▼ 乾貞治と付き合う5つのメリット
「みょうじー、乾が呼んでるぞ」
休み時間の騒然とした教室に、一際目立つ声量で紡がれた言葉。一瞬、場が静かになったが、クラスメートたちが扉の前に立っている人物を認めた瞬間、またそれぞれの話に戻っていった。ああ、乾か。そんな意味が込められたような空気は、彼が有名人ということを証明している。
乾貞治、全国優勝を飾った青学テニス部のレギュラーという名だけでなく、データマンという愛称は学校生活でも浸透していた。彼は誰彼構わず、情報収集のためいろんな人に声をかけることが多かったから。
さて、私には何の用かな。なんだかんだ初めてかも。この間ボランティアで表彰された原見とクラスメートだし、彼のことを聞きに来たのかな。それともピアノのコンクールで優勝した華益さんのこと? まったく思いつかない。
うんうんと予測を立てつつも、扉の前に立つ乾くんの元へ近づく。さ、さすが180cm超え。圧迫感がすごい。こんなに近づいたことは初めてで、彼を見上げて首の痛みを実感した。
「なに?」
「突然呼び出してすまないね。少し時間をもらえるかな」
眼鏡の奥の瞳が見えず、何を考えているかわからない彼の言葉に少し逡巡し、頷いた。すぐに動き出した乾くんの後ろについて歩く。
無言で先を行く彼の歩幅は広いはずなのに、私に合わせてなのか速いとは感じなかった。身長の高さから、逆に人に合わせることに慣れたのかもしれない。
視聴覚室の前で止まると、乾くんはポケットから鍵を取り出した。ぎょっと驚く。鍵、持ってるんだ。使用用途を述べないと借りられないって聞いたことあるけど、わざわざ視聴覚室で何かをするのだろうか。……私を連れて?
さては私以外にも誰か来るのだろうか、と思ったけれど室内には誰もおらず、乾くんは私が中に入るととっとと扉を閉めてしまった。それどころか、ガチャンと鍵を締める始末。
別に男子、それも同学年の顔見知りに対して恐怖を抱いたことはない。とはいえ、何も言われず誰もいない教室に連れてこられ、無言で鍵を締められるという行為は、さすがに違和感を覚える。
ごくりと生唾を気づかれないように飲み込み、そっと彼から距離を置いた。乾くんは突っ立つ私に構わず、視聴覚室の奥に進むと教壇に置いてあったプロジェクターを弄り始めた。
しばらく動向を見守っていると、黒板の前にスクリーンを下ろし始める。ここで少し合点がいった。
なにか、動画を流すのだろうか。……私に? 乾くんの行動は予測がやっとついたが、どれも語尾に『私に』を付けると謎が深まるばかりであった。なぜなら今まで関わりがなく、そうされる理由が思いつかないからである。
「みょうじさん、そこの椅子に座ってくれ。短時間で済ます予定だよ、目安は質疑応答を含めて15分といったところかな」
「はあ……」
危害は加えられなさそうなので、素直に従ってスクリーンから少し離れた位置に置かれていた一脚に座った。私の動きに満足そうに頷いた乾くんは、「じゃあ始めようか」と暗幕カーテンを閉めきった。室内が一気に暗くなる。
なにが流されるというのだろうか、緊張が走る私の視線を一身に浴び、スクリーンの横でノートを開いた乾くん。
パッ。
スクリーンに映される、『乾貞治と付き合うメリット』の文字。
目が点になった。
「貴重な休み時間を割いてくれてありがとう。君も知っているとは思うが、自己紹介といこうか。乾貞治、3年11組。テニス部に所属している。プレイスタイルはサーブ&ボレーヤー。性格は研究熱心で知略的、とでも言っておこうかな。気になったことは調べないと収まらない性質でね。誕生日は6月3日、血液型はAB型。座右の銘は、知恵は万代の宝。知識を増やせば選択肢も多く増える。今回のプレゼンは、君にも選択肢を見つけてほしいと思って用意させてもらったよ」
パッと映されたスライドには、乾くんのプロフィールが載ってある。へ、へえ、乾くんて苦手科目家庭科なんだ。意外、苦手科目とかないと思っていた。日課、眼鏡のお手入れって乾くんっぽいな、几帳面そう。あ、へー、将棋やチェスとか得意なんだー……計算得意そうだもんね。
…………何を見せられているんだ? 私は。
「今回のプレゼンの目的は、この乾貞治との交際の提案だ。正式に交際を申し込むにあたり、交際に至るメリット・デメリットを紹介させてもらう」
「はっ、あの、えっ? 軽く進められたけどちょっと、あの」
「申し訳ないが、質問等はこの後の質疑応答の時間にまとめてもらってもいいかな。まずはご静聴いただきたい」
