第二章「消えない記憶」



「なるほど、ついにこの魔法を使ってしまいましたか」
「先生、ナマエの記憶は戻せるんですか?」
「……残念ながら、それはできません」

職員室。
クルークと先生、と呼ばれた女性は何かを話していた。
ナマエはそれの意味を分からぬまま、ただぼうっとした目で窓から空を見ている。
止むを得ないことだろう。
『記憶を消した』、その事実さえ忘れてしまったのだから。

「……レムレスさんが泣いていた理由は、これだったんですね」
「レムレスが泣く……相当なことじゃないですか」

『レムレス』という言葉に、彼女はまたピクリと反応する。
『ナマエ』と聞いた時とはまた違う感覚だった。
懐かしい、じゃない。
その言葉だけは何故か知っていた。『憶えていた』のだ。

「レムレス、確か人の名前」
「し、知ってるの!?ナマエ」
「……思い出せない。でも、深緑色」

彼女が呟いたことは、極めて断片的なイメージだった。
だとしても、記憶が残っているということは限りなく奇跡に近い。
それほど、彼女はレムレスのことを想っていたのだろうか。
あるいは――

「……ナマエさん。あなたはレムレスさんの下で魔道を学び、生活をしていたのです」
「……」
「あなたは変わらず、再びそのような生活を送ることができますか?」

彼女は黙ったまま、ただアコールの目を見つめていた。
……嫌だ。見たくない。
相手の心が見えてしまう。悲しい声が聞こえてしまう。
でも、目を逸らすことはできなかった。
なんだか、自分だけの閉ざした世界に逃げてしまう気がして。

「……レムレスは、そんなに私を大事にして下さっていたのですか」
「ええ……誰よりも」

彼女の問いに、アコールはそう答えた。
その一言の裏に隠れた意味を、彼女は知らない。
知る由もなければ、知る意味もない。
何故なら、彼女は確かに『ナマエ』ではあるが、『彼女』ではないのだから。
クルークはため息を吐き、本を持ったまま腕を組んだ。

「困りましたね、レムレスに話すにも今は難しそうですし」
「そうですね……」

悩む。
彼女をこれからどうするべきなのか。
なるべくレムレスに見つからないよう、記憶を戻せるよう。
記憶を消すのなら、彼に頼めばその部分だけ消すことができたのに――。

「……先生、こうしてはいかがですか」
「いい案が見つかりましたか?」
「レムレスに見つからぬよう彼女をこの学校に通わせ、ボクの家に匿うんです」
「でも、クルークさんはレムレスさんと親交が深いですよね?」
「ああ……」

彼は言葉を失い、再び悩んだ。
問題点はそこだ。いかにしてレムレスから彼女を隠せるか。
クルークが匿うにも学校が匿うにも、どちらにせよリスクが高い。
かといって森に住まわせるというのも流石に無理な話である。

「……仕方ありませんね。ナマエさん、明日までに先生が空き家を探しますから、今日はクルークさんの家に泊って下さい」
「……はい」
「わ、分かりました!」

止むを得ない。
だがこういう時に限って、ということは無いだろう。
多分、無いはずだ。
第一、もし何かあったとしても二人の知識でなんとかなる。
そう信じてアコールはナマエをクルークに引き渡す。

「それでは、また明日」
「さよなら、先生」
「……さようなら」

prev next


(4/16)
title bkm?
home





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -