短編 | ナノ

▼ 跡部くんのお誕生日

いつも通りの朝が来まして、未だ夢の中の頭を必死に動かしながら学校への支度を進める。ここはホームグラウンド、欠伸を遠慮なしにしたところで咎める人は誰もいない。適度に髪を整え、朝ごはんを食べ、ゆるゆるとホームグラウンドから外へと出た。
夏から冬にかけての狭間の季節、秋です。寒すぎず、涼しいと感じる空気は澄んでいるようで、夏や冬よりも葉の匂いがスンッと鼻腔を突き抜ける。気持ちいい。

そんな秋風香る本日、氷帝学園の校門をくぐり抜けると、いつも通りとは全く違う、慌ただしさが広がっていた。

「跡部様の生誕のお祝いを伝えられる整理券はこちらで配布してます! 本日跡部様とお話しするにはこちらの整理券が必要です!」
「跡部様へのプレゼントはこちらでお預かりしております!」
「本日のお昼の放送は跡部様コールを行います。この日を知らない一年生は上級生から教わり──」

イベントテントが設置され、そこにはずらりと氷帝生が並んでいる。すでに整理券が配られているようで、掲げられている札を見てみると、「16:00〜16:05」と書かれてあった。ちなみに番号は800番代までいっている。は、早すぎでしょみんな。ライブかい。
しかし氷帝生がここまで賑わうのもわかる。本日は氷帝のシンボルとも言える跡部景吾さんの誕生日。それも彼は三年生であるから、中等部では最後となる。気合いの入れようも違う。
そっと整理券の列に並んで受け取った。私がもらう頃にはもう18:55〜19:00となっていた。いや、跡部くんこの時間そろそろ学校にいないでしょ。

上靴に履き替えた時、薔薇をいっぱいに入れたダンボールを抱えた生徒たちとすれ違う。「今日の跡部様は一段と輝いていたな……!」すでに跡部くんに会ったようで、ということはあの薔薇は舞わせたものかなと察した。今日の薔薇の消費量は半端ないぞ、きっと。

階段を登りきると、跡部様へのファンレターボックスが見えた。ちょうど女子生徒たちが入れたようで、黄色い声をあげながら廊下を走っていく。ファンレターボックスはパンパンで、口から手紙が溢れていた。ぽとん、収まりきらなかったラブレターが床に落ちたため、慌ててそれを拾う。さっきの子のやつかな、可哀想だと思ってボックスの口に押し込んだ。

「あれ、みょうじちゃんも跡部にラブレター?」
「滝くん、びっくりしたー、違う違う。落ちちゃったから」
「うわ、すごい量。やるねー」

もう少し大きければいいのにね、と笑んだ滝くんに倣って確かにと頷く。すると廊下の向こうから樺地くんがやってきて、新たなファンレターボックスを隣に置いた。このままだと3個4個と増えていきそうだ。だってまだ朝である。
1個目のファンレターボックスから郵便屋さんのごとくファンレターを回収した樺地くんは、私たちに向かってぺこりと頭を下げて、ゆっくり廊下の先へ消えていった。奇妙な光景すぎて言葉も出ない。

「あ、跡部くんてすごい人なんだな」
「今更?」

くすくすと笑う滝くんと一緒に廊下を歩く。途中、どの教室を覗いても跡部くんの話題で持ちきりだった。生まれた時からウインクができてただとか、ママとパパではなくムッター ファーターと呼んでいただとか、朝を起こしに小鳥がさえずりに来ているだとか、信憑性がまるでないものだけど、それを話す彼らは「さすが跡部様だよな」と興奮気味に頷き合っている。

予鈴が鳴ったため、滝くんに手を振り急いで教室へと入る。そこで気づいた。この予鈴、ハッピーバースデーの曲になっているぞ……!

グラウンドを見下ろせば、石灰で跡部くんを祝うメッセージが書かれている。
A組の前を通れば、教室の扉に薔薇が飾られている。
講堂に入れば、跡部くん専用の席が設けられ、誕生花を飾られている。
学食のメニューを見れば、跡部くん誕生日限定メニューが作られている。
パソコン授業では、デスクトップ画面はどのパソコンにも跡部様の美顔が設定されている。
音楽の授業では、必ずハッピーバースデー跡部様を歌う。
ヤホーのトップニュースでは、跡部くんの誕生日を取り上げられている。
トゥイッターでは、跡部様がトレンドに入った。

「世にも奇妙な物語だよ……」

最早宗教だ。これだけ跡部景吾一色にされて氷帝生は反感を抱くどころか、感激で常にテンションがMAXである。バレンタインデーの比ではない。生徒だけならまだしも教員も浮き足立っている。
さすがに怖くなってきたところで、向日が「さすがに跡部跡部すぎだろ」と至極真っ当なツッコミをした。うんうん、頷く。