「あ、すいません」
優しく注意されてしまった。動揺に跳ねた肩を萎ませる。ここは乾くんのテリトリーだ。私が途中で口を挟めるものではないと、そう言っている。
カチャリと眼鏡を上げた彼は、パッと次のスライドに変える。私の写真とプロフィールが映された。ずっこける。
「まずは現状を確認していこうかな。みょうじなまえさん、君の初恋は小学校低学年。以降は数人の恋を経て、今現在彼氏もとい、好きな人はいない。そうだね?」
「あの! さすがにプライバシーの侵害では!」
「今は恋愛よりも学校生活を大事にしていると、君の友人から情報を得た。俺なりに理由を推測してみたが、君は過去に恋人と自然消滅し、故に恋愛にマイナス印象を抱いたまま、次に進む気力が湧かないといったところと考えた」
「だっ誰!? そんなこと教えたの!」
数人の女友達の顔が浮かんだが、しばらくして息を大きく吐く。もう過去のことだ、それも乾くんはデータマン。こんなこと調べ尽くすのもお手の物だろう。嗅ぎ回るようなマネは確かに腹が立つが、自身のことを淡々と分析しそれを本人に伝える人というトンデモな人なんて今まで見たことがなかったものだから、まずは出方を窺うことにした。
「しかし君にはもう一度恋愛感情を抱いてもらいたい。何故なら、この乾貞治と交際をしてもらいたいからだ。まずは、マイナス印象を払拭できるよう、俺と交際した際のメリットを説明しよう」
「えーと……どうも」
パッ。また次のスライドに変わる。『乾貞治と付き合う5つのメリット』とタイトルが記載されてある下には、5つの箇条書き。口があんぐりと開く。
「第一に、まずは体調管理だ。普段の身体の健康はもちろん、ご希望であれば栄養素の摂取を考慮した食事メニュー、部位別の筋トレメニューを提供できる」
「はあ……」
「部員からも好評でね。欠点を改善するトレーニングメニューによって凄まじい成長を遂げた者もいる。また、特製乾汁は栄養素抜群。美肌効果も期待できる」
乾汁ってなんだろう。汁って。しかし研究が得意そうな乾くんのことだ、彼が美肌効果云々言うのならばそうなのだろう。それはいいな、飲んでみたい。
いやいや、なんの話だっけこれ。こめかみを掻いて、よく回る乾くんの口を観察する。こんなに喋ってるところ初めて見た。
「次に、テスト対策。教師の小テスト実施時期の目安を考えるのはもちろん、中間、期末で各教科の出題傾向を分析している。みょうじさんの苦手分野を考慮した対策を考え、成績を上げる手伝いをするよ」
「(塾の先生かな……)」
「第三に、俺は機械類の扱いが得意でね。パソコンからスマホ、あらゆる電気製品等に関して困ったことがあれば相談してほしい」
「(電器屋さんかな……)」
これぞプレゼンというべきか、短時間で乾くんの凄いところがバシバシと伝わってくる。相変わらず交際に関しては謎が深まるばかりだが、こうして引き込まれるような押し売りをされると、なんとも乾くんいい物件! と思ってしまう。さすがである。
「次に、俺は情報収集に長けていると自負している。多岐にわたって知識を増やしているつもりだ。だからみょうじさんの知らないようなことも話すことができ、楽しませられると考えている」
乾くんは例としてスライドに、『果実のスムージーによる肌の色の変化』、『疲労のメカニズムと回復法』、『焼肉の美味しい焼き方』などを記載していた。気になりすぎる。
「以上のことから分かると思うが、データ収集が癖でね。交際において、記念日が大事であることは理解している。みょうじさんと交際した暁には、嗜好、流行に則ったサプライズを練ろうと思っているよ」
カチャリと眼鏡のブリッジを上げ、少し誇らしげに(つまりドヤ顔)言い終わった乾くんは、手に持っていたノートを閉じた。
「以上、5つのメリットを紹介してきた。経験が浅いため、推測で話していることも多々ある。交際で得たデータで、より良い彼氏となれるよう改良していこう」
「……」
「デメリットの説明といこうか。今話したように、経験値がないことから君に満足感を抱いてもらうのに時間がかかるだろう。同時に、交際によりみょうじさん個人の時間を少なくしてしまう。これは了承していただきたい。……さて、以上でプレゼンは終了となる。質疑応答の時間にしよう」
ほんの少し右手を上げ、促すように私を指した乾くん。ひくり、上げた口角が引きつった。
な、な、なんだったんだ今のは……!
