20ぷよ目「飲み込んだ傷痕」


白い天井。
目覚めたとき最初に見えたのはそれと……クルーク。
どうやらここは保健室らしい。
確かパニック症状起こしちゃったんだっけ。
それにしても、クルークが運んでくれたんだ。
……これが最後の会話になる、かな。
「やっと目覚めたみたいだね。大丈夫かい?」
「……」
私は無言で頷き、上半身を起こす。
それから、ここは暫く無音空間と化した。
何か話したいけど、恐くて聞けない。
勇気が出ない。
「……」
「……」
空気が重たくなっていく。
そんな中先に口を開いたのは、クルーク。
「フェノ、キミはボクのことが嫌いなんだろ」
「え?」
「答えてよ、今すぐに」
彼のそう言った声は、微かに震えていた。
嫌いじゃない。
そう答えたかったけれど、何故か口からその言葉は出なかった。
……リデル。
クルークのことを思うと、やっぱり私は嘘をついた方がいいのかな。
でも、やっぱりそれはできない。
「……」
「早く答えてよ」
なけなしの勇気を振り絞り、やっとの思いで言葉にする。
「嫌いな訳ない。私はクルークのこと、好きだよ」
「嘘だね」
そしてそれを、クルークは一瞬で粉々にした。
こんな場面で嘘なんか言えない、言うつもりも無いのに。
「キミはいつもボクを避けていた。レムレスにひっつかれて、ボクだけ別の世界に取り残して」
「違――「違うなんて言わせないよ。それに告白の答えだってまだじゃないか!!」……っ!!」
クルークは寂しそうな目で私に叫んだ。
それは良くも悪くも、「早くボクを振ってくれ」と言っているようにも感じる。
振るつもりはないよ。
むしろ振られるのは、私の方だから。
「……それなら、クルークもだよね」
「何がだよ」
「クルークも、私を嫌いなんだよね」
「っ!?」
そう、クルークの理論が正しいなら。
私はクルークと一緒に居たかった。でも、そこには常にリデルが居た。
故に私が居られる場所なんて、何処にもなかった。
……おかしいな、なんだか目の前がよく見えないや。
「私はトレードスクールのときからずっとクルークに会いたかったんだよ。レムレスが近くに居てくれたけど、クルークじゃないと嫌だった」
「……」
もしかしたら初めてかもしれない、人への我が儘。
あの時からクルークに会いたくて仕方がなかった。
「それで、私はようやく気付いたんだ。だから告白の返事もすぐにしたかった。とにかく一緒に居たかった。……そう思ってた」
「……」
段々と自分の声に嗚咽が入る。
さっきから落ちているこの水滴は何だろう。
「でも、私が帰ってきたときにはもうクルークは居なかった。これは、クルークが私を嫌いになったからだよね?」
「……ッ、」
だから、リデルと一緒に居ることになった。
そうすれば辻褄が合う。
話す度にクルークとの思い出が脳裏を過ぎり、余計に哀しくなっていく。
やめて。思い出させないで。
もう忘れさせてよ。
「ごめんね、クルーク……私のせいだ、クルークが私を嫌ったのも、リデルに迷惑を掛けたのも、私が壊れそうになったのも――」
感情が溢れ出しそうになった瞬間、唇が塞がれる。
……クルーク?
嫌だ、もう人を傷付けたくない。
一生懸命離れようともがくも、背中に手を回されているためどうしようもない。
そのうち抵抗する気もなくなり、落ち着くころゆっくりとそれは離れた。
「……もういいよ。私は「好きだよ」
クルークは言葉を遮り、私を強く抱き締める。
そして、真っ赤な顔になって囁いた。
「ボクは最初からキミを嫌うつもりは無いよ」
……本当に?
クルークはきょとんとした私を見て、今度はいつも通りの笑みを見せる。
「リデルはボクの相談相手さ。というより、この秀才であるクルーク様がキミとレムレス以外に興味を持つとでも?」
あ、いつものウザい優等生に戻った。
この様子じゃ嘘じゃないみたいだね。
「あれ、じゃあさっきの『好き』とか『付き合う』とかって?」
「あれはフェノが『好き』だから告白の練習に『付き合って』くれって言っただけの話さ」
うわあ、略されてただけか分かり辛い。
私はもうとにかく苦笑し続けることしかできなかった。
「……それよりキミだ。レムレスに毒されたりしてないよな?」
「へ?ししししてないしてない!……確かに結構抱き締められって離してよクルーク!」
話を終える前に、クルークは私を強く抱き締める。
密着するほどに強く、強く。
そんなこの訳の分からなくなった空間に誰かが姿を現す。
「やれやれ、告白しちゃったか」
「レッ、レムレス!?」
慌てて手を解いて窓の方を見ると、そこには満面の笑みの魔導師がいた。
……でも、刺客はそれだけじゃない。
「ああ。とはいえ、こいつの身体はいずれ私のものとなる……それまで待っているがいい」
「げっ、あや様……」
そういえばこの人の存在忘れてた。
ある意味一番の危険人物なのに。
「二人とも……フェノはボクのものですからね?」
「お前の身体は私と共用……フェノは私のものでもある」
「フェノ、甘〜いものでも食べて元気出そうよ♪おいしいよ」
ってか五月蝿い。色々な意味で五月蝿い。
私は溜め息を吐くと、「強い声のフェノ」に変わる。
「フェノはボクのだ」
「私のものだ」
「僕と一緒に居よう?」
声をかえると同時に性格も少し変わる。
ゆえに私は普通に苛立っていた。
いつもの私なら苦笑して終わりなのだろうが、今はそうでもない。
「貴様ら……少しくらい黙れ。さもなくば八大地獄へ突き落とすぞ」
「「申し訳ございませんフェノ様」」
「ほう、意外と私色に染まっていたか」
満足そうに微笑むあやクルに向かい、強く睨む。
随分余裕あり気だな。
「封印されるか謝るか、どちらが良い。……殺すぞ」
「くっ……」
奴は余裕を崩され、苦痛の表情を見せる。
まあ、当然謝られたとしても聞かないが。
「冗談だ」と呟き、ふと空が茜色に染まっていることに気付く。
……時計を見ればもう夕方、そろそろ強制下校時刻だ。
「時間か……戻るぞ、クルーク、あやクル」
「え?あ、うん!」
「ああ」
「あれ、僕は?」
知らん。


というかお前ら、他人から人を奪い取ろうとするな。
……いつも通りか。

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