第八章「記憶を封ず暗闇に」



「ただいまー」
「……ただいま」

昨日先生が新しい家を探すと言っていたが、その話は何処へ消えたのか。
彼女は昨日と同じく、クルークの家に泊りに来ていた。
……腕を引っ張られ半強制的に連れて来られたのだ。今回は仕方ない。
ナマエは明日こそは、と思いつつ重い足取りでリビングへ向かった。
勿論、クルークも一緒に。

「……どうしたんだよ、そんな暗い顔をして」
「何でも無い、と思いたい」
「なんだよそれ」

いつも通り、昔と同じ曖昧な返事だ。
しかし、今回のそれは今までのと少し違う。
単に曖昧が好きというだけではない。
何でも無い、そう思いたいのだ。
図書館に居たころから感じていた嫌な気配。
それは、この家に入って弱まるどころかむしろ強まっていた。
――どこからか叫び声が聞こえる。
彼女は怯え、クルークが消えてしまわぬよう彼の右腕をぎゅっと抱きしめた。

「なっ、何をして、」
「行かないで」

何を言っているんだ。クルークは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
何故かこの時彼が自惚れることは無かった。
彼女は、震えていた。
何か怖いものがあるのか。
反射的に身構えるが、勿論この部屋に誰かが居る筈も無く。
彼が気付けない間に、その叫び声は段々と大きくなる。
……何処から聞こえるのだろう。
彼女も辺りを見回すが、何処にもそれらしきものは無い。
頭に響く謎の叫び声。意味は分からない。
何か言葉を発しているようにも聞こえるが、音がこもっていてよく聞こえない。
それは耳を塞いでも止まることはなく、頭の中で反響する。
まだそれは鳴り止まない。

「やめ、て」
「ナマエ?」

次第に頭を抱えるほど、大きく苦しくなっていく。
もはや嫌な予感というレベルではない。確定事項だ。
それはやがて聴覚を侵し、最大まで大きくなり――




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(10/16)
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