ものすごく推された。乾くんに乾くんを推されてしまった。告白にこういうパターンがあるって誰が想像できた? どんな反応を返せば正解なんだ? むしろこれは告白なのか?
乾くんのプレゼンは、とてもわかりやすく面白く、自分の良さをまとめるなんて私には到底無理なので尊敬に値した。
そう、わかりやすいのだ。わかりやすいけど、……いやわからないぞ! どういう気持ちでいればいいかわからない。
まとめとして今までの5つのメリットが記載してあるスライドを見上げる。人と付き合うことにメリットやデメリット、なんて考え方したことがなかったから、そういうのもあるのかと驚きだ。
でも確かに、こう説明されると「おっちょっと付き合ってみようかな」と思……うかな、うん。思わないな。
しかし、それを言うならばである。
はい、と挙手をした。場の空気に準じる。「どうぞ」と指された。
「私が乾くんと付き合ってメリットがたくさんあるのはわかったけど、乾くんはメリットあるのかな」
「ん? それはもちろんだ。君と交際することでおそらくPEAという脳内ホルモンが分泌される。これは脳内麻薬とも言われていて、分泌されることでエネルギーの生産、高揚状態に繋がるらしい。同様に恋愛の継続においてオキシトシンの分泌が促進されると、リラクゼーション効果、精神の安定が期待される。大変興味がある」
「興味……」
「なにより、まだ知らない君のデータを一番近くで得ることができるんだ。フフ……」
再度眼鏡をブリッジを上げつつ笑みをこぼした乾くん。不気味すぎて座ったまま身体を引いた。
いまいち乾くんのメリットがわからなかったけれど、そうか、そうか。乾くん、もしかして「交際というデータ」を集めるつもりなのだろうか。今まで付き合ったことないのかな。口振り的にはその様子ではある。
どうして私に提案してきたのかはわからないが、一般的な研究対象を選択したというならまだわかる。
友だちと呼べるほど話したこともないため、よくもまあ協力してもらえると思ったものだなと脱力はするが、逆に関わりがないから乾くんもデータ収集に燃えるのかも。私とのデータなんて、すぐに集まりそうな気もするけど……それで交際も終了となるのだろうか。
心なしかウキウキとした様子で見てくる乾くんを見ていると、だんだんと笑えてきてしまった。わざわざこんなプレゼンまで作って、交際の申し込みもズレてるし。きっと付き合ったら面白いんだろうな。
声を出して笑いながら「いいよ」と告げる。
「つまらないやつだけど、よろしくお願いします」
「……」
「え?」
交際に了承すると、彼は口を半開かせて止まってしまった。驚いている、のだろうか。自分から言っておいてなにを、と訝しげに首を傾げると、彼は「ああいや」呟きながら首を振った。
「今返答を貰えるとは思わなかった。後日の確率が78%で……」
「じゃあ私、22%の女だ」
特別感を提示されるとちょっぴり嬉しくなる。なんとも子供らしいと自分でも思うが、あの乾くんの予測を超えたかもしれないと思うと得意げになってしまった。
しばらく間が空いた後、彼はそうだねと頷いた。やんわりと笑んでいる。
「こちらこそよろしく。じゃあさっそくだけど、放課後一緒に帰らないかな? 駅前のカフェの、SNS映えするというカップル限定メニューを頼みたいんだ」
「……乾くんSNS映えとか気にしてるの」
初っ端からデータとして付き合ってほしい気が満々で、彼は嘘がつけなさそうだなと苦笑いがもれた。こうしてしばらく振り回されるのだろうか。
放課後になるとわざわざ乾くんが教室へ迎えにきてくれた。おかげで教室内は騒然となるかと思いきや、「まだデータ収集続いてたのか」とすぐに興味を失われた。目立たないのはありがたいことではある。
二人で並びながら学校を出て、駅前のカフェを目指すこととなった。
