第十章「禁忌の支配者」


「……ここは、」
「私が過去に居た世界だ。美しかろう?」
「……」

不可視の月が輝く夜。
紅、もとい過去のナマエに『あやクル』と呼ばれた者と彼女はアルカ遺跡へ来ていた。
そこは少し前、彼女の記憶が消える前にクルークが本の封印を解いた場所。
最深部の石板を壊した先、無数の古びた本が並ぶ場所。

「……」
「安心しろ、恐れるものなど此処には無い。それに私が居る」
「……」
「それとも、私を拒んでいるのか?」

私は彼を信用した。
でも、それで消える筈の危険信号がまだ消えてくれない。
彼は偽りを述べているのか、でも彼は確かに。
もしかして自分が彼を嫌っていた……?
それは無いとは確かに言いきれないが、何故彼を嫌う必要があるのか。
答えは過去に置いてきてしまった、今更見つけることは出来ない。

「……あやクル」
「何だ」
「私は本当にあなたが好き、だった?」

彼は体を彼女に向け、相変わらず余裕のある笑みで応える。

「何故そう思う」
「分からない。ただ、あやクルの近くに居ると『関わりたくない』って強く思うから」
「……それは貴様がコントロールできない範囲で、か?」

ナマエはこくりと頷く。
この場合、きっと過去の記憶が深層心理として残ってしまったのだろう。
それはつまり、彼に対してのトラウマがあることを意味する。
だというのに恋人とは、矛盾ばかりではないか。
……彼女は警戒するも、彼は表情を変えることなくその頭を撫でる。

「私が貴様に危害を加えられるはずが無い。それは私ではなくこの本の気ではないか?」
「え……」

彼の瞳は優しく、ナマエを静かに宥める。
彼女は困惑していた。
確かにあの危険信号、もとい嫌な予感は図書館の時からしていた。
理由はクルークがクルークではなくなることを恐れて。
実際に今、彼はクルークでありクルークではない。
それを恐れていたともいえるが、元をたどれば本を恐れていたとも言える。
……段々、自分の考えていることが分からなくなってくる。
人間とは所詮そんなものだ。
難しい事を考えようとすればするほど面倒になり、途中で必ず何かを間違える。
紅はそれを知っているのか。
そんなことを言われたら益々彼を信じざるを得なくなるではないか。

「……」
「貴様が信じたいものを信じろ。真実はそれだ」

彼のその言葉は薬のように、彼女の心に融けていく。
紫色の魂は、また深い溜息を吐いた。

「行くぞ」
「……うん」

やはりナマエは彼を選んだ。
彼女は紅の後を追い、遺跡の最深部へ入って行く。

其処で見たものは――

……………………
本気で何がしたかったんだろう

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