――本。
右を向いても左を向いても、全てが本で埋め尽くされている。
此処は彼にとっての楽園、図書館だった。
「さ、着いたぞ」
「……」
ナマエは何も言わず、ただその本の世界をじっと眺める。
圧倒されているのだろう。
それもその筈、この図書館の蔵書数はプリンプ一。
置いていない本など無いと言われるほどなのだから。
「ここは」
「図書館、ボクの一番お気に入りの場所さ。……ほら、おいで」
戸惑いながら、彼女はクルークに差し出された手を取り奥へと足を踏み出す。
奥へ奥へと進んでいき、ついには太陽の光も届きにくくなるほどの場所まで行く。
それでも奥へ進み、やがて立ち止まったのは――
「……!」
図書館の最も奥。
赤い本が薄く輝く、最後の本棚の前だった。
随分古い本を取り扱っているコーナーのようで、周りには1000年ほど前の書物さえ並ぶ。
一体クルークは何をしようとしているのか、問おうと思った時には既に赤い本を棚から取り出していた。
そして、そこから赤く薄っぺらい何かが顔を出す。
「これ、ボクお気に入りの本なんだ」
「……」
嫌だ。
反射的にそう思った。
何故かは彼女には分からない。
ただ、胸騒ぎがした。
目の前の彼が彼ではなくなるような、自分が自分ではなくなるような。
心の奥の、何かが崩れ落ちていくような感覚。
気付けば、彼女はその本をクルークから奪い取り再び棚に収めようとしていた。
「おい、何するんだよ!」
「だめ、クルークがいなくなっちゃう」
「え?ボクならここに居るよ」
「違う、クルークが、」
「何を言いたいかは分からないけど返せ。それはボクが借りる本だ」
「でも――」
「ほら!」
クルークは嫌がる彼女の手からそれを強引に奪い返し、胸の前で抱く。
どうしたんだ、いきなり。
彼は動転する彼女の様子を見ながら、呆れたように溜息を吐いた。
「そんなにキミもこの本が読みたかったのかい?でも残念だね、これはボクに必要なんだ」
「でも、」
「家に戻ったら一緒に読ませてあげるさ。……さあ、他の本を探そう」
彼はそう言い、入口の方へ歩き始める。
勿論、ナマエの手を引いてだ。
借りてはいけない。借りてほしくない。読みたくない。見たくもない。
過去に何か恐ろしいことでもあったのか、と無い記憶を探るも無意味に終わる。
ただ感じるのは、『クルークが絶対に何かしようとしている』。それだけだ。
「せめて教えて。その本で何をするつもり?」
「何を、って決まってるじゃないか。読むんだよ」
「違う、何か別の意図があるはず」
「……キミ、もしかしてボクに何か疑ってるのかい?」
クルークは何も話さない。話そうとしてくれない。
ただするといえば、ナマエを軽蔑する目で見るくらいだろうか。
彼が何かを起こす気を持っていないなら、何か。
何が彼を壊そうとしているのか。
自分?いや、違う。
自分の心など読まなくても分かる、むしろ彼を守りたいくらいだ。
じゃあ、彼か?それも違う。今のやりとりと心を見れば火を見るより明らかだ。
なら、誰が。
誰がどうやって彼をどうしようとしている?
「……っ」
読めない。
クルークが何かしようとしているのでなければ、誰がそう思っている?
私の目には彼しか見えない。後は無数の本だけだ。
その中に意思を持つものなんて、無い。ぜったいにそれはあり得ない。
「ナマエ、何か借りたい本や調べたい事は?」
「……無いよ」
「それならいいや。本も借り終わったし帰るよ」
気付くと、彼は何冊もの本を当たり前のように胸の前に積み上げていた。
魔導の本に混じって心理学の本が入っているように見えたのは気のせいだろうか。
「……クルーク、」
「あくまさん、これお願いします」
「ま。貸し出し期限はきちんと守る ま」
「分かってますって」
彼女のか細い声は、彼の耳に届くことはなかった。
――本の中、赤い何かがニヤリと笑みを浮かべていた。
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title bkm?
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