今日はテニス部休みなんだね、現国で小テストが出たよ、などと世間話を続けながら歩く。乾くんは話し上手と言うべきだろうか、こちらが話題を一つ思い浮かべれば、それに対して自分の持ち前の知識を披露してくれるので、なんだか歩く辞典みたいな活用をしてしまった。次の数学の小テストの範囲や、青学校内で人が滅多に来ないスポットなど、知っているようで知らないものが耳にどんどんと入っていく。
カフェに着くと、数組のカップルが店前で並んでいた。倣うように並ぶと、乾くんの頭が抜きん出る。待ち合わせとか目立つだろうな、なんてくだらないことを考えつつ彼を見上げると、乾くんは口を半開きさせたまま止まっていた。しばらく無言が続いた後、ノートを開いて何かを記していく乾くん。データを取れたようである。
店内は小物や光で飾られ、可愛いが男性も入りやすい雰囲気であった。それでも店員さんに誘導され席につき、真正面に座る乾くんを見ると、合成写真のようで吹き出してしまう。いや、だいぶ失礼だとは思うけど、乾くんにこんな可愛いイメージなかったから。
「『乾くん、このお店似合わないな』と思っているね」
「あ、うそ、そんな顔してた?」
「段々みょうじさんのデータも集まってきた」
早すぎるでしょ。まだ付き合い始めて4時間くらいだよ。一緒にいた時間なんて1時間経っているかどうか。それなら別れるのもすぐでは……と思ったが、やはり得意げな彼を見ると、まだデータ収集は続けるらしい。
集まってきた、って言ったって、広義的な意味でしょ。と何故か対抗心がメラッと燃え始める。メニューをテーブルに開き、カップル限定ページに目を落とす。
「じゃあ私がなにを選ぶかわかる?」
「それは……これかな」
しばらく悩むと思ったが、彼は間を空けずに一つのメニューを指差した。第一印象でいいなと思ったものだったため、咄嗟に驚愕の声が出る。
「えっすごいね乾くん!」
「一瞬で見た時に君は好物に視線を止めるが、メニューを何度か見ると普段食べたことのないようなものと悩み始める。そうするとお腹の空き具合と値段を見て決定するだろうから、ここからは予測がしづらいが……こっちになるかな」
そうして最初に指差したものとは違う、ちょっといいなと悩んだものを示してきた。あまりにも当たりすぎて逆に引いた。確かに、値段もそちらの方がお手頃だし、普段食べないものも食べてみたい。たった数時間で私のパターンを見出したってこと? 恐るべしデータマン。そりゃ青学テニス部も全国優勝する。
なんだか悔しいな、こうも見破られると何故か逆を行きたくなる。自分がこんなにも天邪鬼とは知らなくて、張り合うように前のめりになった。
「た、確かに普段の私ならそれを選ぶと思うけど、今は乾くんと付き合っている私だし。乾くんにも私の好きなもの分けたいから、こっちにしようと思ったよ」
そうして最初の好物メニューを示す。く、苦しいか……? なんて可愛げのないやつと思ったかも。ちらと横目で乾くんを窺うと、しばらく呆けていたが面白そうに微笑まれてしまった。
「君は存外負けず嫌いなようだ」
「……」
「交際してそれが露わになったのか、俺とだからそうなのか、興味深い」
「……そんな興味抱かなくていいよ……」
ノートに書き込んでいく乾くんを見ていると、張り合ってしまったのが恥ずかしくなってしまった。
とはいえ、注文は好物メニューにした。そうかもね、負けず嫌いかもね、なんてひとりごちる。悔しい気持ちは、店員さんにファンシーなメニューを良い声で注文する乾くんが面白すぎて消えていったけれど。
「わーかわいい、乾くんシャッターチャンスだよ、これぞSNS映え」
「ああ」
大きなパフェを頼んだ乾くんは、角度を変えながらパシャリパシャリと写真を撮っていく。私も同様に自分のものを撮り、満足した私たちはいただきますと手を合わせた。
口いっぱいに放り込むと余りある幸せがやってくる。美味しい美味しい、と味わってふと前を見ると、乾くんはちびちび食べながらじっと私を見ていた(眼鏡の奥はわからないが)。
「リスのように頬張って食べるんだね。幸せそうだ」
