ、うん」
「へぇ……いや、束縛じゃねーだろ……。……」

ど、動揺している。今までの例えの答えのようにピシャリと返してこず、視線を落としながら重々しく紡いだ平古場。なんだか自分に言い聞かせているように聞こえたので、まじまじと見つめてしまった。彼は「ぬーがよ」と口をへの字に曲げたので、真顔で訊ねる。

「もしかして指輪誰かにあげたことある? 元カノとか」
「……あ?」
「あ、……あ! ごめん! 違う、なんか束縛行為として認めたくないように聞こえたから……いや! 指輪は束縛じゃないよね! いいと思う!」

一ヶ月に指輪くらいあげるよ! 彼女が欲しがったらあげるよね! ね、とそこの通行人にも同意を求めたい勢いだ。
元カノとの恋愛経験値を聞きたかったわけではない。前の女の話するなんてまさしく束縛だ。これは詰んだ。クロです。うざがられる。さよなら。
平古場は「あ?」の顔のまま止まって私を強い眼力で睨み続けてきた。まさにハブに睨まれたカエル状態。

「誰にもやってねー」

しばらくして小さく呻くように呟いた彼にぎくりと肩が強張った。そっか、それは良かった。気づかれないように安堵する。ではさっきの動揺はいったい。
私が怪訝な顔でじろじろと見続けてしまったからか、平古場は居心地が悪そうに背もたれに背中を押しつけ一息ついた。

「……っあーもー、くりが束縛になるんばあそれでもいいさぁ」
「え?」

平古場はポケットから小包みを取り出すと、テーブルの上にすっと優しく置いた。
先ほどの言葉といい、咀嚼しきれずに疑問符を浮かべる。平古場を見ると顎で促されたので、小包みをそっと開けた。中を見て驚愕する。手のひらに出てきたのは、私が彼に購入したものと同じ指輪だった。

「やーが初めてやっさー。ふらー」

照れ隠しなのか、口を尖らせながらそれでも目を離してくれない平古場。手元の指輪がすり抜けて落ちそうで、慌ててぎゅっと握った。え、え、と声が上ずって言葉にならない。

「なんでこれ」
「見てたろ」

まだ売り切れになっていないか、本当にこのデザインでいいだろうか、あれっいくらだっけ。そう何度も何度もショップに足を運んだので、平古場にいつ認識されていたかはわからない。見ていてくれていたのか、と胸が踊ると共に、図らずもおそろいになってしまったと先に知ってふふふと笑みが洩れる。

バッグから平古場同様小包みを取り出し、す……とテーブルの上に置いた。私の動きに訝しんでいた彼はそれを見て少しの間の後、文字通り頭を抱え始めた。

「はーーー……勘弁。わんにかよ。男物が欲しいのかよって思とーたんやさ……」
「今欲しくなったよ」

脱力してテーブルに肘をつき顔を覆う平古場に構わず、いそいそと自分の指に指輪をはめる。ゴツいけどこれはただの男物の指輪ではない。平古場がくれた指輪だ。何億万もの価値がある。笑っちゃう。

手のひらをあらゆる方向に向けてひとり楽しんでいた私を彼がどう思っていたのかはわからないが、しばらく何も言わず見ていた平古場も気まぐれに自身の指に指輪をはめた。うん、やっぱり君の方が似合うわ。そりゃあな。

「束縛されたんやー」

彼が手のひらを私に掲げ、指輪越しに目が合う。その微笑みを真正面から浴びせられた私はどうしたらいい? 言外に嫌っていないぞと含まれているように聞こえたのが嬉しくて、思わずその手のひらに自身のそれを重ねて握手に持ち込んだ。
「ぬーがよ」吹き出すように平古場は笑いながらも強く握り返してくれたのだった。



20.06.13

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