「ところでよ、跡部へのプレゼントなんにした?」
「全然話変わってないから"ところで"できてないよ」
「跡部は1番が好きだからな、俺は鳥類最強のオウギワシのフィギュアにしたぜ」
「センスがすごい」

ドヤ顔を見せつけてきた向日に拍手を送る。そら誰も鳥類最強の人形を贈ろうだなんて思わないよ。
ネクタイを結び直していた忍足くんが、私たちの会話に軽く笑った音が聞こえた。

「俺はダテメにしたわ。似合うと思うでぇ」
「おい丸眼鏡人口増やす気かよ」
「丸眼鏡は俺のアイデンティティや。いくら跡部といえど渡すわけにはいかん」
「誰も取らねーし」
「なまえさんはなににしたん?」
「えーっと」

秘密、と洩らした声は思いの外小さくなってしまった。聡い忍足くんはわかった上で、かいらしなぁとからかうようにつぶやいた。半目で睨むが効いてない様子。
「二人はいつ渡すの?」今日は跡部くんに近寄ることすらままならない。直接プレゼントを渡すなんて以ての外では、と思ったが、二人揃って部活の後かなときた。そりゃそうだ。

「みょうじの分も渡してやろうか?」
「いやいや、私は……あの、実は持ってき忘れて」
「マジか。レアだな、跡部へのプレゼント忘れるやつ」
「宍戸や日吉あたりやりそうやけどな」
「日吉は逆に跡部の度肝を抜いてやるっつって数日前から用意してるパターンだろ」

ポケットの中に入っている小袋を指先で弄る。小さなそのプレゼントは、向日のフィギュアや忍足くんの伊達眼鏡と比べると霞んでしまう代物だ。
校舎に入る前に集められているプレゼントの山を思い出しても、こんなにしょぼいものはなかったように思う。ため息を吐きたい気持ちを必死に抑えた。

部活へ向かっていく二人を見送り、私もそろそろと後をついていってみると、案の定テニスコートの周りは多くの氷帝生が囲っていた。いつもは練習に集中するためにコート近くに生徒を寄らせることをしないと聞いている。今日は無礼講なのか、薔薇を舞い散らせている人や、歓声を上げて涙し喜んでいる人がいる。その生徒たちの視線を一身に浴びる、コートの真ん中に立つ王様──跡部様は、今日もいつも通り威風堂々と部を仕切っていた。

ちなみに跡部くんとお話しできる機会は、部活中はもちろん無理なので、次は18:00からなそうな。
私は18:55。その時にもなれば、もちろん日は暮れ、夜は深くなり始め、テニス部は終わり、校門も閉まり、お話会のテントだけが校門前に設置されていた。

「こんな時間まで大変だね跡部くん……」
「大変なことはねぇ。俺様は祝われてるだけだ」
「祝わせてくれるってのも、ありがたいことなんだなって今日一日で知ったよ」
「フン。……にしても第一声がそれかよ」
「あっ、おめでとう」
「ああ。ありがとよ」

今日初めて間近で見た跡部くんは、どこに行っても引っ張りだこだったはずなのに、疲労なんて見せずにいつも通りの綺麗な顔で口角を上げた。
「すみません、次の人がおりますのでそろそろ……」と黒服の剥がしの人に案内されたため、私は慌てて用意していたプレゼントを鞄から探す。まさかこんなに短い時間だなんて! 握手会さながらだ。

手間取っている間にも剥がしの人は私の肩を押す。プ、プレゼント渡すのは諦めようかな。そもそもそんなに良いものじゃないし、改めて渡すものでもないし。

「みょうじ、いい。後で会いに行ってやる」
「え!? いやいいです! 今日はちゃんとした手順で跡部くんと話さないとっていうか、それが氷帝生というか」
「なにむにゃむにゃ言ってんだ。氷帝生の前にテメェは俺様のダチだろうが」

今日私がわざわざ整理券をもらってまで跡部くんと話す機会を作った理由が、彼はわかっているのだろうか。他の氷帝生と同じように扱ってほしいような、ほしくないような、そんな面倒くさい乙女心なんてわかってもらいたくはないのだけれど。

「じゃあ、あの、待ってるね」

テントから出る寸前、振り返って小さく零す。
祝われる立場としてずっと前から準備に追われていただろうし、氷帝がホームグラウンドとはいえ朝からいろんな人に囲まれ疲れただろうし、だからこそ私一人のわがままで彼にまた負担をかけるなんてしたくないのだけれど。
私の言葉を拾い、満足気に微笑んだ跡部くんが心なしかうれしそうに見えたものだから、苦ではないかもなんて安堵した。



20171004

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