「うん、美味しいよ。一口が大きいっていうのもあるけど、口いっぱいに食べるとさらに美味しく感じるし」
「それは軟口蓋に当たることで快感が引き出され」
「乾くんも食べてみる? はい」
こんもりとスプーンに掬って彼の口の前に突き出す。乾くん口が小さいけどこれくらいなら入るでしょ。
先ほど言った、"乾くんに私の好きなものを分けたい"との言葉は負けず嫌いで出したわけでも嘘でもない。たとえ仮初めだとしても、彼氏と好きなものを共有することは憧れていた。
「え」と止まった乾くんは、二回ほど眼鏡のブリッジを上げると、ようやくして口を開いた。あんぐりとした大きさに、開くんだと思いながらもスプーンを突っ込む。
「美味しい?」
「…………うん」
もぐもぐと咀嚼しながらも頷く乾くんを見ると、ちょっとかわいいなと思ってしまった。嬉しくて頬が緩む。
彼はやっぱり何度も眼鏡を上げ、ブツブツとつぶやきながらノートに書き始めた。食べている時くらいノートしまえばいいのに、と思いながらスプーンで掬おうとして、ハッと気づく。
……間接キスだ……乾くんと間接キスになるこれ……。
一応は彼氏なのだから気にしなくてもいいだろうけど、咄嗟に乾くんを見る。まだノートを見ていたため、気にしてないかと脱力した。
カフェを出てしばらく行くと、乾くんはゲーセンを指差した。「みょうじさんとやりたいことがあるんだ」と先を歩く背中についていく。
そこにあったのはプリクラで、どうだろうかとばかり振り返った顔に、親指を立てることで返事をした。
「あはは、乾くん身長高いからはみ出てるよ。 もうちょっと屈んでー」
「こうかな?」
「あっ待って撮られた、私爆笑してるし」
「正しくは大笑いだね。爆笑は大勢が笑うことで……」
「とか言ってるとすぐに撮られてるからほら、ほらー! 乾くん笑ってって」
「フフ……」
「ちょっと固い。あ、ねえねえ指でハート作ろう、こうやって……それじゃあ摘んでるだけー!」
プリクラを撮ったことがないのだろうか、終始シャッターのリズムが合わずポーズも笑顔もぎこちなかった乾くんに対し、私はどの写真も大笑いしてばかりであった。キメ顔すら作る暇もない。
らくがきも同様で、私の真似をしながら不器用にスタンプを押していく乾くんを見ていたらいつのまにか制限時間を過ぎてしまった。出来上がったプリクラを二人で分け、てんで慣れていないそれを見ながら笑いを噛みしめた。
「これはどういう使い方をしてるんだ?」シールのことを言っているのだろう、彼は切れ目をなぞる。
「私は携帯に画像を落として満足しちゃうけど……友だちにあげたりとか、手帳とかに貼る子もいるかな」
「そうか。じゃあ俺もノートに貼ろうかな」
「えー? なんか恥ずかしいな。ノート開いてそれ見えたら、データ書きたいこと忘れちゃうかもよ」
「フ、そうかもね。みょうじさんのことがその都度浮かぶだろう」
私は、さっきのプリクラ撮影が面白すぎて、それが思い出されて笑っちゃうかもって、言ったつもりだけれど。
乾くんが至極やわらかく口角を上げるものだから、空気を飲み込んだ。そんなに大切にするような姿勢をされるとドキッとするのでやめてほしい。
誤魔化すように「早くデータいっぱい書いてそのノートしまっちゃおう」と慌てて紡いだ。
「そうしたらまた新しいノートに貼るよ」
「え、ええ……これ5枚もあるよ、5冊分も貼るの?」
「なくなったらまた撮ってくれないかな? そうしたら10冊もいくだろう」
驚きで彼を見つめ、うん? と首を傾がれたことで慌てて目をそらした。
また、撮るつもりなんだ。そんなに長く付き合わないと思ったけれど、そうか、乾くん常にノート書いているから、10冊もすぐに書ききっちゃうかもしれないもんね。次にプリクラを撮る時は、もっと恋人みたいに写るだろうか。別れ難くなっちゃっていたりして。
今考えなくてもいいことを頭を振ることで振り払った。「また行こうね」言いながら、先のことは想像しないと決意づけた。