第五章「記憶と痛み」



「……ん」

朝。
冬故に日が短く未だ日は出ていないが、一応は朝だ。
壁に掛けてあった時計を見ると、丁度六時を回っている。
……結局、ソファで寝てしまったのか。

「あれ……」

まだ開ききらない瞼をこじ開けゆっくりと半身を起こすと、紫色の毛布が掛かっていたことに気付く。
ついでに言うと部屋は暖かく、少し前まで暖房が点いていたようだった。
……クルークがやってくれたのか。
彼女は少しだけ表情を緩ませると、すぐにそこから立ち上がる。
そしてそれを綺麗に畳み、彼の部屋へ歩いた。


『学校』。
ナマエはそう呼ばれた大きな建物の中をクルークと一緒に歩き回っていた。
まだ皆が登校しにくる時間まで三十分もある。
何故そこまで早く登校したかというと、理由はただ一つ。
……レムレスだ。

「はあ……忘れてたよ、レムレスと登校途中に遭遇すること」
「……会っちゃだめなの?」
「駄目っていうレベルじゃない。最悪キミはそのレムレスっていう人に幽閉されることになる」

彼はそう言って呆れたようにため息を零す。
クルークとレムレスの家は近所だ。
だから登校する時間、たまに会って話をしたりお菓子を貰ったりすることがある。
普段ならそれを喜んで受け入れられたのだが、今日だけは別だ。
レムレスにナマエの姿を見せればどうなることか。
想像し、クルークは微かに身震いした。

「……あ」

ふと、彼女が何かを見つけたようだ。
といっても、校内のものではない。
……自分の洋服、スカートのポケットの中。
丸い何かが入っている。
取り出すと、どうやらそれはストロベリークリームを挟んだクッキー……
のようなコンパクトミラーだった。
なんでこんなものがポケットに?
疑問に思ったその刹那に。

「――ッ!?」

急に頭痛が走った。
痛い。ただそれだけ。
鋭くなければ鈍くもない、ただ純粋な『痛み』が彼女の頭を襲う。
視界が揺らぎ、彼女は困惑した。

「お、おい!ナマエ!!」
「クルー……ク……」

それでもこのコンパクトだけは手放してはならない、何故かそう思った。
理由は分からない。ただ愛しいとだけ感じる。
それは大切なものなのか。なぜ大切なのか。
理由は簡単だった。
……それは彼女の『生前』、レムレスに魔法で作ってもらったものだからだ。
大好きだった人に貰ったもの、手離す道理はないだろう。
と言っても、流石に肌身離さず持ち歩いているのは少し不思議だが。

「ナマエ……」
「……」

少しずつ、痛みが引いていく。
今のは一体……。
彼女はそう思いながら、ふらりと壁にもたれかかってため息を吐いた。

「大丈夫かい?」
「一応……」

弱々しく答え、もう一度そのコンパクトを見つめる。
クルークはそんな彼女を見て、何故か苛立ちを覚える。
どうしてこのボクが、と少し戸惑うがその苛立ちは消えない。

「……それが頭痛を起こした原因?」
「うん、多分」

それとはコンパクトのこと。
彼女は肩で息をしながらこくりと頷いた。

「なら、ボクが預かってあげるよ。キミにこれ以上何かあったらいけないからね」
「え……」
「ほら。ナマエ、早くそれを貸して」

ナマエは躊躇いながらもそれをクルークに差し出す。
クルークの苛立ちは、まだ消えない。
もやもやする。これは何だ。
このコンパクトを今すぐ壊してしまいたい。
いけないことだとは分かっている。
何故だろう。何故ボクはこんなにナマエに執着してしまうんだろう。

「……時間」
「え?」

ふとナマエが近くの教室の時計を指差す。
確かにそれは皆が登校してくる時間の五分前を指していた。
先程から単調な会話しかしていないと思うのは気のせいか。

「……ああ、そうだね」
「行こう」

彼女はそう言って微笑み、クルークの手を引っ張った。
体が熱くなるのを感じる。

――ああ、ボクはナマエが好きになってしまったのかもれない。


…………………
消化不良。なんか違う気がする

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